May Holiday

 教皇はリベロと過ごす

 第二殺し合い週間が終わり、休日となったある日。

 私はいつも通りノアの部屋の布団の上でごろごろして時間を潰していた。


「ルナ。お前もたまには外へ出かけたらどうだ?」

「ん~、あんまり気乗りしないかな~」

「察してくれ。俺はこの部屋を大掃除したいんだ。お前がいると邪魔になるから、少しの間だけ外に出掛けてくれないか?」

「え~?」

 

 普段の私なら反抗しまくるが、今月の殺し合い週間は色々とあったため、渋々布団から立ち上がり、洗面所へと向かう。そこで顔を洗い、適当に髪を整えて、制服に着替えることにした。。


「…お前、どうしたんだよ?」

「…え? 何が~?」

「普段はこんな素直じゃないだろ。熱でもあるのか?」

「失礼だよ~? 私は元々素直な子なんだからさ~」


 ノアが無理をして倒れてしまったこと。

 それを思い出すと私がノアに甘え過ぎていたことも原因ではないのか、という責任が私の背中に圧し掛かるような気がして、自然と言うことを聞くようになっていた。


「そ、そうか…。掃除が終わったら連絡するよ」

「おけ~」


 私は返事をして、玄関から外の世界へと踏み出す。

 初めて休日に外出をした私を歓迎するかのように、真っ青な空が広がっていた。日の光が当たるとポカポカとしていて、とても温かみを感じる。


「どこに行こうかな~」


 行く当てもなくブラブラと歩き回ろうか。

 いや、どうせならショッピングモールに顔を出すのもいいかもしれない。天気が良い日だからか少しだけ気分がいい私は、軽く鼻唄を歌いながらショッピングモールへと向かう。


(…そういえば、気になる場所があったんだっけ?)


 エルピスと出会う前、ショッピングモールをふらついていたとき、目に留まった場所があった。私はその場所がどこにあったのかを思い出しつつ、モール内を歩き回る。


「あった~」


 騒音で外まで聞こえてくるとてつもなく五月蠅い場所。

 そう、そこはゲームセンター。ゼルチュが言っていた通り、このような娯楽もきちんと用意しているのだ。


「ゲームエデン…」


 私は店の名前を呟きながら、自動ドアの向こうに広がるプライズコーナーへと足を踏み入れる。やはり店内は想像通りの騒音塗れで、私はややしかめっ面になってしまった。


(景品も色々あるなぁ~…) 


 クレーンゲームが至る所に敷き詰められている。景品も数多くの種類が揃っており、巨大ぬいぐるみやお菓子の詰め合わせ、アニメのキャラクターのフィギュアもあった。私はそれを眺めながら、ゲームセンターの奥へと進んでいく。


「あ、このフィギュア…」


 足を止めたクレーンゲームの景品には、魔法少女カリンというアニメのフィギュアが置かれていた。


「…これ、取れるのかな?」

 

 お金の投入口の代わりに電子マネーを支払う時のようなパネルが設置されていたため、試しにジュエルペイをそれに近づけてみると


「あ、プレイ回数が一回増えた」


 ピコンっという軽快な音が鳴って、ゼロだった数字が一つ増えた。


「私、クレーンゲームあんまり得意じゃないけど…」


 感覚を信じて、一番ボタンを押しながら横移動、二番ボタンを押して縦移動と操作をして、フィギュアの箱の丁度真ん中までアームを持ってくる。


「ここだ…!」


 最後に三番ボタンを押して、アームを降下させ、フィギュアの箱を上手く掴める高さで止めたが…


「うーん。やっぱり無理だよね~」 


 箱を軽く持ち上げるだけで、すぐにアームから滑り落ちてしまった。私は鬼畜なアームの設定に、苦笑いをしてその場を後にする。


「…あれ?」


 更に奥へ進んでいけば、格闘ゲーム等の対戦型ゲーム機が並んでいるアーケードコーナーまでやってきた。すると、そこには見覚えのある顔があり


「ベロくん?」


 私はその人物の元まで歩み寄り、名前を呼んだ。

 

「おー。ルナかー」


 リベロは私を少し見るなり、すぐに画面の方へと視線を映し、アーケードコントローラーをカチャカチャと動かしながら、ゲームをプレイし続ける。


「何してるの~?」 

「ロボゲーやってるんだ」


 リベロの隣の席が空いていたためそこに腰を下ろし、画面を見てみると確かにロボットがビームや剣を振いながら戦っている映像が映し出されていた。


「面白いのそれ~?」

「面白いけどなー。全然勝てなくてイライラする」


 ゲームなどプレイしたことがないので、リベロが上手いかどうかは私じゃ判断できない。けれど、リベロが戦っている相手のロボットはリベロの先の行動を読むかのような立ち回りをしている。


「これってコンピューターなの~?」

「いや、これはプレイヤーだな。多分オレの向かい側にいるやつと戦ってるぞ」


 四台並べられているそのゲーム筐体は、二対二でプレイしてくださいと言わんばかりに二つずつ向かい合わせで設置をされていた。ゲーム名は「BOROOTボロット」というものだ。

 

「今は一対一なの?」

「そうタイマン中…ってまた負けた!! クソゲーじゃねぇかー!」


 リベロの操っていたロボットが画面越しで粉々に破壊されると、呆れたように台から手を離す。そんなリベロを嘲笑うかのようにして、勝利を収めた相手プレイヤーの操っているロボットがアップで表示をされた。


「…は? こいつランカーじゃねぇか!」

「え? ランカーってなに?」

「簡単に言えば、このゲームの中でかなり強いヤツってことだ。こいつのランキングは二位だぜ? つまりこのゲームの中でなら二番目に強いってことだよ」


 相手のプレイヤーの名前は「Saki」というもの。

 リベロはそのランカーの顔を拝もうと、席を立って向かい側の筐体へと向かう。私もそれなりに気になるので、リベロの後に続いて裏へと回ってみると…


「あっれ? ランカーはどこだー?」


 そこにはボブカットの髪型で黒色の制服を着た女子生徒しかいない。リベロはまさかその女子生徒なわけがないと、辺りを見渡していたが


(あの子は只者じゃない…)


 私はその女子生徒の本質を見抜いていた。

 ランカーかどうかはともかく、その子は私が見てきた生徒の中で上位に入るほどの実力者。


「ベロくん。多分あの子がランカーの子だよ~」

「そんなわけねーじゃん。だってアイツは女だぜ?」

「だってほら、プレイヤーネームが同じでしょ~?」


 そんなまさかとその子の画面に表示されているプレイヤーネームをリベロは覗き込む。


「げっ!? お前がSakiかよ!」

「うん…?」

 

 後ろで叫ばれたことで気が付いたその子は、振り向いてリベロの顔を見た。


「あれ? あなたはさっき私と対戦してた『RiLo』って人?」

「ああそうだよ。お前こそ本当にオレが対戦をしていたSakiなのか?」

「うん、そうだけど…?」


 容姿からすれば、内気な女子生徒にしか見えない。

 リベロも未だに半信半疑のようだ。


「もう一度対戦しろ! オレがお前の隣でプレイしてその正体を暴いてやる!」

「えーっと? 正体とかはよく分からないけど…対戦すればいいんだよね?」


 リベロと内気な女子生徒はお互い、筐体へとジュエルペイをかざして、プレイ回数を増やす。


「ルナ、こいつが不正しないかどうかだけしっかりと見ておけよー」

「分かった~」

「不正なんてしないだけどなぁ…」 


 二人は好きな機体を選び、対戦を始めた。

 その途端に、内気な女子生徒の目つきがガラリと変わる。


(…凄い。手元の操作がベロくんよりもダントツに早い)

  

 画面を見ずとも、どちらが優勢なのか手元だけを見てれば分かるほど、その差は歴然だ。自分の手足かのようにして画面の向こうにいるロボットを操るさまは、見ていて惹き付けられるものがある。


「くっそぉ!! また負けたーー!!」

「私の勝ちだけど…あなた、中々強いね」


 結果はリベロの完敗。

 相手のロボットに一度も攻撃を与えられず、一方的にボコボコにされていた。


「あなたの名前は?」

「リベロだ! お前こそ名乗れ! そしてもう一戦だ!」

Lustラウスト。もう一度相手をしてあげたいけど、私この後用事があるから…」


 ラウストは微笑みながらリベロにそう返答していると、ゲームセンターの入り口方面から黒髪のツインテールに白い制服を着た女子生徒がこちらに向かってきた。


「ラウスト。約束の時間は過ぎているけど?」 

「あ、ごめんねCastiキャスティ。ちょっとだけ熱くなっちゃって」


 キャスティと呼ばれる女子生徒。

 このラウストと同様に、かなりの実力者だということが窺える。


「…この二人は?」

「ゲームで一緒に遊んでいただけだよ。何も変なことはしていないからね?」

「遊んでた扱いかよ…」

  

 キャスティはリベロと私を見て、すぐに背を向けた。

 私は第一キャパシティで心を読めないか試したが


(――この二人は確実にSクラスだ)


 まったくもって読めなかった。

 Aクラスのエルピスの心が読めたことを踏まえれば、その実力はローザと同等かそれ以上かのどちらかとなる。


「それじゃ、また今度遊んであげるね?」


 ラウストは軽く手を振ると、キャスティの後に付いていく。こんな場所でSクラスの生徒と遭遇するとは思ってもいなかった。

 

「くっそ! こうなったら特訓だ!!」

「まだやるの~?」

「あいつに勝つためならオレは自己破産も恐れないからなー!」


 リベロが再びジュエルペイをかざそうとする、その行為を私は腕を掴んですぐに阻止する。


「何すんだよー!?」

「ベロくんは前にお金の使い過ぎで怒られたよね~?」 

「いいだろー! これぐらいしかお金なんて使え―――」

「ヘイズちゃんにこのことを言ってもいいのかな~?」


 ヘイズの名前を出した瞬間、リベロがそれだけは勘弁してほしいとジュエルペイの付いた手をポケットに突っ込んだ。私はそれを見て頷くと、リベロをゲームセンターから引きずり出すことにした。


「ヘイズを使うなんて滑稽だぞー?」

「一度怒られたのに、もう一度同じ内容で怒られる方が滑稽じゃない~?」


 私がリベロの腕を引いて入り口まで戻っている時、再び魔法少女カリンのフィギュアが目に入る。


「…何だよー? このフィギュアが欲しいのかー?」

「欲しいっていうか…気になるってぐらいかな~?」

「それなら取ってやるよ」


 リベロは私の手から逃れると、ポケットに突っ込んでいた腕を出してジュエルペイをパネルにタッチした。


「止めた方がいいよ~? それ設定が難しくされているっぽいからさ~?」

「まぁまぁ見てろってー」


 一番のボタンをリベロが押したことによりアームが動き出したが、その向かう先はフィギュアとは程遠い隅。私はボタンを押しすぎたのではないかとリベロの顔を見てみるが、自信に満ち溢れているようだった。


「こういうのはなー?」


 二番のボタンを押して一番奥で止める。

 そして流れるように三番のボタンを押して


「正攻法で考えちゃダメなんだぜー」 


 フィギュアを乗せている台を左アームの爪で強く押して、土台となる部分を破壊した。それにより乗せてあるフィギュアが、獲得口へと落下する。


「…ベロくん、上手なんだね」

「表があれば必ず裏があるからなー。その裏を見つければ、こういうのは取りやすくなるんだ」


 リベロが獲得口から魔法少女カリンのフィギュアを手に取って、私に手渡してくれた。


「それにしてもルナは古いアニメを知ってるんだなー?」

「え? これって古いアニメなの~?」

「オレたちが生まれてない頃に放送されたアニメって話は聞いたことあるぜー」

「そうなんだ~。ベロくん、取ってくれてありがと~」


 私は少しだけ嬉しい気分になる。

 このような感情を抱いたのは久々かもしれない。


「気にすんな。前にVRゲームで半分払ってもらっただろー?」 

「…あぁ、なんかそれ思い出したら感謝の気持ちが薄れちゃったな~」 

「それは"草"だなー」

「え? 草ってなに?」

「笑えるってことだぞー。ゲームをやっている奴は絶対に知ってないといけない用語だぜー」

 

 この後、ジュエルペイにノアからのメッセージで「もう帰ってきても大丈夫だ」と書かれていたため、寮の近くまで一緒に帰宅をすることにした。その最中にリベロが話していた内容はゲームばかりで、私は全く話に付いていけなかったが


(ベロくんは本当にゲームが好きなんだ…)


 ゲームの話をしている時のリベロは普段より何十倍にも輝いて見えた。自身が好きなものを語るときはこんなにも人が変わるとは想像もしていない。


「じゃあなー。そのフィギュアは大切にしろよー」

「うん~。今日はありがとね~」


 リベロと寮の前で別れ、ノアの部屋に帰宅する。


(…私も、何か好きなこと見つけようかな?)


 趣味が一つでもあれば、毎日の生活がガラリ変わるような気がした。

 休日の間にだらけていた理由は極端に述べればやることがなかったからだ。


「ただいま~」

「あぁ、帰ってきたか」


 部屋に戻ってくると、出かける前よりも見違えて綺麗になっていた。ノアは口に付けていたマスクを取って、私が手に持っているフィギュアを見る。


「ゲームセンターにでも行ってきたのか?」

「そうだよ~。ベロくんがクレーンゲームで取ってくれたんだ~」

「そうか、良かったな」 


 そう言ったノアの髪に埃が付いているのを私は気が付き


「草だね~」

「…草? それはどういう意味だ?」

「秘密だよ~」


 覚えたての用語とやらでノアを馬鹿にした。

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