教皇はグラヴィスと過ごす

「ん~…今日もゲームセンターに行こうかなぁ」


 私は先月とは見違えるように、毎日外出を繰り返していた。

 暇があればショッピングモールに顔を出し、ゲームセンターへと訪れる。最近ではリベロに会うとあのBOROOTボロットというゲームの操作等を教えてもらいながら、たまに遊んでいる。


「…あ」


 ゲームエデンの向かい側にある『ドシパラ』という店。 

 パソコン本体やそのパーツが売られている専門店のような場所に


「グラヴィスくん?」

「へ…?」

 

 グラヴィスが店内を歩き回りながら、ディスプレイを物色をしていたため声を掛けてみる。

 私に声を掛けられたグラヴィスは、腑抜けた声を上げてこちらの方へ顔を向けた。 


「ル、ルナさん…?」

「やっほ~! こんなところで何してるの~?」

「い、いや…別に何もして…」


 グラヴィスはそう言いながら手に持っていた袋をすぐに背中へと隠す。


「あ~! ファルサちゃんだ~!」

「えっ!?」

「隙あり~」

「あぁー!?」


 私がそれを見逃すはずもなく、自然と嘘をついてグラヴィスの注意を逸らすと、その袋を奪い取って中身を確認しようと袋の開口に手を掛けた。


「見たら駄目だって!!」

「いいでしょ~? 私たちは同盟仲間なんだから~」


 掴みかかろうとするグラヴィスの手を軽々と回避し、袋の中身を拝見してみる。


「…ナニコレ?」

 

 そこに入っていたものはゲームソフトらしいものだが…。

 妙にピンク色で、俗にいう二次元の美少女キャラクターたちが表紙に載せられているものだった。


「ああぁぁ…!! 見られたぁぁぁ!!」


 私がそのゲームソフトを目にした途端、グラヴィスは膝からその場に崩れ落ちる。なぜそこまでのリアクションを取るのかと、袋の中からそのゲームソフトを取り出して、裏に書かれている説明文に目を通した。


「"ツバサの軌跡"…? えっと、『主人公であるあなたは、真白高等学校へと入学する。そこで出会ったのは救世主候補となる三人の美少女たち。あなたは彼女たちと交流を深め、そのうちの一人と恋仲になる』…?」

「読み上げないでよ!?」 


 グラヴィスは私からそれを奪い取ると、すぐに懐へと隠す。

 あの手のゲームソフトの名称をどこかで聞いたことがあるような気もするが、どうも思い出せない。 


「そういうのが好きなの~?」

「す、好きじゃない! 友達に買ってきて欲しいって言われたから買っただけで…」


 そんな見え見えの嘘が通じるはずがないというのに、そこまで無理な嘘をついてまで隠したいことなのだろうか。


「別に隠す必要ないのに~。好きなものは人それぞれだから、そういうのもいいと思うけどな~?」

「嘘だ…! き、気持ち悪いと思ってるんだろ!? こんな美少女ゲームを買っている僕のことを!」

「……」


 よっぽどの人間不信となっているらしい。私は気乗りしないが、第一キャパシティの六神通のうち他心通を使用してグラヴィスの心を読んでみることにする。


(どうせ"前"みたいに嫌われる。ルナさんは女子だ。こんなものを持っていたら、オタクだって気持ち悪がるに決まってる)


 私はグラヴィスの心の声を聴いて、過去に何があったのかを悟った。 

  

「…そんなこと思わないよ?」

「…え?」

「私はグラヴィスくんが好きなものを否定しないし、それを言いふらしたりなんてしないから。そんな酷いことをする人はね、きっと心が寂しい人なんだよ」


 ――自身の趣味を否定されたのだ。

 同じ学校のクラスメイトに、家族に、それを疎まれていたに違いない。


「それにね、そういう人たちはグラヴィスくんの趣味を見ているだけで、グラヴィスくん自身のことをちゃんと見ていないと思う。趣味でその人の本質を判断して、決めつけるなんて愚かだよ。そんなもので人の中身なんて分からないのにね」


 私にはいまいちそのような類を受け入れようとしない人間たちの心理が分からない。確かにそのような文化を過剰に好きな人間が問題を起こしていたという話は、私たちが生きていた時代からニュースとなっていた記憶がある。だがそれは一部の人間だ。


 そのような文化の中で問題が起これば「僕たちは同じモノが好きですが、こんな問題は起こしません」と主張をする人間が現れることだろう。


「もっと愚かなのはそれに気が付かない人間。常識だと言わんばかりにその文化に対し胸を張って否定する。私からすれば、たかが趣味程度の話でそこまで騒げるなんて羨ましい」

「ルナさんは、意外としっかりしてるんだね―――」

「…ってノアが言ってたよ~!」

   

 私は自身のキャラクターを保つためにノアから聞いた話だということにする。  

 今月の殺し合い週間では、キャラクターを崩してしまった。それを取り返すために、何とか今まで通りのキャラクターを貫き通したい。


「何だノア君が言ってたんだ…。確かにそういうこと言いそうだよね」 

「どう~? 少しは考え方が変わった~?」

「う、うん…ちょっとだけ楽になった気がする。まだ自分の趣味に自身は持てないけど…」


 グラヴィスが抱いていた嫌われるかもしれないという恐怖心。

 私はそれを適度に和らげることが出来たようで、グラヴィスは縦に頷いてそう返答する。 


「あ、そうだ~! グラヴィスくんの部屋に連れてってよ~」

「え、えぇ!? 僕の部屋に…!?」

「ダメかな…?」


 わざとらしくしょげた反応を見せれば、グラヴィスは「だ、だめじゃないけど…」とたじたじになった。


「散らかっているんだけど…それでもルナさん良ければ…その…来てくれても…」 

「やった~! それじゃあ早くいこ~!」


 グラヴィスの部屋を見たいワケは至極単純に暇だったから。

 ゲームセンターで時間を潰すとお金を使う羽目になる。あまりにも残高を減らし過ぎれば、ノアに雷を落とされるような気がしたため、今日はグラヴィスとの交流を深めることにしたのだ。


(それに…グラヴィスくんとはあんまり話したことがないからね~。これから鍛えていくうえで仲良くしておいた方が良さそうだし~)


 私は今までノアとしか深く関わったりしていない。

 だからこそこの休日を機に、普段から会話を交わせないメンバーと過ごしておこうとも考えていた。


「こ、ここが僕の部屋だよ…」


 三十分ほど歩いて、グラヴィスの部屋の中へと上がらせてもらう。

 ノアを除けば、男子生徒の部屋に上がるのはこれが初めてだったが、想像していたよりもグラヴィスの部屋は機械的なものへと改造されていた。 


「わぁ~! 凄いね~!」


 質素な部屋かと思いきや至る所に謎の機械が置かれており、汚い部屋という言葉よりもメカメカしいという子供らしい言葉が似合う部屋だ。


「これは自分で作ったの~?」

「う、うん…。昔からこういうのを弄るのが好きだったから…」

「へ〜! パソコンは分かるけど~。これは何に使うの~?」

  

 設置型のパソコンが置かれているその隣には、何やら黒色の四角い物体が転がっている。私は首傾げながら、グラヴィスにその用途を尋ねてみた。


「殺し合い週間でノア君が創造した無線機があったんだけど…。あれ、結構型が古かったせいで無線の音声があんまり良くなかったんだ。だから最新型にアップグレードしようとしてて…」

「あの無線機をあっぷぐれーどしてるんだ~?」

「そ、そうだよ…。可能なら耳にかけるタイプの軽量型無線機に改造したいんだけど…どうしても一工夫足りなくて…」


 ノアがメンバーたちに手渡した無線機は、トランシーバー型のもの。

 戦闘をする際に使用するには隙が大きすぎると考えたグラヴィスは、それを配慮しようとそのトランシーバーを改造していたらしい。


「ノアの無線機ってどれぐらい古いの~?」

「かなり古いと思う…。あんな型は今まで見たことないよ」

「そっか~。古い型なら渡されたときに、言ってくれれば良かったのに~」  

「だ、だって…ノア君って少し"怖い"から…」

「――!!」

 

 私の頭の中で浮かんできたとある疑問。

 それはノアや私は周囲の目から、どのように見られているのかということ。グラヴィスはノアの事を"怖い"と述べている。私が慣れているせいもあり、普通の人間からすればノアがどう見えているのかなど考えたことも無かった。


「そう、かもね…。ノアって、グラヴィスくんたちから見ると怖い人なんだ~」

「僕たちを助けてくれたし感謝はしてるけど、機械のように動いていて人間味がないから怖いっていうか…」

「私のことはどう思うの~?」

「え、えぇっと、ルナさんは明るい人だなって印象ぐらいしか…」


 自意識過剰かもしれないが、私がノアの側にいなければ誰も付いてきてくれなかった。もしノアがたった一人で転生をしていれば、孤独のまま殺し合いに挑んでいた。そんな気がして、私は自身の存在が重要なものだったのだと少しだけ安心する。


「ノアは怖い人じゃないよ~? 今度話してみたら~?」

「は、話すって言われても…! 何を話せばいいのか…」

「ほら~! ノアは現ノ世界の人間だから機械に強いと思うよ~? グラヴィスくんと話が合うんじゃないかな~?」

「それはそうかもしれないけど…」 

「そうだ! パソコン見せて~!」


 私はジュエルペイでノアにこの部屋の場所を密かに教えると、グラヴィスのパソコンのマウスを動かしてスリープモードを解除した。


「色々ソフトが入ってるね~?」

「最初に二十万円も貰ったから、動画編集ソフトとか作曲ソフトとかゲームとか買っちゃって…」

「ふ~ん…これはゲームなの~?」


 一番右上にある虹色のゲームアイコンらしきもの。

 それに既視感があった私は、グラヴィスに詳細を聞いてみる。


「う、うん…。『Color Ling Online』、略して"CLO"って呼ばれてる無料オンラインゲームだよ」

「どこかで見たことがあるんだけど~、思い出せないなぁ~」

「そ、そういえば記憶喪失なんだっけ…。良かったらやってみる?」 

「え? いいの~?」

「いいよ。もしかしたら何か思い出せるかもしれないし…」 


 私はグラヴィスの許可を貰うと、早速そのオンラインゲームを起動してみた。

 盛大な音楽と共に表示されたのは七つの色の光が中心に集まっていく映像。私はそのオープニングにも既視感を覚え、頭を捻らせる。


「これで世界中の人と遊べるの~?」

「ううん。このエデンの園にいる人たちとなら出来ると思うけど…それ以外の人たちとは回線が繋がらない仕様にされていてね。基本はオフラインじゃないとプレイできないよ」

「そうなんだ~」


 そういえば外部の者と連絡は取り合えないと説明をしていたんだった。

 私は「オフラインで遊ぶ」という選択肢をクリックして、ログイン画面へと移った。


「えっと、すぐに僕のIDでログインを――」

「少しだけ私がやってみてもいいかな~?」

「え? でもここはログイン画面だよ?」

「ちょっと気になることがあってね~」


 キーボードに手を置くと、どこか懐かしい感覚。

 それに浸りながら目を瞑って、IDとパスワードを勘のみで打ち込んでみる。


「ルナさんって、もしかして機械に強いんじゃ…」

「ううん~。今のは適当に打っただけ~」

「そ、そうなの? それにしては打ち慣れていたような…」

「気のせいじゃない~?」


 私は打ち込んだIDとパスワードを見てみる。

 それはあまりにも適当で、もはや口に出して読むことすら不可能だ。既視感があったのは気のせいだった、と半分諦めてログインボタンをクリックする。 


「…ログイン、できた?」 


 しかし何事もなく、そのままプレイ開始となった。

 グラヴィスも私もそのローディングの先に、何が映し出されるのかと瞬きすらせず、息を呑みながら待つ。


「……これは」

  

 画面に表示されたのは金髪の男性キャラクター。これが私の分身となり、このゲームの世界を進んでいくアバターなのだろうか。…いや、そんなことよりも一番気になるのは


「グラヴィスくん。このゲームっていつからサービス開始してるの?」

「た、確か一千年ぐらい前…かな?」

「え…っ!? そんなに!?」 

「う、うん…。だってこのオンラインゲームを作った会社は廃れることもなかったし、何よりもプレイしているユーザーの数が減らなかったから…」 


 一千年以上も前ならば、私のアカウントらしきものが残っていても納得がいく。私はすぐに記憶の手がかりとなるものはないか、そのキャラクターの装備やスキルを確認した。


「えぇぇ!? ルナさんこの装備って…!!」

「…? どうしたの?」 

「今じゃ手に入らない激レア装備だよ! サービス開始時に配布されたと名高いアクセサリーも付けてるし!」 


 グラヴィスが私のアバターの装備を見れば、凄まじいテンションの上がりようとなる。


「グラヴィスくん。これってあなたから見たら、どれぐらいやり込んでいるデータなの?」 

「とてつもなくやり込んでいると思うよ…! その装備にレベルがカンストしているのなら尚更!」

「そ、そうなんだ~」


 これのおかげで私は前世でゲームが好きだったという説が浮上した。

 その説が有力となる情報はないかと、このエデンの園で過ごした日々を思い出してみる。


(あれ…? よく考えてみれば、私って無意識のうちにゲームセンターが気になって立ち寄ってたんだっけ?) 


 ゲームが好きならそれが気になった理由も納得ができるではないか。

 あの魔法少女カリンのフィギュアが気になったのも、ゲームに近しいアニメが好きだったから。リベロによれば、あの魔法少女カリンというアニメはかなり古いものだと聞いた。それを踏まえれば、数多くのフィギュアがある中で、あのフィギュアが気になるワケも合致する。


「おーい! 来たぞー!」


 玄関の向こうからノアの声が聞こえ、グラヴィスは少しだけ「え?」と困惑する表情となった。私はわざとそれに気が付かないフリをして、玄関まで向かいノアを部屋へと招き入れる。


「何で呼んだんだ…って、何だこの機械の量は?」

「全部グラヴィスくんが作ったんだよ~。ノアもこういうの好きそうだから呼んじゃった~」

「確かに、少しだけ興味はあるが…」


 ノアはパソコンの近くに、自身が創造した無線機があるのを見つけると側まで歩み寄って手に取った。


「これは俺の無線機か。改造している最中のようだが…」

「ほい! グラヴィスくん~!」

「うわわ!?」


 隠れているグラヴィスの背中を押して、ノアの前まで連れていく。


「グラヴィス。これはお前が?」

「ご、ごめん…! 僕はただグレードアップさせようとしただけで――」

「…凄いじゃないか、ここまで軽量化させるなんて。俺にも改造の仕方を教えてくれ」

「…え?」

「この分野なら俺よりもお前の方が詳しいだろ? ダメか?」

「う、うん。この改造の仕方は―――」


 私はグラヴィスがノアと話している姿を遠くで見守りながら


(私は前世でゲームとアニメが好きだった…なんて記憶は本当に役に立つのかな?)


 まだまだ自身のことを思い出すには程遠いと、ひっそり大きな溜息をついた。

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