May

2:1 救世主と教皇は貯金する

「おはよう、"ノアルナ"!」

「ライトちゃんおはよ~!」

「俺とルナを一つで括るのはやめてくれ」


 日付は五月一日。

 休日は終了し登校日となったため、ルナと共に教室へと顔を出してみればブライトが早速声を掛けてくる。


「あれ~? ヴィルタスくんたちもいるんだね~?」 


 教室内を見渡してみれば、今まで一切出席をしていなかったヴィルタスたちが教室に姿を見せていた。休日があったというのに、その表情にはやや疲れが溜まっているようだ。


「先月の殺し合い週間でよく分かったんじゃないか? 授業をきちんと受けて、ウィッチさんの話を聞いておくべきだってことを」


 C組を追い払った行動のせいで、明らかにこちらへと向ける視線が変わっている。レインを助け出すために我を忘れ、第一キャパシティを使用してしまったことは大きな失敗だったと自分の中で反省をしていた。


「…ノアにすがってきそうだね~」

「あぁそうだな。俺が一人になったのを狙って、声を掛けてくるだろう」

 

 あの場でC組を追い払えることを見せつけてしまえば、次の殺し合い週間は必ずこちらを頼りに来る。赤の果実のメンバーたちが、平然と今も過ごしているのを見れば尚更だ。


「頼られたらどうする? 同盟のメンバー数は上限に達しちゃってるけど…」

「ヴィルタス、ビート、アウラの同盟は頼りに来ない。来るとしてもステラの同盟だけだ」

「そうなの?」

「あぁ、ヴィルタスとアウラは救世主を嫌う教皇候補生だ。仮にもその嫌っている救世主に頼るなんて、あの二人のプライドが絶対に許さないだろう」


 救世主と教皇の関係が良好な赤の果実。

 それは一般的な常識を踏まえれば本来あるべき姿ではなく、周囲から異端なモノとして見られる対象となる。ヴィルタスやアウラが救世主に気を許せないのも当たり前のことなのだ。


「ビートは救世主でしょ? 協力の申し出をしてもおかしくないんじゃ…」

「確かにビートは俺と同じ救世主側だ。けれど、教皇と手を組んでいる俺を頼らないはずだ。あいつもあいつで『教皇の生徒たちをぶっ殺す』だとか物騒なことを言っていたからな」 


 ビートは明るく無邪気に振る舞う姿とは裏腹に、ユメノ世界に住んでいる教皇候補生たちを、このクラスの誰よりも目の敵として見ている。同じ救世主たちだけならすぐにでも声を掛けてきただろうが、そこに教皇側であるルナたちもいればそのような考えは論外だと考えるのだろう。


「ステラちゃんたちはどうするの~? 手を貸してあげる~?」

「……向こうの対応次第、かもな」

「対応次第?」

「向こうの目的は生き残る・・・・ことのみ。それはつまり―――」 


 ブライトに返答をしかけた時、教室にウィッチが面倒くさそうな表情を浮かべて、生徒たちに席へ着くよう声を上げる。それを聞いたブライトとルナは、足早に席へと着いた。


「先月の殺し合い週間お疲れ様ー。第一回目だったから半分ぐらい殺されるんじゃないかと思ったけどー…」

「……」

「何とか全員、命拾いをしたようねー」


 もし自分がレインを助けに行かなければ、このクラスに残っていた人数はおそらくレインを除いた赤の果実のメンバーのみ。その時、ヴィルタスたちなど眼中になかったため、殺されていようが生き延びていようがどうでも良かった。


「そうそうー。今月分のお金が振り込まれているけど、ちゃんと確認したー?」

(そういえば…月の初めに支給されるだとか言ってたな)


 ウィッチのその言葉で、生徒たちが全員ジュエルペイの画面へと視線を向ける。

 この一か月で使用した費用は少し多めの三万円程度。二十万円振り込まれるのなら、現在の持ち金と足して三十七万円ほどの残高になっているはずだ。


「…二十三万?」


 しかし画面に表示されている残高は何度も見直しても二十三万という数字。二十万円ではなく六万円しか振り込まれていないではないか。


「ウィッチ先生どういうことですか? 本来よりも少しか支給されていませんが?」


 どうやらこの教室にいる者全員が、二十万円きっちりと支払われていないようで、ヴィルタスがその事についてウィッチへと問いただす。それを聞かれたウィッチは、首を傾げながらこう答えた。


「当たり前よー。だって私は『来月に振り込まれる』って言っただけで、『二十万円振り込まれる』なんて一言も口に出していないからー」

(…思い返してみれば、同じ金額が振り込まれるなんて言ってなかったな)

「ならどうして全員金額がバラバラなんだ? こんなの差別じゃねぇか!」


 ビートが不満の声を上げる。

 ウィッチは「めんどくさいわねー」と小さく溜息を付きながら


「だったら、ジュエルペイの項目に『順位』って項目が追加されているからタッチしてみなさいー」

(順位? そんな表示、昨日まではなかったが……)

  

 ウィッチの言う通り、ジュエルペイの画面には新しく「順位」という文字の項目が追加されていた。それを試しにタッチしてみれば、自分の学籍番号とネームが表示され「チップ」の欄に六万という数字が描かれている。


「チップ? ウィッチ先生、これは何ですか?」

「言葉の通り投げ銭・・・よー」

「投げ銭だって? そんなの誰が……」

 

 ヴィルタスとビートに不敵な笑みを浮かべながら、ウィッチはゆっくりと口を動かし



「――あなたたちのことを見ている世界中の人々たちよ」 



 その言葉を聞いて「やっぱりか…」と小さな声で呟いてしまう。

 赤の果実のメンバーもこちらの予測が的中して、一瞬だけ視線を向けてきた。


「このエデンの園での生活は世界中に放映されているの。あなたたちの行動一つ一つは丸見えだったってわけねー」

 

 監視カメラが多く備え付けられていた理由も納得がいく。

 あれは生徒たちを監視するためでもあり、人々たちにその様子を届けるために必要な数だったのだ。


「なら…生徒それぞれ振込額が違うのは――」

「視聴者が気に入った生徒に、"これからの活躍を期待して"チップを払ってるからよー」 


 俗にいう投げ銭システム。

 数多くの人がファンとして付けば、その分だけお金を振り込まれる。だが逆にファンが付かなければ最悪の場合、振込額はゼロとなってしまうのだ。


「その順位表を見ればわかると思うけどー。このクラスで振込額が一番多かったのはノアくんねー」

(…C組を追い払ったからか)

 

 殺し合い週間の最中も、人々によってカメラ越しに視られていた。

 視聴者を楽しませ、期待をさせる行動。それをしたことが要因だ。  


(ゼルチュのやつは、この投げ銭システムで生存率を更に狭めるつもりだな)  

  

 生き残るために殺し合いには参加せず、ひっそりと隠れておく。

 それは視聴者たちに"つまらない"と感じさせるもので、とてもじゃないが応援をしたいとは思えない行為だ。それをひたすらに続ければ、いつの日か餓死という結末を辿る。


「例えば…授業をサボったりすればそれも視聴者に見られるわねー? そんな生徒を見たらどう思うかしらー?」

(いつの日か自分の首を絞めることなる…。あの時の言葉はこういう意味だったのか)


 消極的に行けば、殺し合いによる被害は少なくなるが、金銭面で自分の首を絞める。積極的に行けば、金銭面による被害はそれなりに抑えられるが、殺し合いで自らの命を捨てに行くことになる。どちらを選んでも、メリットとデメリットが伴い、そこに逃げ道・・・という平坦な道など存在しなかった。


『後で全員ノアのところに集合!』


 一度、話し合いの場を作るべきだと同盟内チャットを開いてみれば、既にブライトがそのようなメッセージを飛ばしていた。


「これからは見られているという自覚を持ってきちんと生活することねー」

 

 衝撃の事実を知らされた朝のホームルームは、ウィッチのその言葉を最後に終了する。それを合図に赤の果実のメンバーだけでなく、ヴィルタスたちの同盟も集合を掛けているようで、五つの同盟がそれぞれ教室の隅へと集まり始めた。


「……ノアの予想が当たったな」

「そうですね。エデンの園の創始者側ではないかと疑ってしまうほどの的中率です」

「俺の予想が当たったからといって状況が変わるわけじゃない。まず今は、全員の残高と振り込まれたチップの確認をするぞ」

 

 赤の果実のメンバーに一人ずつ、現在の残高と振り込まれたチップを確認する。メンバーの振り込まれているチップの量の平均は大雑把に三万円ほど。一ヶ月は暮らせる程度に振り込まれているようだ。


「…? 確かルナとティアは二万だったよな」

「そうだよ~?」

「何か気になることでもありましたか?」


 女性陣は今回の殺し合い週間でほぼ何もしていない。

 それならば平等に二万円ほど振り込まれてもおかしくはないはずが、ブライト、ヘイズ、ファルサ、レインだけはその二倍の四万円分のチップが振り込まれている。視聴者の付き方で確かに差はあるが、二倍も差が付くことは余程何かをしなければまずありえない。


「ティア、俺はお前の部屋に設置されている隠しカメラを全部取り除いたよな?」 

「ええ。私がノアに頼んですべて破棄しましたが?」

「……あぁ、そういうことか」


 ここまで差が付いたワケは簡単な理由だった。

 寮の女性部屋に小型の監視カメラが付いているか付いていないかだ。ルナは監視カメラを取り除いている部屋で居候をし、ティアの部屋の監視カメラは自分がすべて撤去をした。つまり何が言いたいかといえば―――


「俺ら男性陣は問題ない。だが、女性陣は私生活をすべて見世物にされていると思った方がいい」 

「「「―――!!」」」

「……?」

 

 あの小型カメラによって、あらゆる光景を見られているということ。

 意味を理解したブライト、ファルサ、ヘイズの三人は動揺をしていたが、レインはワケが分からないようでただ一人だけ小さく首を傾げていた。


「…なるほどな。風呂に入る姿も寝ている姿も、全部丸見えというわけか」

「それってさー。下心を丸出しにしているやつらの餌になってることだよなー?」

「女は男より弱いから…という理由で考えた、女子に対する救済システムか」 


 ウィザードとリベロの言う通り、部屋に小型カメラを付けられれば男性視聴者たちの注目を自然と浴びる。普通に考えればプライバシーの侵害でお縄にかかるだろう。けれど、エデンの園は現ノ世界、ユメノ世界の政府が公認をして作られたもの。生徒たちのプライバシーのことなど微塵も考えていない。


 むしろそれを利用して、男と女の差を埋めようと試みている。

 

「小型カメラをすべて外せても、もう一度取り付けることは出来ない。ここでもし取り外したらチップの量は確実に減るだろう。それでもいいなら外すが――」

「当たり前でしょ! そんな痴態を晒してまでしてお金なんて欲しくない…!」

「私も同じだよ…。こんな酷いこと、嫌だから……」

「…私も、かな?」


 ブライト、ヘイズ、ファルサはほぼ同時に外してほしいという声を上げた。三人が同意見の中で、レインは特に口を開くこともなくそのままこちらのやり取りに視線を送っている。


「レイン、お前は外さなくてもいいのか?」

「…別にチップが増えるなら構わない。私は救世主になれたらそれで――」

「決めた。お前の部屋のカメラも絶対に外してやる」  

「…そのつもりなら最初から聞かないで」

    

 そのやり取りを聞いたルナが頬を膨らませて、不機嫌そうにこちらを睨んでいたが気が付かないフリをし、時計へと視線を移す。時計の針は授業開始三分前を指していたため、その場で一旦解散し後程再び集まることにした。 

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