2:2 救世主と教皇は客観視する

「…リベロ。お前はどうして五万しか残高がないんだ?」

「なんかさー? テキトーに欲しいもの買ってたらお金がなくなってたんだよなー」


 その日の放課後。

 赤の果実のメンバーでチップではなく今度は残高についての確認をしていると、リベロの残高だけ四分の一しか残っていないことを知り、何故ないのかを問いただしていた。


「リベロはゲームを買い過ぎなんだって! 私はあんまり買わない方がいいって言ってたのに…!」

「そ、そんなに怒るなよヘイズ。オレだって何も考え無しで、手当たり次第に買っていたわけじゃないんだぜ?」

「嘘! だってこの前『あれっ…こんなに金使ってたっけ?』って独り言呟いてたでしょ!?」

「ギ…ギクッ!?」


 普段は大人しいヘイズがリベロに対し、怒りを露にしている。

 二人の仲の良さは相も変わらずなようで、咎められているリベロを見ていれば自然と笑みがこぼれてしまう。


「原因は一目瞭然、お前の無駄遣いのせいだ。これから三か月はゲームを買うのを禁止にする」

「おいおい! それはないだ―――」

「リベロ?」

 

 口を挟もうとするリベロにヘイズが威圧を掛けた。

 そこまでしなくてもいいんじゃないかとなだめる者は誰一人としていない。それもそのはずで、リベロを除けば残高が最も少ないのはグラヴィスの十三万円という数字。これと比べれば、誰もリベロを庇おうとはしないだろう。


「ちぇっ! 分かった分かった! これ以上ゲームは買いませんよー」

「…約束だからね?」

「おーけーおーけー! 約束だ約束」


 金遣いが荒いリベロの件は何とかヘイズのおかげで収められた。

 これで残高とチップに関する問題は何もないはず。


「一応グラヴィスに聞いておきたいんだが、お前は何にお金を使ったんだ?」

「き、機材のパーツに少しだけ使って……」

「あぁそうだったのか。あんまりお金を使い過ぎるなよ」


 機材のパーツを購入したと答えられ「何の機材なんだ?」と尋ねたかったが、グラヴィスは内気であまり自分の事を曝け出す性格ではないので、少し注意だけをしてそれ以上は追求しなかった。


「投げ銭システムかー。ますます私たちの方針で生き残ることが難しくなっちゃったかも」

「そうだね~。『相手を殺さずに、密告システムを使って勝利ー!』…なんてこと視聴者は望んでいるのかな~?」

「多くの人間に見られていることは忘れた方がいい。毎日のように人々の視線を気にしていても、精神をすり減らすだけだ」


 このエデンの園での同盟内の目標は『一人も殺さず、一年間を生き残ること』

 それだけでも難しいというのに、周囲の視線を気にしていてはいつか自らの精神をボロボロにしてしまう。


「それに、相手を殺さなくともチップはそれなりに入るっぽいからな」

「…そういえばノアくんはクラス内で振込額が一番多かったんだよね?」

「あぁ。あまり嬉しい事ではないが、これのおかげで視聴者が求めているものが大体分かったよ」


 あの追い返したときの状況を客観的に見ながらヘイズたちにこう説明をする。

 底辺であるZクラスの生徒たちがCクラスの奇襲に遭い、危機的状況となっている。そんな時にZクラスの生徒が一人そこへ現れ、同クラスの女子生徒を助けた。しかもそのZクラスの生徒は、たった一人でCクラスの生徒たちを次々と圧倒し、すぐに追い返したのだ。


 そして最終的には傷ついた生徒たちを治療し、助けた女子生徒を連れてその場から去っていく…。


「これを聞けば、求められているものが大体分かるだろう?」

「…奇想天外などんでん返し、ですね?」

「そうそれだ。上のクラスが下のクラスに勝つのは当然のことだが、下のクラスが上のクラスに勝つことはまず想像できない。"自分たちに予測の出来ないことが起きたとき"。それが見ている者の盛り上がりを最高潮に達せられる方法だと思う」


 Zクラスに視聴者が付くタイミングは殺し合い週間。

 何故なら、どのようにしてZクラスの生徒が殺されるかを見物しようと考える悪趣味な人間が多くいるから。Zクラスに五月まで生き残れる生徒など一人もいないだろう、と下のクラスという理由で勝手に決めつけられる。


「そっか。そこでZクラスのノアがCクラスを追い払ったから…」

「……内情も知らないやつらにとって、それはとてつもない衝撃だったはずだ。ZクラスがCクラスを上回ったなんてこと、誰も予測がつかないだろ。そりゃあ、ノアというイレギュラーが注目を浴びるわけだな」


 ウィザードが微笑みながら、ノアの肩を軽く叩く。


「つまり~…私たちも同じことをすればいいってことだね~!」

「同じこと? それは私たちがCクラスを追い払うということですか?」

「無理無理ー。オレらじゃあんな炎野郎たちどうにもなんないってー」

「いや、案外どうにかなる」


 ノアがそんなことを口にすると、ルナとレインを除いたメンバーたちが「え?」と口を揃えて聞き返した。 


「私たちはノアくんみたいに強くないよ? 特に私なんて全然戦えないし……」

「どちらにせよ今月の殺し合い週間は、先月のようにSクラスの階で立てこもることは出来ない。また同じことをすればSクラスを敵に回すことになるからな」

「…今月は必ずCクラスが俺たちを殺そうと奇襲を仕掛けてくる。前回と同様に安全な隠れ場所があればいいが、恐らくそんなものはないんじゃないか?」

「あぁ、あそこ以外に安全な隠れ場所はない。今月の殺し合い週間は…必ず交戦することになるだろうな」


 ――戦いに参加することになる。 

 それを耳にしたブライトたちは不安のあまり視線を逸らしていた。


「だが、最前線で戦えなんて言わない。本当に一瞬だけでいい。一瞬だけでも戦いに参加すれば、それで十分だ」

「一瞬だけ…? ノアは私たちに何をさせるの?」

「難しいことじゃない。今月の殺し合い週間は――――」


 ノアたちは三十分ほど作戦会議を行い、その場で解散をした。

 ウィザードはグラヴィスと、リベロはヘイズと、ブライトはティア、ファルサ、ルナと共に教室を出ていく。ルナは半ば強引にブライトによって連れていかれ、結局そこに残されたのはレインとノアのみだ。


「レイン。お前も少しぐらいブライトたちと打ち解け合えないのか?」

「あなたが私に出した条件は、"この同盟に所属をし規則を守ること"であって"彼女たちと仲良くをすること"じゃないでしょ?」 

「あー…確かにそうだったな。それなら―――」

「今になって条件を変えないで」

 

 レインに強く言われたノアは、頬を引きつりながら「わ、わかりました…」と丁寧に返答してしまう。


「今日の夜、私にまた教えて」


 ノアの返答を聞いたレインは、それだけ言い残し教室を足早に出て行った。

 そんな彼も早めに帰宅をするために、席を立ち上がったが


「…ノア君、ちょっといい?」


 そのタイミングを狙ったかのように、ステラの同盟メンバーの一人であるモニカが声を掛けてくる。


「モニカさん。何か用でも?」

「ステラから聞いたの。あなたが私のことを助けてくれたって」

「あー、そのことは気にしなくてもいいよ」


 モニカの表情は少しだけぎこちない。

 表面上では感謝の気持ちを伝えようとしているが、裏では何かを企んでいる。それだけは嫌でも理解できた。


「だからね、お礼をしたくて…」

「お礼?」

「今からその、私の部屋に来れないかな?」

「まぁ、少しだけならいいけど…」


 このような誘いはどう考えても罠だが、ここは敢えてその誘いに乗ることにする。普段から同盟のメンバー同士で固まって行動をしているステラたちが、モニカを残し教室から姿を消しているということは、恐らく部屋で待ち構えているのだろう。

  

「ありがとうノア君」


 モニカの横を歩きバス停まで向かう最中、どんな罠が待ち構えているかなど気にもしていなかった。そんなことよりもジュエルペイの画面に映し出される順位に対して、疑問を抱く。


(…Sクラスはあの殺し合い週間で、一度も交戦をしていない。それなのになぜSクラス全員が二十万も振り込まれている?)


 順位表を見れば、様々なランキング形式で他人のチップの額を見ることが可能。

 Sクラスのみの順位を見てみれば、全員が全員二十万円ほどチップとして受け取っているのだ。それだけはどうしても納得がいかない。


(総合順位のトップもきっとSクラスで埋められてるな…)

  

 形式をSクラスからZクラスまでの総合に変更して、一位、二位、三位のチップ数を確認してみる。


(一位のチップの額は…三十七万円!?) 


 イヴネームRosaローザ、クラスはSクラスではなくAクラス。

 二位はSクラスのLustラウストだが、この二人の差は十七万。ここまで大きな差を付けて、このチップの量を獲得したローザというネームの女子生徒。


(…侮れないな)


 ―――Aクラス。

 Sクラスを除けば実質トップの力を持つ生徒たちが揃っているクラスだ。現段階では脅威とはなっていないが、いつの日か必ず大きな壁として立ちはだかる。


(まずはCクラスに集中だ。他のクラスのことを考えていたらキリがない)


 

◇◆◇◆◇◆◇◆



「ローザ様、お呼びでしょうか?」


 四階の教室、Aクラス。

 黒の制服を着た一人の男子生徒がローザ様と呼びかける。それに反応をしたのは、窓の縁に座って景色を眺めている白色の制服を纏った銀髪の美少女。


Elpisエルピス、チップの順位表は見ましたか?」

「はい。ローザ様のご活躍をしっかりとこの眼で拝見を―――」

「違います。此方こなたの順位ではなく、七十二位の生徒についてです。ご存じでないのならすぐに確認をしてください」


 エルピスと呼ばれる男子生徒は、ローザの言葉通りすぐにジュエルペイを起動して、七十二位の生徒を確認する。


「ローザ様。このNoahノアという生徒ですか?」

「その通りです。彼は此方の記憶によれば"Zクラスの生徒"という覚えがあります。最底辺を生きるZクラスの生徒がその量のチップを貰えるのは、狗頭生角くとうせいかくだとは思いませんか?」

「考えてみれば…このようなことは通常あり得ないですね」


 ローザはエルピスの言葉を聞き、窓の縁からトンッと軽く床に着地する。


「エルピス、ノアという生徒を監視してください」

「…ローザ様。お言葉ですが、このノアという生徒はたまたま運が良かっただけではないでしょうか? そこまでしなくても今月の殺し合い週間で尽きるのではないかと…」

「此方は"監視してください"と指示を出しているのです。アナタの意見など求めていません」


 エルピスはローザに睨まれると「…承知しました」と一礼をして、教室を出ていった。


「…此方は帰ります。アナタ方も跪いていないで、早く帰宅をしなさい」


 ローザとエルピスを除いた二十八人の生徒たちは、彼女の方へと身体を向けてその場で跪いている。その表情に感情などはない。まるで下僕、いや人形のようにローザの言葉通りに動いているようにも見える。


「Sクラスは後です。先に下のクラスから潰してあげます」


 彼女は機械のように動く生徒から視線を逸らし、去り際にそう囁いていた。 

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