救世主はルナと過ごす

「ノ~ア~!!」

「はぁーー」


 布団の上でゴロゴロと転がりながら名を呼んでいるルナを見て、ノアはわざとらしく大きな溜息をつく。殺し合い週間が終わり休日となってから、ルナは一度も外出せず、何故かノアの部屋で引きこもりをしていた。


「…お前、自分がだらしないと思わないのか?」

「前世は休日まったくなかったし~、【ナイトメア】が本当にブラック企業ばりの宗教だったし~。少しぐらいこんな生活してもいいじゃん~!」


 ぼさぼさの髪、しわが寄せている寝間着、これでは初代教皇としての名が廃る。ナイトメアの部下がこの教皇を見たら、どんな顔をするのか一度だけ拝んでみたい。


「だったら自分の部屋でやれよ!? 何で俺が引きこもりの世話をしないといけないんだ!?」

「だって、私が勝ったでしょ~?」

「……は?」

「ほら~、最後の殺し合い~!」

 

 最後の殺し合いというのは前世の話のことだ。

 初代救世主だった頃の自分は仲間を庇ったことが原因で致命傷を負い、初代教皇であるルナに敗北した。結末としては二人とも戦死をしたが、細かく勝敗を決めるのなら先に死んだのは自分の方。ルナはそれについて自身が勝ったと自負しているのだ。 


「それで?」

「だからノアは私の命令を聞く!」

「おっ、そうか」

南無三なむさん…ッ!?」


 馬鹿な理屈を述べているルナの顔にティッシュ箱をぶつけて静かにさせる。

 よく分からない奇声を度々上げているが、前世でそのような奇声を上げている姿は見たことがない。演じているのか、それともそれが本性なのか。


「前世の話を今に持ち越すな。俺とお前は転生をしているだけで、前世とは全くの別人なんだよ」

「……」

「おい、聞いてるのか?」

「……スヤァ」

 

 座ったまま寝ているルナに軽く舌打ちをしながら、今度は台所に置いてある空のペットボトルを手に取る。


「起きろこのクソニート!!」

「タモサン…ッ!!?」


 そして全力で投擲し、ルナの頭に直撃をさせれば、また意味の分からない奇声を上げて布団の上に倒れた。これで三十分は時間を無駄にしている。このままではズルズルと一日が過ぎてしまうだけなので、ルナから布団の類をすべて取り上げた。


「あぁ~!? 私の恋人がぁぁ~!」

「お前の恋人はダニなのか?」


 一か月以上もルナの寝床となっている布団。

 確実にダニたちが繁殖をしている。こんなものをこの部屋に置いておくと考えると、悪寒がした。


「あれ? 日干しするんじゃないの~?」

「日干しはダメだ。ダニは六十度近くの熱がないと死なないんだよ」

「え? じゃあどうやってダニを殺すの~?」 


 ルナの問いに答えるかのように、科学力の賜物である小型の機械をいくつか創造して布団の上に置く。


「それって何なの~?」

「乾燥機だ。ダニの身体は半分以上が水分で形成されているからな」

「ふーん…ダニも人間とほぼ同じなんだね~」


 興味深そうに見ているルナを他所に温度の設定を六十五度ほどにして、乾燥機を作動させ掛布団や敷布団やらのダニ退治を始めた。


「…ダニってどうやって繁殖するの~?」

「あー…何だっけな。一般的には動物と変わらないと思うが…ただダニだけは特殊で、メスだけでも繁殖することができたり、オスが種子をその場に置いたらそれをメスが勝手に体内へ取り込んで繁殖したりもするらしいぞ」

「ふーん…」


 なぜルナがダニなんかに興味を示しているのかが謎だ。

 独り立ちをするために覚えなければならないことを放り投げて、ダニについて追求してくるルナにこちらも思わず頭を抱えてしまう。


「あ、そうだノア―――」  

「断る」

「…私、まだ何も言ってないんだけど~?」

「履いている短パンに手を掛けている時点で言わなくても分かる」


 ルナが短パンを降ろして具体的に何をしようとしていたか…は知らない。

 というより、知りたくもない。今までの前科を考えれば、どうせ下らないことに決まっている。


「〇×△□~?」

「お前、少し黙ってろ」


 人には聞かせられないとんでも発言は日常茶飯事。

 ルナはつい最近、自分のことを「幼気な乙女だから~」とか抜かしていたような気もするが、こちらからそれについて言及をさせてもらうなら「身の程を知れ」と返すことだろう。


「少子高齢化の問題を解決できるいい案だと思ったのに~」

「解決するためにダニを参考にするな…! ていうかまずは、この戦争状態を解決する案を考えろよ!」

「あはは~! なんか殺し合いの場でしている会話とは思えないよね~?」

「お前が呑気なだけだろうが…」


 馬鹿みたいな会話をしていれば、小型乾燥機に設定しておいたタイマーがピピっと音を鳴らす。どうやらダニ塗れの布団を乾燥させることが出来たらしい。


「…さすが科学力。しっかりと乾燥してる」

「これで私の恋人の掃除は終わり~?」

「いや、まだだ。乾燥機で殺した後は、ダニたちの死骸が沢山こびりついているからな」


 布団を捲りながら、次に小型の布団用掃除機を創り出す。


「へぇ~、それで死骸を吸うんだね~!」

「お前の恋人なら、自分で掃除してやれ」

「おっけ~♪」

 

 その布団用掃除機をルナに手渡して、どのように使うかを軽く説明し、布団の清掃を自らやらせる。手際は悪いが、自分でやらなければそれは絶対に身に付かない。独り立ちをさせるには、ルナ自身に家事の経験をさせないといけないのだ。


「……こんな感じかな~?」

「あぁ、もう十分だろう」


 三十分ほどかけて布団の隅々まで掃除機で清掃し、ルナは額を拭って小型掃除機を床に置いた。


「乾燥機と掃除機はこの部屋に置いておく。これからは自分でその恋人とやらを綺麗にしてやるんだぞ」

「……」

「…おい?」

「……スヤァ」


 気が付けば寝息を立てながら、布団の上で顔を埋めている。 

 本当に人の話を聞かないな…と少しだけ腹を立ててしまったが、ルナは目の前で自分の布団を自分の手で掃除した。それは大きな成長として褒めるべきことなので


「まぁ…今日はそれなりに努力をしていたんじゃないか?」


 ルナをきちんと布団の上へと寝かせて、お腹を冷やさないように掛け布団を羽織ってやる。掃除したばかりの布団で眠るのはさぞかし気持ちの良い事だろう。


「…教皇ポープ、か」


 前世で殺し合っていた頃は冷酷非道の支配者とばかり思っていた。

 しかしいざこうやって共に暮らしてみれば、家事が一つもこなせない非常識な女の子。言動が狂っていることを除いては、ブライト、ティア、レインのような者たちと変わらないのだ。


「…こんな寝顔を見せられたら、殺したくても殺す気にもなれない」

 

 今までは初代教皇としての彼女だったからこそ、こちらが遠慮なく殺してやろうと思えた。それなのに、若返り、転生をしてからというものの、表面上でしか殺意を抱いているように装う・・ことしかできない。本心で、心の底から、「殺してやりたい」と思えなくなってしまっていた。

 

「俺の記憶が戻れば、教皇に殺された仲間のことを思い出し…逆にルナの記憶が戻れば、俺に殺された仲間のことを思い出す。その時がいつの日か来たら、本当に――」


 敵討ちと憎しみだけを糧に、前世と同じように殺し合うことになるだろう。いくら修羅場を潜ってきているとはいえ、負の感情を抑え込んで「お互い許し合いましょう」などという平和な解決はできない。初代救世主と初代教皇は唯一無二のP型で、実力を備え持つと崇められる存在。


 しかし人間だという事実は変えられない。

 半ば強引に世界の命運を背負わされ、戦争に参加をさせられた。それによって得たものはもちろん私怨・・だけだ。


(俺は…これからルナとどう接していくのが正解なんだ?)


 自然と寝ているルナの左手に触れる。

 前世ではダイヤモンドのように硬く、殺意だけを込められていた左手。それが今となってはとても艶やかで柔らかい触感のする女の子の手だ。 


(…少し、難しい問題だな)  


 眠りについたルナを他所に、ノアは自分自身の手の平を見つめて心の中で小さく呟いた。 





  

 

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