1:6 救世主と教皇は仲間を増やす
体育館で起きた一件はウィッチが後片付けをするようにと上に言われたようで、とてつもなく悲しそうな表情を浮かべながら帰りの終礼を行っていた。そんな情けない教師を先ほどまで怒鳴っていたブライトが慰める。そんな光景を見せられながら、月曜日の初授業は終わりを告げる。
「じゃあ気をつけて帰りなさいよー」
(生徒の前でそんな姿を見せるな)
教室からとぼとぼ出ていくウィッチに生徒たちは苦笑いを浮かべていたが、ただ一人レインだけは無表情のまま席を立ち、自身の寮に帰ろうとしている。
「あー…レイン、ちょっと待ってくれ」
「…なに?」
「殺し合い週間になっても一人で行動するつもりか?」
昨日と同様に嫌な顔をされてもわざと気付かないフリをして、そんな質問を投げかけた。こんな生涯孤独の道を歩みそうなヤツに声など掛けたくはないが、なぜか彼女を見ていると放ってはおけなかったのだ。だから、考えるよりも先に身体が動き、レインにこうやって声をかけている。
「群れるのは弱い証拠。すぐに他のクラスに狩られる」
「一人の者は集団を襲わないが、同類の者を襲う。群れている連中は同じ集団も襲い、一人の者も鴨として襲う。どっちが有利なのか、お前には分からないのか?」
「誰かと手を組んだとしてその連中を信用できるの? ここは全員が敵になるエデンの園。裏切りという可能性が増えれば殺し合うときに判断を鈍らせるだけ」
「規則を自分たちで作成可能な同盟システムがある。これで裏切り行為は潰せるはずだ」
レインは説明に耳を傾けつつも、こちらの顔を細目でじーっと見つめていた。何を疑われているのかと眉をひそめていれば、
「…あなたは私にどうしてほしいの?」
「はい?」
「初対面なのに私を呼び捨てにしたりして、あなたは妙に馴れ馴れしい。それにあの金髪の女を除いて、この教室内であなたが色々と喋る相手は私だけ。どういうつもり?」
気があるように見えるのか、命を狙っているように見えるのか。レインがこちらに負となる印象を抱いているのはその表情からすれば明らかだった。
「このクラスは既に同盟システムを使用している者が大半だ。お前は独りでいることが正しいと思っているようだが、それはただの強がりに過ぎない。このエデンの園で孤立をすることは、すなわち死を意味するんだよ」
「…だから?」
「断言してやる。お前はこのままだと殺されるぞ。あのユメノ使者を相手に苦戦しているのなら尚更だ」
放っておけないが故の厳しい忠告。その忠告を聞いたレインは怒りを露にして、こちらに掴みかかる。
「ならあなたたちで勝手に同盟を組めばいい! 私にあなたの考えを押し付けないで…!」
そしてそう言い放つと、早歩きで教室を出て行った。かなりきつく忠告をすれば多少は聞いてくれるのではないかと考えていたが、どうやら逆効果だったようだ。教室内にいる数少ない生徒たちの視線を集めながら、ルナが座る席まで戻ることにする。
「言い方が厳し過ぎるよ~? もっと優しく言えばいいのに~」
「あれぐらい言わないと考えを変えようとしない。
その先を言いかけ、途中で口を閉ざす。レインと会ってからまだ日も浅いというのに、まるで旧友のことを語るような喋り方をしていたからだ。
「ノアは何か思い出せたの?」
「思い出せては、ない。けどとてつもなくモヤモヤするな」
これが今朝、ルナが何かを思い出したときと同じ感覚なのだろう。自分が何を喋ろうとしていたか、それを一度意識してしまえば思い出せそうな記憶もすぐに引っ込んでしまう。
「徐々にだけど思い出せてはいるのかな~?」
「あまりにもしょぼい進展だが、三か月後には記憶をすべて取り戻せていると願いたいよ」
「あのさ、大丈夫?」
二人して同時に溜息を付いていればブライトが様子を窺がいながら近づいてくる。その心配そうな表情からするに、レインの件でこちらがかなり気を落としていると思われているらしい。
「あぁ大丈夫だよ。あいつに話が通じないことは分かっていたからな」
「そう? それならいいんだけど」
(レインに忠告はした。死んでも殺されても…俺にはこれ以上関係のないことだ)
心の中でそう決めると、このクラスに残っている生徒たちを確認してみれば、レインを除いて九人残っている。教皇側が五人、救世主側が四人。手を組むのには丁度いい人数だろう。
「ブライトにルナ、頼みがあるんだが」
「頼み?」
「どんな頼み~?」
考えていた作戦をブライトとルナに伝える。その話を耳にした二人は「え? それって」と呟きながらも、渋々こちらの頼みを了承してくれた。
「ふぅ、救世主のみんな! 少し聞いてほしいんだけどー!」
「教皇の子も聞いて~!」
二人は一呼吸おいて、教室内に残っている生徒へと声を上げて呼びかける。呼びかけにより残っている生徒たちは、全員視線をルナとブライトへと集中させた。
「私たちと殺し合い週間を安全に生き残るために協力をしてほしいの!」
「…協力って、同盟を組むってことか?」
教皇側の【
「ううん、組まないよ~」
「組まないだって!? そ、そんなの、裏切られるに決まってる!」
教皇側の【
「組まないという判断。それは正しいと思います」
次に声を上げたのは救世主側の『
「ひぃ! 狐が喋った!?」
「どういうことだ? なぜ組まないことが正しい?」
「いいですよ、教えてあげましょう。その理由は"同盟システムは一度組んでしまえば、解散が出来ないから"です」
ティアのその考察は半分合ってて、半分間違っている。確かに同盟システムは一度組めば、そう易々と解散は不可能。
「その意見の間違っている個所を訂正させてもらう。同盟システムは"同盟内の人数が一人の場合のみ、その同盟を解散することができる"」
しかし、二度と同盟を抜けられないわけではない。同盟は二人以上存在して成立のするもの。一人での同盟は何の価値もないため、それに限っては解散することが許可されているのだ。
「ノア、あなたに質問をします。そのようなこと、規則表には一つも書かれていませんでした。その情報は確かなものですか?」
「規則表にはお前の言う通り書かれていない。だから俺はウィッチに直接この話を聞いたんだ」
その際に聞いた話をティアにこう説明をする。体育館の一件の後、個別でウィッチに同盟システムの解散について尋ねた。最初は"規則に書かれた通り"、と一言で返されると思っていたが、案外にもその時の返答は、
「あるわよー?」
と先ほど説明をした唯一の解散方法を教えてくれたのだ。なぜそれを規則に載せなかったのかと更に質問をしてみれば、
「それはねー? どうせ同盟同士の戦いになったら誰一人として生き残れないからなのよー」
「あー…そういうことですか」
「物分かりが早くて助かるわー」
ウィッチの言いたかったことはその短い一文のみですべてこちらに伝わった。つまり、同盟システムは規則を独自で作れるがゆえに、メンバーたちを束縛することが可能だということ。共に行動、共に考え、共に戦う。それを当たり前とする同盟システムは、たった一人だけを生き残らせたりはしない。
「ウィッチ先生に…。なるほど、あなたのその言葉を信じましょう」
――死なばもろとも。同盟を組むことはそれを意味する。この教室にいる者たちはそれを理解したようで、全員が口を閉ざした。
「だからね~? みんなで協力をするのに同盟システムは必要ないと思ったんだ~」
「大半が裏切り行為を心配するかもしれない。でも同盟システムなんかで作った信頼関係なんてダメだと思う! だからここに残った皆でこの一年…ううん、今月の殺し合い週間だけでも生き残ろうよ!」
ルナとブライトは畳み掛けるようにして生徒たちへと訴えかける。この二人に呼びかけを頼んだ理由はこれだ。ルナもブライトもZクラス内で最も"信頼"という言葉が相応しい。ここに残っている生徒たちなら多少は考えを変えることが出来るはずだ。
「私は異論などありません。殺し合い週間がどのような事態になるのかなど、誰にも予測出来ませんから。今回だけは安全に様子見をするため、私は手を貸しましょう」
「ティアさん!」
「まぁ、俺も別にいいよ。あんたたち二人がそこまで言うなら信じてみる」
「ウィザードくんも!」
思惑通り教室内の生徒たちが全員、ブライトとルナの元に集まった。これで取り敢えずは作戦成功だが、
「…」
「ノアくん? どうしたの?」
「何でもない。大丈夫だよ」
今になってもレインのことが頭から離れない。どうなっても知ったことではないと見捨てたはずなのに、未だこびりついている。ヘイズさんにはそれを悟られないように、元気を装ってそう答えた。
(あいつのことは気にするな。今はルナたちと殺し合い週間をどう乗り越えるかを考えることが先だ)
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