1:7 救世主と教皇は伝える

 その日から時が過ぎるのはあっという間だった。月曜日から金曜日までは午前授業を受けて、休日は振り込まれたお金で買い物をしたり、遊んだりをする。大半の生徒たちは殺し合い週間が始まるまでそのような日々を送っていた。


 授業内容にある訓練では、各自で創造の鍛錬をするだけのもの。ウィッチは特に指導もせず、体育館の隅で安らかに休眠を取っているだけ。ヴィルタスたちも結局授業へ一度も参加をしていない。Zクラスは十人の生徒のみ、教室へと顔を出していた。


「…ノア、いよいよ明日からだね」

「あぁ、本当に今日までクソみたいな毎日だったな」


 そうやって無駄な時間を過ごしていれば、いつの間にか殺し合い週間の始まる四月十七日が明日に迫っている。自分もルナもお金を使って裕福な日々は送っておらず、ただご飯を食べて、お互いに話をするだけの毎日を歩んでいた。ルナは今日までこちらの部屋に住み着いており、自分の部屋には一度も帰ってはいない。


「うん、ノアを何度も殺したくなったからね~!」   

「ははっ、俺の方がお前を殺したくなった回数は多いぞ」


 だからこそルナとは何度か殴り合いありの喧嘩をしていた。喧嘩が勃発するきっかけは大体ルナを自立させるために家事を教えるとき。本人が述べていたように、必ず何かしらを破壊してしまい家事どころじゃなかった。

 

『何でお前は毎回毎回物を壊すんだよ!?』

『ノアの教え方が下手くそなだけだもん!』

『下手くそなのはお前の力加減だ怪力女!』


 子供のような喧嘩を繰り返し、気が付けば部屋が戦場痕のように散らかっている状態。自分もルナもひと暴れをして疲れ切り、何事もなかったかのように一日を終える。皆が娯楽を嗜んでいる裏で、こんなことを何度も行っていれば時間などあっという間だ。


「それで~? 明日から殺し合い週間が始まるけど、何か作戦とか考えてあるの~?」

「あぁ、それなりにな」


 作戦はしっかりと考えていたが、今日は四月十六日の日曜日。本来なら授業はないはずなのに、Zクラスの生徒はウィッチによって深夜二十一時近くに呼び出されていた。  

 

「あ、ノアにルナ!」


 救世主側であるブライト、ティア、ヘイズの三人と教皇側であるウィザード、グラヴィス、リベロの三人が正門前でこちらが来るのを待っていた。校舎内は殺し合い週間が近づいていることで危険だと予測し、全員に連絡ツールで人の目につきやすい正門の前で、あえて待ち合わせをしようと呼びかけていたのだ。


「全員揃ってる~?」

「いいえ。たった一人だけまだ集合していません。確かイヴネームは、【Falsaファルサ】でしたよね?」 

「そうだ。俺たちが連絡をしても全く応答をしない」


 ファルサと呼ばれる教皇側の女子生徒。特に目立つような子でもなく、そこらへんにいる普通の女の子と何ら変わりない。非協力的だったわけでもないし、むしろ協力を前向きに検討をしてくれるとても印象の良い人物だったのだが…。


「怯えて逃げたんじゃねーの?」

「リベロ、そういうこと言わないで!」


 救世主側はレインを除き自分を含めてブライト、ヘイズ、ティアの四人で陣を取り、教皇側はルナ、ウィザード、リベロ、グラヴィス、ファルサの五人で陣を取る。この九人での形態を極力保ちたかったというのに、早速人員一人の連絡が途絶えたことで作戦を少し変更しなければならなくなった。


「と、とりあえず早く教室に行こうよ! この辺り少し暗いし、明るい場所へ移動した方が安心するでしょ!」  

「…それもそうだな。ファルサとは連絡が取れ次第、合流することにしよう」 


 ビビり散らかしているグラヴィスの意見に賛成をし、八人でZクラスの教室へと向かう。校舎内に足を踏み入れてみれば、空気は凍り付き、ピリピリとした雰囲気が辺りに漂っているようだった。そんな中を八人で固まって行動し、Zクラスに顔を出してみれば、


「来たか」


 ヴィルタスが仲間のネッドたちを従えて、教室の隅でこちらを警戒しながらそう呟いた。アウラも、ビートも、ステラも、同じように敵を見るような視線を送ってくる。


「…久しぶりに顔を見た。二週間ぶりだね、ヴィル」

「現ノ世界に住んでいたお前が俺の名を気安く呼ぶな」


 ブライトはヴィルタスにそう返答をされ、むっとした表情を浮かべた。相も変わらずの救世主嫌い、そんな彼を説得に回ったところでレインと同様時間を無駄にするだけ。


「ブライト、俺たちはあの過激派・・・と手を組むわけじゃないぞ。俺たちは俺たちで、一つのクラスとして考えた方がいい」

「ははっ! そんな連中で集まって何が出来るというんだ?」


 ヴィルタスはこちらのメンバーを指差して、馬鹿にしながら笑った。しかしこの場で重要なことはメンバーじゃない。こちらからティアに視線を送り「言ってやれ」と合図を出す。 


「…お言葉ですが、こんな夜中に呼び出された意図も読み取れない者たちよりは何かしら行動を起こせているかと」

「どうせ明日の朝から始まる殺し合い週間の説明だ。それぐらいここにいる者たち全員分かって――」

「違います。殺し合い週間は明日の朝からじゃありません。今日の深夜からもう始まるのです・・・・・・・・・・・・・・・

「しかも、この本校舎の中のみでね」


 その言葉を耳にしたヴィルタス、アウラ、ステラ、ビートの四つの同盟は、今まで呑気に座っていた椅子や机から勢いよく立ち上がった。やはり誰一人としてその罠に気が付いていなかったようだ。


「今日の深夜から? それに殺し合いをする場所がこの校舎内だけって、わたしたちはそんな話を聞いて…」

「第三週目からと言っただろ。ウィッチは三週目の朝からなんて一言も口に出していない」

 

 動揺を隠せずにいるステラにウィザードが冷静に言い放つ。


「おい待ってくれよ! その話は本当なのか!?」

「本当に明日の朝からなら、あのめんどくさがりのウィッチがこんな夜中にオレらを呼び出さないぜー。メールで『明日は殺し合い週間ですよ~』みたいこと言うだけでさー」


 声を荒げるビートにリベロは両手を頭の後ろで組みながら、呑気にそう答えた。


「あなたたちはどうしてそれを知っているのかしら?」

「それは、ウィッチから聞いたから」

 

 ヘイズは一言一句しっかりとアウラにそれを伝える。勿論、彼女らはそんな話を一度も聞いていない。何を見逃していたのかとやや困惑しているが、大事なことを忘れているではないか。

 

お前たちは授業に出ていなかっただろ・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そう、それを教えてもらったのは紛れもないウィッチの授業。一般的に考えれば授業の品質はかなり酷いものだったが、ここは普通の場所じゃない。殺し合いを真の目的とするエデンの園。ウィッチから一般的な教養を学ぶのではなく、殺し合いに至っての情報を得るための場。


「ウィッチ先生は毎日ちゃ~んと私たちに教えてくれたからね~? 殺し合い週間は深夜の零時から始まるって~」  

「だったら、どうしてわたしたちに教えてくれなかったの!?」

「どうしてって…。ステラちゃんたちは、ウィッチの忠告を無視して授業を放棄したよね? それで何が起きても自業自得だし、何よりも甘い考えでこの殺し合い週間まで遊んで過ごしていたあなたたちに教えるほど――」


 ルナの明るい表情を保ちつつ、声のトーンを下げ、



「私たちがそんなお人好しに見えた?」


 

 ステラに優しく微笑んだ。それに恐怖を感じたステラは「ひっ…」と怯えた声を上げて、後ずさりをする。


「さぞかし大変だろうな。仮眠も取らずにここへ来たんだから」

「ああそれとですね。他のクラスにはあなた方のようにサボっている方々はいませんでした。これが意味することは分かります?」

 

 ウィザードとティアは追い討ちを掛けるようにして、そんな発言でヴィルタスたちへ畳み掛けた。


「本格的に奇襲を受けるのは夜ということです。あなた方は自らの軽率な行いによって手負いを受けた。まるで馬鹿みたいですね」  


 この情報を知っているかいないかでコンディションは大きく分けられる。もちろん、こちらのメンバーたちは午前の授業を終えてからきちんと仮眠は取った。自分とルナだけは前世での不眠不休の生活によって、寝なくても平気だったため、これからの殺し合い週間の日程の打ち合わせをしていたが…。


「話は終わりかしらー?」 

「ウィッチ!」


 教室の入り口近くでこちらの論争を聞いていたようで、丁度静寂が訪れたタイミングでウィッチが顔を出した。久々にウィッチの顔を見るヴィルタスたちは悔しそうな表情で教卓の方を見つめている。


「あなたたちが代わりに説明をしてくれて面倒ごとが省けたわー」

「ウィッチ先生。本来の集合時間は二十二時じゃないんですか? どうして私たちだけ一時間前行動を…」

「どっかの誰かさんたちに文句を言われると思ったからよー」


 ブライトにそう返答すると、ウィッチがチラッとヴィルタスたちに視線を向けた。この先生は抜けているようで、生徒のことをそれなりに考えてくれている。こちらの質問には答えられる範囲で回答し、重要な情報は朝礼と終礼で必ず確認をする。ヴィルタスたちはその一面を知らない。


「話を聞いていなかった。もしくは聞く気がなかったお間抜けさんがいるのなら、今からでも仮眠を取ればいいわー。まぁー頭が半分寝た状態で殺し合いから生き延びれるならだけどー」


 悔やんでいるヴィルタスを他所に、ノアはルナと視線を交わしながら「してやったり」と小さく頷いていた。

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