1:5 救世主と教皇は演習する

「これであなたたちは己の長所を知れた。これからどうやって殺し合いを乗り切るのか、客観的に自分を見て考えなさい」


 それぞれ自分自身の型を知ることが出来た生徒たちの表情は、非常に険しいもの。期待をしていた型に当てはまらなかったのか、それともこれからどのようにして生き残ろうかという計画が思いつかないのか。どちらにせよ型を知るこの機会で、生徒たちはより不安を募らせることになったのは違いない。


「ルナとノアはどうだったの?」


 少しずつ横歩きをして、こちらにブライトが近づいてくる。ここで「P型だった」などと答えれば一大事となってしまうため、ルナと顔を見合わせながら、


「秘密だよ~」

「教え合わない方が自分の為になるしな」 


 何かしらの理由を付けて、黙秘することにした。ブライトは「そっかー」と納得をしそのままこちらの横に並んで、ウィッチの話を聞き続ける。


「型は知れたから次は実戦よ。あなたたちには実際に戦ってもらうわー」


 殺し合ってもらう、ではなく戦ってもらう。演習のようなものだろうか、とウィッチの動向を窺がっていれば、


「"ユメノ使者"ー」 


 小さな声でそう呟き、背後に一人の女性が姿を現した。その女性は一見すれば美しいという言葉で称えられるのだろうが、その黒に染まった身なり、こちらを誘惑するかのような魅了の瞳を踏まえれば、まともな女性ではないことが分かる。


「あれってユメノ使者だよね? 私、初めて生で見たかも」

「…そうなのか?」

「うん。だってユメノ使者を使役できる人ってこの世界で百人もいないからね。テレビ越しで見たことがあるぐらいだよ」


 ――ユメノ使者。それは自身の半身となる者で、主となる人物に忠誠を誓う下部。ブライトはユメノ使者を見るのは初めてだと述べているが、前世では戦争に参加する者たちは当たり前のようにユメノ使者を召喚していた。


「はい、準備はできたからこの"キルケ―"に攻撃をしてみなさいー」

「攻撃って、本当に大丈夫なんですか?」

「この子の心配はしなくてもいいわー。もし仮にキルケ―がやられても私には何の影響も無いしー」 

  

 ヘイズの質問にそう返答をしたと同時に、レインが蒼色の鞘に納まった刀を創造し、キルケ―と呼ばれるウィッチのユメノ使者に斬りかかる。


「っ…!」 


 しかしその一撃目はキルケ―にかすりもしない。それどころかレインの頬を手で愛でるほどの余裕があるのか、二撃目、三撃目もキルケ―は赤子の手を捻るようにして緩やかに回避をし、レインを翻弄していた。


「キルケー! 分身を創りなさいー」


 ウィッチの指示を聞き入れるとキルケ―はこくんと小さく頷き、自身の姿を十人ほどに分身させて、生徒一人一人の前に立ちはだかる。


「今日は鐘が鳴るまでその子と戦闘演習してなさいー。私はその辺で休んでるわー」

「戦闘演習、ねぇ?」


 周囲を見渡してみれば、各自でキルケ―を相手に奮闘をしていた。武器の種類も人それぞれでブライトは短刀を、ヘイズさんは弓を使用している。扱いにはまだ慣れていないようだが、キルケ―と交戦している最中で感覚を少しずつ掴んできている。


「全員、生き延びれるように努力をしてるな」

「あははー、全員じゃないかもよ~?」


 ルナが見ている方向へ視線を移してみれば、リベロだけ戦うことはせずゲームをしており、その背後でキルケ―が画面を覗いているという奇妙な光景が目に入った。どうやらリベロは身体を動かすよりも、ゲームで指を動かした方が遥かに有意義な時間を過ごせると考えているらしい。


「ノア、あのユメノ使者どうする~?」

「あー…適度に身体動かす程度でいいんじゃないか?」


 キルケ―は分身をしたことで、本来の力の十分の一程度しか発揮できない。そんなユメノ使者を相手にしたところで、自分もルナも準備運動にさえならないため、この場は適度に交戦して鐘が鳴るまでやり過ごすことにする。 


「じゃあそれまで遊んでるね~」

「あぁ。変に力を出して目を付けられるなよ」


 ルナは「は~い」という返事をしながらキルケ―の分身と共に離れていった。


(どれぐらい動けるのか、それをまずは調べてみるか)  


 試しに創造力を少しだけ脚に集中させ、キルケ―の目の前まで接近をする。それを目の当たりにしたキルケ―は、驚きに満ち溢れた表情を浮かべるとすぐさま退いて距離を取り、こちらをかなり警戒し始めた。


(この程度で驚かれるのなら、何をしても驚かれそうだ)

  

 身体の一部分に創造力を集中させれば、その部分の身体能力を強化できる。先ほどのは脚に創造力を集中させることによって、瞬発力と筋力を向上させただけ。たったそれだけのことで驚かれれば、次の手は一体何をしようかと色々な意味で悩んでしまう。


「お前、喋れないのか?」

「……」


 キルケ―が喋れるのかを試すためにそう尋ねてみるが、うんともすんとも言わない。ユメノ使者は忠実な下部だが、自分自身の半身でもあり喋ることだって容易いはず。


(このユメノ使者は何かおかしい)


 ユメノ使者だろうと言われれば肯定はできる。けれど自分たちの知っているユメノ使者とはどこか違うのだ。


「お前はユメノ使者なんだろ?」

「……」

「まさかだとは思うが、ユメノ使者として精巧に創られたわけじゃ――」


 そう言いかけた途端、キルケ―の視線が敵意を示すものへと変貌した。


「ノア…ッ!!」


 背後から名を呼ぶルナの声が聞こえ振り向いてみれば、生徒たちが相手にしていたキルケ―の分身九人が一斉に、こちらに向けて火の球を撃ち出していた。火の球の大きさは人間一人は優に包み込めるほどの大きさ。当たればひとたまりもないもの。


「――ソレハ禁句・・」 


 視線を逸らしているうちにすぐ目の前までキルケ―が接近をする。そして身動きの取れないように細い両腕でこちらの身体に抱きつき、馬鹿力で締め付けた。


「緩いんだよ」


 それがキルケ―の全力だったのかは不明だが、この程度の力で拘束されるほどこちらも柔じゃないのだ。…とその一言にすべてを込めて言い放ち、火の球が迫る中で締め付けるキルケ―の両腕を軽々と振りほどいて、バランスを崩した隙に肘打ちを顎に打ち込む。


「お前が燃えろ」


 火の球に向かってキルケ―を放り投げ、自身の前に防壁として壁を創造した。九つの火の球は爆炎を撒き散らし、辺りに轟音を響かせ、体育館内で火災を引き起こす。


「…間一髪だったか?」


 防壁として創造した壁は火の球程度で微動だにしない。

 例え、あの火の球が百発撃ち込まれたとしてもかすり傷さえ付かないだろう。


「火が、体育館に回って…!」

 

 あの火の球の影響で、体育館の至る所で炎が引火し燃え盛っていた。火の海は見慣れているため驚きもしなかったが一つだけ驚いたことがある。それは生徒たちが叫び声を上げる中で、ルナだけはこちらに向かって炎の中を全速力で駆け抜け、


「ノア、大丈夫!?」


 と過剰に心配をしてきたことだ。キルケ―の実力などたかが知れていると二人で話していたというのに、そこまで声を上げて心配をされてしまえばこちらもどう答えればいいのか一瞬戸惑ってしまう。


「いや、そんなに心配をする必要あったか?」

「だって、ノアは弱いから…」

「ここで燃やすぞ」


 その挑発交じりの言葉を聞いて、少しだけ良い奴だと思って損をした気分になる。こちらの安否を確認することよりも、心配すべきことはこの体育館の火災だ。今すぐ消火活動をしなければ、本校舎の方にも火が回る。   


「ウィッチ先生! 火を消してくださ――」

「…ぐぅ」

「って寝てるよこの人!」 

 

 頼れるウィッチは体育館の隅で丸まって寝ていた。ここまでくるともはや教師としてのウィッチに呆れるのではなく、我が道を突き進むウィッチのことを尊敬してしまう。 


「ルナ。俺たち二人で消火するぞ。このままだとここにいるZクラスの生徒が焼け死ぬはめになる」

「おっけー」


 ルナと力を合わせて、火を消すために消火器をいくつか創造しようとした…その時、

 

「…何か来るぞ」


 体育館の入り口から水で生成された蛇が宙を飛びながら入り込んできた。他のクラスが奇襲を仕掛けてきたのかと警戒をしていたが、その蛇は囂々と燃えている炎を食らいつくようにして消火活動を開始する。


「やぁ、大丈夫だったかい?」


 入り口から姿を見せたのは赤色の眼鏡を掛けた男子生徒。高い身長を持っているがその身体は少々痩せ気味で、茶色に染められた天然パーマはとても特徴的だ。黒色の制服を纏っていることから教皇側だということが見て取れる。


「アンタたちはここで何をしてるんだい?」


 その男性生徒の背後に立ち、腕を組んでいる女子生徒がこちらを見渡して問いかけた。白色の制服を着ているということは救世主側だろう。腰まで届く水色髪のポニーテールに無地の眼鏡。男勝りという言葉が相応しい女子生徒に見える。


「ユメノ使者が突然暴走したんです。俺たちにはどうすることも出来ませんでした」 

「暴走だって? それは本当なの?」

「本当です。ここにいる十人の生徒が証人になれますよ」 


 男子生徒のネームプレートは紅で【Envyエンヴィー】と刻まれ、女子生徒の方は蒼色に『Manitasマニタス』と刻まれていた。これが意味するのは二人とも一人以上は殺している・・・・・ということ。


「ノア、多分あの二人って」

「…Sクラスに所属する七元徳と七つの大罪だ」


 スロースとストリアと同様に身体のうちから発している創造力の質が特徴的だ。神聖な力と罪に汚れた力。この二つをそれぞれ二人から感じ取れる。


「エンヴィー。あたしらはこんなところで人助けをしている場合じゃないだろう。そこに立っている"ルナ"ってやつらに後は任せればいい」

「そうだね。じゃあ後は"ノア"たちに任せるよ!」


 何か用事でもあるのか消火活動を終えた後、二人は体育館から姿を消してしまった。ブライトたちは助かったと一安心しているようだ。


「ふぁぁ…。あら? 何やってるのよー?」

「ウィッチ先生! ユメノ使者が暴走して大変だったんですよ!?」


 呑気に欠伸をしながら目を覚ましたウィッチに対して、ブライトは声を荒げながら先ほど起きた出来事をすべて話す。それを聞いたウィッチは首を傾げながら、


「暴走? 夢でも見たんじゃないー?」

「辺りをちゃんと見てください! 焦げ跡が残ってるんですよ!」

「確かに残ってるわね。じゃあキルケ―が本当に暴走を?」


 最初はそれを否定し続けていたが、辺りの惨状を目にして少しだけ信用し始めた。

 

「"それは禁句"、か」

「あの女にそう言われたの?」

「あぁ、確かにそう言ってきたんだ」


 キルケ―の言葉には何か裏があるようにしか思えない。ノアは不気味に思いながらも、焦げた木製の破片を拾い上げ、ウィッチの姿を見つめた。

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