1:3 救世主と教皇は学ぶ

「出席はー、めんどーだから全員出席にしとくわよー」

(だったらその出席簿を持ってこなくてもいいだろ)

 

 というより、出席を確認することに少々驚きを隠せない。これでは本当に学校生活を送らされるようで、殺し合いなんて言葉は頭から抜けてしまうそうだ。


「あ、号令もめんどーだからしなくていいわよー」

(この先生は牛か?)

 

 まだ若々しく見える女性教師だが、その言動や立ち振る舞い方はどこからどう見ても老婆そのもの。シャキッとしている姿などはまだ一片たりとも見た覚えはない。


「じゃあ総合の授業を始めるわー」

「先生、総合って何をやるんですか? 今日の授業内容に国語や数学もありましたが、ここでするべきことは殺し合いですよね? 俺たちはそんな呑気に授業を受けて――」

「あんたうるさすぎー。ちゃんと説明を全部聞きなさいよねー」


 ウィッチはヴィルタスに向け人差し指を突き出して開いていた口を閉じさせる。しかしヴィルタスの意見には皆が賛同だった。このエデンの園では殺し合いが主流となるはずなのに、月曜日~金曜日の午前の時間すべてを拘束され授業を受けないといけないのだ。文句の一つも言わざる負えない。


「昨日の時間割を見て、こいつと同じことを考えた子は少なからずいるとは思うわ。でもこの授業に出ないと、いずれ自分の首を絞めるのはあなたたちなのよー?」

「その首を絞めるというのは、どうしてですか?」 

「来月まで生き残っていれば分かるわよー」


 ヴィルタスはその適当なウィッチの返答に、わざとらしい大きな溜息をついていた。それをしっかりと見ていたウィッチは教室内全体を見渡し


「確かに私は忠告をしたわ。それでもこの授業を受けたくないと言うのなら今すぐ帰りなさいー。別に欠席をしてもペナルティがあるわけじゃないしー。あなたたちの好きすればいいわー」


 その言葉を聞いたZクラス内の四組の同盟はリーダーの後に続くようにして、教室から即座に出て行った。救世主候補であるステラもビートも、教皇候補であるアウラもヴィルタスも、「これが正しい」と言わんばかりに堂々としていたが


(浅はかだ。何か裏があるのは今のウィッチの言葉を聞けば馬鹿にでも分かる。同盟システムによって仲間が出来たことで調子に乗っているのだろうな)

 

 教室に残ったのは自分を除けば同盟システムを使用していない生徒十人のみ。

 救世主側ならばブライト、レイン、ヘイズ。教皇側ならばルナ、リベロ。昨日にルナから聞いたリベロの性格からして、てっきりこの場を出ていくと思っていたが、どうやら冷静な判断は下せ――


(いや、ただ単にゲームに夢中なだけか)


 よく見てみればリベロはイヤホンを耳に差してゲームをプレイしている。そもそも周囲が出て行ったこと自体に気が付いていないらしい。結局この教室に残ったのは三十人のうち、同盟を組めていない十人だけとなる。


「教室に残ったのはあなたたちだけねー。じゃあ授業を始めるわよー」


 授業が始まり一限目は総合という科目。この授業はごくごく普通の世界が抱える環境問題について、意見を書くプリントが配られる。そして時間を取った後にグループを作りその意見を交換するというグループディスカッション。

 

「ていうか何でみんないないんだ? 保健室にでも行ったのか?」

「リベロ、本当に何も聞いていないんだね」


 ヘイズがリベロの顔を見ながら大きなため息をつく。目の前で溜息をつかれたリベロは、こちらの視線を集めていることに気が付き、手に持っていたゲーム機を懐にしまう。


「よし、今からグループの意見交換をするね」


 グループのメンバーは顔見知りの人物たちが集まった。自分の意見を出す場でどのようなことを言おうかと色々と考えてみても、環境問題がここまで悪化しているのは人間のせいという結論に至ってしまい、


「じゃあ、ノアはどう思う? 環境問題について」

「人間が消えればいいんじゃないかな」

「え? ノア、何て言ったの?」

「あはは~! ノアは資材を大切にしろってさ~」

 

 無意識の内にとんでもない意見を述べてしまった。ブライトに一度聞き返されたが、ルナが横から入りその意見を大きく変えて代弁する。


「ノア、変なこと言わないで!」

「悪い。色々と考えていたらいつの間にかぼーっとしてた」


 ブライトが場をまとめて意見を順番に発言させ、最後にレインの番となった。正直、無愛想で一匹狼のレインが環境問題についてどのような意見を述べるのかはまったく想像が出来ない。


「それじゃあ、レイン。最後に意見を言ってほしいな」

「…環境も人々も救世主がすべて救わないといけない。だから私はあなたたちを全員殺して――」

「レインさん、今は環境問題についての話し合いだ。それは論点から大きくずれているだろう」


 敵意を剥き出しにしているレインの言葉を遮り、これ以上喋らせまいと口を挟む。このグループの中で唯一殺し合いの意志を強く示している彼女は、最も空気を悪くする要因だ。

 

「そう、それなら特に言うことはない」

「そ、そっかぁ」


 締まらないレインの意見を最後に一限終了の鐘が鳴る。冷静になって考えてみれば、何故自分たちは殺し合う相手と環境問題について話し合っているのだろうか。この教室にいる誰しもが、そんな大きな疑問を抱いている。


「はーい。十分休憩入ったら二限目始めるわよー」


 その後もごくごく普通の授業。二限目の国語も配られたプリントを見ながら、古典の授業を行ったり、例文を読まされたりするだけ。三限目の数学に至っては、二次関数に関しての問題を解かされるのみでウィッチは何一つ説明をしなかった。


 一般的な授業として点数を付けるのであれば、百点満点中二十点。稚拙な授業の内容や、教え方の質が低すぎるのにも程がある。これなら独学で自習をしていた方がマシではないか。


「四限目は訓練だからー。全員体育館に移動しなさいー」 


 あっという間に時間は過ぎて、ついに四限目に入っている「訓練」という授業の時間がやってくる。教室内にいる自分を除いた生徒たちは、言われた通り体育館へと移動を始めた。


「リベロー! 次体育館に移動だよー!!」

「あと五分くれー」 


 ヘイズが寝ているリベロを叩き起こそうとしている姿を横目で見ながら、ルナと共に教室を出て体育館へと向かう。


「ノアにルナー! 置いてかないでー!」

「あれ? ブライトちゃんどこに行ってたの~?」

「ちょっとお手洗いに…」


 ハンカチで手を拭きながら後を追いかけてくるブライト。彼女がここまで必死に追いかけてきたのは、この校舎内を単独で行動するのには心細いのか、いつ襲われるか分からないという恐怖心が大方の理由だろう。


「ルナたちって体育館がどこにあるのか分かるの?」

「分かるのって聞かれてもな。始業式の日に使ったあの広い場所じゃないのか?」

「ああーっ! あそこね!」


 ブライトがつい昨日の始業式のことを一年前の記憶かのように思い出す。始業式の日に寝ていたのか、それとも記憶力が乏しいのか、どちらかなのだろうが、始業式は昨日の出来事だ。見た目はしっかりとしていると思っていたが、それとは裏腹に忘れっぽい一面があるらしい。


「そういえばブライトさん。聞きたいことがあるんだが…いいか?」

「へ? 聞きたいこと?」

「あぁ。ゼルチュはこのエデンの園にやってきた生徒たち全員が、自ら志願してここに来た。みたいな言い方をしていたけど、それは本当なのか? Zクラスの大半は生き残ることしか考えていない気がするんだが」


 Zクラスの生徒たちを見ていて最も疑問に思っていたこと。それは一部の者以外、救世主や教皇の座など目もくれず、ひたすらに生き残ろうと考えていることだ。分かりやすくそれを示しているのはステラたちの同盟で、「この一年間を生き残る」という目標を掲げている。

 

 自分たちから殺し合いを志望していたのなら、そのような生徒たちなど一人も出ないはずではないか。

 

「あんなの嘘っぱちだよ。全員が全員そうなのかは知らないけど、私は能力が平均より高かったからって理由でここに無理やり連れてこられたから」

「無理やりだって? そんなこと、両親は許すはずが…」 

「ううん、それが許しちゃうんだよね。"永い戦争を終わらせるために世界の代表の一人として自分の娘が選ばれる"って考えたらうちの両親は嫌がるどころか、むしろ誇らしく送り出してくれたよ」

「…反吐が出るな」 

  

 自分の子供を何だと思っている、自分の家族を何だと思っている。色々と言いたいことは募ったが、それとすべて胸の中に仕舞い込んでたった一言だけそう述べた。


「世界中の学校から一人ずつ選ばれてるって噂を耳にしたけど、本当なのかな?」  

「同じ学校から二人も選んだら、お互い名前を知っている可能性も高い。そうなれば密告でどちらかが速攻消えてしまう。それを防ぐために学校から一人ずつ選んでいる、と考えれば信憑性は高いと思うぞブライトさん」


 流石に他校の生徒までは誰も把握しきれていない。つまりここに集っている者たちは、全員初対面の状態で始業式を迎えているのだ。


「あと、あのさ」

「ん? 何だ?」

「タメ口なのにブライト"さん"ってつけるのやめてくれない? 気になって仕方がないから、呼び捨てにしてよ」


 "さん"付けに対して意識しているつもりはなかった。コミュニティ能力が乏しいから、無意識のうちに距離を置こうと"さん"付けしてしまっていたのかもしれない。 


「じーっ」

「何だよルナ? 何を見てるんだ?」

「顔が赤いけど…。もしかして、ノア照れてる?」

「あー、お前の顔を真っ赤に染めてやろうか?」


 照れているという意識もない。まさか無意識のうちに照れていたりするのか、と心配になり窓に映る自分の顔を見ようとしたが、


「あっはっは! うっそぴょーん!!」

「はい、死刑確定です」


 顔が赤いというのは嘘のようで、ルナは爆笑しながら自分の脚を叩き始めた。からかわれた怒りだけでなく、照れているのかと聞かれ、少しだけ信じてしまった自分に対しての怒りも同時に込み上げて、ルナの頭にチョップを食らわせる。


「んにゃぁっ?!」


 すると変な叫び声を上げながら、頭を押さえて辺りに痛みを逃がそうとドタバタと駆け回った。そんな姿を目にして、一度だけ鼻で笑う。何か言われても"自業自得"という便利な言葉を頭に植え付けてやれば問題はない。


「やっぱり、二人とも仲いいんだね」

「良くない良くない。今すぐにでも殺してやりたいぐらいウザい奴だからな」

「またまたー、冗談言っちゃって」

「囃し立てるのはやめてくれブライト」


 この後、駆け回っているルナを放置し、授業開始の鐘が鳴る前にブライトと共に急いで体育館へと移動することにした。 

   

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