0:7 救世主は教皇と思考する
「久しぶりに人の腕折ったかも~」
「…お前、絶対に殺してやる」
自身の学籍番号が記載されている寮の部屋のロックをジュエルペイをかざして外す。最初に目覚めた部屋へと帰ってきたノアだったが、ルナのせいで左腕があり得ない角度に折り曲がっていた。そんなノアを他所にルナは買い物袋を片手に部屋へと靴を脱ぎ捨てて上がり込む。
「一人が住むには広い部屋だよね~」
「風呂やトイレはともかく、キッチンも付いているなんてな。かなり費用が掛かるだろう」
こうやって部屋を見渡してみても、生徒一人が住むにしては十分すぎるほど広い。ガスに水道に電気、あらゆる消費を考えれば月に数十万はかかるのではないだろうか。それを二百人分受け持つとなると、ますますゼルチュが一人で受け持っているとは思えない。
「その腕直さないの?」
「折った本人がそれを聞くか?」
「痛くないのかなって」
「腕が切断されたときと比べれば、この程度我慢できる。けど少し不便だな」
ルナは「少しだけか!」と小さな声でツッコミを入れる。
「ああそうだ。"再生"を使ってみるか」
「それって規則に触れてないの?」
「大丈夫だ。きちんと確認はしている」
創造力を折れた左腕に集中させて再生を強くイメージする。これは言葉通り、創造力を持つ者ならば【どんな傷でも本人が生きていれば必ず治療することが可能】な技みたいなもの。腕が切断されても、脚が切断されても、臓器が腹からはみ出ても、この再生を使用すれば完治することができる。
「使える、な」
見るに堪えない方向へ折れ曲がっていた左腕は、あっという間に元通りとなった。こんな便利な技があるのであれば、殺し合いもかなり楽になり生き残れるのはないか…と思うだろうが、この技には大きなデメリットがある。
「疲れた?」
「あぁ、ほんの少し疲れた」
再生を使用する際は創造力を消費すると共に、使用した身体に疲労を蓄積していく。戦いの最中に繰り返し使用していれば、身体に疲労が次々と蓄積され、許容限界を超えると身体が一切動かなくなってしまうのだ。それでも再生を使用してしまえば、最終的には
「そういえば、今になって気が付いたんだけど…ノアの腕を折ったのに私は処罰を受けないんだね~」
「殺すことが処罰対象になるんだろ。生きていれば怪我をさせても、半殺しにしても問題はないんじゃないか?」
これに限っては上位クラスが有利となる規則の穴。上位クラスの生徒が下位クラスの生徒を皆殺しにはできないが、殺しはせず戦えない状態まで怪我を負わせることが可能。殺し合い週間の前日にそれを行えば、その上位クラスは楽をして生徒を皆殺しに出来る。前日に行ったその行為は殺し合いではなく、あくまでも
「この仕組みをCクラスのあの子たちに気づかれたらどうするの?」
「あいつらは自分たちの下にZクラスがあるからああやって余裕をかましてられる。実際はCクラスも下から数えて早い連中だ。怪我をさせることはセーフなのではないか…なんて考える余裕もないだろう」
例えZクラスを皆殺しに出来たとしても、その時点で最下位クラスはCクラスとなる。そこからが地獄。上にはBクラス、Aクラス、そしてSクラスが待ち構えているのだ。Zクラスで見せた第一キャパシティは確かに強力なものだろう。だが上のクラスは第一キャパシティを扱えることが当たり前かもしれない。そうなったとき、鴨にされるのはCクラス。
「私たちはこれからどうするの? 救世主と教皇の座を奪い取ってみる?」
「お前は教皇に就きたいのか?」
「…嫌に決まってるでしょ。もう戦いたくないもん」
「俺だってもう
初代救世主、初代教皇として務めていた二人ならば、この殺し合いを生き残り、再び教皇と救世主の座に就くことは可能だ。しかしノアもルナも、誰かを押しのけて、誰かを殺めてまでして、そんな座など欲しくはなかった。
「そこで、だ。俺たち二人がZクラスの中で誰か一人を選んで力を貸し、救世主と教皇の座に就かせるってのはどうだ?」
「それって少し横暴過ぎないかな? 無理やり押し付けようとしているような気がするけど」
「俺たちを除いてあのZクラスの中で生き残れるやつがいると思うか? あのままだと全滅だ。教皇と救世主の座はSクラスの誰かに奪われて、戦争が始まるだけだぞ」
「でもそれでいいでしょ? 私たちは隠れてやり過ごして、Sクラスの誰かに現ノ世界とユメノ世界の戦争を終わらせてもらう。それですべて解決なんじゃ…」
ノアは首を左右に振り、買い物袋の中から一冊の本を取り出す。その本は歴史が事細かに記されている分厚い歴史本のようだった。
「俺たちが生きていた時代、二十五世紀の辺りを読んでみろ」
その本を手渡されたルナはベッドの上に座り、パラパラと軽く紙を捲りながら二十五世紀の表記を探す。ノアは買い物袋に入った食材を冷蔵庫に入れていた。
「二十五世紀。俺たちはお互いに決着がつかないまま共に野垂れ死んだだろ。それなのにその本に書かれている内容をよく見てみろ」
言われた通りルナは初代救世主と初代教皇の最後を記したページを見てみると、
「…え? "お互いに救世主と教皇を引退して、次の世代に託した"?」
死んだとは一言も書かれておらず、二代目の教皇と救世主へと決着を託したと書かれていた。
「この本がおかしいだけじゃないの~?」
「俺は店員にこの世界で主流となる歴史本を教えてもらったんだ。本がおかしいわけじゃない」
「じゃあどうしてこんな嘘が書かれて…?」
「とりあえず、二代目以降から今の時代まで読んでみてくれ」
初代から二代目、二代目から三代目までとページを捲って内容を見ていく。そこに書かれた内容はすべて一緒。
「決着がつかないなんて。それに救世主も教皇も死んだとは一言も書かれてないし…」
「そこなんだ。今は七代目が引退をしたことになっているが…ここまでの代が続いて決着がつかずにいるのはおかしいんだよ。それに死んでいるのに死んだと表記されていないこと。誰かが正しい歴史を改ざんしているとしか思えない」
「もしかして、戦争を終わらせないために歴史を?」
「だろうな。教皇や救世主以外で、俺たちが生きている時代から"不老長寿"のキャパシティを持っていた誰か。そいつが戦争を起こし続けているんだ」
冷蔵庫に食材を入れ終えると、ノアは椅子へと腰を掛ける。
「じゃあこの殺し合いで救世主と教皇が決まって、最後の戦いになったら私たちがそれを止めるってことでいいのかな?」
「考えてもみろ。相手は俺たちが生きていた頃から数千年以上も生きているんだぞ? 俺たち二人の力でどうにかなる相手だとは限らない」
「えっと、ならどうするの?」
「最初に言った通りだ。俺たち二人がZクラスの中から育成対象を一人ずつ選んで、この殺し合いを勝ち残らせ、教皇と救世主の座に就かせる」
ルナは開いていた歴史本をベッドの上に放り投げる。自分たちが今までしてきたことは何だったのかを考えているようだ。あの偽りに満ちた歴史本を読んだことで、ルナは少しだけ呆然としてしまっている。
「しっかりしろ、ルナ」
ノアはルナの肩に手を置いて、大きく揺さぶった。すぐそばにあるノアの顔を見たルナの瞳は、とても悲しそうで、今にも崩れ去ってしまいそうなほど弱々しい。
「私たちは自分の意志で戦えないんだね。前世だって、嫌いなやつに指示されて戦わされて…」
「…」
「ただのロボット。命令されて、動いて、壊されて、直されて、それの繰り返し」
ぶつぶつと小さな声で呟いているルナを見て、ノアは目を瞑り大きな溜息を吐く。
「お前は戦わなくてもいい。俺一人でどうにかする」
「一人で?」
「あぁ、お前がここまで弱い奴だったのは想定外だったよ」
ノアはルナの肩から手を離し、キッチンへと足を運ぶ。
「どうしてノアはそんなに平気でいられるの? いくら戦場を経験したからってこの真実を知って、平気でいられるはずが――」
「平気でいられないよ」
「ノア?」
ノアはコップに飲料水を注ぎながらルナに視線を向けた。その目はとてもじゃないが正気とは思えないもの。既に落ちるところまで落ちているのだ。
「俺は自分を無理やり動かしているんだ。本当は今にでも床に膝を付けてしまいそうなぐらいに、精神的に参っている」
「ならどうして? どうしてノアは」
「分からないんだよ。でも何かが、誰かが俺を支えている。それはきっとお前に殺された過去の仲間なんだろうが、記憶が消えているからまったく思い出せない。でも、それでも俺を立たせようとしているんだ」
ノアはコップに入った飲料水を一気に飲み干して、音を立てながら机の上に置き、
「俺は戦わされているんじゃない。名前も顔も忘れ、数千年前に死んだ仲間の為に戦おうとしている」
「…」
「お前よりも許せないんだよ。あの戦争で戦って、命を失った仲間たちがいるのに…決着がつかなかったなんて歴史に改ざんされていることが。仲間を、俺たちを、
その光景は非常に奇妙なものだった。目は完全に死んでいるのに、言葉の一つ一つはハッキリとして、普段のノアらしい姿をしているのだ。目には見えないが本当に仲間によって支えられているようにも見えてしまう。
「お前はどうなんだよルナ?」
「それは許せないけど…。私は思い出せない仲間たちの為に戦えるほど強くないから」
「――なら、俺の為に戦ってくれ」
ノアはルナに手を差し出す。ルナからすれば最も憎い相手が自分の為に戦ってほしいと頼んできたのだ。そんな無鉄砲なことが今まであっただろうか。
「おかしいよ。だってどうして私があなたの為に戦わないと…」
「だったら俺は仲間の為に、
「――!」
ついにはルナの為に戦うと言ってきたのだ。ノアもルナを相当憎んでいるはず。それなのにその憎む相手の為に戦おうとしている。端からすればかなり滑稽なことだろう。
「自分で何を言っているのか分かってるの?」
「俺は誰かを励ますことが苦手だからな。何かおかしなことを言っているか?」
「…うん。理論も理由もすべてが無茶苦茶だよ」
しかしルナは差し出された手を軽く握った。憎しみを抱いている相手の手を、仲間を殺したであろうノアの手を、しっかりと握ったのだ。
「少しだけ吹っ切れて、少しだけ楽になった」
「そうか。俺は励ますのが案外得意なのかもしれないな」
「ううん、下手くそだよ。全然心に響かなかったから」
ルナはちょっぴり嘘をついて、ノアの手を離す。
「でも、あなたがどうして救世主になれたのか分かった気がするよ」
「そうなのか?」
「うん」
彼はただ単に強かったから救世主になれたわけじゃない。力で人を救うだけじゃなく、
「それじゃあ、お腹空いたからご飯食べようよ~!」
「あー? 俺の部屋で食っていくつもりか?」
「うん~! だって今日、二万九千円飛んじゃったしー!」
「はぁ? 何でそんなに金遣いが荒いんだよ?」
一人では広すぎるほどの部屋。そこでは黒い制服と白い制服が、確かに"共存"をしていた。
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