0:6 救世主と教皇は遭遇する

「あの二人、結局ずっと喧嘩してたね」

「まぁ喧嘩するほど仲が良いってことじゃないか?」


 ひたすらに口論を繰り広げていたリベロとヘイズ。その二人と別れたノアとルナは二人で歩きながら、自分自身の個室のある寮へと向かっていた。


「殺し合いするほど仲が良い、ってことはあり得ると思う?」

「それはない」


 ルナの意見を一刀両断しながら、ノアはジュエルペイを起動させる。そしてこのエデンの園の規則欄をルナへと見せながら、自身が経験した"殺し合い週間"以外での殺し合いのルールについて説明をした。


「なるほど~。これならZクラスにも分があるかもね」

「いや、武器を創造するのに精一杯な創造力じゃ分も生まれない」


 創造力はすべての力の源。キャパシティを使用する際も、何かを創造クリエイトする際も、必ず消費するものだ。この世界で一般的に知られているかは不明だが、創造力の消費は質量の大きさが関係する・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 例を上げるのなら「高価なダイヤモンドを創造するのは容易いが、大型車を創造するのは難しい」と言った方が分かりやすいだろう。


「殺し合い週間になったら、Cクラスに一瞬で皆殺しにされちゃうよ?」

「…お前だったらこういう時はどうする?」

「うーんとね。Cクラスの子を一日一人ずつ殺す、かな。そっちの方が安全だし」


 妥当な作戦だ。

 しかしルナは大事なことを忘れている。


「この規則には穴がある。その方法を行えば、返り討ちにあうだけだぞ」

「もしかして、無理やり自分たちのテリトリーに引きずり込まれるってこと?」

「その通りだ。ここにはその行為を禁ずる内容が書かれていないんだ。この事にCクラスの連中は気が付いていないようだが」 


 公園の桜吹雪が舞い散る中で、向かい側から黒色の制服を纏った一人の男子生徒が目に入る。その隣には白色の制服にパーカーを着こなす女子生徒。普段ならその程度気にしないまま素通りをするのだが、その二人が発する異様な雰囲気にノアは言葉を止める。


(…何だあいつら)


 黒髪に赤色のメッシュを入れたその男子生徒は冴えない顔をしていた。強いか弱いかを見た目だけで判断すれば、弱い一択だろう。隣で歩いている金髪の女子生徒の方がまだ強そうだ。


(どっちもどっちだな)


 けれどノアもルナもその二人が辺りで見かける生徒とは、すべてが違うことに気が付いている。ルナは口を閉ざしたままノアの横へ綺麗に並んだ。


(不気味な奴)


 このエデンの園で見かける生徒たちは全員何かに囚われているように見える。だがこちらへ向かって歩いてくるその男子生徒は、何者にも囚われない、どんな支配も受けないような存在。対して女子生徒は人間が放つことのできない神聖なモノを周囲に漂わせているようも思える。

 

「…」

「……」


 ノアとルナはその二人のすぐ側まで接近し、お互いに顔を見合うことなくすれ違った瞬間、


「――っ!」

  

 赤黒い剣がノアの後頭部目掛けて迫ってきた。彼はそれを間一髪で避け切り、その男子生徒の懐まで潜りながら掌底打ちを直に食わらせようとする。


「チッ」


 舌打ちをしながらその男子生徒は、赤黒い剣を地面に思い切り突き刺し、その反動で宙に浮いて掌底打ちを回避した。ルナは追い討ちをかけようとしたが、


「――!!」


 金髪の女子生徒がルナの前に立ちはだかり、銃剣らしきもので薙ぎ払いを仕掛けてきた。


(踏み込みが早い!)


 ルナは大鎌をその場で創造し、迫りくる銃剣を受け流す。金属同士が衝突し合う音が公園内に響き渡ると、二人はお互い距離を取って攻撃を仕掛けてきた二人組を睨みつけた。


「それがお前の"初めまして"の挨拶なのか?」

「悪いが、おれは自己防衛のつもりで攻撃を仕掛けたんだ」


 その男子生徒の胸に付けられた紅のネームプレートには【Slothスロース】と刻まれ、女子生徒の胸に付けられた蒼色のネームプレートには『Striaストリア』と刻まれている。相手もこちらのネームプレートを見て、名前を確認しているようだ。


「ノア、お前のクラスはAか?」

「何だと思う?」

「随分とムカつく返し方ね」


 スロースとストリアのネームプレートは紅と青。

 それが意味することは"誰かを既に殺している"ということ。


「人を殺したやつの質問に答えると、ろくなことがないからな」

「勘違いしてもらっては困るが、おれもこいつも自分の身を守るために殺したんだ。正当防衛が通じるだろ?」

「剣や銃剣を使っている時点で正当防衛にはならないぞ」


 ノアとスロースたちが話をしているのを見ていたルナは、初めて会ったとは思えないほどスムーズな会話が行えていると違和感を抱いていた。二人はどう考えても初対面、それなのにここまでしっくりと来てしまうやり取りがなぜできるのだろうか、と。


「まぁいい。おれたちが先に手を出したのは事実だ。許せ、ノア」

「ルナ、悪かったわね」


 スロースとストリアはそれぞれの得物をその場から消滅させて、軽く謝罪をしながら背を向ける。


「許す代わりに一つだけ答えろ」

「何だよ?」

「お前たちのクラスは?」


 立ち去ろうとしたスロースを呼び止めて、質問を投げかける。クラスを聞かれたスロースは、その場に立ち止まると溜息を付きながらこう答えた。


Sクラスだ・・・・・

「…やっぱりか」


 納得するノアの顔を見て「満足しただろ」と言わんばかりにストリアを連れてその場から去っていく。ルナは創造した大鎌を消して、二人の後姿を見送った。


「あれって知り合い?」

「記憶が一部消えている以上断言はできないが、あんなのが知り合いじゃないと願いたいな」


 二人は再び公園内を歩き始める。  桜が舞い散る景色はとても美しいものだが、このエデンの園とは命を散らすような場所。現に命を散らした者がいることをあの奇妙な二人組から聞いた。殺し合いが始まっていないどころか、まだ始業式が終わったばかりじゃないか。


「あの二人、どう思う?」

「レインから聞いた。Sクラスには七つの大罪と七元徳の力を持つ生徒がいると」

「ならあの二人がその生徒なのかな~」 

「ほぼ間違いない。一人は七つの大罪の力を、もう一人は七元徳の力を持っているだろうな」


 あの二人は随分な手練れだ。お互いに援護し合える連携能力、狙った個所を的確に攻撃できる剣捌き、この時代に来て初めて厄介な相手だと思える人物たちに出会った。


「ああいうのが後十二人もいるんでしょ~? 嫌だよ~!」

「どこかの誰かを相手にするより断然マシだ」


 ルナからわざとらしく視線を逸らしてそう呟いてみれば、こちらの左腕にしがみついてくる。


「ん? 私のこと~?」

「あー…自分が厄介な存在だと自覚していてくれ俺は嬉しいよ~」


 そんな発言をした瞬間、ルナの表情が一度だけピクついて、


「もぉ~! ノアったら~」

「いててっ!? おい、離せこの馬鹿力野郎!!」


 しがみついた左腕をへし折ろうとしてきた。ノアは買い物袋を持った右手でルナを引き剥がそうと試みる…が、彼女はまったく離れる様子がない。


「おいぶりっ子! 本当にここでぶち殺すぞ!?」 

「はい~? 誰がぶりっ子だって~?」


 ルナはノアの左腕に込める力を更に上げる。彼は必死に抵抗をしながら、左腕を折られないように創造力を通わせて強化をした。こんな使い方は滅多にしないが、創造力を通わせたものの強度は通常の数倍以上のものになるのだ。 


「お前だよ、お・ま・え! 何だよ好きなものはマシュマロって! お前が好きなものは肉塊だろうが!」

「はーい! 左腕折りまーす!!」 


 創造力で向上させられるのは強度だけじゃない。身体能力の部類である筋力も数倍以上に向上させられるのだ。つまり創造力は生命の源となるだけでなく、戦いや日常生活において必要不可欠なもので――


「おいちょっとまっ――」

 

 その日の夜の帳がおりる時。寮の近くの公園で悲鳴と、大木が折れるような音がしただとか。

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