0:5 教皇は救世主を探索する

「ルナちゃんって可愛いよねー!」

「この後ショッピングに行こうよ!」

「あはは~…いいかもね」

 

 助けてください救世主様。私は慣れないことをしたせいで非常に困っています。まさか明るく振舞っただけで、こんなに人が集まるとは思っていなかったんです。私は悪くないです。だから助けてください。


(って助けを求めたのに何でノアは教室から出て行っちゃうの!?)


 視線で助けて欲しいと強く訴えかけてみれば、ノアは何を理解したのか小さく頷いて教室から出て行ってしまったのだ。その行動には思わずルナも一瞬だけぽかーんとしてしまいクラスメイトに「大丈夫?」かと心配をされた。心配をしてほしいのは救世主の方。彼が前世で本当に人々を助けることが出来ていたのかと疑問を抱いてしまう。


「さーて、ゲーセンでも寄ってくかー」


 この囲まれた状況から抜け出そうと言葉を合わせながら、周囲を窺がっていればリベロと名乗った銀髪の男子生徒が意気揚々と教室から出ていく姿が目に入り、


「も、もぉ~! リベロくんってば~! 私と一緒に行く約束してたでしょ~!」

「はぁ?」


 席を勢いよく立って、リベロの元まで駆け寄った。


「いやいや、オレはお前と約束なんて――」

「ほら行こう! ごめんねみんな! 私は約束があってもう帰るから~!」


 ルナは否定しようとするリベロの背中を押しながらそのままクラスメイトに別れを告げて、教室から足早に出ていく。少々強引だったが、どうやらあの場をやり過ごせたようだ。


「おいアンタ。オレはお前と約束なんてした覚えはないぞ」

「ごめんねリベロくん。何か理由がないとあの場を離れられなくて…」

「ふーん。人気者で羨ましい限りだな」


 リベロは利用されたことに対して怒りも覚えていなかったが、その代わりルナに少しだけ嫉妬心を抱いているように見えた。


「お礼に何か奢ってあげよっか~?」

「おっマジで? それなら欲しい物があるんだよなー」

(取り敢えずノアを探さないとね。合流して色々と調べないといけないこともあるし)


 リベロへのお礼も兼ねてエデンの園のショッピングモールへと向かうことにする。ルナはそのついでにノアも探し出せれば一石二鳥だと考えていたのだ。


「ショッピングモールまではどうやって行くの?」

「さぁなー? バスでもあるんじゃね?」

「…そんな適当で大丈夫なの?」

「深く考えたってどーにもなんないしなー。テキトーでいいんだよテキトーで」 


 このリベロという男子生徒は変わり者。恐怖や焦りを感じることなくこうやって過ごせているのは、すべてを投げ出して適当に生きているから・・・・・・・・・・。胆が備わっているわけではなかったようだ。


「おー、ほら見ろよ。テキトーに歩いていたら丁度バスが来たぞ」


 エデンの園の敷地がどれほどのものかは不明だが、バスで移動をしないといけないほど広い孤島だということは何となくだが分かっていた。リベロと共にバスの中へ乗り込んでみると、既に何人かの生徒が席に座っている。乗車賃を払わなければならないかと思っていたが、どうやら無料で利用ができるようで支払い口などは見つからなかった。


「へー、けっこーバス停があるんだな」


 内部に貼られたバスの時刻表には十個ほどの停留所が記されている。目的地であるショッピングモールの他に"海岸"や"森林公園"というように様々な場所へ行けるらしい。


「たったの十分で着くのか。案外近いんだな」

「そうだね~。もしかして歩いた方が早かったりして」 

「いや、それは疲れるだろ? どうせなら楽したいと思わないか?」


 リベロと会話をしていればあっという間にバスはショッピングモール前に到着する。ルナはリベロとバスから降りて、辺りを軽く一望すると思わず息を呑んだ。


(ここは本当に孤島、なの?)


 この国の都市の中心部ではないかと錯覚してしまうほどの見た目。道路が設備され、数多くの店が並び、様々な場所から軽快な音楽が聴こえてくる。たかが二百人の生徒の為にしては、あまりにも娯楽施設が裕福ではないか。


「色々ありそうだなー。歩いて回ってみようぜ」

「うん~」


 一般的なショッピングモールがどんなものかをレギナは知らない。何故なら彼女は、女の子らしいショッピングはおろか友人と遊びに出掛けた記憶などはないから。前世はひたすらに戦いに明け暮れていたルナにとって、このような場所を出歩くのは初めてのことだ。 


「そういやお前って名前なんだっけ?」

「え? ルナだけど~?」 

「ふーん。覚えやすい名前だな」 


 ルナというイヴネームは確かに周りのネームに比べて覚えやすいのかもしれない。しかしリベロという名前は非常に覚えにくい。そう考えたルナは、 


「あなたのことを"ベロ"くんって呼んでもいい?」 

「ああ。お好きにどうぞー」 

 

 リベロの"リ"を取り除いてベロと呼ぶことにした。ベロは自分の名前に興味がないようで、適当に返答しながらショッピングモールの中を歩き回る。彼はバスの中で電化製品売り場で買いたいものがあると話していた。


「おー! あったあった!」


 店内に入ればすぐお目当てのものが見つかったようで、それを手に取りルナへと見せる。


「これって…何?」

「VRでよりリアリティを出せるゲーム機だ。現ノ世界にしか売ってなかったから、一生手に入らないと思ってたぜー」


 現ノ世界よりも科学が発展していないのがユメノ世界で、ユメノ世界よりも創造性が発展していないのが現ノ世界。その影響でお互いの世界であるものないものの差が激しいのだ。

 

「奢ってくれるって言ったよな? これを買ってくれ」

「えっと、これはいくらするの?」

「五万八千円」

 

 いくら二十万円という大金が支給されていたとしても、こんなものの為に四分の一を消費していいのか。何よりもベロがルナにこれだけの大金を払わせようとすることに対して、まったく遠慮のない面構えをしていたこと。そんな無神経な彼に彼女は嫌気が差してしまう。


「流石にそんな払えないよ…」

「じゃあ割り勘だ。二万九千円払ってくれ」

「あははー、あなたって暗算早いんだね」


 一度した発言の撤回などさせてはくれなさそうなので、仕方なく半分支払うことにした。しかしジュエルペイでの支払いをするのに至って、どのように割り勘をすればいいのだろうか。


「ほい、じゃあオレのジュエルペイに二万九千円振り込んで」

「振り込み方ってどうやってやるの?」

「おいおいー、知らないのか? ジュエルペイの画面をタッチすると右下に残高照会って出てくるだろ? それをタッチしてみろ」


 言われた通り"残高照会"という部分をタッチしてみれば、画面が切り替わり二十万という数字と共に"譲渡"という選択肢が映し出される。


「その譲渡ってボタンを押して、振り込む金額と相手の学籍番号を入力すればそれで完了ってわけ」

「ベロくんの学籍番号は?」

「17ZP020だ」


 パネルに二万九千円という数字と学籍番号を入力して、振り込みボタンをタッチする。するとベロのジュエルペイに付属する宝石が軽く光り、画面に振り込んだ人物の学籍番号と振り込まれた額が表示された。


「サンキュー! じゃ、買ってくるぜー!」

「うん。ここで待ってるね」 


 リベロは無邪気に笑いながら、レジへと駆けていく。一人残されたルナはジュエルペイを再び起動して、項目欄を一通り確認することにした。


「あ、これって連絡を取り合うための」


 指でスライドをさせている最中に緑色の受話器のアイコンを見つけたため、ノアと連絡が取り合えるのではないかとそれをタップして起動してみる。

 

「数字パネルじゃない…ってことは電話番号じゃなくて学籍番号で繋がるのかな?」 


 現金をジュエルペイから受け渡しするとき、学籍番号で本人確認をしていたということは電話を掛けるときも学籍番号を打てばいいのかもしれない。ルナは試しにノアの学籍番号を打つことにした。


『…もしもし?』

 

 呼び出しがかかったと思えば、ジュエルペイの向こう側からノアの声がハッキリと聴こえる。ルナは試しに「ノア?」と尋ねてみれば、


『ルナか。電話なんか掛けてきて何の用だ?』

「何の用だ、じゃないよ! 今どこにいるの!?」  

 

 特に悪びれた様子もなくそう返答してきたため、ルナはすぐに居場所を問いただす。


『ショッピングモールだよ。今日の夕飯を買ってた』

「あはは、こんな状況でも呑気に買い物をしてるんだね?」  

『色々とあったんだ。今からお前と合流しようと思うんだが、今どこにいるんだ?』 


 ルナはリベロという男子生徒と共にショッピングモールへ訪れていることを説明する。その話を聞いたノアは少しだけ沈黙し、


『そうか。ならお前のいる場所まで俺の方から向かう。そこで待っていてくれ』

「オッケー」


 その場所で待っているようにルナへと指示をして、電話が切れた。その丁度のタイミングで購入を済ませたリベロが、大きな袋を抱えてルナの元へ戻ってくる。


「いやー、満足満足」

「ベロくん。私、これから少し用事があるからここで解散でいいかな~?」

「ふーん。誰と会うんだ?」  

「仲良くなったばかり・・・の人だよ~」

  

 ベロの質問にそう回答したが、何を疑っているのか目を細めながらルナの顔をじっと見つめていた。そんなベロの顔を見ていると、ルナの脳裏で聞き覚えのある声らしきものが甦り、一瞬だけ再生をされる。


 "そうやって、俺には何も教えてくれないじゃないか"


 誰の声なのかは思い出せない。だがリベロという男子生徒を見て、その声は再生されたのは確かだ。ルナは「自分の記憶を取り戻す鍵が彼なのかもしれない」と考えにふけながら静かにリベロを見つめ返していれば、


「何してるんだ?」 


 買い物袋を片手に持ったノアと、薄いミントの色をした長髪の女子生徒がルナたちの前に顔を出した。


「げっ…!? お前――」

「あぁっ! リベロ!!」


 リベロとその女子生徒はどうやら知り合いのようで、お互いに大声を上げて反応する。


「どうして私の約束を破って、他の子と一緒にいるの!?」

「い、いやほら! 教皇側のオレと救世主側のお前が一緒に歩いていたら危ないだろ! こいつがどうしてもっていうから仕方なく一緒に…」

「へぇ? その割には何か大きな買い物をしているようだけど?」

「こ、これはそのっ――」


 非常に微笑ましい掛け合い。ルナはそんな光景を見ながら、ノアにその女子生徒が何者なのかを尋ねる。


「彼女は俺たちと同じZクラスの『Hazeヘイズ』さんだよ。買い物をしているとき、高い棚から商品を取るのに手こずっているのを見かけてさ。手を貸して話を聞いてみたら同じクラスだったんだよ。だから一緒に買い物をしつつ話をしていたってわけ」

「そうなんだー?」


 その話を聞いたルナの顔は無意識のうちにムスっとしてしまっていた。ノアはそれに気が付き「何か気に食わなかったのか?」と首をやや傾げながら聞いてみるが、


「別に?」


 ムスっとした顔をノアに一度だけ向けて、たったそれだけ答えると背を向けてしまう。ノアは自分の中で勝手に何か気分を害することがあったのだろうと自己解決し、リベロとヘイズの二人の様子を見た。


(何で私はこんなに機嫌を悪くしちゃったんだろ?)


 背を向けたルナは自身の行った行動に疑問を抱きながら、視線をチラッとノアへと向ける。そのノアの顔を見ればとても憎たらしく、今すぐにでも殺してやりたいと思うほどの憎悪が込み上げた。けれどその憎悪とは他に、違う感情も芽生えていること。ルナはまだそのことに気が付いていなかった。

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