0:4 救世主は教皇と観察する

「ルナちゃん! ルナちゃんって黒い制服だから私たち仲間だよね!」

「へ? う、うん! そうだね~!」

  

 ウィッチが教室から出て行ったタイミングで、生徒たちがそれぞれ席を立ち、同じ色の制服を着ている子たちに声を掛け始めた。殺し合い週間の前に一早く仲間を、グループを作りたいと考えているのだろう。


(自己紹介が滑ったせいで声すら掛けられない)


 ルナの席の周りには数人の生徒が集まっているというのに、自分の周りには誰一人としていなかった。むしろ避けられているような気がする。


(なるほど。弱そうな者、または足を引っ張られそうな者には声を掛けないというわけか)


 彼は席を立ち、誰かと関わりと持とう周囲を見渡してみた。誰一人として目線すら合わせてくれない。要は詰んでいる・・・・・状態だ。


「……」

(あいつも一人だな)


 そこで見つけたのはレインというイヴネームの女子生徒。自己紹介をしている際に目を付けていた人物…だが、どうやら近寄りがたい雰囲気のせいで周囲から避けられている。誰からも声を掛けられていない今がチャンスかもしれない。 


「君はレインさん、だっけ?」

「…」

「俺はノア。実は少し話がしたくてさ」

「……」


 ――何だこいつは。喋らないどころか、こちらを見向きもしない。まるでただ座らされているだけの人形。これは自分ではなく、相手が全面的に悪いではないか。


「殺し合い週間が始まるからさ? 手を組まないかなーって」

「…何で?」


 やっと喋ったかと思えばとてつもなく不愛想な受け答え。ルナほどではないが、適度に苛立ちを覚えてしまった。 


「いや何でって…。孤立しているよりも集団でいた方が安全だろ?」

「私は一人でも十分に身を守れる。あなたが助けて欲しいだけでしょ?」

「……」

 

 何も言えなかった。というより何か言い返そうという気すら起きなかったと言うべきかもしれない。彼女は自分の力に自信を持つタイプで尚且つ手を組むときは自分にメリットを求める効率型。悪く言えば、非協力的な一匹狼・・・・・・・・だ。何を言ってもこちらと手を組もうとはしてくれないだろう。


「そんな甘い考えじゃ、Sクラスの連中には勝てない」

「…Sクラスについて何か知っているのか?」

「知っている。七つの大罪の力を持つ教皇となり得る七人の生徒、七元徳の力を持つ救世主となり得る七人の生徒。その力はユメノ世界でも現ノ世界でも有名だったでしょ?」


 ――七つの大罪と七元徳。前世にそんな存在がいたようないなかったような、という曖昧な記憶。思い出そうとしても確信を持てるほどのことは思い出せない。


「いや、でもな――」

 

 それなら尚更協力を、とそう言いかけたとき教室の扉が大きな音を立てながら開かれる。 

 

「ここがZクラスだな?」


 我が物顔で教室内に入ってきたのは赤い髪にくせ毛が目立つ男子生徒、そして青い髪を横に流している男子生徒。その背後には数十人ほどの生徒がZクラスの生徒たちを睨みつけていた。


「何の用だ?」


 学級委員のヴィルタスがその集団に用件を尋ねる。


「君たちがどれほどのものかを見に来ただけだよ」 


 青髪の男子生徒のアダムネームは『Freezeフリーズ』、そして赤髪の男子生徒のアダムネームは【Blazeブレイズ】とプレートに刻まれているようだが、その二人はZクラスの生徒たちとは明らかに創造力の力量が違う。

 

「これなら楽勝だ。殺し合い週間に襲えば、オレたちCクラスの良い踏み台になる」

「…! 踏み台って! あなたたち何を――」

「お前らを殺すんだよ・・・・・。ここはそういう場所だろ?」


 ブライトの言葉に非常な瞳を向けて、そうブレイズは返答した。Zクラスは五クラスの中で最底辺に位置する。それにより、上のクラスからプレートの位を上げるために鴨として狙われやすい。こうなることは理解していたが、こうもすぐに宣戦布告をされるとは思わなかった。


「お前たち、今すぐここから出ていけ」


 そう言いながらヴィルタスが追い返そうと右足を一歩前に踏み出した瞬間、


「近づくんじゃないよこの最底辺」


 ヴィルタスの右足が太ももまで一瞬にして凍結した。

 

「あ、脚が凍って…」

「おいフリーズ、まだ手は出さない約束だろうが」


 ブレイズが手をかざすと、ヴィルタスの右足を覆っていた氷が熱によって溶かされる。一体何が起きているのか、それを理解しているのはノアとルナの二人だけだ。


("第一キャパシティ")

 

 ――第一キャパシティ。

 それは誰しもが必ず持つ能力アビリティと呼ばれるもの。それが第一キャパシティ。この世界は一人が持てる能力アビリティは一つと相場が決まっているわけではない。強き者は第一キャパシティから第三キャパシティの三つの能力を使い分けることだってできる。


(見てる限り、第一キャパシティしか開花してなさそうだな)


 しかし、ブレイズとフリーズは第一キャパシティのみしか鍛錬をしていないように見える。なんなら彼ら二人の第一キャパシティはあれ以上成長しない。例えるのならレベルの限界上限まで達してしまっているのだ。


(脚の芯まで凍らせずに、僅かな熱だけを操って氷を溶かす。あの二人は第一キャパシティを正確に操作できるのか)


 二千年以上経ってもキャパシティという力はこの時代まで引き継がれている。

 それも誰かを殺めるためだけの力として。誰かの為になるためのキャパシティを持つという考えなどは一切ない。本来であれば第一キャパシティを扱えたとしても、それを精密に操作することはかなり難易度が高いこと。第二キャパシティ以降の存在を知らないからこそ、第一キャパシティをここまで扱えるようになっているのだろう。


「その力は、何なんだ?」

「ははっ! キャパシティも知らないのか? これは本当にただの鴨になりそうだ!」


 ヴィルタスの問いに答えることもせず、そのまま教室から出て行った。静寂に包まれる教室内で、ブライトは立ち尽くしているヴィルタスのことを心配して側まで駆け寄り、


「ヴィル! 大丈夫だっ――」


 親しみを込めてヴィルタスのアダムネームから"ヴィル"というあだ名で呼んで声を掛けたが、


「救世主が教皇の心配をするなよ」

「…え?」


 ヴィルタスはブライトのことを睨みながらそう言い放った。制服の色を見れば分かると思うが、Cクラスだけが敵じゃない。クラスの内部にもお互い二十人の敵がいるのだ。教皇と救世主が手を取り合えるはずがなかった。


「嫌いなんだ。現ノ世界に住む人間は」

「そ、そんなこと言わなくたっていいでしょ!?」

「俺たちは敵同士なんだよ。お前がいつまで経ってもそんな浮かれ気分でいるのなら、俺は真っ先にお前を殺す」

「私は、ただあなたのことを心配して…」


 二つの世界は現在まで戦争を続けている。現ノ世界の人間がユメノ世界の人間を殺し、ユメノ世界の人間が現ノ世界の人間を殺す。友人だけでなく家族を殺された者だって、このエデンの園にいるはずだ。


「あなたと私だって敵。手を組む前にどうせどちらかが裏切るでしょ?」

「…それもそうか」


 よく考えてみればそれが当たり前だったのかもしれない。今まで仲良くしていた友人に突然背後から刺される可能性だって十分にあり得る話。手を組むという行為はそのリスクを自然と背負うことになる。


「私は救世主になること以外、興味ないから・・・・・・」  

「…?」

  

 レインの口から発された"興味ないから"という言葉が妙に頭の中に残った。どこかで聞いた覚えがあるような、記憶の片隅に残っていたかのような、そんなじれったい感覚にノアは不快な表情を浮かべる。  


「…私が救世主になることがそんなに不満?」

「え? いや、別にそういうわけじゃない。ただ俺はお前とどこかで会ったことがあるかが気になって」

「何を言っているの?」


 変な奴だと思われたようで、レインはこちらとの関わりを避けようと席を立ち、教室から出て行ってしまう。接触は失敗、やはり彼女と関わろうとすることは地雷を踏むことと同等だったのかもしれない。


「あはは~…」

(…このエデンの園を探索しろってか)


 ルナの様子を見てみれば、黒色の制服を着た何人かのクラスメイトにバレないようこちらへそれを訴えかける視線を送っていた。この教室内では徐々にグループが出来つつある。ここで粘っても無駄だと考え、取り敢えずエデンの園を見て回ってみることにする。


(このZクラスは一階。Sクラスは五階か)


 SクラスからAクラス、AクラスからBクラスになるにつれて一階ずつ下の階へと下がっていく作りのようだ。Sクラスは実力が伴っているため逃げ道のない五階へ、Zクラスは実力が伴っていないため逃げ道がいくらでもある一階へという救済措置のつもりなのだろう。

 

(まるで陣取り合戦だな。殺し合い週間が始まれば、上の階から下へ、下の階から上へ…という攻め方が一般的なんだろう)


 彼は試しに二階へと上がってみる。廊下や作りなどは一階と何ら変わりないようで、道に迷うことなくCクラスへと辿り着くことが出来た。


(ブレイズとフリーズ。炎と氷の力を操る能力か)


 教室内を覗いてみれば、見物しに行ったZクラスが大したことなかったことで余裕綽々な様子を見せながら席の周りで駄弁っている。ここだけ切り抜けばごく普通の高校生のようにも見えるが……


「おっと」


 背後から殺気を感じ、一歩だけ足を前に踏み出す。すると先ほど立っていた場所に巨大な金づちのようなものが振り下ろされ、廊下のタイルが粉々に砕かれていた。


「Zクラスのやつがこんなところに来るなんてなぁ? 命が惜しくないのか?」

「はぁ? 殺し合い週間以外で一人でも殺したら罰則を食らうんじゃないんですか?」

「お前みたいにエデンの園の規則をちゃんと確認しないやつが獲物にされんだよ!!」


 黒の制服からでも分かるガッチリとした体型。【Aspireアスパイア】と刻まれた無色のネームプレート、雑な武器の振り回し方。それから踏まえてこの男子生徒はその辺の空き地でガキ大将・・・・をやって、自分が強いと思い込む哀れなタイプだ。


(…殺し合い週間以外での殺し合いは、下のクラスが上のクラスへのテリトリーへ入った場合のみ許可する、か)


 ガキ大将の金づちを避けながら、ジュエルペイで規則を確認してみればそんなことが書かれていた。つまりはZクラスならCクラス以上のテリトリーへ入れば殺し合いが許可され、Sクラスは下のクラスが上に上がってこない限り殺し合い週間を待つことしかできないということ。上のクラスが一方的に下のクラスを潰すことは許されないらしい。


(よく考えられたシステムだ。下のクラスによる下克上をさせようと、上に登り詰めさせようとする機会を与える。上のクラスはいつどこで下のクラスが攻めてくるかなんて分からない。作戦を立てれば実力が劣っていても、皆殺しにできるチャンスがあるってことだ)


 Zクラスは殺し合い週間までどのクラスからも攻められることはない。十分に作戦を考えさせ、殺し合い週間まで休息をさせる。創始者であるゼルチュはどうやらSクラスだけでなく、Zクラスにも期待を抱いているのだろう。そうでなければこのような救済措置は取らないはずだ。


(…上の階を見学しておきたかったが、これ以上揉め事を起こすと厄介だな)

「うおっ!?」


 優秀だと噂のSクラスのメンバーを一目でも見たかったが、階を上がれば上がるほど厄介な相手に見つかる可能性が高い。差し当たって巨大な金づちを振り回しているガキ大将に、軽く足払いを掛けてその場に転ばせ、


「その武器は単独戦に向いていない。仲間と連携し、大きな隙ができた敵に叩き込むのが基本だ」


 そんなアドバイスを述べると、走って近くにあった階段の持ち手に飛び乗り一階へと滑り降りる。追いかけてこないかと背後を確認してみたが、どうやら諦めたようで誰一人として階段を降りてはこなかった。 


(さて、あいつは何をしているのやら) 


 初代教皇様は一体何をしているのか。そんなことを考えながら、今度は校舎の外へ出てみようとジュエルペイで規則を確認しながら歩き出した。

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