0:3 救世主は教皇と紹介する
(ここがZクラスの教室か)
特に変わった様子もないただの教室。驚いた個所と言えば、黒板が電子式になっていたことぐらいだ。その他は"殺し合い"に向けて当たり障りのないように、壁や窓ガラス、勿論椅子や机などもかなりの強度で作られていた。
辺りを観察していた二人は名簿番号順に席へと座らせられる。ノアの名簿番号は三番、ルナは四番。学籍番号の17ZM003と17ZP004の下三桁はどうやら名簿番号だったらしい。
(上二桁は年齢と考えれば、Zはクラスか?)
「私があなたたちの担当教員を務めるわ。イヴネームは「
考え事をしているとウェーブのかかった桃色の長髪を持った女性が灰色のネームプレートを見せて、自己紹介をし終えていた。見た目の年歳は、やはりサヨという受付の係員と然程変わらないように見えるが、教員にしてはどうも怠そうにしている。
「じゃあ、前から適当に自己紹介していきなさい」
(え?)
ウィッチに指示を出された名簿番号一番の生徒は渋々席を立って自己紹介を始めてしまった。たかだか自己紹介、しかし彼は内心かなり焦っていたのだ。
(自己紹介って、どうやるんだ?)
前世はこちらが名乗らずとも、向こう側が救世主である自分のことをよく知ってくれていたことがほとんど。彼は今まで名乗りを上げずにひたすら戦い続けてきたことで、コミュニティ能力がかなり落ちぶれていた。
「もしかして自己紹介で緊張してる~?」
「そんなわけないだろ。自己紹介ができなくて救世主が務まるか」
ルナの指摘は図星を突いていたが、彼は平然を装ってそれを否定する。自己紹介など目の前にいる人のものを参考にして、自分の名前を当てはめればいいだけだ。
「ほい、じゃあ次三番のあなた」
「分かりました」
心を無にして席を立ち、口を開いて自己紹介を始めた。ここで変な奴だと思われたらこの先誰とも関わりを保てずに、孤立してしまう気がする。
「アダムネームはノアです。好きなことは寝ることで、星座は――」
「はいストップ。今回だけはあなたを助けてあげるわ」
ウィッチに言葉を遮られ、彼は口を閉ざして首を傾げてしまう。"助けてあげる"と確かに口に出したが、一体何を助けてもらったのだろうか。
「ジュエルペイの学生証にエデンの園の規則が書かれてることは知ってる?」
「あぁはい。それがどうかしたんですか?」
「このエデンの園で本当の名前を知られた瞬間、一発でこの世と
ジュエルペイの画面をタップして学生証を開き、エデンの園の規則欄を見てみれば、確かに『本名を知られた者はエデンの園から追放される』と記載されていた。
「追放ってどういう処罰をするんですか?」
「そのままの意味。この孤島から海へ放り投げられるの」
「――なるほど」
つまりは誕生日や星座といった個人情報は本名がバレる可能性が高いということ。だからウィッチは星座を言おうとした自分のことを止めたのだ。
「じゃあその本名がバレた、という判定はどうやって?」
「このジュエルペイには"密告"というシステムがあるの。その欄に相手の学籍番号と名前を入力して、正解だったら密告成功報酬として二十万円獲得ができる。もし間違っていた場合はマイナスとして十万円引かれることになるわ」
「密告、か」
「自己紹介の途中だけど、この際だからそのジュエルペイについて説明をしてあげる」
ウィッチは生徒たちにジュエルペイの説明を淡々と説明を始めたため、彼は席に着いてその説明を大人しく聞くことにした。
「まず決済システム。この中には一人二十万のお金が入っているわ。何かを買うときはこれをかざせば自動的に支払いが済まされるって。便利な世の中になったものよねー」
(二十万?)
Zクラスで一つで六百万、それがS~Zの五クラスで三千万だ。一瞬大金を掛けていると感じてしまったが、これは命を懸ける殺し合い。その程度のお金で生徒たちの欲求を満足させようとしているのだろうか。
「お金は月給制で振り込まれるわ。今日が四月一日だから、来月の五月一日に手配されるってことね」
(創始者のゼルチュが生徒たちに手配を? いや、月に二十万を毎回振り込むなんて一年で一億を優に超える。どんな富豪でもその負債は背負いきれないはずだ)
自分の中でとある仮説が生まれる。ルナも何か考えていないかと背後に視線をチラッと向けて見れば、机に肘をつきながら何か言いげな視線をこちらへ送っていた。どうやら二人とも考えが一致しているらしい。
「それで、このジュエルペイはあなたたちの身体とリンクをしているの。規則を破る行為をした時点で、それはジュエルペイから教員たちに報告される。外して規則を破っても、リンクしている以上はこっちに伝わるから無駄よ。よく覚えておきなさい」
ウィッチの説明を聞いて、この腕時計のシステムの全貌を大体理解することが出来た。身体とリンクされているというのは、体内に流れる創造力の質をジュエルペイが読み取って、監視サーバーにそのデータを送っているのだろう。創造力は個人で必ず差が出るものであり、それを一度記録してしまえばジュエルペイの索敵範囲をこのエデンの園全体まで広げ、どこに逃げようとも規則違反を監視することが可能。
――まさに監獄のようだ。
「じゃあ、ジュエルペイの説明はおしまい。次、名簿番号四番から自己紹介始めなさい」
「は~い!」
ルナが明るい可愛らしい声で席を立つ。
あまりにもわざとらしい振る舞い方にノアはぎょっとして後ろを振り返った。
「イヴネームはルナで~す♪ 好きな食べ物はマシュマロで、みんなと仲良くしたいなって思ってま~す!」
(うわっ、気持ちわるっ)
そんな気色の悪い自己紹介を聞いてしまい、口を押えながら心の中でそう呟く。そういえばルナは初代教皇だ。人間たちを統べようとする力は備わっている。このような振る舞いも周囲に好印象を抱かせて、関わりやすいようにしているのかもしれない。
「はい、じゃあ次よー!」
生徒一人一人が自己紹介をしていく中で、ノアとルナは過去の経験のおかげか徐々に生徒たちの深層心理を何となく読み取ることができた。まず気が付いたことといえば、このクラスの生徒たちは創造力が極めて低いこと。これが基準なのか、それともZクラスの生徒たちが低いだけなのか。どちらにせよ、武器一つ創り出すだけでも苦労をするだろう。
もう一つは生徒たちが自己紹介をするとき、妙にそわそわしているという個所。周囲にいる者すべて警戒しているようで、辺りを見渡しながらぽつぽつと喋り始める姿は非常に滑稽だ。それもほぼ全員がそわそわしている。ずっしりと構えて自己紹介をしたのはノアとルナともう二人いた。
「…イヴネームは
(制服は白。ってことは救世主側か)
ノアが目を付けたのは肩まで僅かに届くぐらいの綺麗な青髪を持つ女子生徒。イヴネームはレイン。表情を一切崩さず、他の生徒たちと違って静かに周囲を警戒している。随分と胆が備わっているようだ。
「アダムネームは
(黒い制服。あの子は教皇側かな?)
それに対してルナが目を付けたのは、銀髪で片目を隠している男子生徒。アダムネームはリベロ。胆が備わっているというよりも、殺し合いや他の生徒たち自体に興味がないのかもしれない。それかただ単に面倒くさがりだという可能性もある。
「これで自己紹介は終わったわね。まぁ見てて思ったのは、何をそんなに緊張しているのかってこと」
「…先生。殺し合いが始まるんですから無理もないですよ」
その発言に対して、優等生のようにも見える茶髪の男子生徒がウィッチに一言そう述べた。確かアダムネームは『
「そんなすぐに始まんないわよ~? あの創始者は興奮しすぎて説明がかなり飛んでいたけど、殺し合いをしてもらうのは今から再来週だから」
「再来週!? ってことは、私たちは今から殺し合わなくてもいいってこと!?」
黒髪のポニーテールの女子生徒が驚きの声を上げる。白い制服を纏う彼女のイヴネームは『
「初日からはい殺し合いスタート、なんてことしたら
(見てる人?)
「殺し合いが出来るのは月毎の三週目のみって聞いてるわ。これが一年間続くから計算をしたら、えー…三ヶ月ぐらいじゃないー?」
見てる人がいるから殺し合いはすぐに始まらない。その見てる人が誰を指すのか、ノアの頭の中で引っ掛かっていた。ウィッチは殺し合いをすぐに終わらせては不都合とでも言いたげな顔をしている。ウィッチは何かを隠しているようだだ。
「期間外に殺した場合はどうなるんですか?」
「学生手帳に書いてあると思うけど【期間外に相手を殺した場合は規則違反とみなし処罰する】ってことらしいからー」
「そうだ。その処罰って何? エデンの園の追放は分かったけど、それ以外の処罰ってどんなのがあるの? 私たちそれをまだ聞いてないんだけど…」
「――さぁ、ね?」
一瞬不敵な笑みを浮かべたウィッチに、ヴィルタスとブライトは悪寒を感じ息を呑んでいた。今日は四月一日、三週目に殺し合いが始まるのなら、四月十七日からが本番だということ。
「
要は殺し合い週間になっても先生に助けを求めるな…と言いたいのだろう。殺し合いを主流とさせるこのエデンの園で生徒を守る義務などはない。教師の役目は質疑応答のみなのだ。
「このクラスで学級委員二人を決めないといけないけど、面倒くさいからあなたたち二人がやりなさい」
「えっ?」
「丁度目の前にいるし、多数決とか立候補とかをするのも面倒くさいし…。ね、いいでしょ?」
「は、はぁ…?」
学級委員として選ばれたのは、教皇側の男子生徒ヴィルタスと救世主側の女子生徒ブライトだった。ノアはルナと自分が選ばれなくて良かったと一安心し、これからどのように行動をしようか考える。
「じゃあもう今日は解散ー。時間割りは今日の夕方ごろにジュエルペイへ届くからちゃんと見ておくように」
(ぜんっぜんやる気ないなこの担任)
ウィッチは名簿帳をぱたつかせながら、そう言い残し教室から出て行くのだった。
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