0:8 救世主は教皇と過ごす
「美味しい~! ノアって料理できるんだね~!」
「まぁな」
ノアは手慣れた様子で野菜を切ったり、ご飯を炒めたりして、二人前の炒飯を作り上げた。ルナはそれを口に運び味わいを楽しみながら、とてつもなく幸せそうな顔をしている。初代教皇のこんな表情は今までに見たことがない。
「逆にお前はどうなんだ? 料理できるのか?」
「ん~…できるにはできるけど、自信がないかな~」
「自信がないっていうのは味のことか?」
「ううん。キッチンを壊さずに一品を完成させられるかってことだよ~」
思わず炒飯を口に運ぼうとしていた手を止める。
どうやればキッチンを破壊する調理の仕方が出来るのだろうか。思い返してみれば殺し合っていた時も力任せな攻撃が多かった。もしこの戦い方と同じように不器用さが目立つようであれば、下手に料理をさせればとろくなことがないだろう。
「洗濯は? 掃除は? 皿洗いは?」
「洗濯は洗濯機を壊しちゃって、掃除は掃除機を壊しちゃって、皿洗いは皿を割っちゃったかな~」
「お前、よくそれで生活できたな」
料理だけじゃないようで、家事全般何かしらを破壊してしまうらしい。教皇としてそれはどうなのか、という疑問点が浮かんでくる。しかし教皇という存在は崇められるもの。ルナは常日頃から何者かによって世話をしてもらっていたのだろうか。
「あー…仕方ないな。俺がお前を自立させてやる」
「自立?」
「自分で立つと書いて自立だ。お前はこれから自分で家事をこなさないといけないんだよ」
「おっけー!」
軽い返事をするというのは、自分自身がどれだけ問題児なのかを理解していないということ。果たしてこの問題児を自立させることが可能なのか。最悪の場合、部屋が一つ消えてしまうかもしれない。
「よいしょっ、よいしょっ…」
「…ルナ、何をしているんだ?」
夕食を食べ終わったルナは履いている黒タイツを突然脱ぎ始め、艶めかしい脚が露となる。その行為をする意図がまったく見えず、何をしようとしているのかを聞いてみた。
「何って、ご飯を食べたら、お風呂だから」
「おいっ! 何してんだよお前!?」
そう説明をしながら次は制服のブレザーを脱ぎ捨て、スカートのチャックを降ろし、下着姿になろうとしたのだ。そんなことを恥じらいもなくしようとするので、急いで腕を掴みそれを阻止する。
「何ってご飯を食べたらお風呂だから――」
「そういう意味じゃねぇよ! 何で俺の前で堂々と脱ごうとしてんだ!? 向こうに洗面所があるんだからそこで脱げよ!」
本当ならば「自分の部屋に帰って風呂に入れ」と今すぐ自分の部屋から追い出したかったが、先ほどの発言からルナを一人にすると何か大事件が起きそうで追い出すことが出来なかった。
「だってノアは殺し合いの最中に何度か見たことあるでしょ~? 私の裸や下着姿ぐらい~」
「いやなかっ――あったな」
あれはいつだったかの殺し合い。周囲に爆発を起こしてルナに攻撃を仕掛けたとき、着ているものがすべて吹き飛んでいたことがある。すぐに服は再生されたが、一瞬でも目にしたことはあったのだ。
「でしょ~? だから別に今更隠してもね~」
「あの時はそもそもお前を女性として見ていなかったし、なんなら人間として見ていなかった。ああ、目の前に化け物がいるってぐらいの感覚だったから、全然意識してなかったんだよ」
「ふーん。じゃあ今は意識してるってことなんだ~?」
「男性の前で女性は軽々と服を脱いだりしない。これはモラルの問題だ」
床に脱ぎ捨てられた衣服を拾い上げて、ルナへと手渡す。
「今のお前は化け物じゃない。一人の女の子なんだよ。それをしっかりと意識しろ」
「女の子扱いされるの、初めてかも」
「分かったらさっさと洗面所に行け。今回だけ風呂は貸してやるから」
ルナはその言葉を聞くと自身の衣服を抱えて、洗面所へとドタバタと走っていった。騒がしいヤツだと何度目かの溜息を付きながらベッドへと仰向けに寝転がる。
(この世界を正すには、裏で手を引いている人物を探し出さなければならない。その為に必要なのは情報の共有。ジュエルペイで連絡は取り合えるが、記録が監視されている可能性もあるな)
食材や歴史本を買うついでに、ノートもやペンもいくつか買っておいた。そのノートに記録を残して、ルナと交換するのが最も情報の共有のやり方としていいかもしれない。
(…さて、やりますか)
ベッドから身体を起こして、買ったばかりのノートとペンの封を開ける。この一日で分かったことをルナが風呂から上がるまでここに書き記しておこう。
(まずエデンの園は――)
ペンを走らせてノートに次々と情報や推察を書いていく。洗面所の方からシャワーの音や水が滴る音が聴こえてくる中で、ひたすらに頭の中に残った今日の記憶を分かりやすく、手短に記した。
(このノートもペンも、創造で作れるのにどうしてお金で買わせようとするんだ?)
ノートの二ページ目に入ったとき、ふとそんな疑問点が浮かんだ。このエデンの園の規則には、創造に関しての制限は掛けられていない。ならばお金を払わずしても、このようなペンやノート、テレビやゲーム機だって創造で創り出せるのではないか。
(…そうか。創造するのに"知識"が足りないんだな)
頭の中で創造すれば確かに何でも創れる。
しかし人間たちはその創造する物体の内部まで事細かに知らない。自動車で例えるのなら外部の装甲の色や、どのぐらいの大きさかを知っていても、内面のエンジンやそれぞれの細かいパーツまでは把握していない。その状態で創造をすればどうなるのか。当たり前だが内部はスカスカで外面だけの自動車が創り出される。
食べ物に関しても同じことがいえるが、そもそも創造で人間が口にするものを創ることは自分たちが生きていた頃から禁止されている。その理由は単純なもので、創造した人物の創造力が含まれる飲食物を、別の誰かが体内に運べば、力の相違で逆流を起こしてしまうから。これを行った者は最悪の場合死に至る可能性だってある。
(あらゆる知識は戦いにおいて有利になるが…。簡単な構造で作られているペンの一本も創造できないのであれば、俺たちが生きている頃より、この世界の人間の知識はかなり劣ってしまっている)
ノートを書き終えると、シャワーの水流音が丁度止まった。
「ふぅ~、いい湯だった~!」
「あぁルナ。これからお前に話さないといけないことが――」
タオルで髪を拭きながら出てきたルナの恰好は、黒色のきわどいランジェリー。肌の露出が多く、適度に膨らんだ胸や艶やかな下半身は目のやり場に非常に困り、心臓が高鳴って――
「って全然興奮しねーよ!」
「ひでぶっ!?」
ベッドに置かれている枕を投擲して、ルナの顔面に命中させる。
冷静になって考えてみれば、こいつがどんな格好をしていても本性を知っているだけで一切興奮しないし、心臓の鼓動が速くなったりもしない。そもそも不老長寿の能力で何百年も生きていたら、このような感覚はいずれ消えてしまうものなのだ。
「何だよその格好は!? お前は痴女なのか!?」
「いつも寝るときはこの格好だもん! それに痴女じゃない!」
「とにかく! モラルに問題があるからこの寝間着に着替えろ!」
長袖と長ズボンの寝間着を創造し、それをルナに投げ渡す。その寝間着を見たルナは「えぇ~?」と不満そうな声を上げた。
「私は暑がりだからこれだと寝れないよ~!」
「じゃあ寝るな。一生起きてろ」
「もぉ~! じゃあこれでいいでしょ?」
その寝間着を投げ捨てて、「Kill Me」と大きく書かれた半袖のシャツと膝丈よりも短いズボンを創造して、その場で着ているランジェリーを脱ぎ始めようとした。
「……」
「分かったって! 向こうで着替えてこればいいんでしょ~?」
こちらが何かを訴えかけるように視線を送ってみれば、ルナは面倒くさそうに洗面所まで歩いていく。まるで子供の世話をしているかのような感覚だ。
「ん?」
ジュエルペイが震えたことに気が付き、画面を見てみれば「Witch」と書かれた送信者から、時間割らしき表がデータとして添付されていた。そのデータと共に記載されていたメッセージは「よろしくー」のみ。
(時間割があるってことは、授業でもやるのか?)
送られてきた時間割表のデータを開いてみる。表示されたのは一週間の時間割を記した欄。試しに明日の授業を確認してみれば、
月曜日
一限目 総合
二限目 国語
三限目 数学
四限目 訓練
というような時間の割り振り方をしていた。一通り見てみれば月曜日から金曜日までの一週間はすべて午前授業のみ。午後には帰宅できるようにしているのは、殺し合いをする時間を作るためなのだろうか。
「着替えたよ~…って何を見てるの?」
「明日の時間割」
ルナに時間割を見せてみれば「…普通に授業をするんだね」と少々驚いている。時間割があるという時点で不思議なものだと思っていたが、国語や数学といった一般科目もあるとは予想だにしていなかった。このエデンの園でただの殺し合いをさせるわけではなさそうだ。
「お前、俺の部屋で風呂に入って寝間着姿でいるってことは…。もしかしてここで寝るつもりか?」
「えっ? そうだけど?」
薄々勘づいてはいたが、ルナはあまりにも無防備すぎる。こちらを信頼しているという可能性はまずあり得ない。きっと彼女は前世で異性との交遊をしていなかったのだ。だからこそここまで異性の差というものを感じられないようになっている。
「就寝するときは俺から五メートル以内に近づくな。後、お前は床で寝ろ」
「えぇ!? 何で私がベッドじゃないの~!?」
「ここは俺の部屋だ。どうして俺がお前に安らぎの場を譲ると思った?」
「ケッチだなぁ~」
お互いの為に戦うと約束は交わしたが、信頼をしているなんて言葉は吐いた覚えはない。最も警戒が怠るときは睡眠時、これぐらいしておかないと気が気でないのだ。
(…明日からいよいよエデンの園での生活が始まるのか)
ぐちぐちと喚いているルナを他所に、彼は窓から向こうに見える闇をただ見つめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ゼルチュ。私に何の用だ?」
辺りが暗闇に包まれ始めた頃、白衣を身に纏い眼鏡を掛けた女性がゼルチュの待つ部屋へと訪れていた。女性の胸に付けられた灰色のネームプレートには「
「あぁデコード。例の計画は順調に進んでいるか?」
「…今のところは何の問題もなく進んでいる」
ゼルチュの両側にはペルソナとアニマが静かに佇んでおり、仮面によって窺えない素顔のせいでデコードは二人に対してやや恐怖心を抱いてしまう。
「Sクラスの選ばれし者たちはどうかね?」
「あの子たちについても何の問題も生じていない。ただ、既にSクラスの生徒が、テリトリーに侵入をしたBクラスの生徒二名殺害してしまっているが……」
「いいじゃないか。彼らはしっかりと殺し合いに参加してくれればいいんだよ」
ゼルチュは右手首に付けられたジュエルペイを眺めながら、デコードに向かって静かにこう呟いた。
「デコード、私たちの手で
―――――――――――――
Prologueを読んでいただき誠にありがとうございます。
ここまで読んで少しでもお気に召して頂けたらブックマーク・感想等を貰えると、こちらもこの先の執筆活動を続けるに至って大変励みになります。作者として読者の皆様が楽しめる物語を描いていこうと思いますので、続けて読もうと考えている方はどうぞノアたちの一年を見届けてあげてください。
小桜丸
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