協力者 1
胸ポケットから覗くのは警察手帳。彼は刑事だった。
携帯のアラームに目覚ました木田は、車から出ると眠気覚ましに散歩を始める。
何度か来るうちに覚えた道を、僅かな月明かりの中悠々と歩く。
(まだこの時期は虫が少なくていいな。獣は怖いが)
夜空を見上げ、空気を吸って、デスクワークで疲れた体を癒やすようにフラフラ歩く。
しかしコンクリートの古い端に差し掛かったところで、ビクリと足を止めた。
月の光がうっすら浮かび上がらせる灰色の橋。その中央に、動く人影があったのだ。
幽霊かと怖気づいた木田は自然と後ずさる。
だがその人影は、思いついたようにグーッと伸びをした。
あまりに生き物くさいその動きに、木田は生きている人間だと安堵する。
〈あぁ、よく見れば男だ。若いな〉
しかしその束の間、その男は橋の柵へ足をかけた。
〈自殺だ‼〉
慌てた木田は駆け出す。
柵の縁に立った男は腕を振り子ようにして反動をつけ、膝を曲げた。
〈飛び込む‼〉
宙に身を投げた男にギリギリ手が届いた木田だが、予想外の重さに体を持っていかれる。
反転する視界で混乱しながらも目にしたのは、男の背から生えるおおきな翼と、ムチのような長い尾だった。
「は?」
「うおっ!なんだこれ⁉」
男、もとい竜と木田はもみくちゃになりながら、真っ暗な谷間を静かに流れる川に水しぶきを上げた。
●●●●
「で、こいつがお前と入水心中を図ったのか」
「いやー、多分飛び降り自殺と間違われたんじゃないかな。飛び立つ直前まで羽と尻尾仕舞ってたし」
「で、見られたかもしれないので連れてきたと」
「そ」
心咲と、風呂上がりでホカホカ湯気を出す竜の前に転がされているのは、服が濡れたままの木田だった。
ヒマとナオ、隣の部屋の猛禽兄弟はすでに就寝している。
心咲は眉間に手を当てた。
「映像証拠は撮られてないんだろう?見殺しにはしなくとも、どこか適当なところで放っておけばよかったんじゃないか……と言いたいところだが、ん。見てみろ」
竜が心咲から手渡されたものは、少し湿気ってしまっているが警察手帳だった。
「え、これってさ……やばない?」
「お前が風呂入ってる間に持ち物探ったんだが、警察だったみたいだな」
「どうしよ、殺す?」
サラリと物騒な提案をする竜だが、踏み越えた彼らにしてみれば確実な口封じの手段の1つである。
しかし心咲は、
「この間見つけた人身売買は警察が絡んでいる可能性があると言ったよな?」
「あ、そゆこと」
「あぁ。殺すにしても聞けることは聞いとかないとな。貴重な情報源になってくれるとありがたいが」
●●●●
瞼の裏から眩しさを覚え、うっすらと目を開いた。
寒さと濡れた服が纏わりつく気持ち悪さが同時に襲ってきて、意識が一気に覚醒する。
(服が濡れてる?……っ!俺は川に落ちて、)
目が開ききらずに霞んだ視界のまま立ち上がろうとして、何かに押し返されて尻もちをつく。
木田が目を擦って見上げると、そこには2人の青年が見下ろしていた。
「……ここは…?」
「さあね。とりあえず質問に答えてくれる?」
猛獣を思わせる金の目を光らせた青年、竜が、しかし今は冷めた様子で答えた。
その言葉から彼らが友好的で無いと気づいた木田は警戒を上げる。
「これが何かわかるか?」
女と見紛うほど整った容姿の青年、心咲は、何かを木田の目の前に、つまんでぶら下げて見せた。
「……拳銃…?」
「そうだ。これはとあるチンピラが持っていた物なんだが、これはどうゆう事だ?」
「……分からないな」
心咲は拳銃を木田の顔の前からどかすと、その目を屈んで覗き込んだ。
深い翡翠色の瞳の美しさ以上に、底無しの暗さの恐怖を覚え、遅れて目をそらす。
「嘘だな」
「っ!」
一瞬で見抜かれた木田は、驚きと焦りに顔を歪めた。
実は木田は刑事の仕事と平行して、警察の上部が犯罪組織と繋がっている事を調べていた。
木田は竜と心咲がそこの差金だと思い、嘘をついたのだ。
活路を見出そうと必死に状況を確認する。
今、木田は部屋の角にもたれかかっており、窓も玄関も遠い。
そもそも何かしようにも竜と心咲を突破しなければいけないが、それも難しいと悟る。竜も心咲もむやみに木田に近づいてこないのだ。座り込んでいる人間への警戒の仕方やその立ち位置に場慣れを感じた。
「ここまでか」と小さくなる呟いた木田は、覚悟と半ばのやけくそで目を閉じ叫ぶ。
「くそっ、殺すなら殺せ!お前らの悪事はいつか必ず誰かが暴くだろう!」
「ん?」
「さぁっ殺せ!」
「ちょっと待って。もしかしてあんた人身売買の事知ってる?」
「……え?」
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