拾い猫 1
熊の素材の代金を受け取った一週間後の月曜日。
霜が溶け朝露の光る公園の芝生に、ふと目に止まるものがあった。ダンボールだ。
中を覗き込むと、薄い毛布に力無く横たわる子猫の姿が見えた。手前に開いた箱の蓋にあたる部分には、滲んだ文字で『拾ってください』と書かれている。
「土曜日には見なかったから日曜日かな?かわいそうに」
何がと聞かれれば、捨てられた日のことだ。
死んでしまったのはいつ頃なのか、目元をピット器官に変化させて見てみる。すると、
「····あれ?、生きてる?」
指の腹を子猫の腹にあてると、かなり弱々しいがたしかに動いている。しかし体温はかなり下がっているようだ。
ならば····。
子猫をダンボールから持ち上げると、抱きかかえた。
今日は学校で惰眠を貪るつもりだったが、予定変更だ。
●●●●
「····はい、今日は熱があるので休みます。·····はい。あ、あと、今日家族家に居ないんで携帯の方にかけてもらっていいですか、連絡とかあったら····はい。じゃ、失礼します」
今アパートにいる。学校は休んだ。そして····
「よし、だいぶ動くようになってきた」
心咲もいる。猫拾ったから休むと伝えたら来たのだ。
俺が学校に電話している間、心咲はたらいにお湯を張って子猫を温めていた。片手で子猫を仰向けに掴み、もう片方の手の皮膜を水かきのようにしてお湯をかけている。
「ちょ、俺もやりたい。変わって変わって」
「はいはい」
心咲から子猫を受け取るとその体の軽さに気付く。
「なぁ、子猫って普通の重さでこんくらいなの?この子が痩せてるだけ?」
心咲に聞くと、携帯で調べた子猫を拾った時について書かれているページを俺に見せながら答えた。
「俺にも詳しいことはわからないが····、たぶん痩せてる方だと思う」
「へぇ····ん?」
携帯に映し出された一文に目が止まる。そこには·····
『入浴は体力を消耗します』
「やばいやばい、そろそろ体拭こうか。もう十分暖まったでしょ」
俺は子猫をたらい風呂から上げると、だいたいの水分をタオルで拭き取った。残った湿気は子猫の顔を避けるようにドライヤーをあてて乾かした。
その後、別の乾いたタオルで子猫の小さな体を包み抱きかかえて温める。
「うぁ〜、ちっこいよ〜かわいいよ〜」
きれいになって気づいたが、この子の毛はきれいな灰色をしていた。灰色なのに透き通っているかのような色だ。
「声キモ」
「いやいや、お前も抱っこしてみればわかるって。····てか、次何すればいいの?」
心咲は携帯の画面をスワイプしてサイトを読み進めていく。
「····んー、ミルクだな。子猫用のミルクがコンビニにも売ってるみたいだ」
「おーけ、んじゃ行くか」
この子を外に連れて行くのはまだやめておいたいいだろう。
家にあったダンボールにタオルを敷いて作った臨時のベットに、今くるんでいるタオルごと載せようと、抱いていた腕を伸ばした。すると、
「おとととと、」
身をよじって暴れだした。抱き直すと収まる。そーっと置こうとしたり色々試したが、どうやら抱っこして温かいと落ち着くようだ。
その様子を見ていた心咲は苦笑した。
「俺が行ったほうがいいみたいだな」
「悪いね、頼むわ」
●●●●
「····おし、吸ってる吸ってる」
心咲の買ってきたミルクを温め、輪ゴムで頭の小さなてるてる坊主のような形にしたガーゼに含ませて飲ませている。
「このガーゼのやつよく思いついたな」
「俺が発明したんじゃない。ネットで調べたときに出てきたんだ」
「そーなん。····ん?もういらない?」
子猫がミルクを飲まなくなったのだ。ガーゼにミルクを含ませ直して子猫の口元に寄せても、前脚でペシリとのけられてしまう。
「お腹いっぱいかな?」
「だな。時間が経ったミルクを飲ませるのはやめたほうがいいだろうし、ミルクはもう片付けるぞ」
「んー、ありがとー」
心咲はそう言って台所へミルクの入った器を持っていった。
いつの間にか、子猫は俺の膝の上で体を丸めて眠っていた。
器を片付けて戻ってきた心咲は、すやすやと眠る子猫を見ながら俺の隣に腰をおろした。
「なぁ、その猫飼うのか?」
「うん、そのつもりだけど····。あ、このアパートってペットオッケーだっけ」
「飼えるよ。部屋借りる時に話にあったはずだが····」
「あー、そこらへんあんま覚えてないや」
「流石だ」
なるほど。これが呆れを通り越して、というやつか。
「今更だけど、この子飼っていい?一応2人で使ってる部屋だし許可をと」
「好きにしろ。ちゃんと面倒みるように」
「へーい。よーし、君は今日からうちの子だ!寝てる間に名前考えとこ」
性別はさっきたらい風呂に入れたときに見たが雌だった。
何がいいかなー。
「名前も必要だがトイレやケージも用意しなきゃだめだろう。この部屋は借りてるだけだから汚せないぞ」
「そっかぁ。買いに行くとすると間取りはわかんないから、心咲が行ったほうがいいんだろうけど、俺も見てみたいんだよねぇ。どんなのがあるのか気になるし、せっかく飼うんだったら理解も深めたいし」
「でも2人で行くとその猫がなぁ····。ん?今思い出したが、母さんが昔犬を飼ってたと聞いたことがあったな」
美里さんか。
「え、初耳。ならお願いする?今日家にいるか知らんけど」
「今日は特に用事は無かったはずだ。もし母さんが出かけるとしたら夕飯の買い出しくらいだろ。聞いてみる」
そう言うと心咲は電話をかける。一分も経たずに通話は終わった。
「どーだった?」
「いいってさ」
そうして俺達は子猫を連れて須崎家へ向かうことになった。
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