熊退治 6
おっさんと話して10分ほど経った頃、車がぞろぞろやってきた。どう見てもただの乗用車で回収業者業者のものではない。おっさんはそれらの車に近づいていくと、親しげに手をあげている。
止まった車から人がおりてきた。
「ほんとに仕留めたんだって?」
「おうよ!腕のいいのが来てくれてな!ほれ、こいつらだ!」
おっさんに促されて挨拶をし、話を聞いたところ彼らは熊によって無人農園を荒らされていた者たちだった。俺達を雇うためのお金も彼らで出し合ったらしい。
「はぁー、こんなやつ襲ってきたらたまったもんじゃねぇよなぁ···」
「臭っ!おとーさん!熊臭いよ!」
「こらっ、あんまり近づくんじゃない。病気を持ってるかもしれないぞ」
車から出てきた者達の中には家族連れもいて、熊に群がって写真を撮ったりしていた。やがて、数人がこちらに来て、口々に礼を言ってくる。
そのたびに俺達は「仕事ですから」などと、無難な言葉を返していった。
●●●●
「おーい、道を開けてくれー!車が通るぞー!」
時間がたつにつれと集まってきた人数が増え、20人近くなったところで、彼らの向こう側から声が聞こえてきた。
少し背伸びをして見れば小型のクレーン車や大型トラック、大きなアームのついた車が見えた。回収業者だ。
車を止めおりてきたのは作業着にヘルメット姿の回収業者達と、その横には自然豊かな景色には合わないスーツ姿の、掲示板の職員だった。
掲示板とは、ネットで仕事の依頼者と受託者を繋ぐ仕組みのことを指す。手数料はかかるが、掲示板を運営している会社が大きければ大きいほど信用があり、数多くの様々な得意分野を持つ『ハンター』が登録しているということで利用されている。
「HUZISAWA掲示板の鈴木と申します。ハンターの『R&M』様でよろしかったですか?」
近づいてきた鈴木は、俺と心咲が前に出たのに気づくと、ハンターだとあたりをつけて声をかけてきた。
「うい。俺たちですね」
「『ハンターカード』を拝見しても?」
「はーい……あれ、どこやったっけ」
「おいおい」
俺がリュックをひっくり返して探している『ハンターカード』というのは、掲示板から依頼を受けるハンターの必需品であり、ハンターとしての身分証明書だ。
ハンターとしての、というのは、偽名やニックネームで登録していることが許可されているからだ。なので警察相手の身分証明書としては使えない。元は正しい情報の入力が義務付けられていたらしいが、個人情報の流出やニックネームでの登録が相次ぎ手がつけられなくなって今の形に落ち着いたらしい。
「あったあった。お待たせしました。はい、これで····、え」
ようやくお目当てのものをリュックから引っこ抜くように出したが、鈴木に渡そうと振り向けば、既に心咲が自分のカード渡していた。
カードはチームメンバー1人1つまで持つことができる他、ソロでも自分1人のチームでカードを作ることができる。使い分ける理由は、依頼の達成料金が使用したカードのチームに振り込まれるからだ。俺と心咲はハンターの収入は共用化しているので、それぞれ持っているカードは一枚だった。
鈴木は携帯していた機械の隙間に受け取ったカードを差し込み、電子画面を確認すると心咲にカードを返した。
「ありがとうございました。では討伐対象の死体の運送ですが、傷つけたくない部位と傷ついている部位を確認させていただきます」
これは、獲物を運ぶ際に、傷つけられて売却の価値が下がったという揉め事を防ぐ大事な手順。
この掲示板の会社は回収業者も同時に行えるので、鈴木が纏めて対応するようだ。
「えぇわかりました。まずは頭と····」
最終的に熊が大きすぎるのでこの場であらかた解体してから運ぶ流れとなった。この回収業者は解体もできるのでそのまま任せることにする。
熊はまず腹から裂いて全身の皮一気にを剥ぎ、四肢や頭を、骨を傷つけないように切り分けられる。それでも胴体が大きく重すぎるので内臓を抜いて、ようやく運べるようになった。ちなみに内臓は謎の液体に入った箱に詰められた。
内臓なんて何に使われるんだろう、と思うかもしれないがこれが意外と高く売れる。大学なんかが解体される前の写真とセットで、いい値で買ってくれるのだ。
回収業者や鈴木は、すっかりコンパクトになった熊をトラック3台にのせ帰って行った。
まだ5時頃にもかかわらず辺りはずいぶん暗くなっている。空はまだ明るい。こういった変化は自然の近くでなければ味わえない。
「さて、俺たちも帰りますか」
「あぁ。挨拶だけしていこう」
またたく間に起こった熊の解体を目にしてまだ興奮冷めやらぬといった様子の集団を通り抜け、依頼者のおっさんら家族に帰ることを伝える。すると皆でご馳走したいからもう少し残ってくれないかと言われた。
こういったことはハンターをやっていると時々ある。
その後、集まっていた集団の1家族がやっている個人営業のファミレスを貸し切って晩ごはんをいただいた。
帰る頃にはすっかり日を跨いでしまっていた。
「それじゃ、ごちそうさまでした」
「おう、こっちこそありがとな。気ぃ付けて帰れよ」
おっさんと別れの挨拶を済ますと、俺達は彼らを後に暗がりで変身し家路を急いだ。
帰り道、いや空か。心咲は進行方向の空を見て顔をしかめた。
「竜、進路を変えたい。雲状雷虫が低くなってきてる」
「おーけい」
空を見てみれば、光を通さない黒とも透けた白とも違う、ベタ塗りの灰色に時々電撃が走る雲が、他の雲とは違う速さで流れていた。
雲状雷虫とは雲の中に蚊ほどの大きさで群れをなす生き物で、その名のとおり電気を纏っている。俺は鱗が電気を通さないので群れに突っ込んでも気にしないが心咲は違う。心咲は触れると感電してしまうので避けて行く。
結局俺達が須崎家に帰って来たのは夜空の紺とも紫とも言えるのが僅かに明るくなった頃だった。
●●●●
熊の素材の精算は、一週間後に結果が届いた。
素材は高かった順に、皮、骨、内臓、そして他の部位と差が開いて安くなったのは肉だった。
後書き
ここまでは、長々と世界観の説明的な感じです。少しずつストーリーに進んでいくつもりです。
素材の加工技術は現代より進んでいるので、価値観が今とずれているかもしれません。許容を。
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