熊退治  5

 熊が追って来るのを背後からの絶えぬ轟音で確認した心咲は、熊との距離を一定に保ちつつ木々の隙間を風のように駆け抜ける。


「そろそろいいか」


 時々熊の作った巨大な獣道を横切る以外代わり映えのない森の中を熊を誘導しながら移動し続けた心咲は、倒れた巨木を飛び越えながら小さく呟いた。


 そして熊が倒木を乗り越えると、心咲は熊の視界から忽然と姿を消した。


 熊は慌てて周囲を見回す。


 足元で枯れ葉の擦れる僅かな音に気づいた熊は、見えていなくても構わず前脚を振り下ろす。しかし、時すでに遅し。熊の顔の駆け上がった影····心咲は熊の大きな額に手を当てていた。


 瞬間、周囲の木々が弾けたように縦に裂ける。その音はまるで銃声のようだ。熊はピタリと動きを止めると、その巨体は地を鳴らして崩れ落ちた。


「あれ、今の音って仕留めちゃった?」


 遅れて追いついた竜が心咲に聞く。


「あぁ。急ぐぞ、死因の隠蔽だ」


 それを聞くと竜はボロボロの服を脱ぎ、ドラゴンの巨体に変身する。


「頭を殺ったんだよね?よーし、証拠隠滅パーンチ!」


「もう少し伏せろ。目立つ」


 その後、竜が熊の死体の頭の形が歪むように殴ったあと、心咲はだいたいの大きな血管をナイフで切り裂いて血抜きした。


 しかしここで予想外の事態が起こる。熊の乗っていた地面が小規模な地滑りを起こしたのだ。


 原因は3つ。


 熊が木々を薙ぎ倒し道を作る際、山の斜面を頂上に向けて一直線に心咲が誘導したこと。


 そこに竜が熊の頭を砕かんとした衝撃が地面へと逃げ、木々が根こそぎ倒れた山肌にダメージを蓄積。


 その弱り、柔らかくなった土が熊の大量の血糊を吸い込み重くなって地滑り、といった状況だった。


 地すべりが起きてその場からすぐさま飛び退いた竜と心咲は、ゴロゴロ転がりながら木々を蹂躙していく熊の死体を目で追った。


「環境破壊著しいな」


「熊のせい、熊のせい」


 木々が土砂に押し流され、暗い森を差し込んだ光が照らす。


「ま、重い死体を運ぶ距離が短くなってラッキーってことで」




●●●●




「うわぁ!大丈夫かい!?」


 仕留めたと電話で依頼者の無人農園管理者に連絡を入れ、慌ててやってきた朝の面子の旦那さんの第一声がそれだった。俺のボロボロの服を見ての言葉だ。


「無事ですよ。熊はちゃんと狩ってきましたんでその報告と、死体の処理の話をいいですかね」


「あ、あぁ····」


 それでもお構いなしにさっさと仕事の話を進めようとすると、おっさんから待ったがかかる。


「いやまてよ、その熊の死体はどこにあんだ」


 その質問には心咲が答えと説明をした。


「流石に大きすぎるので持っては来られないですよ」


 まぁ、土砂で熊が流された後、俺が引きずって人里の方に近づけたんだけどね。


「どちらにせよ今から回収業者の方に連絡する際に写真とか取りに行くので一緒にいきましょうか」




●●●●




「うわぁ····」


「····」


「ほぉ····」


 倒れていてもなお見上げるほどの大きさの熊の死体を前に、依頼者達の反応はそれぞれだ。奥さんなんかは言葉が出てこないらしく、口が開いたままだ。


 とりあえず次に移りたいので、熊に目が釘付けな彼らに呼びかける。


「すみませーん、写真撮りたいんですけど」


「ん?あぁすまんな。どこうか」


 なんだろう。おっさんの態度が軟化した気がする。


「いえ、できればもう少し寄って並んで頂けると助かります。大きさの比較対象になるんで」


「でも今兄ちゃんの相方がメジャー持って測ってないか?」


 確かにおっさんの言うとおり今心咲はグラウンドを測るような、大きいメジャーを熊の体の横に伸ばしている。しかし、


「回収業者の担当の人によりますけど、メジャーの数字だけだと半端な人数しかよこしてくれない時があるんです。なんで、どんだけでかいかのインパクトアップで一役買ってくれませんか?」


 そう言うと納得したようで、おっさんは恐る恐る熊に近づいていき、心咲の指示に従って熊の近くに立った。


 何度か立ち位置を変えてもらいながら、正面、真横、斜め前、斜め後ろ、後ろ、そして近くの、奇跡的に土砂から免れていた木に登り、上から全体像を撮った。


 木に登る時、変身していなかったものの、スムーズに登っていた俺の様子を見て、彼らは感心するような表情をしていた。









「はい、お待たせしました!写真の方送信したんで午後3時には来てくれるそうですよー」


 後は回収業者が来て、仕事は完了である。


「ふー、結構早く終わったわー」


「ま、今回は発見が早かったのが大きいな」


 今できることはもう終わったので、熊のすぐ近くの木陰で座って休んでいた。


 熊は土砂に流された時にかなり土に揉まれたようで、毛皮の悪臭はずいぶん弱くなっていた。売却額がが上がりそうだ。


 これなら収入はそこそこの額になるだろう。まず、今回の依頼の分と、熊の素材の売却分だ。狩った熊は好きにしていいとの契約なので、いくらになるのか楽しみだ。


 もっとも、金にはまったく困っていない。今まで受けてきた仕事やら売却やらでそうとうな貯金があるが、売却の金額などはロマンの類だろう。


 俺達が売却額について予想し話していると、おっさんがこっちへ歩いてくる。手には缶コーヒーが2つ握られていた。缶の表面には結露が滴っている。


「おいあんたら。悪かったな、朝はよ。ほれっ、お疲れさん」


 おっさんは缶コーヒーを俺と心咲に放ると背を向けた。


「あざっす」


「いただきます」


 俺達が礼を言うと、おっさんは少し振り向いてこういった。


「大熊を仕留めてくれたのは本当に感謝しとる。他の奴らもな。そろそろ来るんじゃないか?」


「「え?」」

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