熊退治 4
「なー、やっぱお前が仕留めてその後、殴るなりなんなりして傷作っちゃえば良くない?」
「でも、死体の回収は専門の業者に頼むつもりだから、不自然なところを残すのは嫌なんだ。深くは聞いてこないだろうけど一応な。だからそのやり方は最終手段にしよう」
「りょーかい」
「・・・・」
「・・・・」
話すことが無くなり、小鳥の鳴き声以外沈黙が訪れる。しかし森の空気に浸る間も無く、熊のいる方向から、
ミキミキミキ、バキィッ
と音が聞こえてきた。
「!、移動始めた?」
「待て。···動いた。この方向は···」
音である程度のことがわかる心咲に状況を問う。心咲は耳をコウモリのものに変身させ、ピンと立てた。
「まずいな。山を降りてる」
「えっとそれって····」
「人里に向かってるな。····!、速くなった、急いで追うぞ」
「まじか、やばいな!」
慌ててリュックを背負うと、枝が揺れるのも気にせず木から木へ跳び移り熊を追う。木々の隙間から見つけた茶色い塊が、あの巨体からは考えられない速度で移動しているの見て思わず笑ってしまう。
この速さでは山を降りるのに時間はかからないだろう。
「ここらへんセンサーは?」
心咲に空中で聞いたのは、獣が森などから出ようとした際に事前に襲撃を察知するセンサーだ。なかには映像記録機能付きの物も多いので、俺や心咲は注意しなければならない。
過去にウッカリ映ってしまった映像がバラエティ番組で放送されたことがあるので、その手の物にはとても気をつけていた。
「いや、とくに何もなさそうだ。お前は何か見えたか?」
俺は、爬虫類のような見た目をしているからか、目元にピット器官がある。ピット器官自体は地味だが、目のすぐ近くにあるので展開しようとすると目も獣人の目になってしまう。人前では使いづらい能力だ。
「いんや、何も見えんな」
今俺の目は瞳孔が縦に裂け、金に光っているだろう。
「そうか」
「どーする、止める?熊」
「あぁ。今はセンサーが無くとも、これ以上人里に近づけばわからない。今のうちに引っ張るぞ」
「おけい!」
俺は熊を追い越すと枝から熊の鼻先へ跳躍し、露出している比較的柔らかそうな鼻を、巨大化させた爪で引っ掻いた。
『グゴォ!?グアァァァァ!!』
熊は一瞬怯んだことで減速したが、すぐさま俺を見つけると、木々を揺らすような咆哮を叩きつけてきた。そして大きな体を山のように丸めてグッと力ませると、俺を標的としたようで追いかけて来る。
作戦成功だ。しかし、
「ほーらおいでおいで····あれ!?速なってない!?」
『当たり前だろう。さっきまでのは移動だ。狩りは瞬発力が違うさ』
木々のなぎ倒される轟音の中、心咲の落ち着いた声が不自然なことによく聞こえる。
これは音を熟知したコウモリ形の獣人である心咲の十八番の一つ、音や声をピンポイントに届ける能力だ。どれだけ俺が声を出していようが、どれだけ周辺の環境がうるさかろうが、確実に聞こえる音を届けてくれる。助けてはくれないようだが。
「ちょ、ヘルプ!!ほらほらほらきたきたきた、っ!」
森の木々につまずきながらも必死に逃げていたがついに追いつかれ、ゴウッ、と風を裂きながら振るわれる豪腕に弾きとばされる。
「うわ、服ギタギタじゃん!」
まぁ、無事だが。
獣人は特徴の一つとして、人の体で受け止めきれないダメージを受けた時、負荷がかかった部分が反射的に変身する。獣人の体の耐久力は個人によって差があるが、俺はとても頑丈なので傷一つ無かった。ちなみにこの変化は意図的に抑えることはできるが、その際は普通に怪我をしてしまう。
柔らかい土と固い木の根をえぐりながら地面へと突き刺さるように叩きつけられたので、体中土だらけだ。
「ねー、ひどい目にあったんだけどー!つーか熊どーすんのー、ってあれ?」
土を払いながらどこかで聞いているはずの心咲に話しかけるが、熊の追撃がないことに気づく。
『捨て身の陽動ご苦労』
「好きで捨て身になったわけじゃないんだけど」
『今、山奥へ引っ張ってるから、ある程度人里から離れたところで俺が仕留めることにした』
俺の抗議などどこ吹く風、心咲は淡々と作戦の変更を伝えてくる。
「へいへい、りょーかい」
俺は木々がなぎ倒された、できたての広い獣道を走って辿った。
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