第7話雷鳴(上)
*今回は3部構成です
血命同盟会議の日の私の朝は早い。
何処かの職人みたいな入りになってしまったが、実質この日ばかりは私も昔ながらな職人ばりの表情をせざる得ない。
何せ、気持ちよく爆睡している主人…阿木斗さんの代わりにやる事が多い…!!!!
まずは服の準備。
私も会議には阿木斗さんの補佐として前に1度お邪魔をした事があるが、それなりに厳粛な場であった。その為、雰囲気に溶け込むには服装をしっかりとする必要がある。
普段は黒いパンツにシャツみたいなラフな格好が多い阿木斗さんだが、理由は知らないけれど正装含め衣装持ちなので、服に困ることはないけれど……。
「どれなら着てくれるんだろう…」
そう、問題はあの人が着てくれるかどうかなのである。
阿木斗さんは、動き難い服装を嫌う傾向にあるのは、数年の付き合いでよく理解できた。そして正装というのは、基本的にかっちりしてて動き難い物が多い。
……だから正装を着るのをすごく渋るのだ、阿木斗さん。
そして、阿木斗さんは容姿をよいしょしたら気分良く服を着てくれる人でもない。だから私はフォーマルな場に適してて、そこそこ動きやすい服を選ばなければならないのだ。
「………これでいっか」
長考の末、私が手に取ったのは何処かの国の軍服みたいな奴だ。なんであの人が軍服を持っているのか全く見当もつかないけど、黒基調であるし襟もしっかりとしているので正装に見える。それに軍服と言うぐらいなら、多分動きやすいだろう。
はい、決定。
私は自分を納得させる様に1人でに頷いて、その軍服を軽く折って、持ち運び易くする。これで、1つ目のミッションはクリアだ。
次にやるのは、荷物の確認だ。
これは荷物自体少ない上に、前日に殆ど準備をしているので、やる事は少ない。
そして、最後が最難関だ。
コンコン、とドアを叩くが返事はない。くそぅ、タイマー掛けないで寝たな、あの人。
「……はぁ。……阿木斗さん!入りますよ!」
私は1つ大きく息をついてから、ドアを開け、頑張って声を張る。これで起きてくれたら、万々歳なんだけど…。
部屋の奥にあるそこそこ大きいモノトーンのベッドへと一歩二歩、ゆっくり近づく。
布団を表面にしてぽっこりと山が出来てるので、完全に阿木斗さんが寝てることがはっきりとわかる。
「……阿木斗さーん、今日同盟会議ですよ」
少し遠い所から声をかけるが、反応なし。これはベッドまで近づくしかないか……。
阿木斗さんは非常に寝起きの機嫌が悪い。正確に言うなら、寝ているときに他者に近づかれるのを非常に嫌っている。下手に近づいて起こそうとすると、人間なら即死の容赦ない骨法術が飛んでくるので、私は慎重にならざる得ない。
「生存報告だけしにいきましょうよー」
時間をかけながら、じわじわとベッドに近づきつつ、声をかけていく。するとベッドから数歩離れている場所でようやく、もぞっ…と盛り上がった山が形を変える。起きたな?
「阿木斗さん、おはようございます」
試しに声を掛ければ、また布団が波打つので、覚醒してるかはともかく、目を覚ました事は確かだ。私は大股でベッドに近づく。
「おはようございます」
「……おはようしたくない」
「いや、してくださいよ」
…布の下からくぐもった眠たげな声が聞こえる。
「え〜、俺が行かなきゃダメなの?」
「駄目に決まってるじゃないですか。あなた、同盟での自分の肩書き覚えてます?」
「三傑〜」
「10人中3位って上位なんですから、………強者の威厳とか見せに行きましょうよ」
「レーカ、苦し紛れすぎない?」
私も言ってて、そう思いました。阿木斗さん、そう言うことに興味ないですもんね!でも、それしか咄嗟に思いつかなかったんですよ。ちくしょう。
「……あ、レーカ、今日それ着たわけ?」
「え?…えぇ、はい。折角貰ったんで。…普段は着ないから、違和感とかすごいですけど……」
私がどうやって阿木斗さんをベッドから引きずり出そうか考えていれば、阿木斗さんはひょっこりと布団から顔だけを出していた。そして、ぼんやりと半覚醒の目でこちらを眺めてくる。
今、私が着ているのは、以前阿木斗さんが寄越した黒色のフォーマルワンピースだ。布の質感的に高そうな感じがすごくする。
私はそもそも普段は、足元が気になるのが嫌でスカートは滅多に履かない。履くとしても足首あたりまで隠れるロングスカートばかりだ。だから、こうやって私がワンピースを着てる事が珍しく思えるのだろう。
「すげー新鮮」
「馬子にも衣装ですよ」
「んふっ、それ自分で言うの?」
「今の私は服の高級オーラでいつもよりちょっと立派に見えるはずなので」
と言って私が胸を張れば、阿木斗さんは目を細めてけらけらと笑う。そして、そのまま体を起こして、くわぁりと大きなあくびをして伸びをする。
やったぜ…!当社比だけれど、比較的に穏便にかつ素早く阿木斗さんを起こすことができた。
「目とか洗ってくるから、服よろしく」
「なんか軍服みたいな奴を引っ張ってきましたけど、それでいいですか?」
「軍服〜…?どれだ……」
「これです。黒くて装飾少ない腰元できゅっとしてる…」
「あ〜それか。おけ、そこ置いといて」
「はーい」
覚束ない足取りで洗面所へ向かう阿木斗さんを見送りつつ、私も部屋を出る。あの人の準備が終わるまで少しの休憩だ。大広間の椅子に腰を落ち着けて、一息つく。
「…予約して良かった」
私は一息をつきながら、メールを確認してホッとする。
……存じの通り、阿木斗さんの武器は日本刀である。従って、どんな服を着ようが一般的にはコスプレをしている様にしか見えない。しかも今日はそこに軍服と言う要素も追加され、何処かのイベントに行くんですか?と言わんばかりの格好になる。当然目立つ。
吸血鬼として目立つのは、ヤタガラスに目をつけられやすくなる為控えたい。すると、対策が必要になってくる。その為に吸血鬼御用達タクシーを今回は予約したのだ。
吸血鬼御用達タクシー。
発端は知らないけど、車好きの吸血鬼達の集まりで、前日に連絡を入れれば、人目に目立たないようなルートを使って、車で送迎をしてくれる。なんとも便利な集団である。
「…それにしても、誰くるんだろう」
マリーさんはあの口振りであれば、テトさんを連れての参加はほぼ確定だろう。後の面々だが、私もマリーさんより下位の人は入れ替わっていたら、初対面となる。正直、上位は阿木斗さんがまだ『話が通じる枠』な人達なので、出来れば対話ができるタイプがいるといいな……。
「レーカーァ」
「あぁ、準備終わりましたか」
間延びした声で呼ばれ、振り向く。そこには、適当に服を着崩し、腰に日本刀をさした阿木斗さんがいた。…ここだけ切り抜けば、軍物?の漫画に出てきそうな人なのになぁ。
「タクシー予約したので、そろそろ来ますよ」
「ん、分かった」
***
**
*
呼んでいたタクシーに乗り、無事何事もなく会議の会場のとあるビルの裏口に辿り着く。
「…ありがとうございました」
「じゃ、帰りは15時によろしく」
私達をここまで運んでくれた運転手にお礼と帰りの時間を告げれば、運転手は無言で頷き、すぐに車を出発させる。仕事人気質の人ですごいなぁと小学生並みの感想が思い浮かんだが、口にするのは辞めた。
息を吐けば、白い霧ができる。雪は降ってないとは言え、冬も深まってきた。
私は密かに阿木斗さんを風盾にしつつ、目的地のビルを見上げる。16区の中央から少し外れた地域に立つ周りの巨大なオフィスビル。特殊なガラスの壁面が如何にも現代的な小洒落た会社をイメージ付ける。普通は1つのオフィスビルにいくつもの会社が入っているのだろうけど、ここは違い1つの大きな会社のみが使っている。
「本当、ここ大きいですよね……」
「あいつ商売は上手いからなぁ。話通じねぇけど」
通称破月製薬。
開業から50年程のそれなりに大きい製薬会社で、ドラッグストアなんかで売っている風邪薬や頭痛薬などを作っている。この会社の製剤にお世話になったトーキョーに住む人間は多いだろう。そんな会社がこのビルを牛耳っている。
では、何故吸血鬼上位種達『血命同盟』の会議にこのビルが使われるか。それは簡単だ。
破月製薬は、吸血鬼…血命同盟の第二傑が作り上げた会社だからだ。このことは血命同盟所属の吸血鬼のみが知っている事実であり、購買者は勿論、会社勤めの会社員も知らないだろう、多分。
「寒いし、早く中入るか」
「暖房付いてるといいですね」
「付いてなかったらクレームもんだろ」
阿木斗さんは文句ありげに口を尖らせながら、裏口の扉を開け、ビル内へと入っていく。私もそれに続くようにビルへと体を滑り込ませた。
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