第6話得意不得意(下)
小走りで薄暗い小道を抜ける。
そうすれば、人通りは少ないがそれなりに拓けている空き地に出ることができた。
背の高い建物と建物の間から差し込んでくる日の光が鬱陶しい。勿論、太陽光に弱い吸血鬼も多くいるが、私は長く当たっていたら気分が悪くなる程度の苦手さだから、平気だ。
「阿木斗さん、いますか?」
きょろきょろと探しても、あの目立つ白髪が見当たらなかったので、小さく阿木斗さんを呼ぶが、返事がない。ここには居ないのだろうか?
…そうなると、ここよりももう少し奥に行った場所までいってしまったのかもしれない。この奥は建物が入り組んでいて迷い易いため、本音を言うなら入りたくない。しかし、合流する為には行くしかない。
「はぁ……」
私は再び歩き始め、奥の入り組んだ道に入ろうとした時だ。
「え?」
自分の頭上に突然影ができる。
天気でも崩れたのだろうか?そうならば、益々急いで合流をする必要がある。
私は空模様を確認する為、頭上を見上げた。
空は太陽と青を浮かべており、天気に何ら問題無いことを主張していた。
空に異常はなかった。
異常があったのは、私の頭上だけだ。
私の頭上、そこには此方に向かって飛び降りてくる人影があった。
奇襲?やってしまった、失敗した。この状態じゃ受け身も何も取れない。
数秒後に襲ってくるであろう痛みに私は生きる事を諦めた。
「つーかまえた」
…が、予想していた激痛が体に与えられる事はなかった。いや、空から落ちてきた人との接触の衝撃だとか、そのせいで地面に押し倒された痛みはあるけど!
そんな些細な痛みと楽しそうな声と共に、空から降ってきて、現在私に馬乗りになっている男を目を細めて、睨む。
「阿木斗さん………」
「ドッキリ成功〜」
「ドッキリっていうか…取り敢えず退いてくださいよ」
達の悪い過ぎるドッキリにも程がある。こっちは生きた心地しなかったんですよ。
くすくす、と笑う阿木斗さんに取り敢えず退いてくれるように頼むが、中々退いてくれない。まともに受け身取れなかったせいで、頭以外の背中が痛いんですって、こっちは。
「こっち見た瞬間、レーカ、生きるの諦めた顔したの本当懐かしくてさぁ」
「……懐かしい?」
私が怪訝を浮かべた顔で見上げれば、阿木斗さんは左目といつもは髪で隠れている右目、両方で私を見返す。本当に顔は整ってる人だよなこの人…。
私がまじまじと顔の良さを見せつけてくる阿木斗さんをまじまじと見ていれば、ふつと脳裏をよぎるものがある。
あ、この光景は。思い出した。
走馬灯の様なデジャブにこの人が何を言いたいのか、よく分かった。
「この状態、お前が俺の徒継になった日の事思い出さない?」
「…ですよね。この見下ろされ感、思い出しました」
「あん時のレーカ、今よりもうちょい怯えてて良かったんだけどなぁ」
「……知ってましたけど、阿木斗さんって…………性格悪いですね?」
「言葉選びすぎでしょ!!!」
阿木斗さんの口からぽろっと出てきた聞きたくもなかった感想に、性格破綻者とかサイコパスではありきたりと言うか、その枠に収められるような人でもないと思ったので、最大限に言葉を選び、投げかける。
そうすれば、それがツボにハマったのか阿木斗さんはケラケラと笑う。その様子が少し癪に触ったので、早急に私の上から退く様、阿木斗さんの胸板を自由な両手で押す。しかしこの人、優男みたいな顔の良さをしているくせに武人並みの筋肉を持ってるから、うんともすんとも言わない。もういいや、阿木斗さんを退かすのは諦めよう。
「レーカ」
「…なんですか。私、あなたの胸筋に敗北して、疲れたんですけど」
「体は鍛えてるしな。後、俺が清い心持ってたら、お前は徒継にはなってないよ」
「………」
私は思わず、今日何度目かすら忘れてしまったため息をつく。
「そうですね。少なくても、散々首から血を吸われた後に口から血を入れられて徒継にはならなったと思います」
「レーカ、結構根に持ってる?」
「根に持ってるというよりは……。軽くトラウマになってますね」
「吸われた方?それとも与えた方で?」
「なんで片方だけだと思ってるんですか????両方ですよ」
散々『鬼ごっこ』と称されて追いかけられ、自分と違う存在に首から血を吸われて。死ぬんだ、と生きる事を諦めた瞬間に、口を手で覆われて、血を飲まされて。
………思い出すだけで身震いがするので、これ以上思い出すのは、辞めよう。
「じゃぁ、今度そのやり方で血、あげるな!」
「…?私の言葉から、どうやってそのじゃぁ、に繋げたんですか…???」
「レーカぎ泣いたり怯えたりするのレアじゃん?俺、レーカの表情差分みてみたーい」
子供みたいな突飛な好奇心をサディスティックな方向性で解放しないでほしい。それに、私の喜怒哀楽を差分と言うのはどうかと思う。
しかし、それを口にした所でやる時はやってくる人なので、後のことは、阿木斗さんが血を渡してくる時の私に任せ、潔く諦める。
「……あ、そう言えば八咫どうしましたか」
「食った」
「あ、はい」
「チビで食べ応えなかったけど、また狩りやるのもめんどくせぇよなぁ。屋敷になんかあったっけ?」
「まぁ、貯蔵はあったと思いますよ」
そういえば、と私が当初の目的、1番聞きたかった事を話せば、阿木斗さんの小言と腹の虫がぐぅと鳴る。そこまでお腹減ったんですか?
屋敷には暴飲暴食をしない限り、底を尽きないように食料の冷凍貯蔵はしてあるから問題自体はないけれど…。
「ヤタガラス、狩りの邪魔しないで欲しいよな〜。あ、レーカ、立てる?」
「あっちは仕事なんで、それは無理ですね。…大丈夫です。立てるんで、担ぎたそうな顔しないでください」
そうぼやきながら、阿木斗さんはあっさりと私から退いて、地面と背中が仲良くしている私に手を貸してくれる。私はその手をありがたく借りて、立ち上がり、つかさず俵担ぎにはノーを示す。
そんなに唇尖らせたって嫌ですよ。あんな三半規管に喧嘩売る様な罰ゲームは。
「八咫にまた追われる前に帰りましょう、阿木斗さん」
「……!」
私の言葉に何故か阿木斗さんは驚いたらしく、一瞬目を丸くして、口元を緩める。
「…何ですか、その顔」
「あの時から変わってる所と変わってない所見れたの、予想外の収穫だな〜って」
「……?」
比較的に邪気のない微笑ましそうな笑みを此方に向けてくる。その笑みの意図や意味が分からずに取り敢えず、じっと見つめ返してみるが、やはりよくわからない。
鬼技を使ってもいいけど、態々知る必要があるかと言ったら全くないので、使うのは辞めた。
私が不思議そうにしていれば、阿木斗さんが私の手を引く。
「3年間って絶妙だなって話!って事で帰るぞー」
「……はーい」
歩いてきた道を2人で歩く。
吸血鬼の影が2つ並んで、日の元を歩いてるのがなんだか面白くなって、私は小さく笑った。
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