第5話得意不得意(上)

上位種は特殊な異能『鬼技きぎ』を扱う事ができる。人を狩って喰らい、そして生きていく吸血鬼の能力である鬼技の多くは、狩りで役立つような好戦的な物だ。


私も一応鬼技を使う事ができるが、正直言って仕舞えば、非常に映えない類の能力である。


「そっちに行ったぞ!深追いに気を付けろ!」


警戒の混じった怒号が、背筋をびりびりと刺激する。足を止める事は出来ないが、話の流れ的には前と後ろに1人ずつだろうか。


「……阿木斗さん」

「俺たちツイてないね!」

「いや、あなたが表に首飛ばしたから八咫ヤタにバレたのでは…?」


八咫ヤタ

ヤタガラスに所属する吸血鬼殺しのエキスパート。


八咫の見回り時間と狩りの時間がかち合うなんて不運だ。

しかも、それを知らなかった阿木斗さんがいつもの様に勢いよく人間の首を吹っ飛ばして、表通りにまで転がした。そしたら、それを偶然通りがかった八咫に発見されるとか今日の星座占いで私は最下位でも取ってしまったのか?


「こっち大通りだっけ?」

「…こっちは全て人気のない細道ですよ」


悪びれる様子の1つもなく、余裕綽々に逃げ走る阿木斗さんについて行きながら、私はもう一度出来るだけ冷静に状況確認を努める。


八咫は討伐吸血鬼の数によって、新人の訓練生から、3級、2級、1級と級が上がっていく。恐らく追っ手の八咫はヤタガラスに所属して間もない『訓練生』だ。彼が背負っている『銀因ぎんいん』の斧が傷のない真新しい事が何よりの証拠と言えるだろう。武器として使用しない場合、銀因はドッグタグの形をしている為、もう彼方は新人とは言え、戦闘準備が整っているとも言える。


そして、さっきの八咫の怒号から考えるに、彼は支持する立場にあるように思える。…と言う事は、前方にいるだろう八咫も訓練生だろう。良かった。これで1級八咫とか相手にしないといけないとかになっていたら、悲鳴をあげていた。これならなんとかなりそうで、本当に良かった。


「前も後ろも、どっちも訓練生だと思います」

「じゃぁ俺、前倒してあげるから、後ろ頑張れよ」

「えっ」

「え、じゃねぇって!レーカも偶には体動かしとけって」


へらっと笑った阿木斗さんは、それだけを私に伝える。そして、さっさと前方の八咫を片付けるべく、一気に走る速度を上げて行ってしまう。


嘘でしょ、本当に私に任せて行ったよ、あの人…。


「そこの吸血鬼!覚悟しろ!」


私が思わず走る速度を下げてしまえば、後ろを走っていた八咫に追いつかれてしまう。身体能力の高い吸血鬼のスピードに人間が追いつかないで欲しい。追いつける様に訓練してるのだろうけど。


しかし、追いつかれてしまったものは仕方ない。このまま逃げ続けても、何処までも追われそうなのは目に見えているし、相手をするしかない。私は背後から斬り殺されない様に振り向いてから、ぴょんと後方に退いて、対面する為に足を止める。


「太陽神の名の下にその闇、斬らせてもらう!」


そう言って、八咫は斧を此方に振り被ってくる。


基本的に吸血鬼に攻撃をしたとしても、強力な再生能力によってすぐ様に元通りになり、不死性を持つ為、殺す事は不可能だ。

しかし、八咫の使う『銀因ぎんいん』はこれに当てはまらない。形自体は八咫それぞれだが、銀因は限られた技術者によって作られる祈りを込められた銀製の武器だ。銀因はその特殊な作られ方から、吸血鬼を傷害し殺害できる力を持つ。


銀因で攻撃食らうと、中々再生しにくいから嫌なんだよなぁ…と思いながら、私は頭上に落ちてくる鈍器みたいな刃物を最小限の動きで横に避ける。


ドンッ、と地面に重量のある物が落下した様な地響きが鳴る。こわ…あんなのをまともに受けたら即死する自信しかない。……なので、鬼技を使うしかない。


私は小さく息を吐いて、耳に意識を集中する。


[よりによって、俺たちだけの見回りの時にかよ…!早くこいつを殺して、あいつの助太刀してやらねぇと…]


そうすれば、この場にいる誰もが喋っていないと言うのに、私には声が聞こえてくる。この声は、目の前の八咫の『心の声』だ。


私の鬼技は単純明快で、俗に言うテレパシー能力だとか、サトリ能力と言った「相手の考えを読み取る」能力である。好戦的のこの字もないこの能力だが、攻撃を避ける分には使えると言えば使える。


[…ここは道が細くて、俺よりも小柄な相手の方が有利だ。1回のチャンスを逃しちゃならない。なら、まずはそのチャンスを作る為にこいつを追い詰める!]


確かに相手の考える通り、この細い道で大きい斧を存分に使う事は難しい事だろう。この近くで開けた場所なんて、この先のゴミ置き場、1箇所しかない。


八咫は私をその場所に追い詰めたいのだろう。心の声に従う様に彼は、私が先へ、先へと逃げなければ避けれない攻撃を多段的に振り被ってくる。作戦を知ってるとは言え、避けなればその時点で致命傷となりうるので、素直に私は彼から逃げていく。


「どうした!吸血鬼!俺に恐れ慄いたか!」

[まだ、気付かれちゃならない。前を確認させない様にして、あと少し追い詰めれば…]

「…………」


口から吐き出される言葉は熱の入っているが、頭自体は冷静な相手だ。狡猾な吸血鬼を退治する戦士として立派であって、非常に敵として面倒だけれど…。

隙を見せてもらわきゃ、私も困る。


私は走るスピードを早める為、前方へ視線を向けようと体を捻る『フリ』をする。

そうすれば、ほんの少し軸の乱れた打撃が上から飛んでくる。ので、振り直ってしっかりとその攻撃を避ける。


「……っと、」

「よそ見して勝てると思うなよ!」

[まだ、まだダメだ…!気付かれるな!]


訓練生なら実戦経験も少ないと見て、試しにブラフを張れば、期待以上の効果が出てくれる。焦りから視野も狭くなってくれた上に打数にもブレが出来た。


攻撃されては走って避けてを繰り返していれば、吸血鬼の私よりも先に人間である相手の息が早く切れてくる。それも相まって、八咫の焦りは更に増えていった。


「死ね!吸血鬼!」

[あと一撃!あと一撃!絶対に殺す!]


遮蔽物はない細道でかつ、余裕のない相手。

私にとっての好都合が揃った場面だ。


鬼技を使わなくても済むぐらいに焦りによって、パターン化された行動。そんな読み易い大振りの攻撃を余裕持って避け、行動主の眉間に沿う様に私は隠していた拳銃の銃口を向ける。


動いてる的を狙い、撃ち抜くことは素人には至難の技だ。


でも、次の行動が分かるなら、相手の動く位置に射線を合わせればいい。


「ぁ、」

[しまった…!]

「そういう事です」


小さく絶望の含んだ声が八咫から漏れる。

その声を聞きながら、私はそのまま拳銃の引き金を容赦なく引いた。


パンッ!と乾いた発砲音が細い路地に響き渡たる。それに続く様にどさり、と地面に肉体が崩れ落ちた音がこだました。

やや時間を経て、持ち主の意識…この場合は命もだけれど、がなくなった事により、銀因は斧を形造ることを辞め、小さなドッグタグへと変形していく。眉間を撃ち抜いたから殺せたはずが、何かの手違いで起き上がられて、再戦闘となっても困る。私は落ちている銀のドッグタグを遠くへ蹴り飛ばした。


「………疲れた………」


吸血鬼だからと言って、私はそこまで戦闘や狩りが上手なわけではない。元々人間の頃から、走る避けるなどの単純動作は兎も角、蹴る殴る攻撃するなどの動作は非常に苦手だった。

それは吸血鬼になってからも同じな上に、本来ならメインウェポンになりうる鬼技もどちらかと言えば、補助型のせいで私1人の場合、戦闘に酷く時間がかかる。体力も人間以上とは言え、無限にあるわけじゃない為、ただただ疲れるのだ、この戦い方。


地面に伏せるようになった顔の見えない死体を尻目に私は大きく息を吐く。死体は何も言わない。それでも語るものはある。


攻撃を避けるのに必死であまり観察できていなかったが、八咫はよく見れば骨格的にまた成長途中の青年だったようだ。もしかしたら成人していない学生かもしれない。

平を上に向けて伸びている手に視線をやれば、その手にだって、無骨さより丸みのある子供の幼さを残しているように見える。ただ、その指先に残る無数のタコや切り傷が彼が真面目に訓練に励んでいた証拠なのは明らかだった。


生きるためとは言え、やはり野生動物しかり、人間しかり生き物を殺すのは後味が悪い。


私はセーフティーなんてとうの昔に壊れているある意味危険な拳銃を再び隠して、阿木斗さんが遊んでいるだろう方向へ視線を向け歩き始めた。


「……やんなっちゃうなぁ」


私のついたため息は誰かに聞かれる事なく、薄暗い細道にぽとり、と落ちた。

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