第8話雷鳴(中)
ビルに入り、エレベーターに乗って会議の会場である30階へと向かう。人間に会わないあたり、徹底して人避けがされてるのだろう。確かに従業員を食べられるのは困るだろうしな…。
流石オフィスビルのエレベーターと言うべきか。あっという間に不快感なく1階から30階まで上昇し、ピンポーンと合図の後に扉が開く。
「さてと…っと、あ、道満じゃん」
「よぉ、阿木斗に嬢ちゃん」
「こんにちは、道満さん」
私達がエレベーターを降りたと同時に、隣のエレベーターの扉が開く。
そこから現れたのは、派手な赤いスーツに黒いファー、極め付けの厳ついサングラスをつけた中年の男性…血命同盟第五傑の
道満さんも此方に気づいたらしく、気安く手を軽く振りながら近づき、阿木斗さんの肩に手をやる。
「俺はお前らと個人的に会ってるから、そこまででもないけどよ。会議にはいつぶりだ〜?お前」
「丸っと1年ぶり?5回ぐらいきてないでしょ、俺」
「お前が顔ださねぇうちに大分下の面子変わったぜ?まぁ、そりゃぁもう、愉快な奴ばっかりだ…って嬢ちゃん、露骨に嫌がんなさんな」
「………鬼技使ったら、絶対うるさいじゃないですかそれ……」
「使わなくても騒がしいから、大して変わんないだろうよ」
道満さんが笑いまじりに教えてくれる同盟メンバーの話に、私は思わず顔を顰める。道満さんの言う『愉快』は大抵色々な意味で騒がしいことを指すことが多い。
そして私の鬼技は他者の心の中が読める能力だ。つまり、心の声が騒がしい人に鬼技を使った瞬間、煩さが倍に膨れ上がる。
だから、出来るだけ使いたくないけれど、残念ながら腹に一物ある吸血鬼の集うこの会議では、それが叶わないことが多々ある。寧ろ使わなきゃ怖くてやってられない。
「まぁ〜、俺は脳筋の癖に弱くなければいいや」
「おいおい、忘れてんのかもしれねぇけど、同盟内の同族喰いは御法度だからな?」
「まだ食べるとか言ってないけど?」
「お前、気に入らなかったら食うか〜って顔してんだよ。…と、百聞は一見にしかず、だ。ご対面といこうか」
興味なさげな阿木斗さんに道満さんが思わず苦笑いを浮かべる。阿木斗さんがおつまみ感覚で食べそうな表情なの同感しかない。辞めて欲しいけど。
話をしていれば、目的の部屋に辿り着く。そして、サングラスの奥の瞳が弧を描がいた道満さんが扉を開けた。
部屋は薄暗い…訳でなく、しっかりと照明がつけられていて明るい。また、中央の大きなドーナツ状の机を囲む様に椅子が10個ある。埋まっている椅子の数は6。
「……やっと来たか、自堕落め」
「早々文句?てか、
「あいつは仕事だ」
入り口から1番遠い席に座っていた黒髪眼鏡の知的な男性が阿木斗さんを目にした途端、皮肉を飛ばす。阿木斗さんはそれに対し、鼻で笑う。なんでこの人達、喧嘩腰で話を始めるんだろう。仲悪いのかな、悪いだろうけど。
そんな阿木斗さんの態度に舌打ちを押さえて、眼鏡を正す男性、この人は破月製薬会社の社長兼ビルの持ち主であり、この血命同盟会議の主催者。血命同盟第二傑、破月さんだ。
禍獣さんは血命同盟第一傑で、恐らく吸血鬼で1番強い人だけれど、今日はいないらしい。
「はいはい、若造共喧嘩する前に座ろうぜ」
「貴様は見た目が歳を食ってるだけだろう。実年齢は私の方が上だが?」
「吸血鬼が歳の話するの馬鹿馬鹿しいけど、実際は道満俺より若いしな〜」
「そう言う態度がクソガキなんだよ!お前ら」
私もそう思う。
ケラケラと笑いながら、道満さんの左隣の椅子に座った阿木斗さんを見てすごく思った。
「零架ちゃん、こんにちは!」
「あ、テトさん。こんにちは」
徒継の椅子はない為、阿木斗さんの椅子から3歩後ろに下がれば、ひょこりと元気な声でテトさんが私に声をかけてきた。前回とは違い、黒い正統派のスーツをぴっしりと着こなしていて、到底10歳とは思えない。
「マリーさんの付き添いです?」
「そうそう!」
机の方に目を向ければ、淡い紫のドレスを着たマリーさんがそっとこちら側に微笑む。あ、いつもの女性バージョンの格好だ。
それにしても、今回は空席が2つだけで、しっかりと人が集まっているようだ。
「…テトさん、七傑以下どんな方か教えてもらえます?」
「勿論!えっと、マリー様の隣が四傑の
目元の濃い紫のアイシャドウに、すごい圧を放つつけ睫毛。ピンクのチークと口紅。私がメイクをあまり良く知らないから、これ以上は本当に脳で処理出来ないが、何というかすごい、濃い。ギャルメイク…?って言うのだろうか。
それでいて、目線を顔から下げていけば立派な肩幅だったり、厚い胸板がお出迎えしてくる。男の人だ、この人。
「………。男性だけど、桜さんの隣座ってる時点で…」
「ん?あ、言い忘れてた!」
青色のポニーテールが特徴的な桜さんはとても、とても気難しい女性だ。そして、筋金入りの男性嫌いな人でもある。…はっきり言うと人間嫌いも混じってるんだろうけど。
とにかく、桜さんの隣に座れる男性はすごいのだ。因みに桜さんは、阿木斗さんの事を完全に存在自体無視している節があるので、仲の良し悪し所じゃない。
私がぼそり、と呟いた言葉に不思議そうに首を傾げたテトさんだったが、手をポンと叩く。
「イヴァンさん、心は女の人だって。マリー様にレディーは丁重に持て成せって習ってるから、俺、ちゃんとしてるんだよね」
「…あぁ、そういう………」
ジェンダーレス、とか言う奴だろうか。正直、他者のそう言う部分に触れるのは得意ではないから、よく分からない。取り敢えず、わかったフリだけはしておこう。
「それで、その隣の九傑がトウジョーさん。漫画家?描く人らしいよ。で、次が八傑の
「待ってください、テトさん。視界情報量多すぎません?」
まずはトウジョーさん。見た目は周りに比べるとほっそりとしてて、華奢な印象を受ける男性だ。…ただし、手元の情報量がすごい。トウジョーさんのテーブル付近に広げられているのは、漫画の原稿用紙と羽ペンで、現在進行形で原稿進めてらっしゃる……。絵柄が下手というわけではないが、この場でよく漫画の原稿をよく描けるな…と思う。この会場、漫画に縁がなさそうな吸血鬼ばかりだと思うのだけど、どうなんだろうか。
そしてその隣の伊賀さん。………どこからどう見ても忍者なんだよなぁ……。顔が隠れる黒い布の頭巾とか袴とか…。驚きすぎて、日本にまだ忍者いたんだ、としょうもない感想しか出てこない。
「マリー様は頭の痛い人達って言ってけど、面白い人達だったよ。俺もあの人達、何言ってるかよく分からない時多いけど!」
「…血命同盟って吸血鬼大喜利大会とか始めたんですか?」
「????」
1年の間にがらりと変わっていた同盟の一員のキャラの濃さに私は理解を放棄した。現状把握を諦めた。
「……定刻だ。吸血鬼共、会議を始めよう」
私が遠い目をしていれば、会議の開始時間になったらしい。破月さんの突き放す様な冷たい声が部屋に響き渡る。
鬼技を使わなくてもわかる。絶対阿木斗さん、内心「お前も吸血鬼〜」って煽ってそうな事ぐらい。
「さて、今日の議題だが…」
「あらぁ、破月さぁん?かわい子ちゃん達だけ立たせてるのは、どうかと思うわよ?」
「私の話を遮るな、恋愛脳。それに私はあくまで十傑を集めただけだ。初めから徒継の席はない」
「本当に堅い人ねぇ」
破月さんが話を始めようとすれば、厚化粧…イヴァンさんがはぁい、とねっとりとした甘い声をあげる。内容は此方に気をかけてくれているようでありがたいが、喋り方がちょっと背筋が寒くなる。
「坊や」
「!はい!!!!」
すると、笑みを崩さないマリーさんがテトさんを手招きする。テトさんは背をピンと張って、嬉しそうな顔でマリーさんの座る椅子の後ろにシャキン!と待機した。本当にテトさん、忠犬ハチ公みたいだな…。
「レーカ、俺の膝座る?あ、道満の膝も空いてるけど」
「いや、座りませんけど」
その様子を面白がった阿木斗さんが、トントンと自分の膝を叩くが、はっきりとノーを示す。後、勝手に道満さんの膝を開けないで欲しい。
「用件はそのくだらないものなら、話を続ける。例年通り、八咫共が動きを活発化させている。お陰で9区の吸血鬼が討伐されて、人間が増えた」
「奴さんも昇級云々あるから、この時期はしゃねぇなぁ」
八咫の昇級は基本的に1年に1回だけだ。吸血鬼討伐で昇級するため、危険が伴うけど、その分給料も上がる。お金はないよりあった方がいいし、なにより八咫はこの街の秩序の為に頑張っているだろう。
「拙者から報告。見廻りが増えたのは、9区から15区の中間区画で御座る。対象の区を絞る事で八咫の連携を強めるのも目的かと」
「…っち、全く余計な事をしてくれる。人口調整してるのは誰だと……」
「アンタのその文句はいらない。今年もやるんでしょ?早くその話して」
伊賀さんが挙手をし、報告を始める。その報告の仕方は本当の忍者みたいだ。その報告内容に顔を顰めて、舌打ちをする破月さんは本当に機嫌が悪そうに見える。
その破月さんの機嫌の悪さボルテージを上げるように、桜さんが棘のある言葉を投げかける。
「こっちも何かアプローチかけるのぉ?」
「今年に入れ替わったのは知らねぇか。毎年この時期は血命同盟で協力して、八咫狩りをすんのさ」
「八咫共が組むなら、此方も上位種が『一時的』に手を組み、駆除した方が効率的だからな」
1つ咳払いした破月さんは話を続ける。
「例年通り、私とマリーは情報工作を行う。…伊賀、貴様は手足として動け」
「御意」
「私のお手伝い、頼むわね?坊や」
「はい!頑張ります!!!」
伊賀さんが頭を下げ、マリーさんは後ろを向きテトさんの手を握る。
「無極、何方の下手物喰らいの世話をしたい?」
「俺は
「ならば、桜とイヴァンは9区から11区を当たれ」
「条件を守れるなら別にこいつでいい」
「よろしくねっ、桜ちゃん!」
握手を求めるイヴァンさんの手を、桜さんは結構強めにはたき落とす。本当に容赦ないな。
「…あぁ、無極。貴様の所には、そこの話を聞いてやしない貧血男も任せよう。担当は残りの12区から15区だ」
「んへぇぁ!?」
「強制貧乏くじかよ、破月の旦那…」
「俺をハズレ扱いはなくね?」
突然の指名をされたトウジョーさんは、パッと顔を原稿から上げて、とても間抜けな声をあげる。
とんだ外れくじかと頭を抱える道満さんだが、強く反対する事はないようだ。まぁ、残りがあの禍獣さんとこのチーム制を知らないだろう十傑の人だから断れなかったんだろう。道満さん、面倒見いいから…。
それにしても、トウジョーさんと言う人、会議が始まってからもずっと原稿に向かってたが、何処まで話を聞いてなかったんだろう。
……鬼技、使うしかないかぁ。
私は1つ息を吐いて、集中する。
[えっえっ、もうなんか分かんないな!?!?八咫と抗争って事!?!?しかも協力体制で???血生臭くない???あ、でも、一緒にやる人、顔いいな!?!?これはメイン張れるイケメンじゃん…。…ハッ!?後ろの子は従者って奴では???ヴッッッッまた怒られるからまだ唸るな!!!!僕の封印されし右腕ぇーっ!無極さんには迷惑かける気しかしないけど、よろしくオネシャース!!!!]
鬼技を使って心底後悔した。
一言が長いし、滅茶苦茶煩いし、なんだこの人、なんなんだこの人…???取り敢えず、私はこの人が未知の世界の人だと確信した。
世の中には頭の回転が速い人がいて、その人達も中々のコロコロ変わる心の声をしているが、この人もその枠に入れていいんだろうか。心情としては入れたくない。
「禍獣は放っておけば勝手に暴れる」
「今いないけどぉ、
「こない奴が悪い。勝手に死ね」
言葉のキャッチボールを拒否する豪速球を投げる破月さんを尻目に、桜さんはため息をついてから席を立つ。
「話は終わりでしょ。私、帰るから」
「必要なことは伝えた」
「また連絡するわね!桜ちゃん」
「あっそ」
イヴァンさんのウィンクを無視した桜さんは、そのまま部屋の扉を開けて、部屋を出ていく。破月さんは特に何か小言を言うことなく、眼鏡の奥の鋭い瞳をその場にいる全員に向ける。
「駆除方法は各陣に任せる。マリー、伊賀。この後時間は」
「お付き合いしましょうか。もう少しお話を聞いてちょうだい、坊や」
「大丈夫です!ちゃんと聞いてます!!!!」
「承知」
どうやら工作班はこの後、行動方針を決めるようだ。此方は如何するのだろう、と阿木斗さんの方を見れば、すごくつまらなそうな顔をしていた。あ、早く帰りたいんですね。
「レーカァ、帰ろーぜー」
「阿木斗の屋敷で話すか」
「…あぁ、ブランデー買いましたよ」
「お、いいねぇ。トウジョーくんも来てくれるよな?」
「あ、え、はい!ついてきます!」
大きな欠伸をした阿木斗さんは、席を立って背を伸ばす。それに続くように道満さんも席を立って笑った。道満さんの問いかけに慌てて立ち上がるトウジョーさんも来るようなので、大分大所帯で帰る形になるみたいだ。
さて、そろそろやってくるだろうタクシーに乗って帰ろうと扉を開けようとした瞬間だった。
「ヤタガラスに追われて、遅れた!まだ、やってるか…、」
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