トーキョーの吸血鬼達
第1話そういう話(上)
『
人間とは一線を画し、民話や御伽話に登場する所謂『空想上の
しかし吸血鬼とは、実際にこの世に存在する現実の生命体である。彼らは人間の突然変異個体であり、高い身体能力と再生能力を持つ不死の生き物だ。活動源は伝承通り人間の血肉としており、生きる為に人を襲う。
そんな人を襲う吸血鬼に対して、一部の吸血鬼の存在を知る人間が作り上げた組織を『ヤタガラス』と言う。ヤタガラスは不死の吸血鬼を殺す為の道具『
「レーカァ、俺がお呼びでーす!!!あ、俺の部屋な」
「…はーい、向かいますよ」
吸血鬼について詳しく記されている本を読んでいれば、ここ数年ですっかり聞き慣れた人の声量大の声が机に転がしておいたスマホから響き渡る。鼓膜が破れてしまいそうな程大音量な割には、好青年のような声音をしているのだから、疑問に尽きないのだけれど。
読書の最中ではあるけど、呼び出しをしているのはあの人だから、中断せざるを得ない。
私は本をパタリ、と閉じ、軽く返事をして、ちょっとだけ質の良い椅子から背伸びをするように立ち上がる。そして、机に備えられている本棚に本を適当に戻した。
呼び出しを食らった理由はわからないが、真剣な話であるかどうかは5割程だろう。あの人の考えてる事は、顔を合わせるまでいつもよくわからない。
向かった先で話される内容についてぼんやりと考えつつ、相変わらず物の多くない自室を出て、洋風の小洒落た屋敷の廊下を歩く。
内装についてはあの人の趣味らしく、珍しく飛び抜けた理解不能ではない風情だなと思う。もう少し色の有る壁紙の方が、全体的に屋敷が明るくなるのではないか、絨毯は模様がない方が汚れが目立たないのではないか、など考える事はあるけど、所詮その辺りは各個人の拘りに過ぎない。
そうして暫く廊下を歩いていれば、一際大きく盛大に絵の彫り込まれた扉の前に着く。この絵は昔見た地獄変の屏風に似ているような気がして、やっぱりあの人のセンスを疑わざる得ない。それはともかくと、私はコンコンとドアを軽く叩く。
「
「どーぞ!」
聞こえてきた声に、無意識に頷きながらも少し重い扉を押して開く。部屋の中に入れば、品の良いクッション付きの椅子に行儀悪く寝転がり、呑気に此方に左手で手を振る阿木斗さんがいた。真っ赤な液体が注がれているワイングラスが、ゆらゆらと不安定に阿木斗さんの右の手の中で揺れる。
「うわ、姿勢わる…」
「小言?」
「違いますよ。思わず脳内の呟きが現実に洩れただけですって」
「もっと悪質じゃない、それ?」
阿木斗さんは色が一切混じってない白髪を楽しげに揺らしながら、赤い瞳を細めて笑う。私はそれを気にすることなく、丁度空いていた阿木斗さんが座ってるよりも一回り小さい椅子に普通の座り方で座る。
ワイングラスの赤が阿木斗さんの動きに連動して、波打っては揺蕩う。
「目で追ってるの猫みてぇ、飲む?」
「あ、いや、」
つい、グラスに視線が向いてしまったのを阿木斗さんは見逃す事なく、ぐい、とグラスを私に寄せてくる。本能の習性とは言え、滅多にしない失態をしてしまった私はそのグラスを手で押し返そうとした。
《飲め》
「……はーい」
…が、阿木斗さんの赤い瞳が一瞬紅色に怪しく光り、私へと<
この人に逆らえないのは、私がこの人の下について数日で分かった事だし、抗う事は数日で諦めた。ただ、この行為自体はどうして慣れる事がなれず、咄嗟に回避行動に出てしまう。
グラスを傾け、口をつける。中身である液体が喉を通り、体内へと侵入していく。
鉄錆臭く、苦い。
ただそれだけで済んでしまっているのだから、やはり感覚は麻痺し切ってしまっているのかもしれない。グラスの中身を飲み切って仕舞えば、口の中は独特の苦味に侵略されながらも、報酬と言わんばかりにここ最近鈍っていた体が軽くなっていく。
「にっが……」
「やっぱりお前、そろそろだなぁとは思ってたけど。俺も腹減ったなぁって思ったし」
「あぁ、私が呼ばれたのはそう言う….」
「そー言うこと!って事で、今から人狩り行こうぜ」
にこり、と発達した鋭利な八重歯を見せて笑ってくる阿木斗さんに私は小さく頷く。
阿木斗さんは人喰い吸血鬼だ。時々、
気分が優れないとは言え、今は吸血鬼としての本能で元同族である人間を食べるしかない。人を食べない事は、既に阿木斗さんに反抗する事を諦めたと同時に諦めている。
「俺は結構食べたい気分だから、それなりにデカいの数匹捕まえようと思ってんだけど、レーカはなんかリクエストある?」
「いや、あなたのおこぼれで良いです。そんなに要らないんで」
「不摂生〜」
「阿木斗さんが大食いなだけでは…??」
聞かれた質問に私が素直に首を横に振れば、阿木斗さんは此方を指差してケラケラと軽く笑い、ひょいっと椅子から立ち上がる。
そのまま、阿木斗さんは部屋のコートハンガーに掛けていた黒いロングコートを身にまとい、同じく掛けてあったカーキ色のモッズコートを私へと投げる。私は空になったワイングラスを近くの机に置いて、投げつけられたコートをキャッチした。
「ほら、レーカ。さっさと行くぞ」
「ちょっと準備する時間くれません?」
「ダーメ。たまには良いじゃん、立ち食い」
「はぁ……」
私がコートを羽織る間に、いそいそと部屋の扉を開け、いつの間にか武器である日本刀を腰にさしている阿木斗さんに1つ要望を申請するが、即答で断られた。相当腹が減っているようだし、断られるのは予想できていたけど、まさか瞬時に却下されるとは思ってなかった。
……狩りに行くたびに感じるけれど、個人的に生で人肉を食べるのはどうかと思うのだ。不老不死や再生能力に定評のある吸血鬼であるから、食人によって発生する病気などは心配いらないのだろうけど、単純に生肉を腹に入れる事が生理的に受け入れがたい。どうせなら、栄養価が落ちようが文化的に調理したものが食べたい。
それに、今から食べる人間の顔を見るのも余り好きじゃない。これに関しては他の動物にだって言えると思う。例えば、肉のパッケージに今から食べる畜産動物の写真が貼られていたら、何となく食べ辛い気分になる。人間だった頃だって、スーパーで売っていた生産者の顔写真の貼られた野菜は安心よりも、買いにくさの方が優ってた。
と言う事で私個人としては、狩った人間をその場で立ち食いするよりか持ち帰って、いくつかの手間を加えた後に食べたい。
…が、その辺りの配慮が皆無且つ、他者理解と到底離れた位置に在する阿木斗さんには伝わりそうもないので、私がそれを言葉にする事はない。
「今、俺の事貶してない?」
「気のせいですよ。私も準備できたんで、行きますか」
「虚無みたいな目で言われても説得力も虚無〜!!!!ま、行くぞ!!!!」
虚無みたいな目ってなんだろう。
そう思いながらも、私は部屋を出て行った阿木斗さんの数歩後ろを少し駆け足でついていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます