アキノとミナト 1
アキノがその店を訪れたのは、単なる偶然だった。
昨夜のファルフィーでの会話を経て、こちらでは見られない調理法を使用した、とある料理を作りたいと思い立ったのが今朝早く。
丁度、今日は仕事も休みの日だったので、その調理法に適した器具がないものかとメルカルの店を見て回ることにしたのだった。
調理器具や食器を置いている店舗を巡ってみたが、お目当ての物は見つからず。昼食を取った後、ダメ元で珍品区と呼ばれる街区へと足を向けたのだった。
用途の分からない品々を眺めながら歩くアキノ。その目に留まったのは、とある店先に並んでいた文房具。正確には、ボールペンやシャーペンだった。
この世界にもこういうものが売ってたのね・・・などと思いながら、一本を手に取る。
しかし、そのボールペンに書かれていた文字は紛れもなく日本語だった。
グリップの部分に刻まれているのも、間違いなく日本の文房具メーカーのロゴだった。
その事実に唖然とした後、アキノは慌てて店内を物色する。彼女が期待した通り、陳列されているのはかつてのニホンでは当たり前のように売られていた品々だった。
興奮のあまり、アキノは後先考えずに声を上げた。
「すみません、店の方おられますか?」
返事はない。奥の方で物音はしているのだが。
「えっと、ごめんください。店の方いらっしゃいませんか?」
不用心だなと思いつつ、もう一度、今度は声を張り上げる。慌てた様子の返事と共に、奥でドタバタと音がした。そして、ようやく店員らしきメガネの女性が出てきた。
「いらっしゃいま・・・せ・・・?」
出てきたメガネの店員は、アキノの姿を眺めた後に何故か自分の手を見た。
その視線を追うと、理由はすぐにわかった。
彼女は手ではなく、指を見ていた。
そこに嵌められていたのは、自分もよく知る意匠の指輪。
慌てて手提げから指輪を出してみると、予想通り放熱していた。
顔を上げると、同じ結論に至ったらしいメガネ店員が困った顔をしている。
そしてその表情を見て、アキノは彼女に交戦の意志がないことを確信した。
「貴方、プレイヤーさん?」
アキノの単純明快な質問に対し、相手は頷くことで肯定した。
「もう分かっていると思うけど、私もプレイヤーなの。ただ、争うつもりはないから、少しお話をさせてくれない?」
なるべく柔らかい口調と声を意識したアキノだったが、努力虚しく相手は警戒を解こうとはしない。
「・・・何が目的?」
端的な問いに対し、どう答えれば友好的に接してくれそうかを少し逡巡する。
そして、複数の案の中で、一番効果的であろう答えを返した。
「せいろが欲しいの!それと、できれば地球産の食材も!」
予想外の答えに、眼鏡の店員ことミナトは口を半開きにしたまま硬直していた。
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「なるほど。懇意にしている方々に、ニホンの・・・というか地球の料理を食べさせたいと」
「そうなの。だから、もし食品や材料を取り扱っていたらと思ったんだけど」
立ち話で事情を聞いたミナトが、ようやく警戒を解く。商人のはしくれとして、相手が信用できるか否かくらいは判断ができるつもりだった。そして、少なくともミナトの見るところでは、アキノは信用して良い側の人間だった。
「・・・あいにくだけど、食品で扱っているのは、そこにあるお菓子やカップ麺くらいよ」
そう言って、ミナトは店の一角を指さす。それらを確認した後、アキノは落胆の溜息を吐いた。
「さすがに、料理の材料にはならないかな」
「でしょうね。でも、少し日にちを貰えるなら何とかならなくもないかも」
「ホント!?」
ぐいっと詰め寄ってきたアキノに対し、ミナトは仰け反りながらもこの店についての説明を行った。
「・・・つまり、そのノリトって人に頼めばどうにかなるかもしれないってことね?」
「そういうこと。ただ、扉を通じて行き来できるのはノリトさんのみだから、直接買い付けたりはできないけど・・・」
「それでも十分だよ!次にノリトさんが来る二日後に、ここへ頼みに来たらいいかな?」
「引き受けてくれるとは限らないけど、そうしてみたらいいんじゃないかな。なんだったら、私も口添えしてあげるけど」
「ホント!?」
アキノの顔には『期待してる!ぜひお願い!』と描かれていた。キラキラと輝く瞳から目を逸らしつつ、ミナトは商人らしく交渉を持ちかける。
「ただし、条件が一つ」
「ん?何かな。私にできる事ならなるべく協力するけど」
浮かれていても、さすがに何でもするとまでは言わないか。などと心中で苦笑しつつ、ミナトは条件の内容を告げる。
「簡単よ。この世界で生き残るために、私とペアを組みましょう」
「ペア?」
首をこてんと傾げたアキノに、補足の説明を行う。
「要は、お互いに殺しあうことはせず、協力関係を築きましょうって提案。もっと具体的に言うなら、他のプレイヤーについて分かったことがあれば情報を共有する事と、お互いに困ったときは助け合いましょうってところかな」
「そういう事なら、こちらからお願いしたいくらいだよ!」
はたしてアキノは、その提案を微塵も考える事もなく了承した。もしかして、組む相手を間違ったかなと、ミナトが内心不安になった程の即決ぶりだった。
「さしあたって、代わりに私にして欲しいことはある?」
アキノが、顔を近づけながら問いを投げかける。両手の拳は握りしめられており、本人のやる気を雄弁に伝えていた。
ミナトは「特にない」と言いかけたが、ふとささやかな希望が浮かんだ。
「そういうことなら、一つお願いが」
「なになに?言ってみて?」
「その、えっと、交渉が上手くいったらでいいんだけど。私にも、料理をご相伴させてくれないかなあ、なんて」
こちらの世界に来て二週間が経つ。アキノの話を聞いているうちに、ミナトも地球での食事が恋しくなったのだった。これも一種のホームシックというものだろうか。
控えめに要望を告げるミナトに、アキノはキョトンとした後に笑みを浮かべて返事を告げた。
「もちろん、歓迎するよ!そのくらい、お安い御用だってば」
グーサインを出すアキノに、ミナトもはにかんだ笑みを浮かべる。
「そうと決まれば、なんとしてもノリトさんにお願いを聞いてもらわなきゃね!」
「・・・ええ、そうね」
再び気合の入った表情を見せるアキノに、ミナトも含みも他意もない笑みで答えた。
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