ミナト 1
「お世話になりました」
「こちらこそ、助かったわ」
「困ったことがあればまた寄ってくれ」
相変わらずのおばちゃんと骨折の治った主人に見送られて、ミナトは十日の間働いていた店を後にした。
そしてその翌日。ミナトは次の仕事先を探すべく、メルカルを当てどなく散策していた。
彼女が今歩いているのは、珍品区と呼ばれるメルカルの中で最も混沌としている区画だ。その名の通り、希少価値の高いモノが並ぶ区画だが、おいてある商品はピンキリだ。
やたら重くて、使える人が限られる代わりに様々なギミックが組み込まれた貴重な武器、一時的に魔力を高める代わりに副作用を及ぼす果実、あるいは使い道の分からないガラクタまで。品ぞろえの節操のなさは、メルカルで一番だ。珍品区と言われる所以である。
それらを珍し気に眺めながら散策していたミナトは、通り過ぎようとしたとある店に違和感を感じた。
足を止めて中を覗いてみると、そこで売られている物は彼女の良く知る物ばかりだった。
ボールペンや油性マジックを始めとする文房具、ライトノベルや漫画などの書籍、壁に掛けられたジャンパーやウィンドブレーカー、果てはカップ麺や駄菓子まで。
全て、かつてのニホンで当たり前のように目にした代物ばかりだった。
「これって・・・」
「全部、異世界から仕入れた商品だよお嬢ちゃん」
「!?」
驚いて振り向くと、そこには日本人にしか見えない黒髪の若者がいた。
「どうして、ニホンの製品がここに?」
ミナトがストレートに訊ねると、その男は笑みを浮かべて答えた。
「なるほど。嬢ちゃんはニホンからこの異世界へ来たのか。俺も、察しの通りニホン人だよ。名前は、柊
そう自己紹介したノリトに、指輪は反応していない。ミナトは念のために訊ねてみた。
「プレイヤーの方ですか?」
「プレイヤー?生憎と、音楽プレイヤーの類は扱ってねえなあ」
見当違いな答えを返す彼を見て、ミナトはほっと息を吐く。そして、自己紹介を済ませていないことに気付いて慌てて名乗った。
「神波湊ちゃんね。ミナトちゃんと呼んでもいいかな?堅苦しいのは嫌いなんだ。俺の事も好きに呼んでくれればいい」
「じゃあ、ノリトさんで」
少し迷ったミナトだったが、名前の方が呼びやすかったのでそう呼ぶことにする。
「女性に名前で呼ばれるのは久しぶりだ」
「ダメでしたか?」
「いや、こそばゆくて、なかなか悪くない。それより、奥に小さな部屋があるから上がっていくといい。せっかくの同郷人だ。歓迎するよ」
「・・・じゃあ、遠慮なく」
またも少し迷ったミナトだったが、話を聞くメリットを考えてそう答えた。
「お邪魔します」
「おう、狭くて悪いな」
店の奥は和風の空間になっていた。畳が敷かれ、部屋の中央にはこたつ。こたつの上には携帯ゲーム機が複数並んでいた。他に家具と言えるものは、様々な小物が入ったチェストと、やたら頑丈で重そうな金庫くらいだった。
そんな部屋の中にあって最も異彩を放っていたのは、奥の壁につけられたドアだった。そのドアは、家の玄関に付けられているようなタイプで、どう見ても室内用ではなかった。そんなのが和室の壁と一体化しているのだから、違和感もあろうというものだ。しかも、ドアが洋風なために更なる異物感を醸し出している。
「ああ、これは俺の自宅に繋がるドアさ」
首を捻ってそれを眺めるミナトに、ノリトはそう答えた。
「自宅・・・?」
余計に混乱するミナトを見て、ノリトがどう説明したもんかと頭を掻いた。
「ざっくり言うと、俺のニホンにある自宅の玄関は、この異世界にも繋がっている特別製なんだ。その玄関のドアが、今君が不思議そうに眺めているこいつってわけ」
一息に説明して、ノリトはドアを叩いてみせた。
「ということは、そのドアを開ければニホンとこちらを行き来できるんですか?」
「そういうこった。ただし、ドアを開く度に貯蔵しているエネルギーを消耗するから、頻繁には来れない。まあ、三日に一回ってところかな」
「店の商品は、ニホンから?」
「そういうこと。俺は、マテリアルキャリアーっていうマジックアイテムを所持しててな。それを使えば、異次元から物を出し入れできるんだ。まあ、ネコ型ロボットのポケットとでもイメージしてくれればいいさ」
あまりにも便利なそのマジックアイテムに、ミナトが食いつく。
「それって希少なものなんですか?」
「このメルカルでも買えるぜ?ただ、安いものだと容量や収納できる数で劣るがな。俺のキャリアーはそこそこの高級品だ」
そんな革命的なアイテムが店売りされているという事実に、ミナトの商人の血が騒いだ。それさえあれば、コストを過剰にかけることなく、あらゆるものを運搬できる。この世界だけでなく、ニホンでも有効に活用できるに違いない。ミナトは、何としてもそれを購入しようと決意した。
「ところでミナトちゃん。君はどうしてこの世界へ?」
今度はミナトが素性を明かす番だった。デスゲームについて、要点のみをかいつまんで話す。
黙って説明を聞き終えたノリトは、ミナトに缶コーヒーを差し出しながらこんな提案をした。
「ミナトちゃん。もしよかったら、うちで働いてみないか?」
「・・・ふぇ?」
思いもかけぬ話に、ミナトは間抜けな声を上げる事しかできなかった。
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