チサ 1
この世界に舞い降りて二週間。チサは、不本意ながら町一つを自分の支配下に置いていた。
きっかけは知識不足だった。チサは結局、拾った魔狼を連れて町へと戻ったのだが、その魔狼が誰彼構わず人を襲いだしたのだ。しかも遠吠えで仲間を呼び、立ち向かおうとした数人の特殊能力者たちも、あっという間に餌へと変えてしまった。
そして、一両日中には街から人はいなくなってしまった。
彼女が手なづけた魔狼は、ハンターたちの間では群狼というあだ名で知られている。正式名称は、レッドファング。人間や家畜を餌とし群れで行動する狼で、牙が常に血に濡れていることからつけられた名だ。偵察役の狼が単独で徘徊し、獲物の群れを見つけたら遠吠えで仲間を呼び、狩りを行う。
そんな存在を小さな町の中へと呼びこんでしまったら、結果は見えている。住んでいる人間は、一人の例外といち早く逃げ出した者を除いて捕食されるのみである。
その例外たる一人は、周囲を魔狼に囲まれながら町を徘徊していた。商店を見つけては中へと入って食糧を失敬し、雑貨屋や武器屋で必要な物を漁った。
背中のリュックに詰め込んだのは、日持ちしそうな糧食と水、それに軽めの短刀を一本。そして、マッチに似た発火用の道具。
それらを調達した後、今度は民家を一つ一つ覗いていく。そして、血に濡れていない清潔なベッドをようやく見つけると、リュックを下ろして横になった。群狼が殺戮と食事を行っている間、彼女はずっと座って震えているだけだった。罪悪感と恐怖、それに後悔が頭の中をぐるぐるしていて、頭痛と吐き気が断続的に襲ってきた。
周囲から狼の唸り声や、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえなくなった夜明け頃、ようやく彼女は立ち上がる。そして装備を整え終えたところで、強烈な睡魔に襲われてベッドを探していたのだった。
疲労と凄惨な光景を作り出したショックによって既に思考は麻痺しており、盗みや不法侵入も本能から来る無意識で行っていた。
チサは頭からすっぽりとシーツを被ると、横向けで膝を抱きかかえるような姿勢で眠りに落ちた。
三角座りの状態から横へ倒れたようなその姿勢は、彼女の不安と心細さを雄弁に表していたのかもしれない。
その後、彼女は二週間をその町で過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます