開始から二週間
ナツネ 1
ナツネが冒険者としてギルドへの登録を済ませてから二週間。既に彼女は、期待の若手冒険者として注目を浴びていた。
魅力のスキルの効果だけではない。一番の理由は、彼女の奏でる音色にあった。
魔道具の横笛から響く音色は味方の闘志を高め、肉体をより強靭にし、時には傷を癒す。攻撃として使えば敵を錯乱させたり、恐怖に竦ませたり。
RPGで言うなら、バフとバステに加えて限定的ながら回復効果もあるという支援のスペシャリストとなっていた。
注目を浴びていた理由はそれだけではない。ナツネは固定のパーティを組まなかった。しかし、ギルドのロビーで待機している彼女に声をかければ、条件付きではあるものの助力を拒むことはなかった。
魔道具を買った翌日。冒険者としての登録を終えたナツネがロビーで寛いでいると、魅力に釣られたある駆け出しのパーティが声をかけてきた。ナツネは、メンバー全員が善良な事を確信すると、あまり考えることなく助力を承諾。野郎のみのパーティだった彼らは、オーケーの返事を貰えるとは思っていなかったので、狂喜していた。
そう、彼らは舞い上がっていた。女の子の前で、カッコいいところを見せてやろうと奮起していた。依頼の討伐対象となっていたハウンドウルフをばっさばっさと斬り倒し、勢いのままに森の奥地へと踏み込んでいった。そして、気がつけばハウンドウルフの群れに包囲されていた。
彼らは、ようやく自分たちが平常心でなかったことに気付いたが、既に遅かった。魔狼達は、ゆっくりと包囲の輪を狭め、今にも獲物達の喉を食いちぎろうと四本の足に力を溜めている。
恐怖と危機感が思考を麻痺させ、包囲の一角を崩して脱出するという定石の戦術を忘れさせる。じりじりと背中合わせに固まるだけだった彼らの窮地を救ったのは、中央で庇われる形となっていたナツネだった。
ナツネが横笛を吹くと、音色を聞いた魔狼達は一転して逃げ腰になった。続いて、別の意志を込めて即興のメロディーを奏でる。たちまち、味方の顔から焦燥と恐怖が消えた。
彼女の魔道具、『吟音』の効果だった。明確な意思を込めて吹けば、それが音色となって対象へと影響を及ぼす。今回の場合は、敵への恐怖と味方への叱咤。そしてそれを受けた味方は、包囲網を崩すどころか敵の群れを殲滅してしまった。
依頼を終えた後、彼らはナツネにパーティへの加入を求めたが、彼女がそれを拒絶した。彼らの目が、自分に縋っている事を隠そうとしなかったからだ。男に依存されるのはナツネの好むところではなかった。
その後も、魅力のスキルのせいで声をかけられて依頼の助力に応じ、相応の分け前を貰うという形で、ナツネは二週間を過ごしていた。特定のパーティに所属しようかと考えた時期もあったが、試しにナツネが所属したパーティでは、最終的に彼女を巡って異性同士のいざこざが発生したので、現在は助っ人としての活動に留めている。その過程で、彼女が奏でた音色によって窮地を脱したパーティが増えていき、口コミによってナツネの人気はどんどん上がっていった。
”美形美音”、”万音”、”魔笛の傭兵”などなど、ナツネの事を指し示す二つ名が次々と量産され、知名度もうなぎのぼりだった。ナツネ本人は、大仰な二つ名の数々を恥ずかしく思っていたが・・・。
そして今日も、ナツネは声をかけてきた十を超えるパーティの内から選んだ一つに同行していた。
彼女がパーティに加わる条件は、”パーティに女性メンバーがいる事”、”パーティメンバーが自分以外に四人以上いる事”、”パーティへの正式な加入を打診しない”、”彼女の報酬の取り分は、報酬額をパーティの人数で割った額と同額かそれ以上”、”許容範囲を超える危険を感じたら、独断で離脱する”の五つだ。
一つ目は、異性のみのパーティだと喋り辛く、不埒な真似をされる可能性があったから。二つ目と五つ目は、自分の安全を確保するため。三つ目は、数えるのも億劫になるほどにそういった誘いが多く、断るのが面倒だから。
ただでさえ条件が多い上に、最後の一つは(少なくとも表面上は)一蓮托生が暗黙の了解であるパーティにとっては安易に容認するには厳しい条件だ。常識から外れた要求と言ってもいいだろう。
それでも、彼女に助力を依頼するパーティは絶えなかったし、五つ目の条件についても、ナツネがその権利を行使する機会は未だに訪れていない。
しかし、もしかしたら今日はその権利を行使しなければならないかもしれないなぁとナツネは考える。
彼女達が向かっているのは、昆虫系の魔物が多く住む山脈のとある洞窟。
そして、同行しているパーティには、自分と同じプレイヤーが所属していた・・・。
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