ナツネとコスモ 1
コスモは硬直していた。
確かに、助っ人を呼んでくるとは聞いていた。なにせ今回の依頼は、敵の巣窟への殴り込みのようなものだ。正確には、地球の昆虫に似た魔物達が生息する洞窟へと潜り、より多くの魔物を討伐してくるというものだ。味方は多いに越したことはない。
だが、目の前で同じように硬直する女の子は、必ずしも味方とは言えなかった。
暗めの茶髪に、整った顔。コスモ的には、特に目と鼻のバランスが申し分なかった。
それだけで済めば、クラスに何人かいる美人系の女の子なのだが・・・。何故だか、本能に直接働きかけるような魅力を彼女に感じずにはいられなかった。目利きのスキルにより、それが彼女の持つ能力だというのは察しが付いていたが、理解してなおその魅力は抗いがたかった。
ただ、コスモが硬直していた主な理由はそれではない。嵌めていた指輪が、体温以上の熱を発している為だ。間違いなく、目の前に立つ彼女はプレイヤーだ。
「コスモ、紹介しておくよ。彼女の名はナツネ。冒険者の中でもとりわけ珍しい、演奏家だ」
ナツネ。響きからして、日本語の名前だ。二十人もプレイヤーがいるのだから、冒険者になったのが自分だけとは思っていなかったが、こんな形でエンカウントするのは予想外だった。相手がプレイヤーでさえなければ、むしろ元の世界で出会っていたら、どうにかしてお近づきになったのに!こんなボーイミーツガールは望んじゃいない!などと、コスモは危機感の足りない思考をしていた。
一方のナツネも困惑している。割の良い依頼で、彼女の提示した条件にも合致するパーティだったので協力を約束したが、まさかメンバーの最後の一人がプレイヤーだとは思わなかった。
今からでも断ろうか。断るとして、どういった口実が使えるかと思案し始めたナツネに、予想外の助け舟を出したのは他ならぬコスモだった。
「なあ、三人とも。以前俺が酒場で話した内容を覚えてるか?」
「ああ、あんな壮大なスケールの身の上話や、妄想の類と切って捨てられるレベルに発展した世界の話だろ?インパクトが強すぎて忘れられねえよ」
そう返したのはウィルコックだったが、他の二人も同意とばかりに頷いている。
「その身の上話の方なんだが---」
コスモが何を言おうとしているかを察して、ナツネが心の中で身構える。いつでも逃げ出せるよう、足腰をわずかに動かして重心を調整する。
「---そこにいる彼女は、俺と同じプレイヤーだ」
『!?』
三人の視線が、瞬時にナツネへと集まる。
「なあ、そうだろう?ナツネちゃん」
その問いかけに、ナツネは無言を貫いた。というより、否定しようにも緊張と焦燥で口が動かなかった。
そんな彼女を見て、コスモはナツネにとって意外な一言を放る。
「あー、そんなに警戒しなくてもいいよ。少なくとも、今君をどうこうしようって気はない」
「・・・あなたもプレイヤーなんでしょ?私には消えてもらった方が都合がいいんじゃないの?」
ナツネは、間接的に自分がプレイヤーだと明かした上で、コスモの真意を探る。ウィルコック達三人は、コスモの話していた内容が事実であるという証拠を目の前にして、どうしていいかわからず顔を見合わせている。
「いざとなったら人殺しもやむを得ないと考えて、覚悟もしていたつもりだったんだけどね。やっぱり、俺には無理みたいだ」
コスモは頭を掻いてはにかみながら、素直に心中を吐露する。ナツネは、そんな彼を見て思わず脱力していた。緊張で強張っていた体から急に力が抜けて、少しよろめく。
蚊帳の外状態なウィルコック達は、ただ固唾をのんで状況を見守る。
「それで、提案なんだけどさ。とりあえず今回は休戦にしない?人数的にはこちらに分があるし、そっちも妙な気を起こすつもりはないでしょ?」
ぎこちない笑みを顔に貼りつけたコスモの提案について、ナツネは考える。
四対一でも、笛の力を使って全員を錯乱させて同士討ちさせれば、ナツネにも充分に勝ち目はある。人間相手に攻撃色の強い音色を使ったことはないが、効き目はあるに違いない。とはいえ、それは博打だ。錯乱した相手の一人でも、自分の方へ向かってきたら、ナツネに身を守る術はない。
それに、相手プレイヤーの仲間の三人は、自分の事を噂程度には知っているらしい。演奏を黙って見ていてくれるとは思えない。
「そうだね。それでいいよ」
結局、ナツネはその提案に乗ることにした。
「じゃあ、改めて今日はよろしく」
「・・・はい?」
しかし、続けてコスモが発したその言葉に、ナツネは意外感を超えて混乱した。
「いや、だから、依頼を手伝ってくれるって話だったんでしょ?」
コスモが端折った部分について確認を取るが、ナツネはますます混乱していた。確かに今回は休戦とすることに同意はした。だからといって、本質的には敵である相手と行動を共にするなんて、常識から外れているんじゃないか。こいつは大物なのか、それとも能天気なバカなのかとナツネは思った。かつて自分が所属していたクラスにいた、お調子者の馬鹿と目の前のそいつが重なって見えた。
「休戦したとはいえ、敵同士だよ?普通、そんな相手と行動する?」
外野の三人が、ナツネに同意する気配を見せた。それに気付かず、コスモはあっけらかんと自論を述べた。
「え?敵同士とはいえ、元の世界の人間同士で、しかも同年代でしょ?今回は休戦って事なら、話してみたいと思わない?」
ナツネは、コスモの事を底抜けのアホだと認定した。しかし、相手に一切敵意がないとわかると、妙に親近感も沸いた。
「あーもうっ。今回はあたしの負け。あんた見てたら、警戒するのがバカらしく思えてきた。約束もしちゃったし、今日のところは付き合ってあげるわよ。ただし、危険を感じたら私はさっさと逃げるからねっ!」
「大丈夫。その時は、俺達も一緒に退散するよ。なあ、みんな?」
コスモの問いかけに対し、彼のパーティメンバ-は、三人揃ってぜんまい仕掛けの人形のようにぎこちなく頷いた。
「よし決まり!よろしく頼むよ。・・・ええと、ナツネちゃんと呼んでいいかな?」
「既に一度呼んでおいて、今更だね。一応名乗っておくと、私は貝藤奈津音」
「俺は、野木沢宇宙。宇宙と書いてコスモって読むんだ。変わってるだろ?世間で話題になってたキラキラネームってやつでさ」
コスモは、オーバー気味に肩をすくめながらそう名乗った。自己紹介する度に、毎回質問されたり同情の視線を向けられるのにいい加減嫌気がさした結果、いっそ自分から自虐のネタにしようと開き直っていた。自棄になったともいえる。とはいえ、予想以上に同年代からのウケは良く、本人の性格もあいまってクラス内でもある程度の存在感を放っていた。漫才や書籍などに例えていうなら、掴みは上々といったところだろうか。
「・・・へぇ、コスモ君ね。そこの三人からコスモって呼ばれてたの、あれって本名だったのね。私てっきり、こっちの世界に来て偽名でも名乗っているのかと」
ナツネは、くすくす笑いながらそう返した。一方で、狙い通りの反応を貰ったコスモはというと、本名を偽名だと思われたことに、内心密かにショックを受けていた。どうやら、完全に開き直るまでには至っていないようだった。
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