アキト 1
遊戯開始から一週間。そのわずかな期間で、アキトはデジュルに巣食う盗賊集団、”路地裏”の頭領となっていた。アキト自身がそうなろうと行動した結果ではない。喧嘩を売ってくる者を、片っ端から地と血に沈めていたらいつの間にかそうなっていた。
そんな経緯であるから、アキトは頭領なんて肩書はどうでもいい。ただ、その日を暮らすための銭と風雨をしのげるねぐらがあれば、他のモノはどうでもよかった。
誰かの下につくのも、誰かの上に立つのも、彼はもうまっぴらごめんだった。
まだ二ホンにいた頃、彼は野球部の二年生だった。正義感が強く、上下関係の厳しい野球部の中にあっても、先輩風を吹かせることはなかった。必然、後輩からも慕われていた。
甲子園の予選が迫ってきたある夏の日。彼は、後輩の一人が三年の先輩から理不尽な命令を受けている場面に遭遇した。
当然、彼は助けるために間に入った。その場はそれで収まった。
しかし後日、彼は先輩たちに呼び出された。
礼儀を知らない二年生への躾と称して、彼らはアキトに暴力を振るった。
彼らが青臭い嗜虐心と自尊心を満足させた後、アキトは監督へと事の次第を訴えた。しかし、監督は動かなかった。
「こんなことが発覚すれば、お前達は甲子園への道を閉ざされるぞ」
その一言で、彼はアキトの主張を一切封じた。
同じ二年の部活仲間にも相談した。しかし、三年への恐怖と高校野球予選の辞退。その二つが枷となり、アキトに加勢するものはいなかった。
その後も、三年生が下級生へと理不尽な暴力を振るったり、パシリの類を強制している様をアキトは目撃した。証拠の写真を撮って監督に提示し、改善を訴えた。しかし、監督は重い腰を上げようとはしなかった。
そしてある日、ついに彼の忍耐の限度がやってきた。先輩が、マネージャーの女子を性的にからかっている場面を目撃したのだった。制止するアキトの言葉に、先輩は拳で答えた。
顔面へのストレートが頬をかすめて唇が切れた時、アキトの中の何かも同時にキレた。
逆に拳を振るい、先輩の鼻っ面を殴りつけた。倒れた先輩の上に跨り、マウントポジションで拳を振るい続けた。野球部監督や他の教師が駆けつけた時には、アキトは血塗れの拳をぶら下げて、ただ立ち尽くしていた。
これにより、アキト達は予選への出場を辞退せざるを得なくなった。
最後の夏を迎えるはずだった先輩たちからは、当然恨まれた。秘密裏に呼び出された建物裏や空き教室で、暴力に訴えてきた先輩たちを逆に叩きのめした。彼は、自分の正義を信じていた。何も間違ったことはしていないと、胸を張ることができた。
だから、処分を受けた監督から恨み節を吐かれても、教師たちから問題児として扱われても、アキトは自分を貫くことができた。彼の両親も、彼の過剰な暴力を諌めつつも、彼の正しさを否定することはなかった。
だが、学校で彼は孤立する事となった。教師だけではなく、級友や後輩達まで彼と距離を置いた。その時はじめて、彼の心にわずかなひびが生じた。
休み時間に話しかけてくる者はいなくなり、部活でキャッチボールを交わす仲間は距離を置いた。
やがてアキトは三年になり、新たな後輩が入学してきた。しかし、野球部の新入部員は例年の二割もいなかった。
部員達は、しきりに陰口を漏らした。アキトがいるから、アキトがやらかしたから、有望な部員が来ないんだ。新しく赴任した監督も、頭を抱えていた。
そして悩んだ末に、新監督は最悪の悪手に打って出た。孤立感を深めていたアキトに、自主退部を勧めたのだ。
アキトの心のひびは、このとき明確な亀裂となった。仲間の部員達は誰もアキトを引き留めず、むしろ厄介払いができると影で噂し合った。そして、それはアキトの耳にも入っていた。
助けてあげたはずの女子マネージャーでさえ、アキトを怖がって弁護に回る事はなかった。
そして、アキトの心は・・・ついに折れた。
彼の正義は、彼らの冷たい眼差しによって、間接的に否定された。
アキトが部を捨てた日、彼は信じていた自分の正義も捨てた。
その後、彼は学校にも行かず、喧嘩で鬱憤を晴らす日々を送っていた。それが、自分の正義を否定した社会への青臭い反抗だったのか、あるいは自分が理解されないことに対するただの腹いせだったのか、それは他者にはわからない。分かる事は、彼がそういった喧嘩において無敗だったという事だけだ。野球の素振りで培った腕力は、拳の破壊力へと役目を変え、脚力は踏み込みと蹴りの勢いに貢献した。
彼は誰ともつるまず、一人で目をギラつかせては、喧嘩を買った相手をただ暴力で屈服させた。舎弟になろうとするものもいたが、アキトは威圧によってこれを断念させた。
そして、今アキトはここにいる。集団というものを嫌っていたアキトだが、盗賊たちは彼に一切干渉しなかったので、とりあえずは好きにさせている。食料と寝床を無条件で供給してくれるのだから、文句はなかった。
そしてアキトは今日も、喧嘩を売る相手を探すために街へと繰り出すのだ。
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