ホタルとミカン 2
ホタルは眼前の光景に魅了されていた。
滝壺にできた小さな湖の周囲を、たくさんの水精が飛び交っている。
群青や浅葱、天色など、様々な青の光体が明滅しながら、踊るように水上を滑り、あるいは宙を舞っている。夜であればもっと幻想的な光景だったろうと、ホタルが残念に思うほどに美しかった。
「綺麗・・・」
そう呟いたホタルに、ミカンは首を捻る。彼女には水精は見えないので、目の前の滝を綺麗と言ったと勘違いしたのだ。そんなミカンに、こっそりとコンが水精の群れについて耳打ちする。
ホタルの連れてきた水精も、仲間に交じって湖上の舞踏を楽しんでいる。
「これで、私もお役御免かな」
名残惜しそうな顔でホタルが背を向けると、ここまで連れてきてあげた水精が行く手を遮るようにホタルの前に立った。
「私はここでお別れ。みんなと仲良くね。今度は、はぐれちゃだめだよ?」
言葉が通じるかはわからなかったが、ホタルがそう言うと、水精は仲間の元へと帰っていった。
・・・と思いきや、仲間を連れて、皆でホタルの周囲を回り始めた。
「え、えっと・・・?」
困惑するホタルの体が、徐々に青く発光を始める。
「え?え!?何これ!?光ってる!?私の体光ってる!?」
あたふたと自分の異変を確認するホタル。ミカンは、そんな彼女を驚きの表情で凝視している。
やがて水精達が湖へと戻ると、ホタルの体の発光現象も収まった。
恐る恐る自分の体を眺めまわし、目に見える異常がないことにホッとするホタル。
ミカンがコンに今の現象について聞いてみるが、心当たりはないらしい。
「うーん。まあ、いいか。多分、悪いものじゃないだろうし」
ホタルはそう割り切って、滝に背を向けた。ミカンも後に続いた。
「ミカンさんは、この島で暮らしているんですか?」
「うん、この子達とね。食料はなんとか確保できてるし、ここなら安全だしね」
「そうだね。無人島なら、他のプレイヤーと接触する機会も減るもんね」
これまでのやり取りと先のホタル発光事件を経て、少し警戒度を下げたミカンが素直に答える。
「ミカンさんは、他のプレイヤーを蹴落としたりはしないんだよね?」
「うん。なるべく危険から遠ざかって、平和な道を進むつもり」
「それなら、私とここで暮らさない?」
ミカンが、思いもよらない発言を繰り出す。ホタルは、目をパチクリさせつつ問い返す。コンやミケ達は何も言わず、ただ事態の推移を見守る。
「お誘いは嬉しいけど、どうして急に?」
「大した意味はないの。二人なら、他のプレイヤーを相手にする時も心強いし、それにこの子たちがいるとはいえ、やっぱりなんか寂しいんだよね」
話すつもりのなかった、ミカンの本音だった。結構私って寂しがり屋だったのかなと心で自嘲する。
ホタルは、その提案について少し考えた後、首を横に振った。
「やめておくよ。私はやっぱり、街で普通に暮らしたい」
「そうだよね、わかってたよ」
不覚にもちょっと涙が出そうなミカンに、ホタルが折衷案を出した。
「でも、たまにはこちらに顔を出すようにするよ。もし、私に任せてくれるなら、服とかも代わりに見繕って買ってきてもいいし」
「ほんと!?」
「うん。海を渡るのは結構体力も時間も使うから、頻繁にってわけにはいかないけど」
「それでも嬉しいよ。なら私は、次来る時までにホタルの寝床を作っておくね」
「うん、よろしく」
そんな約束を交わしている間に、もう目の前に海岸が見えていた。
「じゃあ、ホタル。次に会えるのを待ってるから」
「うん、街での暮らしが落ち着いたら、また顔出すよ」
「それまでは、死んじゃやだよ?」
「そっちこそ。私が来た時には、ちゃんと元気な姿で出迎えてよね」
そして、お互いに握手を交わすと、ホタルは海上を滑って帰路についた。
二人に、こちらの世界で初めての友達ができた日だった。
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