ホタル 1

 謎の発光体との第三種接近遭遇から三日。ホタルはマロッペに向かうため、海上をマウンテンバイクでの全速力程度の速度で滑っていた。


 その肩には、その原因となった発光体が留まっている。


 どうしてそんな事になってるのかと本人に聞けば、きっと成り行きだという答えが返ってくるだろう。





 まず、発光体を回収したホタルは、メルカルの情報屋を名乗る男を訪ねていた。発光体の正体を掴むために様々な店に寄って聞き込みを続けていた際、そういった不思議なものに詳しい情報屋がいるという話を聞いた為だ。男が言うには、それは水の精霊らしく、元気な内は自然術師か精霊術師にしかその姿を見ることはできないらしい。そして、ホタルが掌に載せているそれは、力を失って瀕死の状態なのだという。


 男は、精霊を復活させるには高位の自然術師の力が必要だと付け加え、知り合いの自然術師を紹介してくれた。


 発光体の正体はわかったので、それでよしとしてこの件から手を引いても良かったが、ホタルは結局その自然術師の元へと赴いていた。一度関わった瀕死の生物(?)を見捨てるのは気が引けたし、素知らぬ顔をしてそこらに捨てる勇気もなかったからだ。





 目的の人物は、宝石を扱う商店の女性だった。


 テッセラと名乗った女性は、水の自然術を行使して精霊に力を与えてみせた。


 出会った時と違って軽快に宙を飛び回る精霊を見て、ホタルはこれで義理は果たしたかと思い、ほっとした気分だった。


 しかし、テッセラの次の一言が、その安心感と達成感を粉々にした。


「その子、そのまま放っておいたら、また五日くらいで衰弱して死んじゃうからね」


「え!?」


 テッセラが出した渋みの強いお茶と舌の上で格闘していたホタルは、その言葉にギョッとなってカップを取り落とすところだった。


「ど、どうして」


「どうしても何も、私はこの子に力を少し分け与えただけ。継続的に力を吸収しないと、死んじゃうのは当然でしょ?」


 そう当たり前のように言って、テッセラは自分のお茶に口をつける。


「そんな・・・継続的に力を与えるって、どうすればいいんですか?」


 前のめりになって尋ねてくるホタルを見て、テッセラは僅かに笑う。


「水の精霊は、水の霊力がある場所でしか本来は生きていけないの。この子は、言うなれば迷子ってところでしょうね」


「迷子・・・」


「元々住んでいた場所に帰すのが一番良いんだろうけど、そんなのわからないしね。でも、水の霊力を生み出しているパワースポットなら一つ知ってるわよ?」


 そして、テッセラに教えてもらったのが、手付かずの自然が残るマロッペ島だった。


 しかし、無人島であるマロッペに行く船便はないという。そこでテッセラが提案したのが、自分が自然術の基礎を教え、その自然術を使ってホタルがマロッペへと自力で行くというものだった。テッセラは、ホタルがその精霊を助けたがっていると誤認していた。


 ホタルとしては、精霊のために骨を折っているのはただの成り行きで、善意以上の理由はなかった。しかし、自分の周囲をふわふわと飛び回り、明らかに懐いている様子の精霊を放置するのは、いかにも寝覚めが悪そうでもあった。


 結局、ホタルはその提案に乗り、テッセラから自然術について教わることにした。といっても、自然術に必要なのは才能のみであり、魔術師のような修業は一切必要なかったため、レクチャーは一日で終わった。





 そしてホタルは現在、その身一つで海上を滑るように移動しているというわけだった。


 背中には、数日分の保存食とキャンプ用品を詰めたパンパンのリュック。そして腰には、テッセラに選別として渡された短剣を、ベルトの内側に挟むようにして携帯している。テッセラの説明によると、自然術と相性のいいパワーストーンが、柄の中に仕込んであるらしい。そう言われても、ホタルにはありがたみも効能もわかりはしないのだが。


 海上を滑走している自然術は、ホタルのオリジナルで、滑水かっすいという名をつけている。というよりも、自然術は魔術のような体系を持たないらしく、各々が自分の思うように術を行使するのみらしい。


 そもそも自然術というものが、水や風を操ったり、武器や鎧として変化させたりといった程度の事しかできないため、体系化する必要性も薄い。そしてそもそも、自然術を扱える才能を持つ者が少ない。といった話を、ホタルはテッセラから聞いていた。





 ようやく島に到着したのは、陽が落ちる直前だった。


 ホタルは、島の散策を明日に回すことにして、砂浜と森の境界となっている場所で休むことにした。


 自然術で、雪の代わりに土を使ったかまくらを作り、強度を確認して満足の溜息を吐く。


 そして携帯食料を頬張っている間に、完全に夜の帳が降りきって、周囲は一点を除いて暗闇に包まれた。


 唯一の例外である精霊は、満天の星空に対抗するかのように、青い光の軌跡を描いて、宙を飛び回っている。それなりに、幻想的な光景ではあった。


 しばらく精霊のワルツと星空を眺めていたホタルは、かまくらへと戻ってリュックのごみ袋に携帯食料の包み紙を押し込む。そしてリュックから寝袋を取り出しすと、もそもそと中に入ってジッパーを閉じた。そして、元気にかまくらの中を飛び回る精霊に、「おやすみ」と一言呟いて、その目を閉じた。














 ・・・飛び回る精霊の光が鬱陶しくて寝付けなかったので、手頃な葉っぱを拾ってきてアイマスクとして利用したのは、後にホタルの思い出の一つになった。

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