ミカン 1
日の出からそう時間の経っていない早朝。ミカンは、穏やかな眠りの園から現実への帰還を余儀なくされた。彼女を起こしたのは、擬人化させたネコフクロウ達。
「なに?どーしたの?」
目をこすりつつ、寝起きでふにゃふにゃの声でミカンが問う。
「海岸の方から、人間の臭いがします」
「数は多くないようですが、ここに人間が来るのは稀です。もしかしたら、主のお命を狙っている輩かもしれません」
ミカンは、ネコフクロウ達に自分を狙っている人間がいる事を伝えている。それを踏まえて警告してくれたらしい。
「詳しい場所は分かるぅふわぁ?」
言い切る前に欠伸が出る。幸い意図は伝わったらしく、ミカンとは対照的なきびきびとした返事が返ってくる。
「西の海岸に、土でできた人工物を発見しています。監視をさせていますが、今のところ動く気配はないようです」
そう答えたのは、二足歩行する狐。ネコフクロウと同じく擬人化した元動物だが、彼女の種族は一匹しかいない。単独で徘徊していたところを見つけて、スカウトしてきた。生態系的にはネコフクロウよりも上位の動物らしく、彼らをミカンに代わって管理している。(というか、ミカンが丸投げした)
擬人化する以前の元の姿は、銀の体毛に二本の尻尾を持っている神秘的な狐だった。そして擬人化してみた結果、気品のある女性へと変化を遂げている。ミカン的には、もふもふふかふかな三本の尻尾が高ポイントだ。今も、意識を覚醒させるために水を飲みながら、空いた手で尻尾を撫でまわしている。
微妙にくすぐったさを堪えているような顔が、これまたミカン的には高ポイントだ。
「わかった。それじゃあ、皆を連れて様子を見に行ってみようか。危ない人だったら、みんなよろしくね?」
「は、お任せを!」
ミカンが茶目っ気を出すため付け加えたウインクに、ネコフクロウ達は跪いて応えた。
案内されてやってきたのは、離れた位置から海岸を望める丘。そして、視線の先の海岸には、人一人が入れる程度の土の山ができていた。表面が異様になめらかで、確かに人工物としか思えない不自然さがあった。
「コン、あの中にいるんだよね?」
ちなみに、”コン”というのは狐にミカンが付けた名前である。ネコフクロウ達につけた名前も、タマやミケ、あるいはニャーだったと言えば、彼女のネーミングセンスについては察せることだろう。
「ええ、おそらくは。中から生命の反応を感じます。それと、半分生命といったような、不思議な気配も中から感じます」
コンは、元の動物だったころの能力として、周囲の生命を察知することができるという。「相手がいくら気配を殺そうが音を消そうが、生きてそこに居るという事を消せはしない。なら、それがわかる私に感知できない生物はない」と、自信満々に言っていた。彼女がいれば、ミカンは寝込みを襲われることはないだろう。ちなみに、害意を持った生命が近づいできたら、コンは眠っていても反応できるらしい。
「どうしますか?敵と仮定するなら、いっそ先に仕掛けるのも手かと。向こうは、こちらに半包囲されているのに気づいていない様子。奇襲をかければ、対処する間を与えず仕留めきれるやもしれません」
コンが自分の見立てを話すのを聞きながら、ミカンはまだ本調子でない頭を回転させる。
「逆に言えば、向こうは無警戒で、あの土山の大きさからして一人ってことだよね?ということは、少なくとも戦いをしに来たんじゃないと思うよ?」
「私たちは些か嗅覚に自身がありますが、穴の中からは死臭や血の臭いはしません。おそらく、冒険者の類ではないだろうと思います」
ミカンの考えを、ミケが補足する。
「では、このまま様子を見ますか?」
そうコンが訊ねたタイミングで、土山の方に動きがあった。中から、ミカンと同年代くらいの黒髪の女性が出てくる。ミカンにはすぐに、相手が日本人だとわかった。まず間違いなくプレイヤーだろう。何故か、何もいない虚空に向かって、笑みを向けている。
「おや珍しい。精霊が見える人間ですか」
隣で、コンが感心と驚きを含んだ声を上げる。表情が全く変わっていないので、心からの言葉なのかはミカンにはわからない。
「精霊?」
「ミカンさんには見えないでしょうが、彼女の側に水の精霊がいます。しかも、どうやら彼女に懐いている様子。案外、彼女の目的は精霊に関係するのかもしれませんね」
コンの説明を受けて、ようやく相手の不審な行動を理解したミカン。霊的なものが見えるオカルト系女子かと思って、内心ビクビクしていたのは内緒だ。
「で、どうしますか?捕らえて話を聞いてみますか?」
ミカンは、意外とコンが好戦的な性格なのを理解した。数秒考えて、出した結論は一つ。
「ううん。普通に会ってみるよ。会って話して、悪い人じゃなかったら交渉してみる」
「悪意のある人間であれば?」
「その時は、ミケちゃん達が何とかしてね?」
再びのウインクに、やはりネコフクロウ達は跪いて応じた。
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