セリカ 1
帝国に降り立ってから五日。セリカは、とある思いつきから、まびさしの青年の言っていた女性近衛の募集に応募していた。予選である模擬戦では、総合二十九位でぎりぎり通過。
そして今夜。最終選考会場たる、とある帝国貴族の屋敷を訪れていた。
もっとも、近衛になる気はあまりなく、選考会場に皇女様が姿を見せるというので、その姿を拝見しに来たという理由のほうが大きかったが。どうやら今回の近衛募集は皇女の為らしく、自身の目でこれはと思う人物を探しに来たらしい。意外とお転婆なのかもしれないなと、セリカはまだ見ぬ皇女に想像を巡らせる。
セリカも、昔は皇女様やお姫様に憧れていた時期があり、せっかくの機会だからという事で、実物の皇女様を見に来たのだった。
大広間に集まったのは、三十人程だろうか。予選がなければもっと多かったに違いない。武器や防具の持ち込みは禁止されているため、全員が丸腰ではあったが、どの女性も妙に殺気立っていた。忙しなく目線を動かしていたり、周りのライバルの姿を眺めては、鼻を鳴らしていたり。
やっぱりやめておけばよかったかしらと、セリカが後悔するほどに空気が悪かった。みんな、なんとしても近衛として仕える名誉が欲しいらしい。例外たるセリカは、我関せずとばかりに、壁を背にただ立っている。
やがて、ラッパの音と共に、皇女が到着した旨が大きな声で屋敷の衛兵から告げられた。
大扉が開かれ、赤絨毯の上を青いドレスを着た少女が歩いてくる。
周りが興奮した面持ちで見つめていることからすると、彼女が皇女らしい。たしか、名前はアスタリテ皇女だったかしらと、セリカは記憶を精査する。
アスタリテ皇女は、僅かに高台となったステージのような場所に立つと、挨拶とここまで残った候補者への祝辞を述べ始めた。
周囲の女性が陶然とそれを聞く中で、セリカは居住まいのみを正して、無遠慮に皇女を眺める。
顔立ちは非常に整っていて、笑えばさぞかし可愛いだろう。しかし、ステージに立つ彼女の目には覇気がなく、どこか気怠さを孕んでいるように見えた。
はて、体調でも悪いのかしらとセリカが首を捻ったその時、不意に照明が全て落ちた。
一瞬にして、暗闇の中へと叩き落とされる館内。
周囲の女性達が、突然の事態に動揺してざわめく中で、セリカは即座に王女のいた場所へと駆け出した。
周囲の邸宅の明かりは灯っていたのだから、停電ではない。とすると、故意に誰かが行った事だ。そして、犯人の狙いは、この場には一人しかあり得ない。
そう言った思考の流れを経て、セリカは動いたのだった。
記憶を辿って皇女の方へと走り、声を上げる。
「ご無事ですか!皇女様!!」
そして、ステージの傍まで辿りついたかと思われたところで、突如照明が一斉に回復した。
「・・・え?」
照明が戻り、ほっとした様子を見せる候補者の女性達。
そして、セリカが上がろうとしていたステージの上には、気怠げな目をした皇女様と、微動だにしていない護衛達。
まるで、一連のことがわかっていたような落ち着きようだった。否、知っていたに違いない。でも、皇女側がこんなことをして何の得が・・・?
頭で必死に考える一方、身体は硬直したままなセリカの方へ、ゆるりと皇女様が顔を向けた。
「貴方、お名前は?」
「・・・はい?」
皇女に話しかけられるという予想外が重なりフリーズするセリカに、皇女は重ねて問いかける。
「ですから、お名前は?」
「あ、えっと、セリカと言います」
「そう。変わった名前ね」
そう無表情に感想を述べると、皇女は唖然とする候補者達に対して向き直り、無機質な声で静かに告げた。
「では、私の近衛はこのセリカなる女性に決定します。残りの皆様は、速やかにお帰りくださいませ」
再び場がざわめく。唐突過ぎて、皇女の言葉の意味が飲みこめないらしい。それとも、理解したくないのか
。
後者らしい候補者の女性が、恐る恐るといった感じで、確認の為の問いを投げた。
「それは、選考を終了して、彼女を採用する、と?」
一語一句を確認する様に、言葉を切りながら話す女性へと、皇女がやはり無機質に返答する。
「その通りです。私は、彼女を近衛として採用します」
その言葉で、セリカ以外の候補者全員が自失から覚めた。
「ど、どうしてそんな冴えない女をお選びに!?」
「そうです!納得いきません!!」
途端に、候補者達が不満を並べ立てる。図らずも、皇女の側で視線を集中されることになったセリカは、またもフリーズしていた。
「お黙りなさい」
『!?』
その皇女の一喝は、相変わらず無機質ながら、有無を言わさぬ迫力があった。
「そんなこともわからないから、貴方達は不採用なのです。停電の際、貴方達は何をしましたか?案山子のように、そこに突っ立っているだけでしたよね?では、セリカなる女性はどうでしょう?素早く状況を判断していち早く行動し、私の安否を気遣ってくれました。理由など、一目瞭然ではありませんか」
皇女がそう冷たく言い放った。意外と毒舌家らしい。
「というわけですので、皆様は疾くお帰りくださいませ。ああ、そうそう、外も先程の停電のように暗いので、どうか気を付けながらお帰りくださいましね?本日はお越しいただいてありがとう」
その言葉を合図に、衛兵たちが項垂れる女性達を外へと追いだしていった。
残ったのが屋敷の衛兵と皇女の護衛のみとなったところで、未だに現実感が返ってこないセリカに、皇女が歩み寄ってきて口を開く。
「そういうわけですから、これからよろしくお願いしますわね」
そう言って、皇女は手を差し出した。まだ頭が混乱しているセリカも、条件反射でその手を握る。
「ふふ、武術をしている割には綺麗な手をしているわね、セリカ」
「は、はい、そうですか、どうも」
しどろもどろな返事を返してしまうセリカを見て、皇女は手を離す。
「改めて、私が皇女のアスタリテです。気軽にアスティと呼んで頂戴。私、貴方とは仲良くなれそうな気がするの」
そう言って、皇女はその日初めての可憐な笑顔を見せた。
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