開始から一週間

ヒビキ 1

 入園から一週間。ヒビキは、本人としては不本意ながら、学園でとても目立っていた。


 理由は簡単だ。講義では、予習がバッチリされているために教師の質問に全て正答した。実技についても、他の生徒よりも未熟ながら、確かな才の片鱗を感じさせる結果を残していた。


 その上、講義中は必死にノートへとペンを走らせ、毎日複数のクラスに参加し、挙句講義後には毎回教師を質問攻めにしているのだ。


 最初は、変わった女の子だなぁといった印象しか持たなかった他の生徒たちも、次第に彼女の知識に対する貪欲さを尊敬し、一目置くようになった。





 これで、実技の方面まで人並み外れてできていたなら、間違いなく嫉妬の視線にさらされるところだろう。あるいは、努力する天才として距離を置かれたかもしれない。


 しかし、周りの生徒から見ればアンバランスな程に、彼女は実技については不得手だった。


 当然、ヒビキは魔術など扱ったことなどがないために、感覚が掴めないことが実技で人並み以上の結果が出せない本当の理由なのだが、周囲はそんなこと知るはずもない。





 自然と、他の生徒たちは彼女の事を、実技ができない分知識面でそれを補おうとする、努力家の女の子だと認識するようになった。努力家の部分は、しばしばコンプレックスや負けず嫌いという言葉に置き換えられたが、皆が彼女へ向ける感情は、そのほとんどが親近感であった。


 また、彼女は内気な性格で、積極的に人と関わらなかった為に元の世界では気づかれなかったが、たれ目気味の可愛らしい顔立ちをしている。


 そんな彼女が学園で注目を浴び始めると、同性からはマスコットのように愛でられて、異性からは恋愛の対象とされるのは必然。


 こうしてヒビキは、元の世界で送っていた学校生活とは逆に、人に囲まれる学園生活を送ることになった。





 今日も、講義が終わってから次の実技までの待ち時間の間、ヒビキは人の輪に囲まれていた。


「ヒビキちゃん、学園での勉強が終わった後は、古書店でお仕事しているんでしょ?」


「ええ、まあ。生活費は稼がないといけないので」


 隣に座るポニーテールの女生徒の質問に、ヒビキは目を合わせず、俯きがちに返答する。


 そんな仕草が、恥ずかしがり屋さんの女の子という印象を強め、他の女生徒の庇護欲を掻き立てていることに、ヒビキは気づかない。


「お父さんやお母さんは?」


「えっと、だいぶ前に亡くなりました」


「そっかぁ。大変なんだねえ」


「オレたちで力になれることがあれば、何でも言ってくれよ?」


「だな。将来はきっと、立派な魔導師になるだろうから、今のうちに恩を売らせてくれよ」


「ちょっと、レント~?冗談にしても、その発言はいただけないなぁ」


「な、なんだよ!流してくれたっていいだろう!?」


「あんたのつまんないジョークは、排水溝でも流れないわよ」


「つまんないのに、排水溝には詰まるって?キサナってば、冴えてるじゃん!」


「ふふん、どうよレント。ジョークっていうのはこういう風に言うのよ!」


「ただの言葉遊びじゃねえか!」


「なにおぅ!」


 二人が口喧嘩をしている反対側で、別の女生徒がヒビキに話しかける。


「でも、仕事が終わった後も予習とかもしてるんでしょう?無理して体壊したら、講義とか出れなくなって逆効果になると思う。ほどほどにね?」


「ありがとう、でも気を付けてるから大丈夫」


「普段の鬼気迫るようなノートの取り方を見ていると、その大丈夫に信憑性を見いだせないのだけど」


「睡眠も栄養も、ちゃんと取ってるよ」


「むしろ、ヒビキちゃんは知識さえ摂取していれば、それを原動力にして生きていけるかもね」


「ワッスク?あなたもレント君と同じで、もう少しジョークセンスを磨いたほうがよろしいかと存じます」


「・・・まじで?」


「大真面目です」





 周囲で皆がワイワイと騒ぐのを聞きながら、ヒビキは思う。二ホンにいた頃は、本を読んで、分からないことがあった時くらいしか人と接することはなかった。当時はそれでいいと思っていたけど・・・これはこれで悪くない。人は一人でも生きていけるなどと考えてはいなかったが、人付き合いというのは面倒臭いだけだと思っていた。


 でも、不本意とはいえ、共に学ぶ仲間に囲まれている今は、たとえ自分から話の輪に入ることはできなくても、傍にいるだけで温かいし、楽しかった。


 もしかしたら、私は一人で異世界へ来て、周囲が全員見ず知らずの人ばかりという環境に孤独や不安を感じていたのかもしれない。自覚しなかっただけで、人の温もりに飢えていたのかもしれない。





 案外、私は寂しがり屋だったのかもしれないなぁ。などと、ヒビキは自分の事すら知らなかった自分が滑稽に思えて声を出さずに笑う。


 これまで自分が、自分の外にしか目を向けていなかった事を、自分の中にも未知がある事に気づかせてくれた異世界に、心の中で感謝する。


 この収穫だけでも、異世界に来た意味はあったなと、ヒビキは仲間たちの笑い声を聞きながら思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る