明日乃正義の初日

 明日乃正義は、他人を信頼しない人間だ。自分一人ではできないこともあるという事はよく承知しているが、他人の手を借りてまで何かを成したいとは思わない。


 実の所、彼は自称神様の言った願い事を叶えるなどという大言壮語についても、あまり信用していない。それでもこの遊戯に参加したのは、単に退屈な現実世界に飽いていたという理由だ。


 スリルを始めとする刺激を求めに来たわけではない。異世界の地で、自分にしか成し得ない何かを掴むため。そしてその達成感をもって、自分の心の飢えを満たすためにやってきたのだった。自分の可能性に挑戦したいと思うのは、彼の年齢であれば不自然ではない。傲慢というのは酷だろう。





 彼が選んだのは、誰にも指図されず実力と結果が全ての冒険者の道だった。


 ザークという偽名で登録を済ませ、まず彼が調達したのは武器だった。


 今の自分の手持ちの金銭や保有スキルを考慮し、購入したのはボウガンと二本の短刀。それに、いくつかの薬。


 余った金で胸当てと膝当てを購入し、早速魔物が出るという森へと単身で入っていった。





 手頃な木の枝へと登り、遠見のスキルで索敵、安全確認の後に前進。


 これを繰り返して、着実に奥へと進んでいく。もちろん、後方の確認も忘れない。


 やがて彼が見つけたのは、腕を四本生やした熊のバケモノだった。


 スキルを活用して気配を殺しつつ、木を登って熊の背後かつ頭上を取る。


 そして、ボウガンの狙いを後頭部に定めて射出。狙い通りとはいかなかったが、首筋に矢が刺さった。


 が、致命傷にはならない。どころか、確かに刺さっているにもかかわらず、全く効いている様子がない。


 これを予測の内に入れていたザークは、二射目を放つことはせず、元来た方へと逃走を開始した。


 ただし、熊のバケモノが自分を見失わない範囲で。


 幸い、敵の走る速度は現実の熊よりも遥かに遅く、ザークの足でも捕まらないよう逃げるのは、難しくはなかった。


 そんな命がけの鬼ごっこを三分程続けたところで、敵は急に走る速度を落とし、それどころかその場に蹲ってしまった。実は、ボウガンの矢にはあらかじめ毒が仕込んであり、ザークはその効果を確かめるために様子を見ていたのだった。そのまま敵が動かなくなるまで待ち、そして死んだ事を確認するために頭部にもう一発。





 念入りに死亡を確認した後、ダガーを使って熊の牙と爪を切り取る。


 本当は用途の多い皮が一番売れるらしいのだが、皮を綺麗に剥ぎ取る技術はない上に、悠長な事をしていると血の匂いに釣られて敵が集まりかねない。そこで、牙と爪だけにしたのだった。





 その日は、それ以上狩りを続ける事なく、街へと直帰した。初の魔物殺しだったが、全てが想定通りに転がったため、恐怖や焦燥はなかった代わりに期待していた達成感などもなかった。


 とはいえ、慣れない事をして疲弊していたのは確かだ。ザークは牙と爪をギルドで換金し、その日は眠る事にした。

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