焼津蛍の初日

 焼津蛍は、山間にある集落の生まれだ。


 彼女は野山の自然の中で幼少期を過ごし、家族と都会へ引っ越した後もその記憶は風化することはなかった。


 高校ではワンダーフォーゲル部に所属し、長期休暇中には部活仲間達と登山を楽しんだ。





 彼女は、この遊戯に参加するのを拒否したかった。しかし、神様に近しい存在に反抗しようという気概はわかなかった。


 渋々彼女が開始場所として選んだのは、交易都市メルカルだった。


 単に、平和そうで必要なものも手に入りやすいだろうという判断からだ。


 彼女の保有スキル”自然術”は、自然の力を借りて術を行使するという説明を化身から受けてはいたが、彼女はそれを使って殺し合いをするつもりはなかった。





 今日の宿を取り、軽食を食べ終えた彼女は港の方へと足を向けていた。


 目的はない。単なる散歩と観光だ。彼女は山育ちだったため、海より山の方が好きだ。しかし、山育ちの少年少女の多くが海に憧れるように、彼女もまた大海原に憧憬を抱いていた。


 と言っても、彼女が海を見るのはこれが初めてなわけではないのだが。





 何をするでもなく、潮風と波の音を楽しみながら散歩をしていると、ふと視界の端、桟橋の方で何かが光った気がした。


 そちらに目を向けると、青色の光球が明滅しながら浮かんでいた。一瞬、人魂か何かだと思い怯むホタルだったが、それが弱っているように感じられて、ゆっくりと近づいてみる。気のせいか、ホタルが近づく程に明滅が早くなっている気がする。周囲の船員達は、ホタルに注目こそしているが、光球の方には気が付いていない。というより、見えていなかった。


 やがて、ホタルが桟橋へと足を踏み出し、光球に向かって手を伸ばす。光球はホタルの掌の上へと、空気中を漂うように寄ってくると、突如光を失って掌の上へと収まった。人間で言うなら、意識を失ったという状態だろうか、動き出す気配は全くない。





 害意は全く見られないようだけど、これは一体何で、私はどうしたら良いのかしら。


 ホタルは、海へと沈んでいく夕日を見ながら、途方に暮れることとなった。

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