IF【バッドエンドはツマラナイ】
※これはSloth編のバッドエンドルートです。
「……にたくない」
分からない。死んでも変わらない人生だと思っていたのに、いざ死ぬときになると何でこうも泣けてくるんだ。涙が止まらない。わけのわからない感情に混乱する。
「死にたくない……!」
「今、楽にしてやる」
ベルフェゴールが玄輝の首元に剣を振り下ろす。最後まで生きていたいと強く望むことができた玄輝は真っ当な人生だったと恐怖に怯えながらも目を閉じる。
「あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁーーッ!!」
首にベルフェゴールの剣が接触するまで聞こえていた玄輝の雄叫びも、すぐさま噴水のように溢れ出す血しぶきの音と重いボールのようなものが転がる音に変わり聞こえなくなる。ベルフェゴールは剣に付着している紅い血を黒いローブで拭き取り
「そこにいるんだろう。小娘」
物陰へと隠れている神凪楓へと話しかける。楓は片手にスマホを持ち、若干震えながらその場に姿を現す。
「……あんた、よくも」
「安心するがいい。結果は変わらなかったのだからな」
「ここであんたを倒す」
銃剣を片手に出現させてベルフェゴールへと向ける。現実世界へこんな化け物を放てば全てが終わりだということを神凪楓も分かっていたのだ。
「無駄だ。お前は私に触れることすらできない」
「……!?」
世界が揺れる。住宅街が次々と形を変えて新たな世界が創造されベルフェゴールが姿を消した。神凪楓は近くの家の屋根へと屋上から飛び下りてベルフェゴールの行方を捜索する。
著しく変化していくこの街の中からベルフェゴールを見つけ出すのは非常に困難だ。このままではベルフェゴールの世界に呑み込まれてしまう。しかし幸いなことにまだ管理人としての力を十分に発揮できていない。逃げるのなら今だ。
「……」
神凪楓は木村玄輝の亡骸を遠目で見つめる。彼はこんな状況に巻き込まれても尚最後まで人間らしく戦い抜いた。その強い意志に楓は数秒黙祷をするとその世界から姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
楓は普段通り目を覚ます。ユメ人を救い出すことができなかった自分自身の弱さを憎み洗面所で顔を水で洗う。
家の外ではけたたましくサイレンの音が鳴り響いている。木村玄輝の体を乗っ取ったベルフェゴールが目を覚まして無差別に人を殺しているのだということを楓はどこかで分かっていた。
「……まさかこんな事になるなんてね」
ベッドの横に置いてあるドレッサーの二段目の引き出しを開けて刃が綺麗に研がれているナイフを取り出す。夢の中とは違い金属の重みをずっしりと感じる。現実世界で誰かを殺めるのと夢の中で殺めることの違い雲泥の差だ。
「
◇◆◇◆◇◆◇◆
「真白高等学校」
雨氷雫は仮にも友人である雨空霰の頼みで騒ぎが起こっている真白高等学校を捜索しに来ていた。校門の前には無数のパトカーが並んでいるのに対し、校舎は不気味な静けさに包まれている。朧絢と月影村正は既に先行して捜査しに校内へと姿を消してしまった。
「……めんどくさい」
無意識に雨空霰の口癖が移ってしまっていることに多少腹を立てながらも校舎の中へと足を踏み入れた。そして早速下駄箱は血肉に染まり辺境の地となってしまっている。斬り落とされている首・腕・脚の断面を見てみると、刃物系統で綺麗に斬られた痕跡が残っているように見える。
この学校へ来る途中もいくつか死体が転がっていたが、どれもこれと同じ傷跡ばかりだったことを考えると同一犯の可能性がかなり高い。
「生徒会室……」
試しに少し廊下の先にある生徒会室と書かれている部屋を覗こうと引き戸に手をかけて扉を開こうとするが鍵がかかっているのか開かない。雨氷雫はその扉を躊躇なく蹴破って中へと入る。
そして目に飛び込んできたのはこの学校の生徒会長である東雲桜が、手首の動脈から血を流しながら中央にある椅子へと座り目を閉じて眠っている姿。椅子の近くには刃先に紅いものが付着しているカミソリが落ちていた。
「雫か」
「……絢」
その隣では朧絢が苦痛に歪んだ表情を浮かべて涙を流していた。雨氷雫は絢が過去にどれだけ東雲桜と深い関わりを持っていたかを知っているため、その気持ちをすべてではないが多少は理解できる。
「……まただ。また俺は守れなかった」
「絢のせいじゃない。あまり責任を背負おうとしない方がいい」
――死因は自殺だ。すぐにそう理解できた。何故ならもし誰かの手によって殺されたのなら東雲桜がこんな安らか表情を浮かべていないからだ。手首以外は遺体が綺麗な状態で残っているのも大きな根拠となる。
「……私は二階を調査する」
東雲桜の遺体と朧絢に踵を返すと次は階段を上って二階へと向かう。二階も酷い有様だが、雨氷雫は変わらず無表情のまま教室の中を一つ一つ見て回る。生存者どころか物音ひとつ聞こえないこの校舎を捜索する意味は何なのか。雨空霰に対し不満を抱きながら歩いていると
「……?」
無数に転がっている遺体の中に違和感を覚えるものがあった。雨氷雫はその遺体の側にしゃがみ込んで確認をする。…餓死。脂肪はおろか筋肉さえ付いていない身体は皮と骨だけの無残な姿。どうしてこの生徒だけ死因が餓死なのかが分からない雨氷雫はこの遺体の近くにある教室を見る。
「二年一組……」
二年一組と書かれている教室の中へ入る。そこで雨氷雫の目に飛び込んできたのは不可解な光景ばかりだった。教室の入り口に一番近い席の鈴見優菜はスマホを片手に握りながら首から上を斬り落とされ断面が雨氷雫を向いた状態で倒れていた。ゲームで遊んでいる最中だったのかスマホの画面にはゲームオーバーと表示されている。
それだけじゃなくその女子生徒と反対側に座っている内宮智花は腹部から臓器らしきものを見せながら弁当を大事に抱えて倒れている。死ぬ間際にしては異様な光景だった。
「…雫か」
「村正」
教室の隅に見覚えのある三人の男子生徒の死体が転がっている。西村駿の顔は何度も斬り刻まれ原型を留めていない。両脚も切断されておりまるで拷問された後のようだ。窓が空いているということは背後で倒れている白澤来と波川吹を逃がすために自ら立ち塞がったのだろうか。
「アイツは本当に勇敢だったんだな」
「……酷い」
しかし残酷なことに白澤来は髪の毛を無理矢理引き抜かれたのか見えている頭部の肌から血を流して倒れており、波川吹は下半身から首までにかけて骨を全て砕かれているのか関節や体がぐにゃぐにゃとだらしなく曲がっていた。
「……!」
窓際の席の近く。そこでは髪に多少赤色が入っている木村玄輝が剣を持って倒れており、その向かいでは神凪楓が制服の上にパーカーを着た状態で手にナイフを持って壁にもたれかかりながら座っていた。
「……こいつが騒動の犯人」
手に持つ剣は本来の色を忘れ真っ赤に染まってしまっている。木村玄輝が校内を地獄へと変えた。傍から見れば特別な力も感じない生徒の為、にわかに信じられないが凶器である剣を持っている時点でその事実は否めない。
「神凪楓は」
神凪楓の死因は出血死。黒いニーソックスが破け、両足の鼠頚部から大腿にかけてアキレス腱と大動脈が斬られているのか血が未だに止まることなく溢れ出して床を汚している。パーカーも制服も何度も斬られボロボロになっており紅色に染まった肌が隙間から見えた。
「……そうか。そいつが霰の話に出ていた神凪楓だったのか」
「そう。私たちの知っている楓とは程遠いけど」
犯人である木村玄輝と手に持つナイフで太刀打ちしようとしたようだ。剣にナイフはかなり不利となるはずだが神凪楓は稀に見るあり得ない身体能力を持っていたのかもしれない。どれだけの死闘が続いていたのだろうか。この二人の生徒の周りだけ机が壊され窓が割れ、ロッカーが真っ二つになっているという状態なのだ。
「……」
犯人である木村玄輝の傷を屈んで確認する。ほぼナイフによる傷だ。手には爪で引っかかれた跡が残っている。驚いたのはナイフによる傷はほぼ人間の急所と呼ばれる箇所だけを占めていた。雨氷雫は壁にもたれかかっている神凪楓の顔を隠しているフードを取る。
「――」
その姿を見て思わず息を呑む。血と涙、目からその両方を流していたのだ。彼女は両目を斬られたことによって光も相手すらも見えない酷な状態で必死に抗い続けていた。
雨氷雫はこんな状態なっても殺し合えることができる彼女の顔をよく見る。ついさっきまで生きていた。向かいにいる木村玄輝を殺した後、最後の景色すら見れない状態で一人涙を流して息を引き取った。
「……俺がこの教室に来た時にはまだ息があったんだ」
「そうなの?」
「あぁ、止血をしようと努力はしたが……もう手遅れだった」
月影村正は表に感情を出すことはないものの、その瞳の奥では自分自身に対する未熟さを呪っているように見えた。
「最後まで消えそうな声でずっとこう言っていた」
「……?」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんって……」
彼女が何を想い涙を流していたのか。それを雨氷雫に理解することはできない。雫は犯人である木村玄輝と抗い続けた神凪楓をじっと見つめると、雨空霰に報告するため朧絢と月影村正を置いて校舎を出ていくことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「全滅か」
雨空霰は制服に付着した血の臭いを落とすためにシャワーを浴びている雨氷雫をリビングのソファーに座って待っていた。雫は帰ってくると早々に、
「生存者なし。犯人は剣を持った木村玄輝。ソイツは神凪楓と殺し合って相打ちで死んでいた」
など様々な報告を手短にして風呂場へと向かって行った。何か嫌な予感がして雨氷雫を真白高等学校へと送った雨空霰であったが、犯人が死んでいるとなると何故そのような横暴に出たのかを聞くことすら不可能だ。
「……やっぱり今日は学校をサボるべきじゃなかったな」
それよりも剣を持っている男子生徒があの事件が起きる一瞬の間で校内にいる全員を殺すことができるなんてはあり得ない。しかも一部の生徒の死因は餓死。餓死をするのには最低三か月は必要だというのにあのタイミングで餓死を起こすのは偶然にもほどがある。
(何か現実ではありえないことが起きているのか……?)
駆け付けた警察官、校内にいる生徒は誰一人学校の外へ出ていなかったらしい。外に出るための出口全てに鍵をかけたとしてもほんの数分で成し遂げられることじゃない。死体の状態もまるで「すれ違うように殺されていた」と雨氷雫から聞いた。
「ユメ人との関連性……あるのかもしれないな」
「……霰、上がった」
雨氷雫がバスタオル一枚を巻いただけの姿でミニタオルを片手に風呂場から上がってくる。雨空霰はそれを軽蔑するような目で見たが雨氷雫は気づいていない。
「上がったじゃない。服着て来い」
「いつも置いてあるのに置いてなかった」
「当たり前だ。お前の代わりにいつも俺が置いているからな」
「なら置いて」
「自分でやれ」
雨空霰は軽くツッコミを入れると雨氷雫を向かわせるように寝巻がしまってあるクローゼットへと手で促す。少々納得がいかない表情を浮かべながら雨氷雫はクローゼットのあるところまで向かった。
雨氷雫が消えるのを待つと、立ち上がり本棚にある一冊のノートを手に取って開く。ユメ人に関して現段階で分かることをまとめたものだ。
「霰、服はどれがいいの」
「ああそうか。お前の服は大体いつも俺が選んでいたな」
「なら選んで」
「自分でやれ」
雨氷雫に視線を向けることなくそう一言伝えると再びクローゼットのある部屋へと姿を消した。再びノートに目を通す。現段階で分かっていることは…
「霰、これでいいでしょ」
まだ一分も経っていないというのに戻ってきた雨氷雫は、まだ真夏というわけでもないのに白いワンピースを着ていたので雨空霰は思わずため息をついた。
「あー……その寝巻は季節が変わらなきゃ寝るとき寒いぞ」
「なら変えて」
「無茶言うな」
あの真白高等学校で起きた殺戮事件は世界中に知れ渡るだろう。犯人が死んだ以上、誰も裁かれることがない。この先、ただ大量に人が死んだとしか語り継がれないかもしれない。それでも雨氷雫の目にはしっかりと焼き付き、雨空霰の脳裏にはしっかりと記憶されていた。
どこか知らないところで戦っていた誰かの姿を――
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