第二章 『堅』

第12話『体育祭の楽しみ方が分かりますか?』

「おはよー玄輝。昨日はどうしたの?」

「馬鹿みたいに腹痛くて休んだんだよ。でも、もう治ったから大丈夫だ」


 教室に入ると優菜が挨拶の後に心配をして声をかけてきてくれる。玄輝は心配を掛けさせないように軽く笑い飛ばしながら自分の席へと向かうが、相変わらず心配をしているとはいえども目線は合わせてくれなかった。


「玄輝ー。体調は大丈夫なの」


 席に着くと真っ先に木村玄輝の元まで飛んできたのは金田信之。心配をしてくれているところ悪くは思いながらも夢の世界では酷い目に合わされたため


「痛っ! ……何で叩いたのさ!?」


 信之の背中を強く叩いた。トイレで襲われたり、大量に現れたりと悪行ばかりしかしていない。金田信之があのようになったのはベルフェゴールが悪用していたことが主となる原因だが、それでも一発叩いておかないと気が済まなかった。


「悪い。お前を見ると何か無性に腹が立ってな」

「ええ? 何それ?」 


 納得がいかないと訴えかけてくるが気が付かないふりをして無視をする。そして玄輝は無意識のうちに駿の姿を教室内で探していた。


「駿はどこだ?」

「え、分からない」


 現実でも夢の中でも役立たずかよ、と心の中で毒を吐いて白澤の元へと向かう。白澤は玄輝を見つけるなり「おっ、どうしたー?」と理由もなくテンションをやや上げていた。


「駿はどこだ?」

「駿か? 駿なら生徒会の仕事があるとか言って生徒会室に行ったぜ」


 ここは夢の中じゃない。それが発覚すると安心して神凪楓が座っている窓際へと視線を向ける。いつも通りノートにペンを走らせ何かを書いている。まさか神凪楓が何度も夢の中でユメ人を助けていたなんて想像がつかなかった。

 

「玄輝。昨日の授業の分のノート書いてないでしょ? 見せてあげようか?」

「ああ悪いな、助かるよ」


 朝、目を覚ますと玄輝は病院に運ばれている訳でもなくごく普通に自室で寝かされていたのだ。母親へ顔を見せると一日寝たきりになっていた息子と顔を合わせているとは思えないほど素っ気ない「おはよう。」という挨拶をされ、呆然としてしまっていた。思わず一日寝たきりの状態だったのに心配しなかったのか、と母親に尋ねたところ


「そりゃあ心配したわよ。全く起きる様子がないから救急車でも呼ぼうか迷ったときに……玄輝のクラスメイトが家に訪ねてきてね」

「クラスメイト……?」 

「そうそう。明日の朝になったら目を覚ますから安心してくださいって私に言うもんだから……結構可愛かったけど、もしかして彼女さんだった?」



 誰なのかは大体察しがつく。神凪楓に違いない。家の場所を教えた覚えはない玄輝だったが、朝には目を覚ますと確信を持って言えるのは実際に助けてくれた神凪楓だけなのだ。現実世界で大事を起こしたくないから仕方なく家へ訪ねてきたのだろう。


「ガッシー。昨日の授業は何だった?」

「数学と歴史と……あと何だっけ?」

「記憶力無さすぎだろ……」


 黒板の横に貼ってある時間割を確認して昨日の授業のノートを玄輝は信之に貸してもらう。やることが多いが、どうにか授業が始まる前までに写し終えなければならない。

 いまは新クラスになって四月の中旬。後一か月後には大学に関わる大事な実力テストが控えている。テストで結果が出せない玄輝はノート提出や授業態度で内申の点数を上げるしかないのだ。


「あーめんどくせえー」 


 実は玄輝は楓と少しだけ携帯で連絡を取り合った。


8:05

『記憶が残っているから連絡したぞ』

8:11

『また厄介なことになっているわね』

8:12

『何が厄介なんだ?』


 というもので玄輝が最後に返信をした後、楓はそれを既読無視をしていた。神凪楓にとってそれが必要最低限の会話なのだ。そこから話を弾ませる必要は微塵もないと思っているから自ら会話を切り捨てているように思える。


「ん? ガッシー、この数学の解答どうしてこうなった?」

「それは――」


 金田信之は理系の科目が得意だと自負をしている。教科別の点数表を一度見せてもらったとき、数学、物理などといった計算科目の点数は一般の生徒よりできる点数だった。しかし文系といった暗記類の科目を一瞬だけ目を通したが、玄輝よりも酷い点数を叩き出していたのだ。特に英語。これが致命的だった。


「なるほどな。サンキュー」

「……玄輝。僕の教え方どうだった?」

「んー癖があるけど……まあおれは理解できるよ」

「そっか」


 何かを思い詰めているような表情を浮かべたガッシーはノートを玄輝に貸したまま自分の席へと戻っていく。何かマズい事でも言ってしまったのだろうか、と玄輝は少し考えるが別に分かりにくいと直球に言っていないので先ほどの言葉を悪い意味で捉えた信之に問題がある。そう決めつけてひたすら手を動かす。


「やべえっ! もう授業始まるじゃねえか!」


 時計の針が授業開始数分前を指しているのに気が付いた玄輝は急いで手を動かして信之のノートを写す。しかし無慈悲にも授業開始のチャイムは校内に鳴り響き、玄輝はノートを写し終えることはできなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「えー……みんな勉強の最中にごめん。少しクラスで決めないといけないことがあって……」


 教科担任が休みになり自習となった時間に男子学級委員である西村駿が女子学級委員の内宮智花と教卓の前へ立つ。いつの間に仲良くなっていたのか波川吹と白澤来は席を移動して友人と思われる男子生徒二人と四人で楽しそうに喋っていた。


「白澤、吹。ちょっと静かにしてくれ」

「おお、悪い悪い」


 駿が注意をすると白澤たちは前を向いて静かになる。自分の声が全員に届くのを確認すると駿は決めなければならないという話を始めた。


「後二か月後に体育祭があるのはみんな知ってるよな?」

「おー勿論だ。オレは楽しみにしてるぜ、体育祭」


 玄輝は「出しゃばるな白澤」と心の中で悪態をつく。体育祭。一年生の頃は楽しみにしていたがいざやり終えると疲れるだけだった。入学してそう経っていない頃、友だちと他のクラスの女子を見て可愛い子を見つけては好みのタイプを言い合って楽しんでいた。それが高校一年生体育祭の唯一の思い出だ。


「ほんなら競技の選手決めか? この時期に決めるのはかなり早いと思うんやけど」

「いや、違うんだ。今年は会長がクラスごとに出し物をしようって言いだしてな。その出し物を何にするか決めたいんだ」 


 真白高等学校は名門校と名高いこともあり学校行事にもかなり力を入れている。エリートの集まりを一度見てみたいと体育祭や文化祭を見物しに来る人も少なくない。


「その出し物の決まりとかあるのか?」

「……ない。会長は全て一から自分たちで考えて実践してほしいって話をしていた」

「自由なんか。適当にダンスでもライブでも披露すればええんやろ」

「実は……私が思うにそういうわけにはいかないかもしれないんだよね」


 内宮智花が波川吹の発言を否定する。西村駿も智花へ賛成するように、


「俺と智花で話したんだけど、これは何か裏があるって考えてる」


 と意味深な発言をした。ついにとち狂ったか西村駿、と玄輝は再び悪態をついたが確かにそれぞれのクラスで出し物をすると突然決めたのには何か理由がありそうだ。


「裏? 何だよそれ?」

「いままではこんなことしなかったって先輩から話を聞いたんだ。もしかしたら体育祭の日にお忍びで誰か偉い人が来るのかもしれない」 

「例えば"例の学園長"とか……」 


 智花のその一言で教室が静まり返る。"例の学園長"。この高校では新入生以外全員知っている有名な人物だ。


「……マジで」

「それやばない?」

「あくまで俺と智花の予想だ。会長が遠回しに俺たちへ警告している気がしてならないんだ」 

「質問、その例の学園長って何だ? 俺と雫が分からないから教えてくれ」


 雨空霰が手を挙げて西村駿に質問をすると渋々例の学園長について話を始める。

 

 "例の学園長"の話は代々先輩から後輩へ語り継がれているものだ。この国で最も偏差値の高い大学の学園長。話によれば数年前に体育祭へその学園長が訪れた際には悪い成績を残した生徒たち全員を退学にした、成績不良な生徒に体罰を与えたなどと様々な噂を耳にした。


 神凪楓はその学園長のいる大学から優待の誘いが来ているのだというから改めて凄さを実感させられる。


「へえ、そりゃ怖い話だ」


 話を聞いて怖がってはいるがどこか雨空霰には余裕がある。玄輝だけ何故かそう見えてしまう。


「例の学園長が俺らの学校にやらせるように指示をしたのかもしれない。そうなったら俺らは本気で出し物を披露しなきゃ……全員退学にさせられる」

「アイツは例の学園長のお墨付きやから退学はないけどな」


 波川吹が神凪楓に嫌味を言うように視線を変える。他の生徒たちも嫌悪するような目線を楓に向けているようだ。


「人の事ばかり気にしているとお前たちが退学にさせられるぞ」

「みんな、霰の言う通りだ。今は体育祭のことについて集中するぞ」


 雨空霰が楓を庇うようにそう発言をすると駿がそれに同意して楓への注目を外させた。


「……トラはどう思う? 出し物の件については……」

「自分にもう少し自信を持ちなさい」


 神凪楓はそう返答をすると再び下を向いて勉強を始めた。体育祭など眼中にないようだ。自分のやりたいことを優先してやる。それが楓のポリシーのようなものなので、例の学園長にさえ興味を持っていない。


「そうだな、というわけでみんな。今週中に良い案を思いついたら俺か智花に教えてくれ」


 考える気がない玄輝は誰かがきっと起死回生の案でも出してくれるだろう。どうにか体育祭もやり過ごすことができるはずだ、と浅はかな考えを持ち本を読んでいた。 



◇◆◇◆◇◆◇◆



「玄輝…どうしよう。例の学園長がもし来たら…退学にされちゃうかも」

「そんな不安にならなくても大丈夫だ。きっと上手くいく」


 不安そうな声を上げる金田信之を安心させるように肩に手を乗せる。信之はどうにも落ち着かない様子だ。


「いいなあ玄輝は。気楽な性格してて」

「そうか?」

「駿も皆をまとめるリーダーシップがあってさ。僕にも欲しいよ」


 玄輝は自分が崇められる世界だったら、と創造した結果酷い目に遭っているのでそのような考えを持つのは止めることにしていた。他人の良いところを羨ましいと感じてもただの妬みになるだけなのだ。  


「お前にはお前なりの良いところがあるんだ。そう妬むなよ」

「だって……トラみたいに頭が良かったら退学にされる心配だってないでしょ? 僕だって色々とやりたいことがあるのにこれじゃあ全然できないよ」

「気にしたら負けだ。白澤や俺を見習え」


 後ろの席で耳にイヤホンをして音楽を聴いている白澤の机を叩いて自分に気づかさせる。


「白澤、お前退学になるかもしれないけどどうする?」

「え? いや何とかなるでしょ」

「ほらな。こういう楽観的な考えが必要なんだよ」

「そうなのかなあ…」 


 ガッシーは納得のゆく答えを貰えないので俺と白澤の元を離れて、今度は神凪楓が座っている席へと移動する。


「トラ……」

「……」


 楓がチラッと視線を金田信之の顔へ向けると再びノートへと戻す。楓が何人もの偽信之を殺していることを玄輝は知っている。その件を思い出したのか少々不機嫌そうな表情を浮かべているようだ。


「僕、退学になったらどうしよう……」

「……私はあなたが嫌いよ。いつもうじうじしていてどうしようもない。不愉快極まりないわ。今すぐ私の視界から消えなさい」

「おいおい神凪、お前少し厳しくないか?」


 信之に厳しい罵声を浴びせた楓に霰が苦笑いをしながら耳打ちする。玄輝でさえもそこまで言わなくても…と思ったが、金田信之には一度ガツンと言ってやった方がよく効くのかもしれない。


「……ごめん」


 楓の言葉にショックを受けたのか自分の席へと戻り、腕を枕のようにして机へ顔をつける。まるで失恋した後の男子生徒のようなショックの受け方だった。


「ガッシーどうしたん? トラに何か言われとったけど」

「ああ。うじうじしているガッシーが話をしに行ったらガツンと言われたんだよ」 


 へこんでいるガッシーに気が付いた吹は何があったのかを聞いてきたため木村玄輝は事情を説明する。


「ほんまアイツ頭おかしいで。少しは慰めようとするもんやろ」

「まあな。言い過ぎだとは思うが……」

「アイツほんま許さへんからな……! 絶対痛い目見せたるわ……!」


 怒りに満ち溢れている波川吹に白澤来が音楽を聴いて首でリズムをとりながら


「まあそう苛立つなって。チンパンジーかお前は」

「おおおんん!? 何やって!?」


 油に火を注ぐように煽っている光景を玄輝は笑いながら傍観していた。

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