第11話【神凪楓は強すぎませんか?】
ベルフェゴールの突きを楓は金魚が泳いでいるかのように体を逸らして回避した。避ける際にベルフェゴールの手の甲が上になっているのを確認するとすぐにその場へとしゃがみ、右から迫ってくる手首を返しながらの水平斬りを回避する。
「単調ね」
隙を狙って足払いを仕掛ける。ベルフェゴールが体勢を崩して横向きに倒れようとする瞬間に更に下段の後ろ蹴りを腹部に食らわせて屋上の外まで吹き飛ばす。
「トラ……」
サッカーの時に何故あんなに華麗にボレーシュートができたのかが玄輝には今なら理解できた。神凪楓は何度もこのような経験をしているから。女子なのに身体能力がずば抜けて高いのはおおよそこれが原因だ。
「それが本気?」
「……ほう。これはかなり手強そうだ」
痛がる様子もなく平然と立ち上がり再び剣を構える。神凪楓もまた同じように
「お前は
「剣を振り回しているあんたに答える義理はないわ」
一進一退の攻防が続く。ベルフェゴールが斬りかかり、楓はそれを回避し隙を狙って格闘術を決めていく。傍から見れば楓が圧倒しているように見えるが、
「どうした? その程度か」
「やけに丈夫ね」
ベルフェゴールに楓の攻撃が全く効いていないのだ。戦いの雲行きが怪しくなり始めている。このままでは楓の体力が切れてしまうのではないか、相手はまだ本気を出していないのではないか。玄輝に様々な不安が募りに募って心臓の鼓動が早くなった。
「……!」
予感が的中するように今までかすりもしなかったベルフェゴールの剣が楓のパーカーを僅かに触れる。ベルフェゴールの剣捌きが途端に早くなり始めたのだ。それに気が付いた楓はベルフェゴールと距離を取る。
「余計なことを考えるんじゃないわよ! あなたは
そして木村玄輝に向かって注意するように声を荒げた。そんなことを言われても、と弱気になりながら神凪楓を見る。
「さっきの余裕はどうした」
「あんた、他のユメノ使者と違ってやけに優秀じゃない?」
ベルフェゴールが剣の構えを先ほどよりも鋭く大振りに変える。すると楓も
「面倒ね!」
少しずつだが神凪楓の表情が曇り始める。ベルフェゴールの剣を回避しづらくなっているのだ。それに加え反撃する暇も与えてはくれなかった。
「……」
神凪楓が視線を木村玄輝へと向ける。何かを伝えようとしていると玄輝は考えて思考を張り巡らせる。
『チャンスを作ってあげる。見逃すんじゃないわよ』
玄輝はそう楓が伝えているような気がして、再び剣を強く握りしめて神凪楓が作り出してくれるチャンスをひたすら待っていると
「……ねぇ、あなた今まで生きてきてこんなこと言われたことない?」
神凪楓がベルフェゴールの手首を掴むと逆方向へと折り曲げて剣を奪い取る。
「戦い方が"つまらない"って……!」
そしてベルフェゴールの体を大きく斜めで斬り裂いた。
「ぐあぁ!!」
ベルフェゴールが怯んでいる。その姿を見た玄輝は体を気合で動かして剣を構える。
「うおぉおぉおぉおぉぉぉぉ!!」
剣道の決め手は間合・機会・体さばき・手のうちの作用・強さと冴えが大きく関わる。それら全ての要素を完璧にこなし試合で使えば一発で相手を仕留められる技がある。
「終わりだぁあぁあぁっ!」
「馬鹿なっ!? お前、まだ動け……」
牛の骨の顔面に向けて両手に持つ剣を全速力で振り下ろすと、すれ違うようにベルフェゴールの横を通る。
「ああぁぁぁっ……!!」
ベルフェゴールが頭部に付けていた牛の骨が真っ二つに割れ、その内側から光の塵のようなものが溢れた。しばらくその場でもがき苦しむとばたんと倒れて動かなくなる。
「……あの世はもっとつまらないだろうな」
一本技。一本打ちの技でしっかりと剣で正中線を制して相手の面へと入れる技。剣道のなかで最も上手い自信のある技だ。何とかベルフェゴールを倒すことができたことを確認すると一安心しその場で腰を下ろしてしまう。
「……キサマァ!!」
その隙を狙いまだ息の根のあったベルフェゴールが剣を玄輝に向かって投げた。咄嗟のことで玄輝は体が動かず剣が目前まで迫り、
「往生際が悪いわね」
銃弾のようなもので剣が弾かれる。そこには今まで素手だった神凪楓が片手に歪な形をした銃を握って立っていた。
「よくやったわ」
楓の手に握られていた歪な銃は剣へと姿を変える。銃剣、神凪楓が手に持っているものはその類だ。
「小娘、武器を使えたのか」
「気づかなかったの? あんたはただ私と遊んでいただけよ」
「遊び、だと?」
「ええ、いい練習相手になってくれて助かったわよ」
煽りにも聞こえる感謝の言葉を述べながら銃剣を片手にベルフェゴールへと近づき頭を踏みつける。よく見ればその顔は玄輝そのものだった。自分ではなく分身とはいえあまり心地の良いものを感じない。
「武器を使うとあんたを殺しちゃうから」
「この小娘! 殺してやる…!」
「何を言っているのよ?」
更にベルフェゴールの頭を強く踏み地面へと顔面をめり込ませ、銃剣を脚へと突き刺して
「今は私が殺す側であんたは殺される側よ?」
脅しをかけた。玄輝はそれを見て楓に「お前も悪魔と大差ないじゃねーか」とツッコミを入れたくなったが殺されそうな気がするので黙っていることにした。
「お仲間さんは後何匹いるのかしら?」
「貴様に教えるわけないだ……ぐぅっっ!!」
「ほら言いなさいよ。私は待つことが嫌いなの」
銃剣でベルフェゴールの脚を何度も抜き差しして情報を吐かせようとする。その光景を見ていられなくなり玄輝は目線を逸らして声だけ聞くことにした。
「六体だ……!」
「偉いわね、ちゃんと言えて。そういえばあんた怠惰だとか言っていたわよね。もしかして残り六匹とあんたを含めて、七つの大罪とでも言いたいのかしら」
「我はそこまでは知らない! これ以上話すことは何も……」
目を瞑っているためどこを銃剣で刺したのかは分からないが、先ほどとは比べ物にならないほどの苦痛の叫び声を上げているのを聞くに人体の急所を刺されたようだ。
「我らは七つの大罪だ! 現実で我らに合う体を乗っ取るためにこの世界に……」
「もういいわ。これ以上あんたから得られる情報はないからここで消してあげるわ。」
ベルフェゴールの雄叫びと共に何かが貫かれる音が聞こえるとベルフェゴールの声が聞こえなくなった。静かになるのを確認し目を開ける。そこには神凪楓が銃剣をしまった状態で玄輝を見下ろしていた。
「剣道で対等にやり合えるなんてね。日本の剣技も捨てたもんじゃないわ」
「トラ、助かったよ」
「それは別にいいの。それよりもあなたってやるときはやるのね。アイツが本気を出していなかったとはいえあそこまで耐えられるのは賞賛できるわよ」
「そうか? まあ俺も本気を出せばあれぐらいは……」
「慢心してんじゃないわよ」
褒められ照れている玄輝に楓は近寄って額へとデコピンをすると、そのまま玄輝は吹き飛ばされて屋上の壁へと背中を打ち付けた。
「いっってええええぇぇぇ!!」
「ああ悪いわね。力加減間違えたわ」
「……悪魔かよ」
「何か言ったかしら?」
「何でもないです」
玄輝が額に汗を浮かべながら目線を逸らし口笛を吹いていると、
「へえ、ベルフェゴールを倒したの」
どこからか声が聞こえて玄輝は辺りを見回し神凪楓は銃剣を創り出して手に握った。
「案外やるね」
気配もなく屋上の扉から姿を現したのは全身に黒い霧を覆わせて姿を隠している人物。神凪楓は鋭い目つきでその姿を捉えて銃に変形させた。
「そんな血気盛んにならなくていいよ。話をしたいだけだから」
「……誰よあんた」
「私のことは適当に
その発言をした瞬間、神凪楓は銃の引き金を引いて発砲する。しかし何発も飛んでいく弾丸は黒い霧に触れると一瞬にして塵へと代わってしまった。
「あ、接近するつもりならやめておいた方がいいね。多分この弾丸のようになるから」
「……七つの大罪を統べている。あんたが送り込んでいるとでもいうのかしら?」
「ご名答。この世界を正してもらうために彼らを呼び出したんだ」
玄輝は黒霧が冗談を言っているようには思えなかった。冗談どころか黒い霧の向こうで笑みを浮かべているようにも見えてきていた。
「世界を正すだって? どうしてそんなことを……」
「ユメ人となったお前になら分かるでしょ? この世は腐り果てているということが」
共感を求めるように黒霧が木村玄輝に手を差し伸べるが、神凪楓が前へと立ち塞がり銃剣を構えて信之たちを殺したときと同じあの目つきへと変わる。
「あいにく宗教勧誘はお断りしているの」
「私はこの世界を導く救世主。宗教如きの甘い考えじゃないね」
「悪魔に頼る
「その減らず口は誰に似たのだか……」
まあいいや、と黒霧はくるりと向きを変えて出てきた扉へと歩き始める。神凪楓も木村玄輝も無駄なことは出来ずその後姿を見送るだけだった。
「七つの大罪を止めてくれてもいい。止められたらの話だけど」
「お遊びに付き合ってやるわ」
「……私もなめられたものだね。次に会う時を楽しみにしているよ」
黒い霧と共に扉の向こうで完全に気配と姿を消した黒霧を確認し、神凪楓は銃剣を光の塵へと変えた。
「……」
「どうしたんだ?」
「……何でもないわよ」
遠い目で黒霧が消えた場所を見ていた神凪楓に木村玄輝が何をしているのかを尋ねるが素っ気なく返答されてしまう。
「あれを見なさい」
玄輝は楓が指を差す方向を見るとベルフェゴールが倒れていた場所に結晶の塊のようなものが浮かんでいた。二人が結晶に近づくと眩い光を放ち始める。
「これを破壊すれば現実世界へ帰ることができるわ」
「なあ、こんな血まみれで帰ったらヤバくないか?」
神凪楓が黒霧ついて触れることがないのは、不安にならないようにさせてくれている楓なりの心遣いとして玄輝は自己解釈していた。だからこそ玄輝からも無駄なことを聞かないようにしていたのだ。
「これは夢だから大丈夫よ。現実世界に戻れば全部無かったことになるもの」
パーカーのポケットからメモ用紙を取り出して玄輝へと手渡す。そこにはSNSの連絡先が書かれていた。
「ここでの記憶は普通忘れるけど……もし記憶が残っていたら私に連絡しなさい」
「わ、わかった」
神凪楓と連絡先を交換できるなんて夢にも思わなかった木村玄輝は少しだけにやけてしまう。
「それと学校では私に関わらないで。それだけは約束しなさい」
「……ああ、約束する」
「そう。じゃあさっさと武器を持ちなさい」
玄輝は言われた通り片手に西洋の剣を持って結晶を破壊する構えへと入る。
「あなたが現実世界で目を覚ましていない日数は一日よ。覚えておきなさ。」
「分かった。それとトラ、いや楓」
「何よ?」
「ありがとな。助けてくれて」
玄輝は楓にそう感謝の言葉を述べると結晶の塊へと剣を振り下ろした。
Sloth_END
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