第10話【抵抗したらダメなんですか?】

「我に歯向かうつもりか?」

「……」


 木村玄輝の思った通りこの夢の世界は自分が想像した物を創り出せる。これなら玄輝も多少は戦うことはできた。


「よかろう。お前から先に消してやる」


 ベルフェゴールが駿の遺体をゴミのように放り投げると剣を片手で構えて俺へと刃を向ける。玄輝もまた負けじと剣道部として練習してきた日々を思い出しながら剣の柄を握手でもしているかのように打ち手で握る。ふしぎと重さを感じることはなかった。これなら現実世界の竹刀と何ら変わりなく扱うことができる。


「来る……!」


 剣道の技が実戦で本当に効果があるのか分からない。それでもむやみに剣を振り回すよりはましだ。玄輝は相手が斬りかかろうとする瞬間に隙ができると考え


「今だ!」

「ぬっ……!?」


 そこを狙って「出ばな技」でベルフェゴールの腕を斬り裂いて距離を取る。一手目は相手が油断していたこともあり簡単に技が決まった。どうやらアイツは剣道の技は何も知らないようだ。ベルフェゴールを警戒しながら荒くなる呼吸を抑える。もう「出ばな技」は使えない。


「行くぞこの野郎ッ!」


 ならばと自らを奮い立たせるように叫びながら今度はこちらから間合いを詰めて攻め立てる。「連続技」で何度も何度もベルフェゴールへと斬りかかる。


「面白い……! ならばこちらも手を抜かず相手をしてやろう!」 


 しかし全て相手の剣で防がれてしまっている。玄輝はこれ以上は無駄だと考え「引き技」でもう一度距離をとって相手の攻撃を待つ。


「敢えてその誘いに乗ってやる」


 相手は突きの構えをしている。玄輝は相手の剣をぎりぎりまで引き寄せて、相手が斬りかかってきた剣をこちらの剣ですりあげて相手の剣を流し、相手の姿勢と突きが崩れた隙を狙って斬りかかる。


 相手は避けることができずこちらに剣で体を斬られ思わず後ずさりをする。難易度はかなり高かったが「すりあげ技」を何とか決めることができたようだ。


「お前はおれを消して……その後どうするつもりだ?」

「我は自分に合う肉体を探しているのだ」 

「肉体だって?」

「我らが現実世界へと姿を現すにはそれに相応しい肉体が必要なのだ。それこそ生きてはいるが意識のない肉体がな」


 コイツはユメ人となって植物状態と化している体を乗っ取ろうとしているようだ。自分からユメノ使者となって夢の世界でユメ人本人を消せば主導権を全て握ることができ、意識が回復した頃には中身が入れ替わっているということか。

 何て恐ろしいヤツだ。この話を聞いたら尚更殺されるわけにはいかなくなった。


「だからお前にはここで消えてもらう」


 ベルフェゴールが剣を握り直し首を斬り落とそうと接近をする。玄輝は「三所隠し」で何とか相手の連撃を防ぎながら後退をしていく。

 けれど駿と戦っていたときよりも剣の振りが遅いのだ。まだ本気を出していないだけなのかもしれない、そう考えた玄輝は試しに「払い技」を仕掛ける。

 

「ぐぬッ……!?」


 思ったよりも簡単に相手の剣先は横に大きく逸れ胴に隙ができたためそこを見逃さず剣でベルフェゴールの体を突き刺した。この突きがかなり効いたのかがくんと立ち膝をつく。


「……」

「もう諦めろよ」


 ベルフェゴールから剣を引き抜いて剣先をベルフェゴールの牛の骨の頭部へと向ける。玄輝は自分も戦うことができていると実感していた。


「……」

「……おい」


 ベルフェゴールは何も喋らなかった。玄輝は不気味に思いながら剣先で牛の骨の角を突っつく。負けを認めているのかそれともあまりにも差がありすぎて絶望しているのか……と少し気を抜いたその瞬間に


「慢心がすぎるぞ、人間」 

「ぐぁ……っ!?」


 掌底打ちが鳩尾へと入る。深く入ったのか呼吸ができず玄輝はその場へとうずくまってしまう。気を抜いた、玄輝は自分自身の慢心を恨み剣を強く握り直して斬りかかる。


「お前は我には到底勝てない。その理由が分かるか?」


 ベルフェゴールは玄輝の剣を軽く弾き飛ばし、玄輝の頭部へと回し蹴りを決めて地面に叩きのめす。玄輝は頭が割れてしまいそうなほどの痛みに耐えられずうめき声を上げる。


「剣術しか学んでいないからだ。格闘術も何も知らない実践素人のお前が我に勝とうなど無駄に等しい」


 倒れ込んでいる玄輝の髪の毛を掴み、腹部に膝蹴りを何発も何発も食らわせていく。玄輝は口から血反吐を何度も何度も吐いて黒いコンクリートの道路を血まみれにした。数分間それが続くと、ベルフェゴールは飽きたのか掴んでいる髪を離す。


「少し遊んでやったら調子に乗るとは。腹立たしいヤツだ」


 自分自身の血でできた水たまりの上に力なく倒れる。体中に走る痛みに動かない体。死と隣り合わせの窮地に立たされているこの状況でできることはかすれた声を出すだけだった。ベルフェゴールは玄輝の顔を足で踏みつけて地面へと押しつける。


「現実世界は時機に我らに支配される。お前の体は無駄にはしないぞ。名も知らぬ人間よ」


 反抗しようにも何もできない。骨が折れているのか、臓器が潰れているのか、精神的に参っているのか、原因は分からないがもうこの態勢から動けるほどの力は残っていない。


「我が一番乗りか。他の者も早く自分の体を見つけるといいが……」


 玄輝は自分はよく頑張った方だと自画自賛する。世界が支配されるらしいが自分は支配される前におさらばするので関係ないと安心する。唯一心残りは…


「か、ぞく……」 

「……何だ?」

「か、ぞくとともだち、だけ……は」


 自分の家族と友人だけは助けたかった。この悪魔が本当に殺さないでいてくれるかは不明だが頼み込むしかなかった。気は進まないが西村駿、空気の読めないガッシー、すぐに怒る波川吹、絡みがうざい白澤来、この人物たちが自分のことを友人として見ているかなんて関係ない。とにかく玄輝は見ず知らずの誰かよりも自分と関わりのある者を助けてほしかったのだ。


「ほう、それは絆というものか……」

「……」


 ベルフェゴールは足をどかすと剣を取り出し、矛先を玄輝の首へと向ける。


「いいだろう」

「よ、よかっ──」

「ならばお前の友人や家族を一人ずつじっくりと殺してやる」


 やはり悪魔は悪魔だったと玄輝は絶望する。こちらの頼みごとを快く承諾してくれるはずがない。それでもやるだけのことはやった。誰かを助けようとした。殺されないように必死に戦った、最後には親族や友人を生かしてもらえるように頼み込んだ。もう十分だと玄輝は目を瞑る。


「消えろ」


 殺される。死の間際に浮かび上がってくる思い出。これをきっと走馬灯と呼ぶのだろう。思えば色々とあった。好きな女の子に告白してフラれた小学生。勉強をすっぽかして部活動に打ち込んだ中学生。何もかもがつまらなかった高校生。


「……い」

「……?」

「……にたくない」

「何だ?」

「死にたくない!」


 木村玄輝は今になってやっと自分の人生が楽しいものだったと理解して涙を溢す。生きていたいという強い意志が湧き始めて必死に生きようとボロボロの体を鞭打って叫んでいた。


「今更命乞いか。醜いものだ」


 ベルフェゴールが玄輝の首元に剣を振り下ろす。最後まで生きていたいと強く望むことができた玄輝は真っ当な人生だったと満足感を覚える。首が斬り落とされる音を聞いて最後を迎えようとした。


「醜いのはあんたの顔よ」


 しかし振り下ろされるはずの剣が弾かれると、ベルフェゴールの体が屋上の外まで吹き飛ばされた。玄輝は声にゆっくりと目を開けるとそこには、


「私の目に入りやすい屋上にいて良かったわね」


 ベルフェゴールの右の角をへし折り手に持っている神凪楓が立っていた。


「ト、トラ!」

「小娘、やはり我の邪魔をするか」

「邪魔をする? 違うわね、あんたを始末しに来たのよ」 

「戯言を……!」  


 宙に浮かんでいるベルフェゴールによって屋上に偽信之が創り出され、木村玄輝と神凪楓は取り囲まれた。数はざっと五十人を超えている。そんな大人数を前に楓は余裕そうな表情を浮かべ、


「数で太刀打ちできるとでも?」


 自らの両足の太股で接近してきた偽信之の頭部を挟み込み、そのままバク宙のような形で回転する。そして巻き込んだ信之の脳天をコンクリートの地面へと叩きつけた。


(……強すぎるだろ)


 次々と蹴りや殴打で偽信之の群れをなぎ倒していく神凪楓を見た木村玄輝は身震いをする。躊躇なく殺してゆく姿はまるで殺し慣れているかのようにも見えていた。


「で? こんだけかしら?」


 辺りに倒れている偽信之たちを軽く見渡すとベルフェゴールに表情を変えることなくそう問いかける。ベルフェゴールは何も言葉を発することなくその場に降下した。


「小娘、お前は何者だ……?」

「人間よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」


 その返答を聞いたベルフェゴールは体の向きを変える。


「下がってなさい。あなたは邪魔よ」


 楓は玄輝を守るように前に立つとベルフェゴールを見据えた。ベルフェゴールは楓が玄輝を守っている姿を見て嘲笑う。


「何故ソイツを守る? 生きる喜びさえ忘れてしまっていたどうしようもない人間だぞ?」

「ええ、正直コイツはクズよ。だからこそこんなところで死なせるわけにはいかないのよ。もう一度現実という地獄に戻ってもらうためにね」

「つまらん理由だ」  

  

 ベルフェゴールは死刑執行人が斬首刑の際に使用する剣を黒いローブの中から取り出す。先ほどとは使用していた剣の種類が違うのに気が付いた玄輝は息を呑む。


「そうね。つまらない話はもういいわ」


 楓は武器を取り出すことなくそのまま素手で構える。相手の方へと向き合うと右足を一歩踏み出し左足は上半身に対して九十度ほど開く。この構えを玄輝は見たことがあった。合気道の構えだ。


「素手とは随分なめられたものだ」


 ベルフェゴールは肘を伸ばしながら顎をあげて、鼻先で神凪楓を見下ろすように剣で突きを放った。

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