第9話【怠惰な悪魔は怖いんですか?】

「アレは……おれ、なのか?」

「言っただろ? ユメノ使者はお前の分身だって」


 ユメノ使者の姿は頭部に牛の骨を付け、黒いローブで体全体を隠して背中に蝙蝠の羽が生やしていた。よく見れば牛の面から隠しきれていない髪を見ると玄輝同様先に赤のメッシュが入っていたり、手には同じUVERMONDのリストバンドを付けていたりと所々似ている個所があった。


「玄輝。俺がアイツを引き付けるから学校まで逃げろ」

「は? お前はどうすんだよ?」

「俺はお前に創られた偽物……お前のことを死んでも守るつもりだ」

「死んでもって、どうしてそこまで俺を……」

「いいから走れ、玄輝!」 


 偽西村駿に背中を押された木村玄輝はそのまま振り返ることなく目を瞑って走り始める。偽物とはいえ外見は本物の西村駿。玄輝にとって幼馴染を見捨てる罪の重さは変わらなかった。


(生き延びてくれ、駿!)


 心の中でそう祈りながら走っているといつの間にか真白高等学校の昇降口を潜り、階段を駆け上がって無意識のうちに屋上を目指していた。


「ここまで来たのはいいが」


 屋上へ辿り着くとこれからどうするべきなのかを玄輝は考える。聞いた話から考えればあの牛の骨が狙っているのは木村玄輝。ならば殺されないように逃げ続けるのが得策だ。


「……ん?」


 考え事をしていると空気を切るような音が上空から聞こえてきたため空を見上げてみる。何かがこちらに向かって落ちてくるようだ。木村玄輝は一応天井がある屋上への入り口の中へと身を隠す。


「かはっ……!」


 そこへ落ちてきたのは怪我をした偽物の西村駿だった。それを見た木村玄輝は急いで側まで駆け寄って容態を確認しようとする。


「玄輝……! 離れてろ!」


 しかし偽西村駿は駆け寄ってくる玄輝を突き飛ばし、空から降り注ぐ剣を避けて落下地点から距離と取った。


「ほう。その高さから落ちてもまだ生きているのか」


 ユメノ使者がゆっくりと降下して剣を構える。玄輝は後ずさりしながら物陰に隠れるとユメノ使者の後姿をじっと見つめた。黒いローブは一切汚れていない。そのことから偽西村駿が全く手出して出来ていないことが分かる。


「ならば、これならどうだ」


 ユメノ使者は剣を構え駿に向かって接近する。駿は回避する構えを取って相手の行動を慎重に読み取ろうとしていた。


「消えろ。哀れな創造物」


 駿はユメノ使者の剣の構えが裏刃になっているのを確認し背後を狙う攻撃が来ることを予測する。相手は背後から自分の事を斬るつもりだ。そう考え、相手がこちらに近づくギリギリの距離まで集中する。


「そう簡単にやられないさ」


 思った通りユメノ使者は剣を立て、パンチを打つように右四十度に突き出す。そしてそのまま手首を内転させ、大きく右に踏み込み剣を手繰りよせるように肩、肘、手首をまわして裏刃で斬りかかってきた。


「……っ!?」


 ……が、突如西村駿の体がユメノ使者がいる後方へと無理矢理向かせられた。ユメノ使者が狙っていたのは背後からの攻撃ではなく、予測不可能な何かしらの力を使って正面から斬りかかること。結果駿の予測が大きく外れ


「……駿!」

「……しくじったな」


 駿はユメノ使者の剣で正面から大きく斬り裂かれ屋上の入り口の壁へと背中から叩き付けられた。衝突する瞬間、鈍い音が聞こえる。玄輝は駿が死んでしまったのではないかという恐怖に怯える。 


「……」

「駿……大丈夫か!?」


 玄輝は駿の側まで近寄り安否を確認する。体を右肩から大きく斬り裂かれ制服が真っ赤に染まっている。壁に後頭部もぶつけたのか血が額を伝わって顔を紅色に染め上げる。致命傷、玄輝でさえ一目見てそう理解できた。


「邪魔だ。そこをどけ」

 

 背後からユメノ使者の声が聞こえる。ここで立ち塞がって幼馴染を守れれば格好いいとは思うが、あいにくそこまでの勇気を玄輝は持っていないため、すぐに後ずさりをして偽西村駿から離れる。


「ユメ人を助け出そうとする行為は無駄。これで分かったはずだ」


 ユメノ使者が駿の首を片手で掴み持ち上げる。駿は意識を失っているのか、喋ることさえままならないのかぴくりとも反応を示さない。


「ユメ人よ。お前はこの世界で死ぬとどうなるのかコイツから聞いたか?」 


 玄輝へとユメノ使者が西村駿を見せつけるようにして問いかける。ボロボロになった駿の姿を見た玄輝は声も出すことができず顔を動かして意思表示をすることしかできない。


「なら教えてやろう。ここで死ねば現実世界では"一生植物状態"だ」


 心臓は動いているが、身体は動かせない、意識もない状態の植物人間。病気や事故などで意識が無くなってしまい植物状態と言われる人たちが世界に何十万人もいるのを玄輝は聞いたことがあった。最近になってよくニュースで見るようになったな、とどうでもいいような記憶を掘り下げる。


「お前もコイツもここで死んで、現実世界では植物状態として一生を終える」


 死よりも恐ろしい。生きているのに死んでいるという状態。もし自分が植物状態となったら親、学校、友人、がどうなるか。玄輝はそれを頭で考えても答えを出すことができない。


「どうせ死ぬのなら最後に面白い話をしてやろう。我はユメノ使者としてお前の夢に介入した悪魔だ」

「……え?」


 悪魔。その言葉を聞き意味が分からず玄輝は声を漏らしてしまう。


「現実に対する罪の一つである"怠惰"。お前はその罪を犯してしまった」

「おれが?」

「お前はその罪への意識さえなかった。ましてやその怠惰の罪を他の者の責任として結論付けた」


 玄輝は自分自身の怠惰という罪によって押しつぶされそうな気分になり嗚咽を漏らす。自分が今まで間違っていると思ったことが全て正しくて、正しいと思っていたことが全て間違っていた。妙な思考に陥った玄輝はその場で頭を押さえて何度も咳き込んだ。


「我の名は【ベルフェゴール】。怠惰に誘われた悪魔」


 木村玄輝がうなだれているのを見て剣先を駿の首へと突き付ける。このままでは駿が殺されてしまう。玄輝は思考を張り巡らせどうすればいいのかを考える。自分の力で助けることはできない。


「さらばだ。紛い物」


 ベルフェゴールは玄輝が決心をする前に剣先を偽物の西村駿の首へと突き刺した。偽物とはいえ幼馴染の息の根が止められる瞬間を目の当たりにしてしまった玄輝は、悔しさと怒りが込み上げ立ち膝をつく。 


「諦めるなよ。現実も夢も」


 どこかからそんな駿の声が聞こえ、情けない姿を見せられないと立ち上がって空を見る。……曇り空、まるで玄輝の心を映し出しているかのような天気だった。


「お前は……」


 何も考えがまとまっていない。打開策も何も思いついていない。そんな状態でも木村玄輝の体は勝手に動く。


「……何だ?」

「お前は、やってはならないことをした」


 しかし唯一、たった一つだけ良くも悪くもない考えが浮かんでいた。それは偽西村駿と出会った時に思い浮かべたことだ。


「……偽物とはいえ大事な幼馴染を殺した」


 この世界は自分の理想通りに構成される。何もかもが思い通りにいく。それならば創造した物を自分の手元に出せるのではないか……という考えに至った。


「現実であの者が嫌いだったのだろう? これで清々したじゃないか」

「……確かにな。アイツのお節介は本当に大嫌いだった」


 ベルフェゴールにそう聞かれた玄輝は手の平を前に突き出して一呼吸入れると、


「――けど、命を懸けておれの道を作るのはお節介がすぎるだろうが」


 玄輝は西洋の剣を想像し創り出すと、片手でその柄を強く握りしめた。

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