第8話【ユメ人とは何ですか?】

「た、助かったのか……?」


 男だというのに情けない声を上げてしまう。そんな玄輝がどう見えたのか楓が呆れたようにため息をついて、


「とんだ腰抜け。自分でこの世界を作っておいて・・・・・・・・・・・・・・何その様は?」


 と罵声を浴びせた。神凪楓の足下には首を90度曲げられた状態で横たわっている金田信之がいた。そんな状況では玄輝は言い返すことすら無理に等しく呆然としていることしかできなかった。


「ねえ聞いてる?」

「た、助かった……!」


 自分が生き延びたことを再認識すると木村玄輝は思わず目の前にいる神凪楓に抱き着いた。楓は急に抱き着いてくる玄輝に目を丸くして、


「何してるのよあんた……!?」 

「おうふっ!」


 平手打ちを玄輝の頬に食らわせて個室の中へと吹き飛ばした。後頭部を便器にぶつけた玄輝が苦痛に悶えて倒れているのを見た楓が首を片足で踏みつけながら、


「もしかしてこれ偽物だったかしら? ならここで転がっているコイツと同じように首を折らないとね」 

「に、偽物じゃない……。ほ、本物だから足をどけろ……」


 玄輝はそう訴えるが相当キレているのか一向に足をどける様子がない。楓の片足をどかそうと必死に叩く。どこからそんな力が出ているのか腕の力を全て使っても片足を微塵も動かすことが出来ない。 


「助けに来てあげたのにいきなりセクハラ? いいご身分ね?」

「ぱ……」

「……はあ? 何よ?」

「……パンツ見えて」


 その瞬間、神凪楓が少し頬を赤らめながら押さえつけていない方の片足を振り上げて、


「見てんじゃないわよこの変態……!!」


 玄輝の顔面を蹴り上げる。楓に顔を蹴られると白という色の単語を頭の中に思い浮かべながら徐々に意識を失った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「……予定が狂わされたようだ」


 黒いローブを身に纏い、牛の骨を頭に被った人物が学校の屋上から街を見渡しながらそう呟く。 


「あの小娘が噂の人間か」

 

 気絶している木村玄輝の首元の襟を掴んで地面に引きずりながら街へと出ていこうとする神凪楓を見てその非力さに軽く微笑した。


「まずは小手調べさせてもらうぞ……我の相手に相応しいかをな」



◇◆◇◆◇◆◇◆



「……!」 


 神凪楓は何者かの気配を学校の屋上から感じ取り、思わず背後を振り返って確認する。しかし視線の先には誰もいない。警戒を怠らないように楓は、玄輝を人気のない路地へと引きずり込む。 


「……」


 そして玄輝の制服の襟から手を離すと頬を軽く叩いて起こそうと試みた。だが寝起きが相当悪いのか全く目を覚まそうとしない。 


「起きなさい」

「……」

「ほんと冗談じゃないわ。どうして今回はよりによってこいつなのよ…?」

「しろー……」


 頭を抱えている神凪楓を他所に玄輝は呑気に寝言を言っていたため、それに腹が立った楓は全力で頬に平手打ちを食らわせた。


「……あれ?」

「あれ? じゃないわよ。さっさと起きなさいこのド変態」


 頬に強烈な痛みを感じた木村玄輝は目を覚ますと体を起こして自分の事を見下ろしている楓の顔を見る。かなり不機嫌な表情を浮かべているのを確認した玄輝は気絶する前に何があったのかを思い出して


「さ、さっきは悪かった! 悪気があったわけじゃないんだ!」


 その場で正座をして土下座の態勢に入った。神凪楓は地面に頭を付けている玄輝の頭を上から踏みつけて


「人がせっかく助けに来てやったら早々にセクハラ? いいご身分ね」


 黒百合たちに蔑まされたときと同様に玄輝は楓によって罵倒し続けられる。木村玄輝はその時の悔しさを思い出し歯を食いしばると楓の足を振り払った。


「……何でおれだけこんな目に遭わないといけないんだよ!!」

「……は?」

「ただ普通に暮らしたいだけなのに何でこんなに不運に見舞われるんだ……!」


 頭を地面に突っ伏したまま拳を握りしめて震えながら訴えかける。楓はそんな情けない玄輝をただ見下していた。


「消えちまえばいいんだよ! 楽しくもねえ【つまらない】だけの現実なんか……!」

「あんた、それ本気で言っているの?」

「お前には分かんねえんだよ……! 落ちこぼれで不運ばかりのつまらない人生を送っている俺の気持ちなんて……!」


 玄輝のその言葉を聞いた楓は地に伏している玄輝の胸倉を掴んで無理矢理その場に立ち上がらせる。


「そんなつまらない人生さえも送れない人だっているの……! 自分ばかりが不幸だ、可哀想だなんて思っているあんたの方がよっぽどつまらないわ!」


 神凪楓の表情は怒りに満ちていた。木村玄輝は楓に怒号されて納得も認めることもできず、手を振り払い目の前にある現実から逃げるようにしてその場から駆け出す。


(うるさいうるさいうるさい!!)


 目に涙を浮かべながら目的もなく一心不乱に足を動かし続ける。何もかもを投げ出してしまった木村玄輝の向かう先には神凪楓が殺したはずの金田信之が立っていた。


「お前も邪魔なんだよ……!」


 足を止めることなくそのまま勢いに任せて信之に殴りかかる。しかし強く握りしめた拳は見えない壁によって届くことがなく、正面からぶつかり合った反動で吹き飛ばされ尻もちをつく。


「くそっ……! くそぉっ!!」


 何もできない自分への苛立ちに腹を立ててコンクリートの地面を殴る。皮が剥けてしまっている拳からは血が滲みだしていた。気が付けば一人だったはずの信之は二人、三人と人数を増やし始めて木村玄輝のことを取り囲んでいた。 


「玄輝、こっちだ!」 


 偽者の信之の群れの間を縫いながら制服を来た高校生が玄輝の腕を掴むと強引に走らせて近くの家のなかへと連れ込んだ。


「……取り敢えずこれで大丈夫だ」


 玄関の鍵を閉めて一安心するその高校生に木村玄輝は見覚えがありその人物の名前を呼ぶ。


「……お前は駿か?」


 玄輝を助け出してくれたのは西村駿だった。亡くなったはずの駿が目の前に現れ玄輝が動転しているとその場に腰を下ろして口を開く。


「……いいか? 時間がないから一度しか言わないぞ」

「何だよ」

「この世界は現実世界じゃない。お前が創り出した【ユメノ世界】なんだ」

「ユメノ世界? 何だよそれ」 

「簡単に言えばここはお前の夢の中だということだ」


 木村玄輝は目の前にいる西村駿が何を言っているのか理解できず呆然とする。それを見計らった駿が手の平を上に向けると


「これが夢の中だという証拠」

「……!」


 何もなかったはずの手の平の上にペットボトルに入った飲料水が創り出され、玄輝は目を丸くして何度も瞬きをする。


「……そして俺もお前の知っている"本物の西村駿"じゃない」

「は? じゃあお前は一体」

「お前が無意識のうちに創り出した"偽物の西村駿"だ。この【ユメノ世界】で唯一の味方だと思ってくれて構わない」


 目の前にいる偽西村駿は味方だということ以外はさっぱりだった玄輝はその場にぺたりと座り込む。玄輝は偽物とはいえ西村駿に助けられたことがどうしても気に入らなかった。

  

「安心しろ。俺が絶対に現実世界に戻してやる」

「どうやって……?」

「その話は後だ。取り敢えずお前の部屋まで行くぞ」


 辺りの様子を窺がいならその場に立ち上がると慎重に玄関の扉を開く。先ほどまで何十人といた偽信之たちは姿を消しており、静けさだけが住宅街を包み込んでいた。


「どうして向かう場所が俺の部屋なんだ?」

「そこが【ユメ人】のお前にとって最も安らげる場所だからだ」


 ユメ人とは何なのか。それを聞くのは自分の部屋に辿り着いた後にし木村玄輝は一人残してきた神凪楓のことが頭に浮かんだ。あの神凪楓は本物だったのか、それだけが気がかりとなる。


「って……追いかけてきたぞ!?」


 先ほどの数倍にも渡る人数の偽金田信之が木村玄輝と偽西村駿の後を追いかけてきており思わず玄輝は顔をしかめる。


「お前の家までそんなに遠くないだろ! 昔を思い出して全力で走るぞ!」

「昔って……」 


 木村玄輝は全力で走りながら昔のことを思い出していた。悪ガキだった頃の西村駿と木村玄輝で近所の怖いと評判の雷親父の呼び鈴を鳴らして遊んでいたのだ。雷親父に見つかった時は二人して全速力で走ってやり過ごしていた。そんなどうでもいいような記憶が蘇り軽く笑みを浮かべてしまう。


「早く入れ……!」


 偽西村駿が玄関の扉を蹴り飛ばして木村玄輝が中に入るのを確認すると、扉を勢いよく閉めて二階へと駆け上がり、玄輝もまた後に続いて自室へと向かう。無我夢中だった二人は靴を脱ぐことも忘れ土足で階段を駆け上がっていた。 


「……間一髪だったな」


 玄輝の部屋の中へと入ると不思議と居心地の良い空気に包まれており、緊張の糸が切れて玄輝はベッドへと体を投げ出した。 

 

「相変わらず質素な部屋だ」

「うるせえ。それよりここなら安全なんだろ? さっき言っていた【ユメ人】とやらの話を聞かせてくれ」

「あぁ……ユメ人は所謂、現実からの逃亡者みたいなもので、現実世界を極度に否定すればお前のようにユメ人になってしまうんだ」


 現実を否定し続けてきた木村玄輝はその話に納得してしまう。そしてこの世界に来てしまった理由は自分自身の弱さが原因だということを玄輝は頭の中で理解した。


「でもおれはこんな世界を創り出した覚えはないぞ」 

「問題はそこなんだ。流石のお前でも俺を殺しまではしないだろ。それにこの世界の創造者であるお前を襲い始めるのもおかしいしな」

「ならこれからどうすればいいんだ……俺は現実世界へ帰れるのか?」

「さぁな。俺にもそこまでは分からない」

「……おい冗談だろ」


 木村玄輝は頭を抱えながら現実に二度と帰れないのではないかという不安に押しつぶされそうになる。そんな玄輝を見兼ねた偽物の西村駿が肩に手を置いて

 

「でも見当は付いている。おそらく"ユメノ使者"のせいだ」

「ユメノ使者……?」

「ユメ人がこの"世界の管理人"だとするのならユメノ使者は"副管理人"みたいなもので……お前の分身でもある存在だ」


 そのユメノ使者とやらが管理人である玄輝ユメ人をこの世界から消して管理人の権限を奪おうとしているのではないかという仮説を西村駿は玄輝に伝える。


「ユメノ使者は現実へ帰る道への門番。コイツを倒せば現実へ帰ることが出来る」

「倒す? どうやって? 殺すのか? おれにはそんなことできない」

「それでもユメノ使者はきっとお前を殺すつもりでいる……玄輝、やれるか?」

「……」  


 玄輝は何も言い返すことができず黙ってしまう。誰でもすぐに返答は出来ない。こんな事態に遭遇して「はい」と答えて誰かを傷つけることは難しい。


「俺は少し外の様子を見てくる。ここで待っててくれ」

「大丈夫なのか?」

「心配するな。外までは顔を出さないからな」


 玄輝を安心させるようにそう伝えると、部屋の外へ出るために扉の取っ手に手をかけて開く。


「みンナ心配しテルかラ早くイコうヨ」

「うわあああああっ!!」

「なっ!?」


 扉を開いた先には信之が待ち構えており、玄輝はそれを見た瞬間あまりの恐怖に叫び声を上げる。偽西村駿は軽く舌打ちをし信之の腹部を蹴り飛ばして部屋に入らせまいと扉を閉めて机でバリケードを作る。


「……まずいな。ここでさえも安全じゃないのか?」


 叩かれている扉を見ながら西村駿は玄輝へと視線を向ける。

 

「玄輝……! 移動するぞ!」

「わ、悪い……腰が抜けて、た、立てない」


 力を入れようとしても不意を突かれたこともあり、体がこわばって動こうにも動けない。B級ホラー映画でよくある出演者たちの足が動かない気持ちがいまになって理解できる。


「ほら、手を掴め」


 偽西村駿が手を差し伸べる。玄輝は駿の手を掴み、何とかその場に立ち上がることに成功する。

 

「さてどうするか……」

「窓から逃げるしか方法はないんじゃないか──」


 玄輝がそう言いかけた瞬間、凄まじい音と共に部屋の壁が吹き飛びその衝撃で立ち込める煙のなか、玄輝と偽物の西村駿は家の外へと放り出された。


「……!」

「いっってぇえええ!」


 駿は上手く家の前で着地したが玄輝はそのままコンクリートの床へと背中を打ちつけ痛みによって悲痛の声を上げる。


「簡単に殺せると思ったが……イレギュラーな存在がいるとはな」


 玄輝は薄目を開けて顔を動かして家のある方を確認する。いつも見慣れている我が家の二階が綺麗さっぱり消えている。煙でよく見えないが人型の何かが空を飛んでこちらを見下ろしているのも確認できた。


「……お前がユメノ使者か」

「ほう。手助けをしていたのは紛い物か」


 煙が徐々に薄れ、飛んでいる者の正体が露になる。この声を玄輝は聞いたことがあった。眠る前に聞いたあの声。玄輝はその正体を視認すると「あ……」と声を漏らす。


「お前のユメは叶えてやったぞユメ人。だから……ここで消えてくれ」


 その姿は現実に対する怠惰を象徴している化け物自分だった。




~用語説明~

【ユメ人】

現実から夢の中へと逃げてきた者たち。夢の中で理想郷を描くことで自分の思い通りの世界を創造することができる。ユメ人と干渉できるのは同じユメ人か一度ユメ人となったことがある者のみ。

現実へと戻るには現実世界への入り口の門番であるユメノ使者に打ち勝たなければならない。


【ユメノ使者】

ユメ人を夢の世界の管理人とするのならばユメノ使者は副管理人。ユメ人のユメを邪魔するものを排除する門番。ユメノ使者は現実から逃げてきたユメ人の醜い部分の塊のようなもの。


※現段階の公開情報(物語の進行で追記される場合あり)

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