第一章 【ツマラナイ】
第7話【怠惰はどういう意味ですか?】
「玄輝、起きなさーい!」
「んー……?」
下の階から母親の声が聞こえてくる。玄輝はあの後、夕食も取らず、深い眠りについてしまっていた。
「もう朝なのか……」
それが原因で、彼は空腹に苛まれている。玄輝は一早く朝食を取ろうと、学校の制服に着替え、下の階へ駆け下りていく。
「早く食べなさいよー」
「あ、うん……」
昨日のことを追及してこない。それは母親なりの気遣いなのか。玄輝は敢えて気が付かないフリをし、リビングの席に着く。
(今日はなんだか調子がいいかもな……)
睡眠時間を多くしたせいか、玄輝はいつもより爽やかな気分で朝を迎えられていた。これなら頑張れそうだ、と朝食の目玉焼きを口に運ぼうとした時、
「智花ちゃんが迎えに来てくれてるのよ。早く行ってやりなさい」
「え、智花が?」
母親の口から、耳を疑うような言葉が飛び出した。人気モデルの内宮智花は、玄輝にとって高嶺の花。そもそも彼は他の女子との関わりが微塵もないのだ。
(……"夢"みたいなこともあるもんだな)
どうして迎えに来てくれたのか。そんな疑問が頭の中でぐるぐると巡っていたが、女の子を待たせるのは大変失礼なこと。すぐに玄輝は考えるのを止め、朝食を食べることなく、手提げの鞄を持って玄関から飛び出した。
「おふぁよう」
「オ、オハヨウ……」
内宮智花はパンをもごもごと口に咥え、挨拶をする。彼はどうリアクションを取ればいいのか分からず、カタコトで挨拶を返してしまう。
「今日は、おれに何か用でもあったのか……?」
玄輝は智花と一緒に通学路を横並びで歩き、迎えに来てくれた理由をまずは尋ねてみた。
「玄輝くんとふぁ、通学路が同じだふぁらね。ふぁまには一緒に行こうかな……って」
「そ、そうか……」
彼女の返答に玄輝は違和感を覚えていた。事前の連絡も無しで、家を訪ねてくることなどあまりにも非常識。親交が深ければ問題はないのだろう。しかし玄輝は智花と一言も喋ったことなどなかった。
「玄輝くんふぁ何部なの?」
「……剣道部だけど」
「へぇ、そうふぁんだ」
やっとのことでパンを飲み込んだと思えば、今度はポケットから飴を取り出して、口に放り込む。食欲旺盛なその横顔を眺めていると、智花はそれに気が付き、もう一つ飴玉を手に乗せて、
「……欲しいの?」
「あ、いや、おれは別にいい……」
玄輝へそれを差し出してきた。彼は智花から視線を逸らしつつ、そう断りを入れる。
「……私さ、昨日の出来事は駿くんが悪いと思うんだよね」
「え?」
「だって駿くんはサッカー部のエースなんでしょ? シュートボールを外すなんて、論外。もし私に当たってたら、試合も出させてもらえなかったよ」
智花が西村駿に対して軽率に毒を吐く。ここまで酷なことを述べるとは、予想だにしていなかったため、人は見かけによらないことを玄輝は心の底から思い知らされた。
「それを守ってくれたは楓ちゃん。どんなやり方でも、私が怪我をせず、駿くんが軽傷で済んだのなら結果的に良かったんじゃないかな」
「……そうなの、かもな」
ぺらぺらと西村駿を否定する姿が、あまりにもイメージとかけ離れすぎていた。玄輝はその威圧感に恐ろしさを感じ、動揺を隠せない。
「駿のことを……よく思っていないのか?」
「うん。少しだけね」
同じ学級委員から少し嫌われている西村駿へ、彼は心から哀れみの気持ちを送る。
(あれ、待てよ……?)
しかしその最中、玄輝はとあることに気が付く。それは内宮智花の自宅が、鈴見優菜と同じ方向にあること。玄輝の家は、二人とは真逆の方向。
(智花は通学路が同じだからって言ってたのにな……)
発言が矛盾していることで、隣を歩いている智花に玄輝は疑問を抱く。
(引っ越しでもしたのか……?)
納得がいかないとモヤモヤとした気分のまま、彼は智花と共に正門を通り抜けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「玄輝、おはよー」
「ああ、おはよ――」
玄輝は優菜との挨拶を途中で止め、二度見をしてしまう。普段ならば視線も交わさず、眠そうな声で挨拶をするだけ。しかしこの日は優菜と初めて視線を交え、微笑みながら挨拶をしてきた。
「どうしたの?」
「い、いや……気にしないでくれ」
何度か目を擦りつつ、自分の席へ向かう玄輝。そんな彼に、金田信之が声をかけてくる。
「やぁ玄輝」
「ガッシー……」
信之を注意深く観察してみるが、特に変わった個所はない。唯一の友人が普段通りだったことで、玄輝は少しだけ安心する。
「……駿はどこだ?」
けれど教室内に西村駿の姿が見当たらなかった。根拠もない不吉な予感。それを覚えた彼は、信之に西村駿の行方を尋ねてみる。
「分かんないやぁ……」
「そうか」
玄輝は期待していた自分が馬鹿だったと後悔をし、駿と同じサッカー部に所属している白澤来に聞いてみようと席を立つ。
「白澤、駿はどこだ?」
「駿……? アイツなら――いや、何でもねぇや。トイレにでも行ってるんじゃね?」
白澤は何かを言いかけたが、すぐに口を噤んで適当な発言をする。わざわざ玄輝が西村駿の心配をしなくとも、彼とは違って心配してくれる友人は沢山いるのだ。
「何か用でもあったのか?」
「聞いてみただけだ」
心配して損をした。玄輝は白澤に適当な返答をして、自分の席へと帰ることにする。
「全員、席に着け」
その丁度のタイミングで、表情が強張っている水越先生が教室に姿を見せた。二年一組の担任である水越先生は、性格がとても明るく、多くの生徒から好かれている人気の教師。
(……何であんなに怖い顔してるんだ?)
そんな水越先生が持ち前の笑顔を消失させ、険しい表情で教卓の前に立っていた。先ほど覚えた不吉な予感が、より一層強まる。
「今から話すことは……俺の独り言だと思って聞いてくれ」
水越先生が口をゆっくりと開き、生徒たちに告げた一言。
「――西村駿が亡くなった」
「……え」
その一言を聞いた玄輝は声を漏らし、何度も瞬きを繰り返して頬をつねった。
「昨夜の帰り道、トラックにはねられたと母親から連絡があったんだ」
玄輝の思考はピタリと停止する。西村駿が死んだという事実。関係が悪いとはいえ、西村駿とは共に過ごしてきた時期は長い。だからこそ信じられなかった。
(……嘘、だろ)
サッカー部のエースで生徒会役員。人脈も広く、人気者。人生勝ち組だった西村駿が、玄輝の前から消えてしまったのだ。
「悲しいことだが、西村の代わりになる学級委員を決めなくちゃならない」
「……は?」
生徒が亡くなっている。それなのに水越先生は、次の学級委員を決めようとしていた。これには玄輝も、それなりの大きさで声を上げる。
「木村玄輝くんがいいと思います」
「おい……!」
それに便乗するように、真っ先に手を挙げたのは金田信之だった。空気の読めない彼を、玄輝は背後から睨みつける。
「西村駿くんと幼馴染だった玄輝くんが、一番適任だと思うんです」
「そうだな……!」
「頼むぞ玄輝!」
信之が述べた意見に賛同するように、クラスメイトたちは次々と声を上げる。
「…何でそれを知って」
玄輝は、智花の時と同様に違和感を覚えていた。幼馴染という関係性。それを知っているのは、玄輝と西村駿のみ。しかしどこで露呈したのか、クラスメイトたちはその関係性を把握しているかのように見えたのだ。
「木村、やってくれるか?」
「は、はい……」
クラスメイトたちの注目を浴びた玄輝は、威圧感のあまり学級委員の役目を請け負ってしまう。
「玄輝、これから二年一組を頼むぞ!」
「よろしくね玄輝くん!」
教室内は拍手の音で包まれた。とてもじゃないが、クラスメイトが亡くなっている雰囲気とは思えない。
(何が起きてんだよ……)
玄輝は不気味に感じ、神凪楓の方へと視線を移す。拍手をしていない、というより西村駿が死んだことさえ興味がないようだ。彼女は普段通りノートに何かを書いているだけだった。
「なぁ玄輝!」
「玄輝くん!」
朝のホームルームが終わると、クラスメイトたちが玄輝の元へ続々と集まる。妙に馴れ馴れしい声の掛け方に、玄輝は思わず鳥肌が立ってしまう。
(これじゃあ……まるで……)
今の自分の立ち位置が
「聞いてくれよ。駿のヤツ、昨日の体育の時間でシュートボールを外したこと監督にバレたんだ。そんでレギュラーから降ろされたんだよ」
白澤来が周りにいるクラスメイトたちに聞こえるよう、わざと玄輝に大声で伝えてきた。体育の授業でシュートボールを外した程度のことで、レギュラー降板なんてあり得ない。
「ざまぁないぜ。ていうか俺、アイツ気に食わなかったんだよね」
「分かるー! 何か気取りすぎだよね!」
その話を聞いたクラスメイトたちが、一斉に西村駿の悪口を言い始める。死人の悪口を平然と口走る光景。それを見た玄輝は目を丸くしていた。
「ほんまそれ。ギターも自分を目立たせようと、わいの演奏の邪魔するし」
「サッカー部でも『毎回シュートは俺が決める』みたいなスタンスで前に出てくるからうざかったぜ。だからオレが昨日のこと、監督にチクってやったんだ」
「おん、ナイスや白澤」
西村駿の親しい友人までもが、悪口をぐちぐちとぼやく始末。これには流石の木村玄輝も、黙ってはいられず、
「お前らおかしいだろ……!? 駿は死んだんだぞ!? どうして今になってそんなことを言えるんだ!?」
そう叫びながら、周りにいる生徒の口を閉じさせようとした。だがクラスメイトたちは、一向に西村駿の悪口を止めない。
「駿が死んでよく分かったね。アイツはほんとうざかった」
「分かるー」
「――"死んで清々した"」
玄輝は席を立ち上がり、教室を飛び出す。性根が腐り果てた者たちの側にはいたくなかったのだ。彼はトイレの個室へ駆け込んで、スマートフォンで西村駿に連絡をする。
「……出ろよ! 早く出ろ!! 本当は生きてるんだろ!?」
未だに西村駿の死に対して、半信半疑の状態だった。玄輝は何度もスマホの画面をタップして連絡を試みるが、相手から返答はない。
「玄輝、どうしたの? 教室をいきなり飛び出して」
「……ガッシー?」
「みんな心配してるから早く行こうよ」
個室の扉の向こうで、信之の声が聞こえてくる。玄輝はスマートフォンを制服のポケットに突っ込むと、個室の扉を開いて、信之と向かい合った。
「大丈夫? 何か心配なことでもあるの?」
「……悪いガッシー。今日は一人にしてくれ」
信之は相変わらず空気は読めないものの、クラスメイトたちのように西村駿の悪口を述べてはいない。それを踏まえて、この現状で玄輝にとって信頼できる相手は、信之しかいなかった。
(……帰りに、駿の家に寄ってみるか)
彼は帰り際に西村駿の家へ訪問しようと決めると、戻りたくはないあの教室へ、信之と共に帰ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「えぇ!? 玄輝凄いやぁ!!」
「……」
去年の年末に受けた全国模試。その結果が全国二位。玄輝は両手に持っていた模試の結果票を、愕然と眺めていた。
(……マジかよ)
当時、玄輝は問題文を読まずに適当にマークシートを塗っていたのだが…。どうやらそれが"偶然"すべて当たっていたらしい。
「全国二位って、駿より凄いぜ!」
「おまえ、天才だったんか!」
天才と称えられても、運が良かっただけとしか答えようがない。実際のところ、玄輝も未だに実感できていないのだ。過去にこんな高成績を取ったことがないこともあり、信じるにも信じられなかった。
「行けぇぇ!!」
運が良かったのはこれだけじゃない。次の時間の体育。内容は昨日と同じサッカー。前までずっとディフェンダーだった玄輝は、成り行きで"駿"の代わりに前線のフォワードとして起用されたのだ。
「うおおぉ!! 玄輝がハットトリックを決めたぞ!」
動けるはずもないと思い込んでいた玄輝。しかし彼の身体は自然と動き出し、気が付けば相手を何度もドリブルで抜いていた。
「お前すげぇな! 俺にもシュートを決めさせてくれるなんて、駿とは大違いだぜ!」
更に敵の動きが手に取るように読めるので、白澤に上手く指示を出して、シュートを決めさせることも出来ていたのだ。
「そうだ! "駿の代わり"にサッカー部に入ってくれよ! 玄輝なら絶対にレギュラー入りだぜ!」
「や、やめておく……」
興奮した白澤がサッカー部に勧誘をしてきたが、玄輝は元々剣道部に所属しているため、それを引き気味に断る。そして彼は何かが上手くいく度に、底知れぬ違和感を徐々に強めていく。
「あの先輩だよ。ほら噂の……」
「えっ!? 話しかけてみようかな」
時間が経てば経つほど、学校内で玄輝の噂が広がっていた。後輩や先輩からも声をかけられ、関係を深めるきっかけを多く作らされる。校内で木村玄輝という生徒はたった一日で"人気者"となった。そう――まるで"西村駿"のように。
「玄輝ー! 一緒に帰らない?」
「ごめん、今日は用事があるんだ」
優菜とも今更ながら仲良くなり、校門前で一緒に帰らないかと誘われる。けれど西村駿の家を訪ねるために、彼女へ嘘をついて、その場から逃げるように駆け出した。
(確か、こっちだったよな……)
西村駿の自宅は真白高等学校に近い場所に建っている。通学路の途中にひっそりと佇む一軒家。母親と駿の二人で暮らしており、玄輝と同じ"母子家庭"だった。
「な、なんだよこれ……」
彼は立ち止まり、目を疑った。自分の知っている駿の家とは、大きく違ったものがそこに建っていたからだ。
「誰がこんな酷いことを……」
一言で表すのなら"酷い有様"。ポストには『死ね』『消えろ』という紙が貼り付けられているだけでなく、中庭にはゴミが捨てられ、窓ガラスも面影も残さず砕け散っていた。
「――て」
「声……?」
女性の声が家の玄関から微かに聞こえてくる。彼は足音を立てないよう、玄関の入り口まで近づき耳を澄ませてみた。
「――けて」
まだハッキリとは聞こえない。ならばと彼はポストの隙間に顔を引っ付け、家の中を覗いてみる。
「たすけてたすけてたすけてたすけてたすけて――」
「――」
そこにはぼさぼさの髪の女性が、家の壁を爪でがりがりと引っ掻いていた。爪は所々剥がれ落ち、口から泡を吹いている。
「……っ!!」
玄輝は口を押さえ、声を出さないように堪える。そして足音を立てないように、家をゆっくりと離れる。
(あの人は、あの人は絶対……!)
敷地外に出た途端、彼は全速力で駆け出した。玄輝はあの女性の正体を分かってしまったのだ。
(――駿の母さんだ!!)
そう、あの女性は駿の母親。一人息子の西村駿が亡くなり、自宅へあんな仕打ちをされ、完全に精神が崩壊してしまっている駿の母親だった。
「こんなの、酷すぎるだろっ……!!」
昨日までは"つまらない"と感じていた現実。それが何の予兆も無しに、ここまで変わり果てる。この時、木村玄輝はやっと確信する。
「この世界は――狂っている!!」
母親と会うことさえ恐怖を覚えていたため、彼は気が付かれないように忍び足で玄関前の廊下を歩く。
「……何なんだよ」
自分の部屋まで辿り着くと、少しだけ気持ちが楽になり、糸が切れたようにベッドへと倒れ込む。
(こんな世界、おれは望んでいない……)
ナニカが狂っている世界。まともに話し合える人物を探さなければならない。玄輝は誰かいないかとしばらく考え、
「そうか、トラだ」
思い当たる人物が一人だけいた。その人物は神凪楓。彼女は西村駿の死に興味を示さず、いつものように机に向かって勉強をしているだけ。それに悪口も口走ってはいなかった。
「声を、掛けてみるか……」
明日の朝は普段よりも早く家を出ることにする。そして目を瞑りながら、こんな最悪の一日が早く終わってほしいと強く願い、眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「智花は、いないな」
智花が迎えに来ることを予期していた玄輝は、三十分ほど早く目を覚まし、母親にも黙って学校へと向かっていた。これだけ早ければ、クラスメイトとも出会うこともない。
「頼むぞトラ……。いつも通りでいてくれよ」
神凪楓は誰よりも早く教室に来ている時が多い。真面目なのか、それとも別の理由があるのかは分からない。けれど今日は、その神凪楓の習慣に救われようとしていた。
「……トラ」
二年一組の教室に辿り着けば、やはりそこには神凪楓がいる。玄輝は一呼吸入れて、彼女の元へと駆け寄った。
「なあトラ。話を聞いてくれ」
「……」
シカト。いつもと同じくノートを見つめるのみ。学業の邪魔はしたくなかったが、今は一刻も争う状態。引き下がるわけにはいかず、無理やり話を続けようとする。
「昨日からずっと何かがおかしい……! こんなの現実だとは到底思えない!」
「……」
「お前だけなんだ! 唯一まともなのは……!」
訴えかけても、彼女は微動だにしない。玄輝のことよりも、自身のことを優先し続ける。
「……」
「なあ、頼むから聞いてくれよ!」
一向に反応を示さない神凪楓。彼はその態度についイラっときて、彼女が右手に持っているペンを取り上げた。
「……!」
「これで少しは聞く気にはなっ――」
ふと彼女のノートに視線を移せば、玄輝は言葉を止め、
『木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝木村玄輝』
「う、うわぁぁああああーーっ!!」
楓のペンを手放し、叫び声を上げながら尻餅をついた。自分の名前がびっしりと敷き詰められているノート。楓は落ちているペンを拾うと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ずっとずっとずっとずぅーっと……私はあなたのことを考えていたの」
「あ、あ、あぁ……」
「あなたのことが好きで好きで好きで好きで好きなの。あなたのことを愛して愛して愛して愛しているの。二人で子供を作って、幸せに、幸せに暮らしましょ?」
制服を一枚ずつ脱ぎ捨てていく神凪楓。玄輝は恐怖のあまり中腰になりつつも、教室から勢いよく飛び出した。
「誰か、誰かいないのか!? おれだけがまともなのか!?」
彼は何が正常で、何が異常なのかが分からなくなる。とにかく声を荒げ、外の廊下を走り回っていれば、
「玄輝、おはよう」
片方の頬だけを引き攣るような笑み。それを浮かべた金田信之が、玄輝のことを待ち構えていた。
「お、おまえも……」
「ヤァ、どうしたんダイ?」
「あっ……あぁぁああ……!!」
唯一無二の友人も異常者。玄輝は絶望の淵に追いやられながらも、近くの男子トイレへ駈け込むと、個室に籠り鍵をかけた。
「玄輝どうシたノ。教室ヲイキナリ飛び出しテ」
(何だよこれ!? どうしてみんなみんなおかしくなって……!)
「みンナ心配しテるかラ、早くイコうヨ」
何度も心の中で「来るな」と連呼するが、足音が止まる気配はない。玄輝は理解していた。信之があの狂った教室へ連れて行こうとしていることを。もし連れていかれれば、もう二度と正気を保っていられないと。
「ヤァ、ヤァ、ヤァ!!」
(来るな来るな来るな来るなぁぁ……!!!)
「逝コウよ、逝コウよ、逝コウよ、逝コウよォォォーー!!」
何度も扉が叩かれ、個室の古い鍵が瞬く間に破壊されてしまう。ギシギシと音を立てながら、ゆっくりと扉が開かれていく。
(どうしてこんなことになった……? おれが悪いのか? あぁ、おれが悪いんだろうな。つまらないと言っていたから、誰に対しても非協力的だったから……。こんなワケの分からない死に方をすることになったんだ)
玄輝は目を瞑り、右手を自身の胸に当てる。そして自問自答を繰り返しつつ、死ぬ覚悟を決めたのだが、
「邪魔」
「ヤッ!?!」
女性の声と信之の呻き声。それが同時に聞こえてきた。彼は何が起きたのかと少しずつ閉ざしていた瞼を開けてみる。
「それは自問自答じゃなくて――愚問愚答よ」
その先に広がっていた光景は、制服の上から黒のパーカーを羽織った神凪楓が、金田信之の首元を片足で踏みつけ――息の根を止めているものだった。
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