第6話『現実逃避はダメなんですか?』

 

「ガッシー、帰ろうぜ」

「いいよ」


 大変な一日を終えた木村玄輝は金田信之に声をかける。転校生の二人は、神凪楓と連絡先を交換したり、西村駿たちと関係を築き上げたりと大忙しだったようで、表情に若干の疲れが見えていた。


「僕も転校生と仲良くできればいいなぁ……」

「まだそんなこと言ってるのか。あいつらと関わるとロクなことがないぞ」


 二人の帰り道は途中まで一緒。帰宅路を数分ほど歩き、十字路で別れることになる。転校生に興味を示す信之を、今度は自分の家に誘ってみるか…と考えながら、玄輝は下駄箱で靴へと履き替えていた。


「どうしてそう思うの?」

「何となくだ。どうもあの二人は胡散臭い」

「そうかなぁ……?」


 転校生の話題を上げつつも、十字路までの道を二人で歩いていれば、


「おぉ、そこのお二人さん。ちょっといいか?」

「……!」


 玄輝と信之は、黒の制服を着た男子生徒たちに絡まれた。耳にピアスを開けたり、髪色を派手な色に染めている。玄輝は"紫黒高等学校しこくこうとうがっこう"の不良だとすぐに悟った。


「すいません、おれら急いでいるんで……」

「そんな寂しいこと言うなよ? ちょっとぐらい話そうぜ?」


 関わるのを避けようと試みるが、周囲を数人に囲まれてしまったせいで、上手く逃げ出せない。二人は周囲の目に当たらないよう、人通りの少ない裏路地へと連れていかれる。


「今日は見たい番組があるんだけど……」


 信之は何が起きているのかも分かっていない。辺りをきょろきょろしながら、言われるがまま後をついていく。


「お前らってさ、真白高等学校の生徒だろ? なら"これ"とかたんまり持ってんじゃないの?」

「少しぐらい俺らに寄付してくれてもいいんじゃね~?」


 紫黒高等学校、この高校は底辺中の底辺に位置する学校。風紀は乱れ、暴力事件は毎日のように起こり、就職率も最悪。つい最近、植物状態の生徒も多数続出したという噂も聞いていた。


(最悪だ……)


 しかも真白町の隣の"紫黒町しこくちょう"に紫黒高等学校が建っているのだ。取り壊すか移動させるかを、真白高等学校の理事長が役所へ申請を出していたが、未だにそうなる様子は見えない。


「お金なんて持ってませ――」

「え、でも今日は給料日だって……」

「お前はいちいち余計なこと言うな!」


 空気が読めない信之を玄輝が怒鳴りつけた。


「嘘つくんじゃねぇよ!」

「うぐっ……!?」


 ――その瞬間、二人を囲んでいる不良の一人が玄輝の事を殴り飛ばした。コンクリートの地面に倒れた玄輝。彼の腹部に、何発も蹴りを入れていく。


「うわぁーー! 何するのっ……!?」


 信之も羽交い絞めをされ、不良たちのサンドバッグにされてしまう。


「エリート気取ってるくせして軟弱なんだなぁ!?」

「この"ガリ勉"野郎どもが!!」


 今までは現実に対して、嫌悪感を覚えていただけの玄輝。しかし今この瞬間から、彼にとって"現実"に生きる価値を見出せなくなる。


(クソクソクソクソクソッ……!!!)


 自分ばかりどうして不運に見舞われないといけないんだ、と理不尽な世界に心の中で何度も反吐を吐く。


「――"エリート気取り"じゃないね。あたしらは"エリート"だ」


 二人が不良たちに好き放題されていれば、女子生徒の声が響き渡る。


「何だお前らは? 雌どもが集まって、こんな場所に売春でもしに来てんのか?」


 玄輝は声のする方向を見てみると、黒百合含めたあの先輩たちがそこに立っていた。


「わたくしたちを見て逃げ出さないということは……。あなた方、紫黒高等学校に入学したての新米ですわね?」

「あぁん? だったら何だってんだよ?」


 霧崎真冬が不良たちと向かい合い、ボイスレコーダーを取り出して、こう喋りだす。


「刑法二百四十九条。条文、人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する」

「は? テメエ何言ってやが――」

「刑法二百四条。条文、人の身体を害する傷害行為をした者は十五年以下の懲役、又は五十万円以下の罰金で処する」

「何を訳の分からないことを言ってるんだテメェはぁ!」


 喋りを止めない真冬に、不良の一人が掴みかかろうとするが、


「"ねんね"してな」

「うっ……!?」


 柏原瑞月がその不良の後ろ首に手刀を入れ、気絶させる。手刀で気絶をさせられるのは、"武術の達人"にしか成せない技。仲間の不良たちは、それを目撃して思わず後退りをしてしまった。


「この程度の常識も知らないなんて、底辺中の底辺はこれだから嫌だ。お前たちはそんなんでよく生きてられるね」

「だ、誰なんだよテメェらは!?」

「わたくしたちはこの真白町の"五奉行"。よく覚えておいてくださる?」


 五奉行とは、真白町の治安を保つために黒百合たちが結成した政務。このように紫黒町から紫黒高等学校の不良たちが、流れてくることも少なくはない。真白高等学校の生徒たちが被害に遭わないよう、彼女たちは夕暮れ時になると街中を徘徊していた。


「その人生を棒に振りたくなかったら――ここから失せな」

「ひ、ひぃぃっ!!!?」


 瑞月に睨まれた不良たちは、気絶した仲間を放って一斉に逃げ出していく。


「……底辺は底辺らしく、地面に這いずり回っていればいいですわ」


 その後ろ姿を嘲笑うように眺めていた黒百合は、ボソッとそう呟く。そして、倒れている木村玄輝と金田信之の側まで歩み寄り、手を差し伸べることもせず、ただ見下していた。 


「あなた方は、本当に世話が焼けますわね」

「あんな根性も無い連中に負けるなんてね、本当に呆れた。私だったら、もう二度と学校になんて顔を出せない」


 黒百合たちは、玄輝と信之へ軽蔑の視線を送る。二人は彼女たちに何も言い返せないまま、地面に這いつくばっていた。


「あんたも"昔"っから、全然変わらないね。いつもいつも"いじめられる側"だ」

「……」

「まぁいいさ。あんたは一生"弱者"のままいればいい」


 柏原瑞月は金田信之にそう言葉を吐き捨てれば、踵を返して表路地を出ていく。その後を黒百合たちも続き、裏路地に残されたのは玄輝と信之だけ。


「くそくそくそぉ……!!」


 惨めな格好で地面に横たわる自分が情けなく感じ、玄輝は思わず悔し涙を流してしまう。


「玄輝……! どこに行っ――」

「うるせぇっ!!」


 彼は信之に叫び、転がっている鞄を拾い上げ、全力で走り出した。


(ふざけんなっ……! どうしておれがっ、こんな目に遭わなきゃいけないんだっ……! こんな"現実"、今すぐ消えちまえばいい……っ!)


 一人の青年は――"この現実"と"自分"が"嫌い"になる。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「おかえり玄輝」


 母親が優しく出迎えてくれているというのに、玄輝は視線を合わせることもなく、無言で二階にある自分の部屋へ直行する。


「もう何もかもがどうでもいい……! 学校も、友人も、将来も何もかも――"嫌い"だ!!」


 彼はベッドにある枕へ顔を埋め、大声で自分の心を叫んだ。


「玄輝ー! どうしたのー!?」


 下の階で母親が呼びかけるが、今は顔を合わせたくない。こうして時間が過ぎてゆくのを待っていること。ただそれだけが、"有意義"だと玄輝は徐々に感じ始める。


「眠っている間に、こんな世界消えちまえ……!!」

 

 玄輝は静かに目を閉じた。自分が頼れるのは、何でも思い通りにいく"夢の世界"だけ。現実ではできないことも、"想像"すれば何でもできる。玄輝は土に汚れた制服で、掛け布団の中へと潜り込めば、 


「ならばその体――"我"が貰い受けよう」

(…え?)


 母親とは違う野太い声。それが耳元に聞こえてくると、玄輝は急に睡魔に襲われてしまい、夢の中へと落ちていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「雫、何で急に校内を探検したいなんて言い出したんだ? 学校探検は小学生までの暇つぶしだろう」


 雨空霰は雨氷雫が「校内を見て回りたい」と駄々をこねたことで、疲労した体を引きずりながら、彼女の隣を歩いていた。


「把握しておきたいだけ。何が起きてもいいように」

「お前……ネットで"オカルト話"でも見たんじゃないだろうな?」

「違う」


 雫はキッパリと否定し、前へ前へと歩みを進めていく。そんな彼女を横目に、霰は大きな溜息をついていると、


「おっ、もしかして雫と霰か?」

「……絢と村正」


 進行方向に、月影村正と朧絢が姿を見せた。疲労困憊で不機嫌そうだった霰の表情が、二人を見つけて更に険しくなる。


「霰、印象が悪いぞ」

「印象良く振る舞う必要がないからな」


 表情に関して指摘をする村正。霰は鼻で笑いつつ、そう返答をする。


「霰も雫も久しぶりだなー! "この世界"では初対面か!」

「……そうかも」


 雨氷雫・雨空霰、朧絢、月影村正。四人は顔を合わせると、どこか懐かしむ様子で、言葉を交わしていた。


「その"なり"で高校二年生はキツイんじゃないのか?」

「いいや、全然バレていない。クラスメイトの誰もが俺と雫のことを高校生だと信じ切ってるよ」


 霰と雫は真白高等学校の学生手帳を、二人に見せつける。


「お前たちの方こそ、"高校三年生"として上手くやってるのか?」

「どこかの"アホ"が生徒会の"書記"を務めているせいで、上手くはいっていない」

「絢……私たちは"前の世界"で『目立たないように生活する』って約束したはず」


 朧絢が雫に問い詰められた瞬間、後方の廊下の角を誰かが曲がってきたため、四人はそちらへ視線を向けた。


「生徒会長……。いや、"東雲桜"か?」

「……"この世界"にも」 


 そこから歩いてきたのは東雲桜。この真白高等学校の生徒会長。四人共、歩く桜の姿を見ながら、その場で硬直してしまう。


「……?」


 彼女は注目を浴びていることに首を傾げ、自分の身だしなみを確認し始めた。四人共全員、東雲桜から視線を逸らして、通り過ぎるのを待つ。


「……ま、こういうことだ」


 桜の姿が見えなくなったタイミングで、朧絢は"答え"を示すように雫へそう言った。

 

「まだ引きずっているのか…」

「そりゃ引きずるさ。あの一件は、もう二度と忘れられないぜ」

「……お前なりの"償い"、ってわけか」


 長ったらしい文章が記載されたプリント。霰はそれが足元に落ちていることに気がつき、それを拾い上げる。


「そういえば村正、二年一組に"神凪楓"がいた」

「……アイツが?」

「あぁ、性格はそっくりだったが……俺たちの知っている神凪じゃなかったよ」


 村正は霰から"神凪楓"の話を聞き、やや右下に視線を落とす。


「それを俺に伝えてどうする?」

「別にどうもしない。ただ"この世界"にも、神凪がいたことを伝えたかっただけだ」

「……どうだか」


 霰と村正はじっと見つめ合う。二人が向けるのは、相手の真意を探ろうとする真っ直ぐな視線。 


「村正、この世界でも"目つき"が悪いな」

「お前の性格の悪さよりはマシだ」


 二人は若干挑発交じりの会話を行えば、頬を緩ませ微笑した。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「さっきの先輩たち、どうしたんだろう……?」


 東雲桜は廊下に集合していた四人組を思い返しながらも、生徒会室の扉を開く。


「やっぱり、汗ぐらいは流してきた方が良かったかなぁ……」


 桜はテニス部の練習を終えたばかり。普段ならば、練習終わりは必ず部室のシャワールームで汗を流していた。しかし生徒会の仕事が溜まりに溜まっているせいで、その時間を取れず、すぐに制服へ着替え、部室を出てきたのだ。


「……これだと、臭うよね?」


 汗が制服に染み付き、最悪の状態で仕事に取りかからなければならない。唯一の救いは、生徒会室は冷房と暖房が完備しているということ。


「冷房全開にしとこっと」


 冷房の風量を最大まで上げた後、桜は生徒会長の座席へ腰を下ろし、束となったプリント類を一枚ずつ確認し始めたのだが、


「……あれ?」


 "全体行事"の詳細が記されたプリント。それが一枚抜けていることに気がつき、引き出しの中や、積み上がっている書類の最下層を探し出す。


「どうしよう……」


 その一枚は、生徒会の仕事を進めるために欠かせないもの。東雲桜は「仕方ないよね」と席から立ち、職員室に向かおうとした。


「……東雲、もういたのか」

「あっ、西村くん」


 生徒会室の扉が開き、部活終わりの西村駿が姿を現した。


「行事に関する書類が落ちていたぞ」

「ホントに!?」


 ついさっきまで探していた書類を彼が持っていたことにより、桜は声を上げて駿の側まで駆け寄る。


「良かったぁ。どこに落ちてたの?」

「生徒会室の前だ」

「そ、そうなんだ!」


 その書類を受け取りつつも、それに気が付かなかった自分のことを恥ずかしく思い、視線を他所へ逸らす。


「この量は……学校が閉まるまでに、半分片づけられたらいい方だな」


 西村駿は、桜の席に積み上げられた書類を一枚ずつ手に取って目を通す。


「ごめんね西村くん……。わたしのせいで仕事が溜まっちゃってて…」

「気にするな。東雲のせいじゃない」


 生徒会の仕事が溜まっている理由。それは黒百合玲子たちが、生徒会に所属しているにも関わらず、全く仕事をしてくれないからだった。


 朧絢は桜がいない時に、西村駿の手伝いとして協力をしてくれている。けれどそれだけでは手が回るはずもなく、捌き切れなかった波はすべて東雲桜へと押し寄せてきているのだ。


「わたし、先輩たちと仲良く過ごせると思ってたのになぁ……」

「それは俺も同じだ」


 元々生徒会長は神凪楓の兄である神凪零が務めていた。その時期は黒百合たちも争うことなく、生徒会を運行させていたのだが、彼が植物状態として入院を始めれば、状況は一変してしまう。


「やっぱり黒百合先輩に、生徒会長を任せた方が良かったんじゃ……」

「いいや、東雲が生徒会長で良かったよ」


 空席となった生徒会長の席を誰が務めるのか。それを決めるために、大規模な選挙が始まった。当時、一年二組だった東雲桜は生徒会長となって、この真白高等学校をより良いものにしたいと考え、立候補をする。


 勿論、黒百合玲子も副会長として、生徒会長の座を得るために立候補をした。最終的に辿り着いたのは、"東雲桜"・"黒百合玲子"の二大巨頭での校内投票。結果は僅差で東雲桜の勝利。その日から、生徒会長の席は東雲桜のものとなった。


「でも、わたしは一組じゃなくて二組だから……」


 しかし生徒会長とは、優秀な生徒が務めるべき役職。東雲桜はトップではない二組の生徒だ。そもそも二組の生徒が生徒会長を務めることは異例であり、黒百合たちはそれを断固として認めない。だからこそ彼女たちは何度も教員たちへ抗議をした。


「選挙は"優秀"かどうかで有利になるものじゃない。人望が厚いかどうか。東雲は黒百合先輩よりも、多くの生徒に応援されていたんだ」


 選挙において、投票の結果は真実。黒百合たちの抗議は残念な結果となり、今の生徒会が出来上がる。


「俺は票を東雲に入れた。だから自分に自信を持て」

「……そうだよね!」


 西村駿に励まされ、少しだけ元気を取り戻した東雲桜。彼女は自分の頬を軽く叩いて、気合を入れる。


「わたしのことを応援してくれるみんなの為に、頑張らなきゃ!」


 やる気に満ち溢れた桜。駿は彼女の姿を暖かい目で見守りつつ、溜まっている仕事に取り組むことにした。 

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る