第4話『転校生は人気者になれますか?』


「おはよー玄輝」

「ああ、おはよう」


 次の日の朝、ソーシャルゲームで遊んでいる優菜と普段通りの挨拶を交わす。玄輝は昨日の帰りに信之と連絡先を交換し、見たかった音楽番組を互いに実況し合いながら、深夜の時間を満喫していた。それが原因で眠気に襲われている玄輝は、授業が始まる前に少しでも仮眠しようと自分の席に向かう。


「うおっ!」

「――!」


 しかし眠気による注意力の低下により、たまたま前を通り過ぎようとした楓と衝突してしまう。ぶつかった衝動で、楓が抱えていたプリント類が床へと散らばってしまった。


「……」


 楓の表情がみるみるうちに強張っていくと、玄輝はすぐさま地べたを這いずり、プリントを回収し始める。朝から自分自身の不運を呪い、拾い集めたプリントをまとめ終えれば、


「悪い、許してくれ!」

「……」


 精一杯頭を下げてそれを手渡した。玄輝の姿が楓にはどう見えたのか。彼女は玄輝が手に持っているプリントを黙って受け取ると、窓際の方へ歩いていく。彼は"許して貰えた"と一安心し、自分の席へと腰を下ろした。


「アイツ、ほんまに腹立つよな」


 それを見兼ねたキノコヘアの男子生徒が関西弁を効かせて、これ見よがしに玄輝に声をかけてくる。


「まぁ、おれの不注意が原因でもあるから仕方ないだろ」


 先ほどの出来事の否は自分の不注意にもある、と彼はキノコヘアの男子生徒にそう伝えたのだが、


「せやけど、拾ってくれたのにお礼の一つもしないなんて常識知らずにも程があるやろ」


 その意見を批判した。しかしよく考えれば、あそこまで必死にプリントを拾ったり、頭を下げたり、そっちの方が相手に失礼だったのではないか。そんな多少の後悔をしつつも、玄輝はキノコヘアの男子生徒の方へ身体を向ける。


「アイツにはほんまに気を付けた方がええで」


 何が気に入らないのか、その生徒はかなり楓の事を嫌っている様子だった。玄輝にとって神凪楓は『百聞は一見に如かず』という言葉通り、噂を聞いているだけじゃ本当のことは分からないと思っている。


 普通に接してみれば、案外優しい性格なのかもしれない。けれどその真意を確かめる度胸など、彼には到底なかった。


「わいの名前は波川 吹なみかわ すいや。よろしくな」

「おれは木村 玄輝きむら げんき。よろしく」

「そのリストバンド"UVER MOND"のやろ? わいも知ってるで」


 玄輝は自分の手首に付けてあるリストバンドへと視線を向ける。昨日からこのリストバンドがきっかけで、金田信之に声を掛けられたり、今日は波川吹に声を掛けられと話し相手を増やすことに成功していた。彼は「買ってよかった」、と心の中でガッツポーズを決める。


「お前、あの曲聞いたか? 昨日配信された――」

「吹、ちょっといいか」

「おん、なんや?」


 だがしかし、楽しい会話を始めようとした途端に、西村駿がそこへ割り込んでくる。狙っているのか、狙っていないのか……。昨日も今日も話の邪魔をしてくるため、玄輝は軽く舌打ちをする。


(ほんっとつまらねぇ……)


 そして、逃げるように本を鞄から取り出し、昨日の続きから読み始めた。


「軽音楽部のステージ発表について話があってな」

「は? お前サッカー部じゃねぇの?」


 サッカー部に所属していることは知っていたが、軽音楽部に所属しているとは知らない。玄輝は驚きのあまり、思わず口を挟んでしまった。


「ああ、言っていなかったか? 俺はサッカー部と軽音楽部を掛け持ちしているんだ」

「はあ、お前それ本気かよ? 掛け持ちなんて自分の時間も作れないだろ」

「構わない。高校生活が自分の時間みたいなものだからな」 


 生真面目と大馬鹿は紙一重。玄輝はそんな言葉が頭の中に浮かぶと、若干心配していた自分がアホらしくなり、すぐに本を開く。


「…そんで、話って何や?」

「今度のステージ発表、俺と組んでくれないか?」

「ええで、丁度ギターがおらんかったし。こっちで集まっているメンバー紹介するわ」


 目の前で西村駿と波川吹が交流する光景を見せつけられ、玄輝は怒りが込み上げていた。駿は今日の朝にクラスへやってくる"二名の転校生"と"神凪楓"以外とは、既に親交を深めている。


 それに対して、未だに二人のクラスメイトとしか話せていない木村玄輝。彼は西村駿と自分の"差"が広がっていくように感じてしまい、余計苛立ってしまう。


「玄輝、昨日の番組面白かったね」

「ガッシー……」


 二人が練習日の話をしながら、玄輝の席から去っていく。するとそれを見計らって、金田信之が隣りの空いている席へと座った。


「なぁ、どうして俺とアイツはこうも違うんだろうな」

「それって駿と玄輝のこと?」


 幼稚園の頃は、玄輝も駿も同じスタートラインに立っていた。小学校に上がると駿が一歩先へと進み始め、中学校では学年が上がる度に二歩、三歩と先へと進んでしまうのだ。


 そして今ではもう、何歩先を進んでいるのかさえも見えなくなっている有様。この高校でさえ、かなりギリギリの成績で入学をしていた木村玄輝は、何をしても追いつけない虚無感に浸っている状態。


「確かに、玄輝と駿は天と地の差があると思うよ」

「…時折、お前のその正直さを恨みたくなるな」

「でも玄輝は玄輝だよ。駿と同じ道を歩いてもつまらないでしょ。玄輝は玄輝の道を歩かなきゃ」


 金田信之なりの慰め方。木村玄輝という人間と西村駿という人間は違う。正論をぶつけられた玄輝は「確かにその通りだ」と納得をし、話を音楽の話へと切り替えた。


(おれは、おれってことか……)


 西村駿が表の存在なら木村玄輝は裏の存在。同じ道を辿ってきた表裏一体の関係に等しい。裏には裏なりの正当なやり方がある。信之はそう伝えようとしているのだろう。


「そういえば、さっきトラに謝ってたけど何したの?」

「おれの不注意でちょっとぶつかっただけだ」 

「へえ、トラって本当に怖い人なの?」


 玄輝からすれば、その辺にいる不良共と同等に怖い存在だった。何よりも真実か虚偽なのかどうかがハッキリしていないことも相まり、"不明"となっていることに恐怖を覚える。


「さあな。話しかけてみないことには分からないさ」


 微塵も楓の話を知らない玄輝は、肯定も否定もできないので曖昧な返答をする。彼は、足元に埋められているものが地雷だと分かっていて、わざわざ踏みに行きたくはないのだ。


「なら、ちょっと話しかけてくるね」

「おい待て……!」


 けれど、金田信之はその地雷を踏みたいのか、神凪楓に躊躇なく声を掛けに向かう。勉強の最中だった楓は、信之に邪魔をされ少々機嫌が悪そうだ。


「やぁ、僕は金田信之。皆からはガッシーって呼ばれてるよ」

「……」

「トラっていつも勉強してるけど、それが趣味なの?」


 その根拠としてペンを持っていない方の人差し指が、机をリズミカルに叩いている。信之と話をすればするほど、そのテンポが速くなっていく。玄輝はこのままだと、金田信之が病院送りにされるかもしれないと焦り、

 

「おいガッシー! 俺の連れションに付き合えよ!」


 すぐに席を立ち上がった。そして不自然さが垣間見えないような言葉を選びつつも、信之の制服の襟元を掴んで教室の外へと連れて行った。


「何をするの玄輝……!?」


 信之はその最中で叫んでいたが、生命の灯が一つ消えるよりはマシだとそのまま無視して引っ張っていく。


「……お前は馬鹿か!? どう見てもトラのやつイラついていただろ!」


 男子トイレで、玄輝が信之に怒鳴り声を上げる。信之はなぜ怒鳴られたのかが理解できていないようで、困った表情で玄輝の顔を見つめていた。


「え、そうなの?」

「地雷は大爆発しかけていたんだよ! いいか、アイツを怒らせたら終わりだ!? これからは絶対トラに関わるなよ!?」 


 玄輝は信之の世話係となりつつあることに不満を覚える。頭のネジが一本外れているのではないかと疑うほど、金田信之は稀にあのような奇行に走るのだ。下手な猛犬よりも躾が大変だろう。


「でも、トラのノート凄かったよ。僕にも分からない数式ばかり書かれてた」

「そりゃお前さ。アイツは考えも知能も底知れないからそれぐらい当たり前だろ」

「後はノートの右下に小さく木村玄輝って書かれた」

「そりゃお前さ。おれだって誰かからモテることだってあっ――」


 そう言いかけた木村玄輝は、すぐに信之の両肩を力強く掴む。


「どうしたの玄輝?」

「……それ本当か」

「うん、書いてあったよ。木材の木に、村長の村、玄関の玄に輝度の輝で木村玄輝――」


 玄輝の頭の中が真っ白になる。その反面、心臓の鼓動が早くなっていたのは意識されているという"焦り"、反感を買っているのではないかという"恐怖"。そして何よりも、あの神凪楓が自分に想いを寄せているのではないか……そんな"期待"を抱いていたからだ。


「ガッシー。朝のホームルームが始まるから教室に戻るぞ」

「え、用足してないよね? このままだと漏らしちゃうよ?」

「漏らさないから大丈夫だ。それよりも、お前の方こそ絶対に今の情報をおれ以外のやつに漏らすなよ?」


 神凪楓は真白高等学校の影のマドンナ。モデルの智花よりも劣るが、その容姿は決して悪くはない。このチャンスとも危機とも取れる機会。今まで恋愛経験ゼロの人生を歩んでいた玄輝は、かなり慎重になっていた。


「えぇ、どうして……」

「うるせえ。とにかくこの事を誰かに話したら、お前とは絶交だぞ」


 理解力に乏しい信之。彼に説明をしても無駄だと考えた玄輝は、口外しないように脅しをかける。脅された信之は首を少し傾げると「分かった」と約束をし、玄輝の後に続き男子トイレから出て行った。


「……そうだったのか」


 二人がトイレから出て行ったことを確認し、一人の男子生徒が個室の中から姿を現す。このとき玄輝は、トイレの個室の中で話を盗み聞きしていた"鼠"がいることを知る由もなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「全員席に着けー! 転校生の紹介をするぞー!」

「うお、やべっ……!!」


 玄輝と信之が教室に戻ると、担任の教師が教卓に立つタイミングだった。急いで着席をした玄輝は、窓際の神凪楓をチラ見すると、鞄の中からいつものように本を取り出す。


「よーし、入ってきてくれー!」


 教室の引き戸がガラガラッと音を立てれば、眼鏡をかけた黒髪の男子生徒と青髪の女子生徒が入ってくる。たったそれだけで、室内がざわめき始めていた。


「「……」」

(何だアイツら……。変な感じがするな)


 その二人はどこか不思議な雰囲気を漂わせていることもあり、生徒たちは転校生の第一声がどんなものかと待ち望んでいたのだ。過度な期待をされる二人は、教卓の前に立つと、男子生徒の方からこう自己紹介をした。


雨空 霰あまぞら あられです。クラスの皆と仲良く出来たら、なんて思っています。これからよろしくお願いします」

(……胡散臭そうなやつだな)


 雨空霰、彼の自己紹介は好青年らしいもの。しかし玄輝からしてみれば、好青年を"装っている"だけの姿に見えた。


「次は君の番だぞー」


 担任の教師は、次に女子生徒の方へ自己紹介をするよう促す。次第に彼女へ視線が集中していくと、一切視線を逸らすことも、体を揺らすこともせず、まるで人形のようにその場に立っているだけ。


「……」 


 一言も言葉を発さない青髪の女子生徒。その隣に立っていた雨空霰は、横から肘で突っつく。そんなに自己紹介をしたくないのか、彼女は溜息をつきながら、無愛想な表情を浮かべて静かに喋り始めた。


「……雨氷 雫うひょう しずく。よろしく」


 たったそれだけの自己紹介を終え、教室内が静寂に包まれる。雨空霰と打って変わって、氷のように冷たい声に人を寄せ付けない雰囲気。誰もが関わるのを難しく感じてしまう印象だった。


(目立つ髪色のくせに、根暗な性格かよ……)


 静まり返っている教室で、玄輝は心の中で毒を吐く。


「……」

「――!」


 心の声が聞こえているのか、雨氷雫の視線が木村玄輝へと向けられる。彼はすぐに俯いて、本を読むフリをし始めた。


「よろしくな、二人とも」


 西村駿が空気を変えようと、転校生二人を交互に見据えて、盛大に拍手をした。周りにいる生徒たちも、駿の意図を読み取り、彼らに歓迎の拍手を送る。 


「えーっと二人の席は、神凪の近くが空いているな。これからはそこで授業を受けてくれ」


 指示されるがまま雨空霰は神凪楓の前の席へ、雨氷雫は逆に真後ろの席へと座らされる。転校してきて早々、あの問題児に近い席となってしまった。転校生諸君に玄輝は「不運だな」と本を読みながら哀れむ。


「これからよろしく。お前の名前は?」


 けれど雨空霰は、前の席の女子生徒に挨拶を終えると、後ろの席にいる神凪楓へ躊躇もせず声を掛けた。


「神凪楓」

「……そうか、よろしくな神凪」

「よろしく」


 霰は彼女から名前を聞けば、僅かに躊躇いつつも、苗字で名を呼び挨拶を交わす。そんな彼に神凪楓は素っ気ない一言で返答して、再びノートにシャープペンシルを走らせる。


「"……"」 


 霰は楓の背後にいる雨氷雫と視線を合わせ、何かを訴えると、身体の向きを前に向ける。


「朝のホームルームを始めるぞー」


 新たな生徒迎え入れ、満足な様子の水越先生は、意気揚々と朝のホームルームを始めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



(トラが、おれの名前をか……)


 英語の授業を受けながらも、木村玄輝は金田信之の見間違いだったのではないか、と徐々に友人への疑いを掛けていた。

 

「えー、この英文の返答を――神凪」

「Snap out of it.」

「正解だ。悪いな、こんな簡単な授業で」


 神凪楓はあの西村駿と同等に、教師たちから"良い意味"を含めて一目置かれている。優秀な生徒が自分のクラスに二人いるからか「担任である俺は鼻が高い」と水越先生が自慢していたらしい。数学の教科担任の先生がそう言っていた。


(そりゃあ、喜ぶわけだ……)


 人望も厚い、サッカー部のエース、生徒会役員、人気者。この四拍子が揃った西村駿。成績優秀、運動神経抜群、何でも完璧にこなす器用さ、完璧超人である神凪楓。この二人も、木村玄輝と西村駿と同じように表裏一体の存在。


「なぁ玄輝」

「……?」


 名前を呼ばれ、顔だけ背後へ振り返ってみると、そこにはあのロン毛の白澤来が若干立ち膝になりながら、玄輝に顔を近づけていた。


「何だよ?」

「駿が昨日、トラに告白していたぞ」

「……! アイツ、本当に告白したのかよ?」

「おう、昨日トラに告白しているところを見たんだ」 


 まさか本当に告白するとは想像だにしていなかった玄輝は、西村駿の怖いもの知らずなところを、少しだけ羨ましく思ってしまう。


「……返事はどうだったんだ?」

「いや、分からん。そこまでは話を聞いていないぜ」


 白澤に聞こえないよう、軽く舌打ちする。フラれれば良かったのに、と玄輝は心の底からそう望んでいたため、この話を聞いてがっかりしていたのだ。

 

「ていうか、次の時間ってサッカーじゃね? めっちゃ楽しみ」

「……話は終わったろ」

「あの授業、"つまらない"だろ。オレと語ろうぜ」

「お前と語ることなんてねえよ」


 木村玄輝は話を幾度なく切ろうとしたが、どこまでもしつこく話しかけてくる白澤についに押し負け、先生にバレない程度に小声で語り尽くすはめになる。その結果、気が付けば授業の終わりを告げる鐘の音が、校内に鳴り響いていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「白澤、パス!」

「オーケー、決めてくれよ!」


 味方が相手の選手を引き付けるための囮となり、西村駿がフリーとなる。白澤来はそのタイミングでシュートレンジの位置へとパスを出す。砂煙が立ち込める中で、駿は相手のディフェンダーを華麗に潜り抜け、そのパスを受け取ると、綺麗なフォームでゴールを決めた。


「ナイスパスだ白澤!」

「お前もナイスシュート!」


 白澤と駿がお互いのプレーを称賛しながら背中を叩き合う。西村駿と白澤来の連携はかなりのものだ。そもそも西村駿の"フィジカル"が高いだけあって、一般的なプレイヤーが成し遂げられないことも、多少無理をすればどうにでもできる。その為、白澤来のパスが多少ずれていたところで、そこから先へ繋げることが可能だった。

 

「あー、つまんねえ……」


 大活躍の二人を、一応ディフェンダーの玄輝はただ見守るのみ。オールラウンダーな二人が揃えば、大体どうにかしてくれる。だからこそ、木村玄輝はこうして立っているだけでいいのだ。


「ガッシー必死だな」


 相手チームの金田信之が、必死に西村駿と白澤来の"ワンツーパス"に食らいつこうとしていた。しかしその努力も虚しく、易々と抜かれている。誰もその猛攻を止められるわけもない。何度もシュートを決められる相手のチームは、信之を除いて半ば諦めているようにも見えた。


「おん、わいたちはここにいるだけで勝てるんやな」


 波川吹でさえも、ゴールキーパーとしての役目を放棄し、ディフェンダーの位置にいる玄輝と駄弁る始末。転校生の雨空霰に至っては「体調が悪いから」と言って、玄輝たちのゴール横で試合を眺めているだけ。


「戦力が平等になるように、ちゃんとチーム分けしろよ……」


 体育がここまで"つまらなく"感じてしまうのは、他でもないあの二人を同じチームにした体育教師のせい。玄輝はそんな体育教師に反吐を吐いた。


「しまった……!!」

「……何だ?」


 滅多に聞かない西村駿の叫び声が聞こえ、彼のいる方へと視線を向ける。相手チームも駿たちも、クラスの女子たちが体育を終え、校内へ戻ろうとしている光景をじっと見ていた。


「アカン! あのままやと直撃やで……!」


 気合を入れすぎた西村駿の渾身のシュートボール。それがゴールを大きく逸れて、のんびりと歩いている女子たちの方角へ飛んでいく 


「間に合え……っ!」


 事故を防ぐために、駿がすぐさま走り始める。ボールの向かう先には、のほほんとした表情でおにぎりを食べる内宮智花。もし彼女に怪我でもさせれば、これからのモデルの仕事に影響が出てしまう。


「これで駿が痛い目を見るな…」


 痛い目を見てほしいから間に合うな、と玄輝は心の底から祈りつつも、事の成り行きを見守っていた。流石に足の速い西村駿でも、ここから女子のいる場所までは、本気で走っても間に合わない。


「……どいてなさい」

「きゃっ……!?」


 けれど、内宮智花の顔にボールが直撃する寸前。神凪楓が横から彼女を突き飛ばす。そして飛んできたボールを、百点満点のボレーシュートで、玄輝たちのゴールに蹴り返した。


「――」


 サッカー部のエースである西村駿のシュートボールを、ボレーシュートで蹴り返す荒業。玄輝たちはそれを見せつけられ、呆然としてしまう。


「マズイ、止まれない……!!」

「――!?」


 駿もその出来事によって一瞬だけ思考が止まっていたせいで、足を止めることを忘れ、そのまま楓に突進する。不幸なことに、ボレーシュートの余韻の蹴りで、駿は顔面を蹴り上げられてしまった。


「――駿ッ!!」

(楓が、叫んだ……?)


 鼻血を出して後頭部から倒れる駿を、神凪楓はすぐに背中へ手を回して支える。女子たちは悲鳴をあげ、男子生徒たちはすぐさま駿の元へと駆け寄った。玄輝は楓が声を荒げたことに違和感を覚えていたが…。その最中、雨氷雫はゴール前に立っている雨空霰を見る。


「ここまで蹴り返すか……」


 雨空霰は、楓の蹴り返したボールを右手で受け止めていたのだ。その光景を見ていたのは雨氷雫だけ。神凪楓さえ、雨空霰を見ていない。


「……仕方ないな」


 雫と視線を合わせた霰。体育の授業も終わりが近いため、彼はサッカーボールをかごの中に投げ入れ、教室へ戻るために雫の元へと向かった。

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