第3話『後輩いびりは酷いですか?』

「先輩方、俺たちに何の用ですか?」


 始業式も無事に終了し教室へ戻ってみれば、そこには三年一組の先輩たちが待っていた。用件を聞き出そうと先頭を突っ切って、西村駿が先輩たちへと話しかける。その先輩たちは、生徒会に所属している者しかいない。


「あなた方、本当に二年一組でして?」

「すいません、黒百合先輩。いまいち何を言っているのかが……」

「わたくしはこの学年のトップとしての器が、あなた方にあるのかを聞いているの」


 黒百合玲子がそんなことを尋ねているのには、ちゃんとした理由がある。真白高等学校は常に高い偏差値や、生徒一人一人の意識の高さのおかげで良い評判が絶えなかった。


 しかし駿の代が入学してきた時代から、保たれていた偏差値が下がり始めていたのだ。それに加え、神凪楓が暴力事件を起こしたりと評判の方も駄々下がりしていた。


「……あります」

「嘘をつかないで。もし本当にその意識があるのなら、今も必死に取り戻そうと学業に励んでいるはずでしょ?」


 松乃椿が西村駿にそう問い詰める。椿の言う通り、現時点で勉強を励んでいるのは暴力事件を起こした神凪楓のみだった。意識の低さを見せつけられた黒百合たちは、非常に不愉快そうな顔つきで教室を見渡す。

 

 逆に意識が高すぎるのではないか、と二年一組の生徒は皆そう言いたげな様子だったが、この場で反抗をすればこの事態を更に厄介にするだけ。それを十分に理解していたため、西村駿を含めた生徒たちは皆言われるがままになっていた。


「あたしらはアンタたちを認めていない。もちろん、生徒会長のあの女もね」

「もしそれを否定できるのならすればいい。まあ、お前たちには無理だろうけど」


 柏原瑞月が睨みを効かせて、クラス全体を見渡す。気に食わないと言いたげな顔をしている生徒に対して、霧崎真冬も挑発混じりの発言と同時に見下すような視線を送っていた。

 

 どちらに否があるかと言われれば、間違いなく西村駿たち側。けれどそう言われるのには、仕方のない理由があった。


 それは単純明快。黒百合玲子たちを含めた三年一組が、あまりにもずば抜けて優秀だから。本来であれば、西村駿たちの基準が一般的。だが黒百合玲子たちの世代のせいで基準のハードルがかなり上がり、西村駿たちのクラスは過度な期待をされていたのだ。


「あの世界的に有名な"鈴見グループ"の総師の一人娘、鈴見優菜。一目置かれている人気モデル、内宮智花。わたくしたちが期待できそうなのはこのお二人だけ」

「玲子ちゃん、この子はー?」


 栁未穂が神凪楓の頭を撫でながら、黒百合玲子へと声をかける。楓はさほど興味がないのか、黒百合玲子たちに見向きもしない。しかし子供扱いされていることに対し、不機嫌な表情を浮かべていた。未穂に楓のことを聞かれた玲子は、不敵な笑みを浮かべながら側まで歩み寄り、楓のことを見下ろす。


「"気が触れている子"なんて、わたくしは存じ上げませんわ」

「……」


 その言葉に、神凪楓が顔を上げ黒百合玲子と視線を合わせた。今にも食って掛かってきそうな"獣"のような視線に、黒百合はクスッと静かに笑いながら、


「あなたの"お兄さん"のことは残念だったわ。優秀で"何でもこなせる"。そんな殿方だったけど――動かなかったらただの"人形"ね」

「――!!」


 黒百合の発言を聞いた途端、楓は怒りの表情を露にして、黒百合へと掴みかかろうとする。それを止めるために西村駿がすぐに駆け寄り、楓を羽交い絞めにした。男の駿でも押さえるのにかなり苦戦を強いられるため、白澤来もそこへ加勢に入り楓を押さえる。


「あらごめんなさい。つい口を滑らせてしまいましたわ」

「落ち着け"楓"……! また暴力沙汰を起こしたら今度こそ退学にされるぞ!」

「気性が荒いと乙女らしさの欠片もないのね?」


西村駿は楓を必死に押さえ、手を出させないよう言葉で説得する。怒らせた当の本人である黒百合は、渇いた声で嘲笑い、仲間の元まで戻っていった。


「チッ……!」


 白澤と駿に押さえられていた楓も、しばらくすると黒百合のことを諦め、駿たちの腕を振り払う。そして軽く舌打ちをしてから、逃げるように教室から出て行った。


「興覚めだ」

「玲子、もうそろそろ頃合いでしょ? 教室に帰ろ」


 真冬にそう言われれば、黒百合は同意し、教室を出ていこうとする。その去り際に、二年一組の学級委員である西村駿と内宮智花を見つめ、


「ああそれと、わたくしたちはこのクラスと少しも関わりたくないですわ。これから話しかけないで貰える?」

「……!」


 流石の西村駿も黒百合玲子のその発言に対して反論しようとしたが、何とか抑制して歯を食いしばる。そして黒百合たちが教室から消えると、辺りは静寂に包まれ、誰一人動こうとしない。

 

 玄輝と信之も教室の後ろで呆然としながら、黒百合たちの後ろ姿を眺めているだけだった。


「……」


 そんな空気の中で最初に動いたのは内宮智花。神凪楓のことが心配になったのか、沈黙を保ちつつ教室から出ていく。彼女が動いたことによって、鈴見優菜も後を追いかけるように席を立ち、同じように教室から出て行った。


 駿は智花と優菜が教室から出ていくのを確認すると、教室にいる生徒たち全員に向けて、


「……皆、先生が戻ってくるまで席に着いていてくれ」


 そう指示を出す。彼は自ら先陣を切り着席をし、鞄の中に入っている書類へと目を通し始めた。それを見た生徒たちは駿の指示通り、自分の席へと着いて、それぞれ気まずさを紛らわせるためにスマホを弄ったり、課題に取り掛かる。


(新クラス早々、雰囲気最悪じゃねえか…) 


 玄輝もまた自分の席で本に目を通し、最悪の雰囲気に嫌な表情を浮かべる。この一年間をどう過ごしていくのか。それがただでさえ不安だったというのに、彼は先輩による後輩いびりを食らい、学校へ来る意欲を更にそがれてしまった。


 そして"つまらない"。そんな感情が玄輝の体を満たし、現実に対する嫌悪感を増幅させていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 二年一組から飛び出してきた神凪楓は、女子トイレの手洗い場にある鏡へ手をつき、自分自身を咎めていた。神凪 零かんなぎ れい。楓にとって一つ上の実の兄であり、幼い頃に両親を亡くしてから、ずっと共に過ごしてきた唯一の家族。同じ真白高等学校に通い、学年のトップである二年一組に所属していた。


「……零」


 しかし彼女が同じ真白高等学校に入学して、半年も経たずに原因不明の植物状態へと陥ってしまったのだ。脳に異常もないため医者は【新種のウィルス】と決めつけているが……。血液検査をしてもウィルスらしきものは、まったく見つからない。


 あれから一年以上が過ぎた。医者にもプライドがあるのか、"お手上げだ"という言葉を一切発しないまま。原因が分からない以上、兄は二度と目を覚ますことがない。神凪楓はどこかでそれを理解していた。


「……楓さん?」


 そんな楓の後を追いかけてきた内宮智花が声をかける。無駄に心配をされること。それは楓にとって余計なお世話だった。その為、顔を見せないよう視線を大きく逸らして、


「何の用?」


 歓迎していない。そんな声色で、智花に用件を聞く。


「帰ろう? 先生が教室に戻ってくるよ」


 神凪楓の兄、神凪零のことを内宮智花はよく知っていた。一年前から人気モデルだった智花。彼女は入学式のとき、同級生や先輩に囲まれ、困り果てていた所を神凪零に助け出してもらったのだ。


 それからたまに連絡を取り合って、悩みや相談事の話を聞いてもらっていた。繋がりがあった内宮智花もまた、植物状態に陥る神凪零の件でショックを受けている。


「……そうね」


 逆に妹の神凪楓とは関わりがあまりなかった。零から一つ下の妹がいるとは聞いていたが、その姿を見かけたのは神凪零が意識を失くした後。彼が眠る病室で、真っ青な顔をして立っているのが最初だったのだ。


 あのような姿を一度見てしまえば、智花は二度と病室へ顔を出すなんて出来なかった。


「智花ちゃん。楓さんは……」


 後を追いかけてきた鈴見優菜が、同じく女子トイレへと姿を現す。彼女も神凪零のことについてはよく知っていた。SNSで偶然気が合い、メッセージを飛ばし合っていた相手、それが神凪零。


 相手の正体に気が付いたのは、零が植物状態となってから。急に返信が返ってこなくなったとき、優菜は後悔と同時に世界の狭さを思い知らされる。


「もう大丈夫だよ優菜ちゃん。楓さんを見つけたから…」

「……なら良かった」


 逆に楓は智花と優菜の存在を知っていた。昨年に兄が、"人気モデルの後輩が面白い"と話していたり、"SNSでやり取りをするゲーム好きの子が同じ高校かもしれない"といった話をよくしていたのだ。


 同じクラスではないものの、この二人は校内でそれなりに有名人。兄が指す人物は、優菜と智花なのだと勘付いていた。


「……」


 彼女は口を閉ざしたまま、二人の横を通り過ぎる。気まずさゆえの無言。そうして女子トイレに残された優菜と智花は、互いに顔を見合わせると後に続いて教室に戻っていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「今日はロクなことがない……」


 帰りの挨拶を終えた西村駿は、足取り重く廊下を歩いていた。進級初日から先輩たちに蔑まれれば、気分を悪くせざるを得ない。


「切り替えだ切り替え。生徒会の仕事に支障が出るだろ」


 決して雰囲気が良くない二年一組。そのクラスへ"二名"ほど転校生がやってくる、と彼は担任から言われていた。現在のこの状況で、どのように転校生へ接すればいいのか。それを深く考えさせられる。


「よっ、駿!」

「……あや先輩」 


 明るい声と共に、駿の背中を軽く叩いた男子生徒。彼は三年二組の先輩でもあり、同じ生徒会役員の書記でもある朧 絢おぼろ あや


「何だー? 随分と暗い顔をしてるな?」

「まぁ、色々ありまして……」

「……色々な」


 絢の隣に立っているのは、片目を前髪で隠した白髪の男子生徒。彼は朧絢と同じクラスの月影 村正つきかげ むらまさ。絢とは、幼稚園から高校まで共に過ごしてきた幼馴染。玄輝と駿のように、仲が悪くはない。


「さては、黒百合たちに何か言われたんだろー?」

「よく分かりますね。さすが絢先輩です」


 何があったのかを絢に的中させられ、彼は苦笑いを浮かべる。絢は駿に褒められ「そうか?」と若干照れつつ、自分の頬を触る。その一部始終を見ていた村正は、目を見開きながら引いていた。


「村正……? なんか、少し引いてないか?」

「気のせいだ」

「いや絶対に引いてるだろ! 駿もそう見えたよな……!?」


 この二人は本当に仲がいい。駿はこの関係性をどこか羨ましく感じていた。こうあるべきはずなのが幼馴染だというのに、西村駿と木村玄輝は視線も交わさず、自然と疎遠になってしまっているから。


「先輩たちは仲がいいですね。昔から仲が良かったんですか?」

「んー? そりゃあ俺らは"世界を救った"からな!」

「すいません、それはボケですか?」


 朧絢が自信満々にそう返答したため、駿は頬を引き攣った。隣に立っていた村正は、空気をしらけさせた絢の頭をかなり強めに叩く。


「ツッコミ過激すぎじゃね!?」

「……頭が吹き飛ばなかっただけでもマシだ」

「でもさ、前に片腕は吹き飛んだよな――」


 懲りない絢の鳩尾へ、今度は拳をめり込ませる。絢は低い呻き声を上げると、廊下の壁に手を突いて、痛みに悶え始めた。


「確かに一緒に"世界を救えでも"したら仲良くなりますよね」

「……そうだな」

「えっ……?」


 便乗をして冗談を述べたつもりだったが、村正はまんざらでもなさそうに肯定をする。駿は、冗談を嫌う村正が同感したことにやや驚いてしまう。


「それより黒百合たちか。俺たちもアイツらは苦手だな」

「そうなんですか?」

「当たり前だ。アイツらが一組にいるから、俺と絢は二組にしたんだからな」


 朧絢も月影村正も、黒百合たちに劣らず優秀な生徒。トップクラスである一組に入ることなど容易いこと……だが、彼女らが苦手だった二人は担任からの推薦を敢えて断り、二組に所属したのだ。


「黒百合たちのことはあんまり気にするなよ? お前たちはお前たちだ! 自分のペースで成長すればいいさ!」

「ありがとう、ございます……」 

「おい絢、用事があるんだろ。さっさと行くぞ」 

「ああ、そうだった……! 悪い、これ頼まれた書類だ! まとめておいたから後よろしくな!」


 用事を思い出した朧絢は、鞄の中からクリップでまとめられた書類を取り出し、西村駿に手渡す。そして慌てたように、階段を駆け下りていった。


「まったく、アイツは本当に……」


 階段を駆け下りていく絢の後姿。それを眺めていた村正は、溜息と愚痴を吐き出しながらも後を追いかけていく。


「俺もやるべき事をやらないとな」


 駿は軽く両頬を叩き、生徒会室へ向かうために再び歩き始め、


「少し、いいかしら?」

「……楓か?」


 問題児である神凪楓と遭遇し、声を掛けられた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「白澤ー! ナイスパスだったぞー!」

「おう、感謝してくれよー?」


 サッカー部の仲間とハイタッチを交わした白澤来。彼はベンチへと戻って水分補給をする。生徒会の都合で、部活動へ顔を出せない西村駿。


 白澤は代わりのメンバーとタッグを組んで、自分自身のポジションでもある"セントラルミッドフィルダー"としての器を高めていた。最も得点力の高い"センターフォワード"の西村駿。彼をフォローするためには、更に高い技術が必要だったのだ。


「……おっ、あれ駿じゃね?」


 彼はふと校舎窓に目を移し、西村駿の姿を見つけた。水分補給をしつつも、何をしているのかを眺めていれば、


(あれって――"トラ"か?)


 西村駿は神凪楓と向かい合っている。白澤は始業式の前に駿が「トラに告白しようかな」と言っていたことを思い出す。これは一世一代の瞬間なのかもしれない。


「白澤ー……って何見てんだ?」

「ほら、あそこだよ」

「はぁ、どこだどこだー?」


 部員たちから声をかけられた白澤は、駿が見える校舎窓へと指を差した。


「「「おおぉぉーー!!」」」


 西村駿と神凪楓が二人きりで話している光景を見た途端、彼らは高校生らしいノリで、グラウンドから囃し立てるように歓声を上げる。


「お熱いなぁ、あの二人!」

「どっちだ? どっちが告白してるんだ!?」

「駿からだと思うぜ。今日の朝方に告白しようだとか言ってたし」


 周りの部員たちはそれを聞くと、「トラを狙うなんて流石だなー!」と感心する声や、「くっそぉ、もうワンチャンもねぇじゃねぇか!」と先を越されて悔しがっている声など様々だ。


 しかし唯一白澤来だけは"妬み"もせず、"関心"もせず、友人の告白が成功するようにただ心の底から祈っているだけだった。


「白澤はどうなんだ?」

「何がだよ?」

「あの人気モデルの"智花ちゃん"のことが気になってんだろ? せっかく一緒のクラスになれたんだから狙ってみろよ」


 部員の一人が白澤のことを冷やかす。確かに内宮智花は、白澤来にとって入学当時から気になっている女子生徒だった。


「"人気モデル"って言葉は余分だろ」


 ただ、彼にとって"人気モデル"というブランドには興味がなく、単に"性格が面白そう"という理由で前々から気になっていたのだ。


 前々から何度か声を掛け、関わりを持てないかと試そうとしたのだが……。智花は学内でも華のある女子生徒の一人。常に忙しそうにしているので、上手く声を掛けられず、遠くからたまに目にする程度だった。


「あいつも忙しそうだからさ。話しかける余裕ないんだよな」

「お前はもう少し"欲"を持てよな。自分に対する欲がなさすぎだろ?」 

「"サッカー"も"恋愛"も、一歩退いた所からサポートした方がオレには合うんだよ」


 そう返答をしたと同時に、練習再開を合図する笛がグラウンドに鳴り響く。それを耳にした白澤は、部員たちと共にゴール前へと移動を始めた。

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