第2話『始業式は面倒ですか?』

 ここは夢の中。ありとあらゆること全てが、その夢を見る人物の思惑通りに創造され"理想の世界"を生み出す場所。現実には存在しない甘い理想郷に誘惑を受けて、一歩、また一歩と足を踏み入れ、夢という名の沼に浸かっていく。


 まるでドラッグ中毒者のように眠りにつく者たちは、夢を現実だと思い込む。そうなってしまえば、もう手遅れだろう。しかしまぁ――どうやらこのユメは甘くないようだ。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆



「ねぇねぇ聞いた? この町で眠ったまま目を覚まさなくなる人が多発しているらしいよ」

「観た観た! ニュースでもやってたからねー!」


 クリスマス、年末、お正月。自分が王様のように感じるそんな楽しい冬休みも、すぐに終わりを告げた。現在いまは桜舞い散る通学路を歩く、ただの高校二年生。その隣を汚れ一つ付着していない新品の制服を着ている新入生たちが、和気あいあいと通り過ぎる。


(帰りてぇな……)


 "自分も新入生だったら"なんて淡い夢を想像しながら、バレない程度に新入生の顔色を伺う。心の内は"希望"・"期待"・"不安"だらけだ。自分も最初はそうだったから、よく分かる。新品の鞄に、新品の制服、髪型もワックスできっちりとキメて、入学式に臨んだものだ。


(面白くもねぇ)

 

 それが現在いま、心の内に残ったものは"退屈"の一言だけ。楽しい事も見出せず、あらゆることが自分の思い通りにいかない。そんな状態が、永遠に続くよう感じていた。


(すげぇ見られてる気がする)


 そんな自分を哀れんでいるのか、どこからか"哀れむ視線"を感じ取り、すぐに振り返ってみる。しかし、そこにいたのは足取りがおぼつかない新入生ばかり。自分のことを見ている者など誰一人いない。


(チッ、ただの思い込みか)


 自身の勝手な思い込みに腹が立ってしまう。彼はそんな不機嫌な様子を見せながら、正門前へと辿り着いた。


「ネクタイが曲がっているぞ。ちゃんと直せ」


 校門を通り過ぎようとした時、生徒会役員の西村 駿にしむら しゅんに彼は声をかけられる。今日は生徒会が校門前で新入生を歓迎する日だ。


「これくらい別にいいだろ」

「お前ももう先輩なんだぞ。しっかりしろよ玄輝げんき

「お前がしっかりしすぎなんだよ」


 木村 玄輝きむら げんきはネクタイを軽く整えると、ワザと西村駿の肩に当たりながら横を通り過ぎる。


 西村駿は超が付くほど真面目だった。入学して少し経つと生徒会に入り、今度は新人として入部したてのサッカー部でレギュラー入り。瞬く間に先輩や同輩たちとの交流を深めた。容姿は高身長でイケメン。その為、女子からの人気も高い。


(あーあ、だるいな……)


 それに比べ、木村玄輝は何も得られていなかった。入学早々思いっきりこけて、交流関係も広められず、所属している剣道部でもレギュラー入りを果たせていない。かといって、将来に対する夢も希望もなく、ただただ高校生活をドブに捨てているだけ。


 だからこそ今度のクラス分けが、今までの学校生活を大きく変える起死回生の一手となることに期待をしていた。玄輝は下駄箱に張り出されているクラス替え表を、やや緊張しながらも確認する。


「……マジかよ」

 

 あぁ――どうやら今度もまた"外れ"らしい。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「おはよー玄輝」

「おはよう」


 新クラスの"二年一組"に入れば、スマホを弄っている元クラスメイトでもあり新クラスメイトでもある鈴見すずみ優菜ゆうなと、テキトーに挨拶を交わす。優菜はいつも通り、ハマっているソシャゲに没頭していた。ちなみに、玄輝は今までスマホを弄っている状態で、優菜と一度も視線を合わせたことがない。

 

(つまんねぇな……)


 そんな優菜にこれ以上話しかけても時間の無駄に等しいので、玄輝は席に着き鞄の中から本を取り出す。クラス替え表を見た瞬間から、地の底に落ちた期待。前のクラスで、仲が良かった友人たちとは完全に隔離され、優菜を除けば顔も合わせたことのない初対面の生徒たちしかいない。


(ほんとうに、つまんねぇ……)

 

 次々と新クラスメイトしらないやつらが教室に流れ込んでくる。眼鏡をかけたガリガリな男子生徒、目つきの悪い金髪の女子生徒、パンを食べている女子生徒、髪がもじゃもじゃした男子生徒、キノコヘアな男子生徒。二年一組に入ってくるのは、個性の塊と言える生徒だらけだった。

 

「ちょっといい?」

「……なに?」


 眼鏡をかけたガリガリの男子生徒に、突然声をかけられる。いかにもヤバそうなヤツだ。そう察した玄輝は「適当にあしらっておこう」と考え、素っ気ない返事をする。


「何の本を読んでるの?」

「普通の小説」


 ガリガリの生徒は玄輝が鬱陶しいと思っていることに気がついていないのか、ワザと気が付かないフリをしているのか。全く退くことをせず、ゴリ押しを効かせて玄輝と関係を持とうとしてきた。


「あれ? それって、もしかしてUVER MONDのリストバンド?」

「え、知ってるの?」

「うん、音楽が好きだからロック系とかジャズ系とか……。色々なジャンルを聞いてるんだ」 

「じゃあさ! UVER MONDのこの曲とか……」 

 

 やり方が気に入らないとイライラし始めていた玄輝だったが、話が合えばすぐに意気投合。自分があまりにもちょろすぎる、と玄輝は情けなさ感じつつ、お互いにお気に入りの曲を紹介し合った。


「そういえば、お前の名前は?」

「僕の名前は金田 信之かねだ のぶゆき。みんなからは"ガッシー"って呼ばれてるよ」


 なぜ"ガッシー"と呼ばれているのか、それを玄輝はすぐに理解することが出来た。見た目が"ガリガリ"で今にも餓死がししそうだから"ガッシー"。そんな小学生でも思いつきそうな…。くだらないあだ名の付け方だ。


「あれ、玄輝も一緒なのか」


 聞き覚えのある声。楽しい会話を邪魔するかのように割り込んできたのは、西村駿だ。その隣には先ほど見かけたロン毛で、もじゃもじゃな髪を持つ男子生徒もいる。


「お前か。頼むから俺に話しかけないでくれ」

「どういうことだ?」

「おい、そういう言い方は良くないと思うぜ」


 彼に物申すように絡んできたのは、ロン毛の男子生徒。そういえば西村駿は以前からこの男子生徒とよく話していたな、と玄輝はふと思い出す。


「何だよ? その髪型は"ロナウジーニュ"をリスペクトしてんのか?」

「ちげぇよ。この髪型だとアーティスト感出てるだろ?」

「へぇ」


 納得したように見せかけ、内心ほくそ笑んでやった玄輝は、興味を感じさせない返答をする。ロン毛の生徒が誇らしそうに自分の髪を見ているが、正直"アーティスト"なんて理由はどうでもよかった。


「オレは白澤 来しらさわ らい。これから同じクラスなんだし、仲良くしようぜ玄輝 」

「一分でも持たないから無理だ。すぐに諦めろ」


 話をそこで切り捨て、再び本に集中する。横で金田信之と西村駿が互いに自己紹介をしているようだが、彼はひたすら本を読み続けた。読んでいる本の一文に『孤独を紛らわせるために、人は強がりをする』と書かれているが、強がりをしても孤独は孤独のままだ。


「そういえばさ、あそこに座っている金髪の子って……?」


 信之が小声で西村駿に、窓際の席に座る女子生徒について尋ねた。目つきの悪い金髪の女子生徒。勉強をしている学業熱心な女子生徒。玄輝はあの女子生徒が噂の"トラ2だったこと気が付き、少しだけ視線を向ける。


神凪 楓かんなぎ かえでだよ。知らないのか? この学校で知らないやつはいないぐらい有名なんだぞ」

「え? そうなの?」

「校内テストで毎回学年一位。スポーツ万能。有名な国立大学から優待制度の誘いも来てるんだってよ。学内では"トラ"ってあだ名がつけられてるぜ」


 要するに完璧超人。誰もが羨むスペックの持ち主なのだ。金田信之はその話を聞いて「いいなぁ」と妬みを入れる。


「何で"トラ"って呼ばれてるの?」

「アイツさ、校内で問題を起こしたんだよ」

「問題?」

「男子生徒二人を病院送りにしたんだ。どうしてそこまでしたのかは分かんないらしいぜ」


 白澤来の説明を聞いて、再び彼女へ視線を向ける。去年の秋頃、救急車のサイレンが校門前で鳴っていた。最初は「誰かが飛び降り自殺でもしたのか」と予測していたが、実際は彼女による暴動事件が原因。


「この事件で『飼いならせば強い味方だがそれが難しいし、何よりも人を寄せ付ける雰囲気を持っていないからトラ』と呼ばれるようになった。金髪で色も合ってるしな」


 ガッシーよりは妥当なあだ名。この名を付けた生徒に満点星を上げても構わない。木村玄輝は本を読みながらそんなことを考えていると、白澤が何かを思い出したように手を叩く。


「おおそういえば! トラを狙って告白しにいった男子って、全員何かしらのトラウマを植え付けられているらしいぜ」

「トラウマ? "トラ"なだけに?」


 玄輝はそんな言葉を聞いて、思わず苦笑してしまう。金田信之という人物はただでさえ見た目がキツイというのに、言葉遊びもロクに出来ないようだ…と。


「俺なら狙えるかもな」

「えぇっ? 駿マジ?」

「トラウマがどんなものか聞きたいから、ぜひとも告白してきてほしい」


 彼の勇気ある行動を止める理由はない。けれど、玄輝は西村駿に否定的でありたかったため「調子に乗んな」ときっぱりと言ってやりたかった。


「お前ならモテるし行けるだろ」

 

 しかしトラウマを植え付けられるのならば、いっそのこと送り出してやれと考えを変え、逆に彼の後押しをする。告白をしに行き、酷い目に遭えばいい。玄輝は心の底からそう願っていたのだ。


「よーし、全員席に着け―! 出席を取るぞ!」


 教室に響くのは引き戸の音。二年一組のクラス担任である水越次郎みずこしじろう先生が教室に姿を現す。クラスメイトは外れだが先生は当たりだ、と玄輝は一安心する。


「始業式が始まる前に色々と決めないといけないことがあるからなー! 返事はいつもの二倍の速度でしろよー!」


 この後、学級委員決めが始まると男子は西村駿、女子は内宮 智花うちみや ともかに決まった。内宮智花は教室に入ってくるときにパンを食べていた女子生徒だ。


 輝かしい二人の裏で、玄輝は金田信之、白澤来、鈴見優菜の四人で図書委員をやることになる。信之はともかく、なぜか優菜と白澤が入っている個所が運の悪いポイント。


「始業式が始まるから全員体育館へ移動しろー」


 媚びを売りに行く生徒たちなど目もくれず、玄輝は少しだけ仲が良くなった信之と共に、遅れないようにと早めに体育館へと向かった。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆



「――であるからして、この真白高等学校の生徒は常に向上心を持って規律正しい生活を」


 玄輝たちが通うこの真白高等学校ましろこうとうがっこうは、真白町ましろちょうに建立している。この国では名門中の名門校と呼び名も高い。


 しかも偏差値も高く、入学できれば国公立の進学は確実だ…。と言われているほど、あらゆる県から優秀な生徒が集められる。そのせいか、倍率がとてつもなく高く、入試の難易度の高さに受験生の頭の中を真っ白・・・にするとも言われているのだ。

  

(やっと話が終わったか…)


 十分以上にも渡る校長の長話が終わると、黒髪をリボンで結び、ポニーテールを基調とした髪型の女子生徒が壇上に上がる。その辺の女子生徒とはどこか違うような……。そんな一際違った雰囲気を纏っている。


「次に生徒会役員紹介。生徒会長の東雲 桜しののめ さくらさん、お願いします」


 彼女は玄輝や駿と同じ学年でもあり、真白高等学校の生徒会長である東雲 桜しののめ さくら。この真白高等学校の顔といっても過言ではない。皆から慕われ、駿と同様に入学して早々生徒会入り。何よりも、二年生の先輩から生徒会長としての座を奪い取った強者。


 所属しているテニス部ではレギュラー入りを果たし、テストではいつも校内十位以内をキープしている。人望にも才能にも、恵まれた人生を送っていた。


「はい」


 彼女は透き通るような声を館内に響かせ、返事をする。そして演台に設置してあるマイクのスイッチを入れ、持っている紙に目を通した。


「役員紹介。生徒会副会長、三年一組 黒百合 玲子くろゆり れいこさん」


 東雲桜が名前を読み上げると、学年が一つ上の三年生たちの中から女子生徒が一人椅子から立ち上がる。ヘアピンの付いた長い黒髪に、前髪をおかっぱにしたいかにも文学少女らしい容姿。その女子生徒は壇上へゆっくりと上がり、優雅に一礼する。


「会計、三年一組 柏原 瑞月かしはら みずきさん。栁 未穂やなぎ みほさん」


 次に先に名前を呼ばれたのは、眼鏡をかけ、水色髪をポニーテールにした女子生徒。その一礼は力強さを感じさせる。その後に続くは、金髪の長髪を持ったのほほんとした女子生徒。その一礼は太陽のように眩しいものだ。


「宣伝、三年一組 霧崎 真冬きりさき まふゆさん。松乃 椿まつの つばきさん」


 次に呼ばれたのは長い白髪の女子生徒。その一礼は背の低さのせいか、少しだけ子供らしさを感じる。その後に続くは、黒髪のツインテールに桃色のリボンを付けた女子生徒。その一礼は純潔さを感じさせた。


「書記、二年一組 西村駿。三年二組 朧 絢おぼろ あや


 駿は人の良さそうな茶色髪の先輩と共に、壇上へ上がって一礼をする。どうして生徒会に入る生徒が、東雲桜と朧絢を除いて全員が一組なのか。それはこの真白高等学校では"一組がその学年のトップクラス"として扱われているからだ。組が低ければ低いほど、その学年では底辺として見られている。


「私たち生徒会は、この真白高等学校をより良いものに出来るよう、精一杯努力をしていきますので、よろしくお願いします」


 生徒会長の桜がその場で一礼をすると、他の役員たちも合わせるように一斉に一礼する。その姿を見た生徒たちは、壇上の上にいる生徒会メンバーへ拍手を送った。


「生徒会の皆さん。ありがとうございました」


 生徒会長は寛大で誰からも好かれる性格。だからこそ、玄輝も密かに尊敬をしていた。駿とは違って自分から目立とうとはせず、周りとの協調性も大切にする。その証拠に、東雲桜の悪い噂は一切聞いたことがない。

 

 だがしかし、生徒会の先輩からはよい噂を立てられていないらしい。東雲桜は二年二組。トップである一組でもないのに、生徒会長を務めていることが不満となる原因だとか。


「…以上で始業式の方を閉演とします」


 長かった始業式を終えた玄輝は、軽く伸びをした。つまらない話ばかりを聞かされ、身体が拒否反応を起こしている。玄輝は取り敢えず金田信之と合流し、適当に雑談を交えながら教室へと戻ることにした。

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