第三十二話 未来は手の中

「——にゃ! にゃにゃ! にゃん! にゃっ!」


 奇声をあげながら、次から次と、木から木へ飛び移る影。


 ——なかなか早い。


 体重を感じさせないジャンプを繰り返して、どんどん先に進んでいく。


 追う私も、そこそこの早さでついて行っているけど、差は縮まらない。

 しかし……にゃんにゃんにゃん、て、なんなのよ、あれ。


「猫ザル……」


 ——ガッ!


 太い枝を蹴って、宙を回転して、


 ——ゴッ!


 次の木の幹を蹴って追いかける。


 ミーシャとの距離は、縮まらない。


「思ったよりやるじゃん」


 異世界人がつくった隠れ里。

 その、里の生き残りがミーシャらしい。

 サイランがそう言っていた。

 そして、その里に住む者達は……。


 『忍者』と呼ばれていたらしい。


 ん?

 取り逃がした一匹を遠目に発見。

 必死に逃げているのが見える。

 でも、このスピードならすぐ追いつくだろう。


 ……感じる。


 木々を揺らす風の音。葉の隙間から可愛らしく照らす光の筋。

 土と緑の香り。

 手のひらと、蹴る足先に残る木の硬さ。

 生きている感触。


 ——ブワッ!

 

 その時、一陣の強い風が全身を駆け抜けた。


 ザワザワと激しく前後に揺れる枝葉、その風と音で、——我に返る。


 飛び移るのをやめるリリー。

 そっと幹に手をつき、枝の上に立つ。

 凪ぐ前の最後の風が、赤い前髪を軽く揺らす……。

 困ったように、右手で頭を掻いている姿は、どこか……迷子に見えた。


 不安がゆらり、ゆらりと……私のなかから、首をもたげて、浮かんでくる。

 これは焦りからくる、モヤモヤだ。


「はーー、こんなこと、してて……、いい、の、かな……」


 私の独り言は、前髪を揺らした風と一緒に梢と踊り、最初から何も無かったように消えていった。


 ——今日の朝。


 初めてのギルド、その煉瓦造りの二階建ての扉をくぐり、最初にサイランに言われたのは、「リリー、まずは……Sランクになれ」だった。

 私が返事を返す前に、「さーて、これでも受けるか」と壁からサイランが依頼書を取る。


「パパッと終わらしてこい」


 渡された依頼書は、魔物の討伐依頼。


「三人でいってこい。今から出れば……夕方には終わって帰って来れるだろう」


 ニヤリと笑うサイラン。


「早く戻れたなら、リリー。稽古をつけてやろう。ギガントアーツの真髄を……技を、叩きこんでやる」


 笑うサイランを見ながら、思い出していた。


 覚悟をかけた死闘から——実に、七の日がたっていた。




 □□□□□□□□□□




 ……そして、私たちは今、その依頼を受けて、魔物退治に来てる。

 いわゆる、エクスプローラとしての初仕事って奴。

 近隣の村に魔物が出て、畑を荒らして困っているらしい。そいつらを追い払ってくれないかとの依頼だ。

 Fランクのエクスプローラでも、油断さえしなければ、大丈夫。

 もちろん、一人じゃ無理。最低、三人からのパーティが必要になる。

 先輩風を吹かす、うざいミーシャがいるのを除けば簡単な依頼だった。


 ちなみに私はF。

 なりたてのエクスプローラ!

 で……、ミーシャはCランク……解せぬ。


 ため息にもならないその先で、


 ——追いつくなり一閃。


 魔物の首が派手にクルクルと飛ぶ。

 ミーシャの手に持つ、大ぶりなナイフの一撃で絶命する『モンキーイビル』

 声すら上げる暇がない。


 猿型の魔物で、ずる賢くて素早い奴。

 一匹、一匹は大したことはないが、数が増えると厄介なの。

 戦闘力がない人間が、数で襲われたらひとたまりもない。

 これで、逃げた最後の三十七匹目を倒した事になる。

 木から飛び降り、ミーシャの所まで歩いていく。

 ミーシャは、討伐の証拠になる、長い尾を切って、背中から下ろしたリュックに、ゴソゴソと入れている。


 パッとこっちに振り返り、


「にゃははは! ミーシャの勝ちだにゃ! リリーも大したことにゃいな!」


 しょーもないアホ顔をこっちに向け、口を大きくあけて笑っている。


 な、なんか、無性にムカつく。


 ——ゴチっ!


「いったいにゃーー!」


 頭を押さえて涙目になるミーシャに私は、


「うっさいよ。さあ、早くモンキーエビルを地面に埋めて帰るよ」


「にゃーー! リリーは、暴力女にゃ!! すぐ人を殴るにゃ! 幼気いたいけなミーシャは泣くにゃー!」


 あーもぅ! にゃーにゃーうるさい!


 ちなみに、魔物をそのまま放置していたら、血の臭いに呼ばれて、他の魔物がやって来る可能性がある。

 だから、大体埋めるか燃やすかして、死んだ魔物を消すのが、当たり前になっている。


 モンキーエビルを埋める穴を掘り出すミーシャ。

 その目には大粒の涙が溜まっている。


(にゃ、にゃにゃ、にゃ! いつかギャフンと言わせてやるにゃーー!)


 黙々とで穴を掘り、モンキーエビルを穴に落として埋める。

 その間、周りを警戒していたリリーは、


「さあ、村に報告してギルドに帰るぞミーシャ」


「……はいはいにゃー」


 デコボコなコンビは、並んで歩き……次第に速度が上がり、同時に走り出す。


「「どっちが先に着くか勝負!」にゃん!」


 風が、二人を笑うように吹いた。




 □□□□□□□□□□




「「どりゃーー!」にゃ!」


 結果、同着。


 ゴールに勝手に見立てた、村の入り口に飛び込む二人。


 「「はー、はー、はー、はー」」


 膝に両手をつき、前屈みになる。

 額から、全身から流れる汗が地面に落ちて、丸い染みをつくる。

 お互いの顔を悔しそうに見ていると、そこに、

 

「おー! どうだったリリー?」


 村の入り口に歩いてくる、一つの人影。

 トレードマークの綺麗な緑の髪を、精霊術で赤色に偽装している。


 ……そう、サユねえちゃんが、私についてきた。


 そらね、もー別れ際、団長とは揉めに揉めた。

 だけど……最後は力技で納得させてた。

 地面から首だけ出して、めり込んだ団長……、それを見て、私は誓ったよ。

 サユねえちゃんを、怒らせないようにしようと。

 期限は、私が一人でも大丈夫だと、サユねえちゃんがうなずくまで。

 えーっと、それって帰る気ないんじゃ……。


 まあ、いいけど……。


 でもね、これだけは声を大にして言いたい!

 ただいまで涙は……流すって想った! 純粋な私の心を返せ!


「ん? どうした、リリー。私の顔に何かついているか?」


 ついつい、ジト目でサユねえちゃんを長い時間、見つめてしまった。


「な、なんでもないよ! サユねえちゃんこそ、大丈夫だった?」


 顔をブンブン振って誤魔化す。

 その際、汗をミーシャの方に飛ばすのは忘れない。

 汚いにゃー! とか、そんな声は聴こえない。


「ああ、問題はなかった。リリーと、ミーシャが仕留めた、モンキーエビルが最後だろう」


 ちなみに、サユねえちゃんには、他にまだいるかもしれない、魔物から村を守る為に残っていてもらっていた。


「じゃー、パパッと村長に報告して帰ろう!」


 サユねえちゃんと、私は並んで歩く。その少し、後ろを歩くミーシャ。


 そのまま、村一番の大きい建物向かう。


 ……あまりにも早い討伐速度に、村人は驚き、疑い、討伐部位を確認して、拍手喝采を浴びたのは、いい思い出。




 □□□□□□□□□□




 村からの帰り道、ミーシャが「リリーは、強くなることにしか、興味ないにゃいのか?」と聞いてきた。


「ないなー、なんで?」


「ギルドで、男のエクスプローラをボコボコにしてたにゃ」


 ああー、あれか……。あまり気にしたことがないけど、私は容姿が……いいらしい。

 いやいや! 自分では言ってはないから、周りの意見ね。

 だからか、その時、ギルドでサイランが、用事でいなくなった時に、男三人組に声をかけられた。

 よくある話らしい。

 可愛い? 新人を無理やり、色々教えてあげると称してナンパする輩だ。

 何回も断ったんだけど、あんまりにしつこいから……。


「笑ったにゃー。三人が土下座して謝っているのに、頭を一人一人、足で打ち抜いていたにゃ!」


 ……確かに、あれはやり過ぎた、かも?


「サユが止めてないと、大事件になってたにゃ!」


 ぷぷぷと、吹き出すミーシャ。


「確かに……あれはな……リリーが、新しい生活に慣れてないとは言っても、な」


 真面目な顔で私を見てくるサユねえちゃん。


「仕方ないじゃない……に、に、苦手……なの!」


 めんどくさいじゃない。

 いいのよ! さっさと Sランクになってサイランの鼻を明かしてやるんだから!


「うつつを抜かしている暇はないのよ!」


 うまく伝わっているかわからないけど……、断言した。


「そうか、まあいい。しかし、私が言うのもなんだが、リリー、やっぱり君は面白いな」


 夕暮れまでは、まだある空色。

 赤くもない、青くもない……終わるのが寂しい色。

 きっと、うまくなんて言えない。

 曖昧で美しい景色。


「……そういえば、異世界人が作ったあんみつなる甘味が、町で売っていたな」


 サユねえちゃんが、私とミーシャを見る。


「どうだ? 町に一番早く着いた者が、二人に奢られると言うのは? もちろん、強化や精霊術はなしだ。つまらないからな」


「いいにゃ! あんみつ大好きにゃ! リリーに好きなだけ奢らずにゃ!」


「はー? それは、こっちのセリフ! みゃーみゃー! 泣いても、許さん!」


 睨み合う二人。


「なるほど……、じゃあ、いくぞ」


 カウントダウンが始まる。


「イチ、ニイー、サン!」


 走り出す三人。


「みゃ! リリー! フライングにゃ!」


「うっさい!」


 ワイワイと笑う合う三人。


 声は世界に転がり、消えて、また、転がる。


 いいこともあれば、悪いこともある。


 いいことがあればいい。


 なけれは、作ればいい。


 悪いことに、絶望に負けそうになるなら、戦うしかない。


 悲しみに、明日が来なければ、明後日を作る様に……。


 生きたい。


 それが、強さ。


 それが、希望と言う名の強さ。


 光という存在。


 蹴り上げて、蹴り上げて、蹴り上げて、涙を流して失って。


 蹴り上げて走る。


 世界は、残酷で優しかった。


 神は意地悪で迷惑だった。


 愛は無力で、でも、確かにそこにあった。


 だから、リリーは走る。


 世界を変えるために。





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